113 『聖典』のおかげ……?
夏休みでヒャッハーした後も間が空き、申し訳ございませんでした。
夏風邪でした。
「夏風邪は〇〇がひく」と言うそうですが、作者は〇〇ではなく△△です。
大喜利じゃないですよ。
綾人君への謝罪を胸に王子ともう一度庭園に足を運んだ。
昨日、イヴァンさんとオクタヴィア様がいた、池を囲む庭園だ。今日は玄武さんとレッドさんも行きたいというので、みんなで出発前にお散歩を兼ねて行ってみた。
念のため、ファフニールの卵を赤ちゃん用のスリングに入れてレアリスさんに抱っこしてもらう。ちなみに、お父さんは王子が抱っこで、玄武さんは安定のユーシスさんが抱っこ、レッドさんは私の頭に乗っかってるよ。
庭園に行くと、子供たちは楽しそうに走り回って、イヴちゃんとバッタとか蝶々を追いかけている。イヴァンさんとオクタヴィア様がそれを見ていてくれるようなので、私たちは池の方へ向かった。なんか、いい雰囲気の二人の邪魔はしたくないからね。
昨夜の池辺りに辿り着くと、お父さんが王子の手から降りてタタタと駆けて行く。
『ハル、この辺りだ。やってみろ。あとレアリスもここに来い』
お父さんが尻尾を振りながらちょこんと座って場所を示す。可愛いなぁ。
タブレットを出してみると、真っ暗な画面にオレンジ色のバーが現れて、ゆっくりとゲージが溜まっていく。でも、それはすぐに止まってしまった。ゲージは十分の一もない。竜の卵を抱っこしているレアリスさんも指定された所に立つけど、卵にも何も変化はない。
『この程度の魔力溜まりでは、やはり大した成果は無いか』
お父さんも画面を覗きながら言う。
「ハル、どうだ?少しでも通話ができそうか?」
王子も画面を覗き込みながら言った。そうだった。携帯もフル充電じゃなくても動くものね。きっといけるはず。
これくらいならおそらく一分も持たないだろうから、あらかじめ話すことを整理してから試した方が良さそうだ。話をする人も一人、私がその大任を仰せつかった。
綾人君も、今は朝の九時前で、今なら大学の講義も始まっていない時間だろうから、すぐに出てくれるはず。コールだけでもゲージが減る可能性もあるから慎重にね。
変なアプリを開いて通話ボタンを押す。すると、3コールで綾人君が出た。やっぱりゲージはコールだけでも減っている。
『もしもし!結城さん!?』
すごい剣幕で出たよ。あの時は冷静だったけど、きっと携帯の前で、不安な時間をずっと過ごしていたんだと思う。
「結城です。時間がないから手短に話すね。取りあえず、このゲージを溜める方法が分かったよ。時間でゲージは溜まるみたいだけど、魔力溜まりみたいな所に行くと増えるみたい。だから、今度は遅くても一週間後にはまた話せるし、頑張ってゲージが溜められる場所を見つけるから。ああ、あと、コールだけでもゲージが減るみたい」
ちょっとだけ沈黙が返る。
『分かった。出られなかった時は、5コールしてもダメだったら切って。俺から一時間以内に返すから』
「了解です。併せてお姉さんのことも調べてみるから」
『ありがとう、結城さん。いつでも連絡してきて。授業中でもいいから』
「あはは、じゃあ授業中は掛けないようにするね」
『優しそうな声だけど、真面目なのか意地悪なのか分からないなぁ。もう繋がらなくなったらどうしようかと思ってたから、また話せてうれしい。あ、もうゲージがないね。連絡待ってる。結城さん、またね』
「うん。またね、綾人君」
私が通話を切ると、何故か有紗ちゃんが照れていた。
「どうしたの?」
「うん。なんか、波瑠と綾人君の電話って、付き合いたての彼氏彼女みたいで、甘酸っぱい」
「ええ?そうだった?私としては、親戚の子と話している気分だったよ」
私が笑っていると、いつもは異世界の道具に興味津々な王子が、今はちょっと寡黙になっている。
「勇者との電話、楽しそうだったな」
ボソッと言った言葉に、私は「あれ?」と思った。王子、ちょっと機嫌悪い?
もしかすると、電話が欲しいのかな。王子もアプリを使って話したかったのかもしれない。
私のスキルでは、電化製品はあるけど通信機器はないから、電話を交換することはできないけど、あ、あれならイケるかな。
「王子、ちょっと待ってて。今、王子用の電話を用意するから」
「ハル……それって、俺と……」
王子が何かを言いかけたけど、私は張り切って電話の準備をした。
「はい、どうぞ。電話」
「…………」
私は王子に即席で作った糸電話を渡した。我ながらいい出来だ。
「……そうじゃないわ、波瑠。そうじゃないの」
有紗ちゃんが何かを呟いていたけど、私は子供たちとイヴちゃんを呼んで、王子と一緒に使い方を説明してあげた。
子供たちは「念話」というのを使っているから聞く方専門だけど、イヴちゃんはとても喜んでいた。王子は、最初は「おもちゃかよ!」と言ってキレた後、なんでかどよーんとしていたけど、なんやかんやで真剣にイヴちゃんとおしゃべりしていたよ。
「……ハッ。ちがう、そうじゃない。そうじゃないけど、クソ!楽しい!」
王子は何故か、何かに敗北したように嘆いていたけど、楽しかったようで何よりです。
ひとしきりみんなで遊んだ後、最後に王子とイヴちゃんが何か耳打ちし合っていると、イヴちゃんは大きく頷いた。
そして、大事に糸電話を抱えて、イヴァンさんとオクタヴィア様の所へ走っていくと、イヴァンさんに抱っこしてもらって、二人の耳に紙コップを当てた。で、そのコップに直接イヴちゃんは話しかけている。
それ、糸いらないね。小っちゃい子ってオリジナルな使い方をよく思いつくなぁ。
でも、イヴちゃんが内緒話した内容に、イヴァンさんが苦笑してオクタヴィア様が頬を染めていた。何か分からないけど、グッジョブな使い方をしたようだ。
その後、もう一回何かをイヴちゃんが言ったら、お互い目を逸らしちゃった。何を話したんだろう。
イヴちゃんが私に糸電話を返してくれるのに走ってきたので、「楽しかった?」と聞いたら、さっき何を二人にお願いしたのかを教えてくれた。
「あのね。ないしょだけどね、おにいちゃんがね、たのんでみたらっておしえてくれたの」
「うん」
内緒なのに教えてくれるんだ。
おにいちゃんって、王子のことだ。何か王子がアドバイスしたんだね。
イヴちゃんは、それは元気な声で教えてくれた。
「イヴね、あかちゃんをだっこしたいから、おじちゃんとおくさまにおねがいしたの」
「「「………サイテー(です)………」」」
イヴちゃんの発言に、有紗ちゃんとリウィアさんと私の冷たい視線が王子に刺さった。他の男性陣は、みんな聞かなかったふりをしている。
「なんで俺が幼女に卑猥な事を言わせたみたいな空気になってんだよ!それはイヴの即興だ!イヴ、俺が言ったのは違うだろ。子作りよりもっと前のことをお願いしたんだろ。ほら、アレだよアレ!」
王子が執拗に弁明している。で、必死にイヴちゃんに詰め寄って、何かを言わせようとしている。子作りって、その言い方もどうかと思う。
ああ、オクタヴィア様が顔を覆ってしまった。本当に、なんかごめんなさい。
イヴちゃんは最初きょとんとしていたけど、「あっ」ってなった。何か思い出したらしい。
「えっとね、おじちゃんとおくさまに、イヴのおとうさんとおかあさんになってっていったの。おじちゃんがかえってきたら、みんないっしょ」
イヴちゃんのはにかむような笑顔に、大人たちはみんなキュンとした。
イヴちゃんは自分から何かしたいと言う子じゃなかったから、とっても大事なお願いだったんだね。
それと、王子への疑惑は晴れた。
昨日の二人の胸キュンシーンは、私と王子とお父さんしか知らないはずだけど、みんな驚かないで聞いていた。何となく、二人はいい雰囲気だったから、それとなく察してたみたい。
イヴァンさんを気に入っていたみたいだった有紗ちゃんはショックじゃないかな、と思ったら、「私は馬に蹴られるほど暇じゃないわ」とケロッとしていた。さすが酸いも甘いも嚙み分ける地球のモテ女は違うね。
そんな三人が一緒に居られないのは、私たちがイヴァンさんを旅に誘ったからだ。
昨日の反省会の前に、私はイヴァンさんに、本当はここに残りたいんじゃないか、私たちが無理やりイヴァンさんを拘束しているんじゃないかって不安で聞いてみた。
するとイヴァンさんは、星空を見上げながら言った。
「一所に落ち着くことも考えたが、俺はずっと何かのために走ってきた。部族の平和の為だったり、奴隷になってからは自由の為だったりな。今、立ち止まったら、きっと俺の中で何かが燻ぶっちまうような気がするんだ。何かを全力でやり切りたいと思ってる。オーレリアン殿下はそれが分かってるんじゃぁねぇかな。あの方なら、俺を上手く使ってくれるさ。それで、人が平和に生きられる世界を作れるってんなら、これ以上のやりがいはないだろう?」
ラナには待たせることになるけどな、と自嘲気味に笑った。もうそれは自分の性だからどうしようもないのだと。ラナって、オクタヴィア様の本当の名前だ。
オクタヴィア様は、そんなイヴァンさんもひっくるめて「待っている」と言ったのだと思った。
二人には、絶対に幸せになってほしいと思った。
ふと気になって、その後の反省会の時に、イヴァンさんとオクタヴィア様の両想いは叶えられるのか王子に聞いてみた。
侯爵が拘束された時点で、爵位を含めた権利や身分は剥奪されたみたいで、同時にオクタヴィア様との婚姻関係も解消されたようだ。イヴァンさんも、奴隷落ちの際に消された身分を回復し、改めて王子付きのレンダール国民として市民権を得られるとのことで、法律的にも問題ないって。
イヴちゃんにも、昨日寝る前に、ちゃんとこれからのことをイヴァンさんは説明していた。
イヴァンさんは、これまでのようにずっと一緒にはいられないけど、オクタヴィア様が付いていてくれること、定期的にイヴちゃんに会いに帰れること。イヴァンさんへの報酬として、魔石と転移陣を贈ったみたい。
たまに王子が偉いなと思うのは、こういう相手が一番望んでいるものをちゃんと把握しているところだ。
余談だけど、私が酔っぱらった王子を褒めていい子いい子すると、ふにゃ~んと猫みたくなって蹲って寝ちゃったのでお開きになった。相変わらずお酒はあんまり強くない。
そんな眠った王子を寝室に連れて行ったのは元の大きさになったお父さんで、ポイッと背中に乗せて連れて行った。侯爵家の扉と廊下が大きくて良かった。
お父さんは、そのまま王子の部屋で寝たみたいだけど、朝起きて状況を把握した王子が、念願のジェットコースターじゃないフェンリルライダーになった記憶が無い事に憤慨し、お父さんの背中に乗せろとしつこく騒いでいた。本当に余談だね。
そんなこんなで、イヴちゃんはイヴァンさんが離れてしまうことに大泣きしたけど、オクタヴィア様と二人で説得して、イヴちゃんも分かってくれたみたいだ。
だからこその、「お父さん、お母さん」発言なんだと思う。
この約束はイヴちゃんの支えにもなるし、イヴァンさん、オクタヴィア様二人にもきっと、この先を歩む糧になると思った。
待ってくれている人、帰って来てくれる人がいるっていうことが、どれほど大切なことか、それを失くしたことのある私は良く知っているから。
私たちは、色々な謎を解き明かして、一刻でも早くイヴァンさんとオクタヴィア様、イヴちゃん(もちろん四人目もね)が家族として暮らせるようにしなくちゃと、想いを新たにした。
古都アルテを出発してからの旅は概ね順調だった。
お父さんは味を占めたのか、仔犬モードだと昼間でも私たちと一緒に居られるので、夜にちょっと出かける以外はずっと仔犬モードだ。
で、レッドさんも同じく赤ちゃんモードで同行している。暇なのかな。暇なんだろうな。
子供たちが乗っていても馬車のスペースには余裕はあるけど、よくよく考えたらこの馬車って、お父さん、レッドさん、玄武さんもいて、レジェンドだらけだね。
リウィアさんが、「慣れって恐ろしいものですね」としみじみと言っていた。
道中、魔力溜まりを見つけたら積極的に寄ってゲージを溜め、ファフニールの卵も一緒に魔力に当てて孵化を促してみた。
ちなみに、ファフニールの卵の抱っこ担当は、何故かずっとレアリスさんがやっている。「これが母性なのでしょうか」「知らねぇよ」とレアリスさんと王子が話していたけど、レアリスさんは卵が気に入ったみたいだね。
卵は孵る気配は全然なかったけど、ゲージは二回くらい溜まったので、綾人君とも十分以上話せた。
簡単にしか話せなかったから、セリカで書いた綾人君の日記のタヌキの暗号のことも聞きたかったけど、それはタブレットに安定的に魔力が供給される「黒の森」に着いてから、ということになった。
とりあえず効率よく足跡を辿るために、綾人君が行動した場所を教えてもらった。概ね王子とイリアス殿下が組んでいた旅程の場所と同じで、私たちがこれから向かうヴァレリアン地方も入っていたので、まずはその通り道である「黒の森」を目指すことになったよ。
今日も何事もなく穏やかに過ぎる日で、移動中に眠気が訪れるほど平和だった。
でも、玄武のメイさんが『暇だ』と言い出して、私にタブレットを見せるよう要求してきた。玄武のクロさんはお昼寝中だから、飽きちゃったのかな。タブレットは、エルセとの通話アプリ以外は普通の充電で動くから、暇つぶしにはいいかもね。
メイさんは座席にタブレットを置くと、前脚で操作しようと奮闘していたけど、亀さんの脚では上手く操作ができないようだった。
ちょっと考えてから、メイさんはタブレットを咥えてユーシスさんの膝に乗ると、操作するよう要求していた。この頃、ユーシスさんのお膝が定位置になっている。
しばらく、ああでもないこうでもないと、ユーシスさんに指示を出していた。
タブレットの使い方をみんなに教えておいたので、物覚えの良いユーシスさんは淀みなく操作をしていたけど、ふと笑顔が固まってその手が止まった。
けど、メイさんは『なるほど。実に興味深い』と言って、画面にかじりついた。何か興味を引くようなものが目に留まったらしい。
何故かそれをユーシスさんが消そうとするけど、メイさんがその手を齧って止めようとする。無言の二人の攻防が繰り広げられていた。
『胸筋男、邪魔するな。お前もこの〝聖典〟を良く見、新たなる世界の扉を開け!』
「……お断りいたします」
…………珍しくやけにメイさんが機敏だと思ったら、夕奈さんの『聖典』を見つけちゃったのね。
そして、何故かメイさんがユーシスさんにそれを強要しようとしている。
『私が見たい。お前なら出来る』
「断固、お断りいたします」
抑止力のクロさんが寝てるから、メイさんに歯止めが効かない。
穏やかな笑顔と口調だけど、強い意思を込めてユーシスさんが断っている。久しぶりにユーシスさんのお怒りモードだ。怖い。
「メイも好きだなぁ」「ユーシスも災難ねぇ」「クロ様を起しましょうか?」『放っておけ』と外野はまったりとしている。
「ハル」
「は、はいぃ!」
穏やかに呼ぶユーシスさんの怒りの波動に、私は震えながら席を移ると、ユーシスさんが「亜空間収納」と言うのでパッとスキルボードを開いて捧げると、ユーシスさんは「成敗」と言って収納口にタブレットを落とした。
〝聖典〟は没収された。
『あああ、私の〝聖典〟がぁ!』『んぁ?うるさいな、なんだどうした?』
メイさんの嘆きの声に、クロさんが起きた。
『胸筋男が〝聖典〟を没収した。暴君め』『……ああ、なんかうちの亀がすまん』「いいえ」
クロさんは、メイさんの訴えとユーシスさんの笑顔を瞬で理解し、秒でユーシスさんに謝った。さすが伝説の霊獣だ。
メイさんに頭突きをするクロさんを苦笑して眺めていたら、急に〝ピロリーン〟という不吉な音が鳴り響いた。
「「「「「「…………」」」」」」
『ハル、なんか鳴ったよ』
みんな沈黙する中、親切にハティが教えてくれた。ありがとう、ハティちゃん。
私は恐る恐る通知を開いた。何が出てくるのか分からないこの恐怖感。何度やっても、この瞬間に慣れることはないだろう。
〝勇者綾人のタブレット:『生体召喚』に必要な縁の深い媒介として認識。勇者綾人の召喚が可能になりました〟
「「「…………マジで…………?」」」
思わず、私と有紗ちゃんと王子が呟いた。
異様な雰囲気に、馭者台にいたレアリスさんとイヴァンさんも気付いて、馬車を止めた。
私たちの馬車の異変に気付いたのか、後続のイリアス殿下の馬車も止まって、殿下とアズレイドさんが近寄ってきた。
『なるほどな。召喚は、界をも超えるのか』
それはそれは楽しそうにお父さんが笑った。
『私が胸筋男に石板を没収させたお陰だな』
「……メイは、自己肯定力が凄いな」
メイさんが誇らし気に言ったのに王子が思わずツッコんだけど、まあ、確かにそうとも言えなくもないけどね。
みんながどう対処するか、口を開くのを躊躇っていると、また通知が展開した。
〝勇者綾人を『日本』から召喚しますか?YES/NO〟
どうしよう、綾人君。
王子の幼女へのわいせつ行為疑惑と、メイの貴腐人の魔の手がユーシスに伸びた回でした。
これだけ書くと、後書きから読む方がいらっしゃったら、R15なのかと疑われるかもしれませんが、いたって健全な内容となっております。
まあ、『聖典』の中身が健全だったかどうかは、皆さまのご想像にお任せいたします。
次の更新は、間を空けないよう頑張ります!




