110 お疲れ
投稿落とすかと思いましたが、何とか0時15分前にアップできました。
いつものように、誤字脱字チェックは他力本願です。
皆さまあってのこの小説です!
ペット宣言をして、何故か誇らし気に尻尾をぶんぶん振るお父さんの後ろ姿を見て、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけほっこりしたのは内緒だ。
『さあ、どうしたい、ハル?死霊など二度と湧いて出てこれぬよう、この城を覗き見えぬほど地下深く沈めようか。それとも、そこな男が得た古代の知識が二度と人目に触れぬよう、一族もろとも領地ごと塵一つ無く滅ぼそうか?』
いやぁー、怖い!!私のほっこりを返して!!なんでかお父さんの機嫌が悪い。
『馬鹿か、お前。全員死ぬ』『キャイン!』
凶悪になったお父さんに、元のサイズの玄武のメイさんが頭突きをした。お父さんが可愛い声を上げて、頭突きされたおでこを抱えて蹲る。相当痛かったようだ。玄武さんは、この世で一番固いんだったっけ?
『こいつ、亜空間収納に入ったら、ぐーすか腹を出して寝てた』『俺たちが起してからやっと〝深淵〟が出て来たのに気付いたんだ。で、俺たちが状況を説明したら、慌てて出せ出せと暴れて、危うく『破壊』を使って出るところだったんだぞ』
あー、亜空間収納って、寒くも暑くもなくて快適って言ってたっけ。お昼寝にはちょうどいいね。で、見せ場が無くなると思って慌てて出てきたんだ。それでちょっと機嫌が悪かったんだね。
どうりで急に私のスキルがお父さんを追い出そうとする訳だ。
『わ、私は寝過ごした訳ではない。しゅ、主役は遅れてやってくるのだ!』
どこでそんなしょーもないこと覚えたんだろう。
『と、アリサが言っていた』
犯人は有紗ちゃんか。
私たちが有紗ちゃんを見ると、サッと目を逸らす。私たちがセリカに行っている間に、結構な地球の知識をレジェンドたちに教授していたようだ。
ユーシスさんちに押し掛けた時の「ごめんくださぁい」といい、余罪がありそうだ。
『よし。ハルが決めぬのなら、私が決めよう。灰燼に帰す!』
「勝手に決めないでぇー!!」
怒涛のお父さんのターンに、私はお父さんの尻尾にしがみついた。そんなことしたら、末代まで私の名前が悪名として残ってしまう!
そんな私の肩にポンと手が置かれて、後ろに引かれた。王子だ。
「ペルポンタ。この手は使いたくなかったが、仕方ない。『へんしん』」
ん?なんで王子がその言葉を?
ちょっと疑問に思ったら、お父さんの足元の地面に、ふわっと光が浮かんだ。これ、どっかで見たことがあるエフェクトだ。
『ぬぉぉ!何故、そなたがこれを!』
お父さんの焦った声が響いたと思ったら、ポンと音がして、その光の中に仔犬のお父さんが現れた。
『ふむ。見事だ、オーレリアン』『無駄に凄いな』
メイさんとクロさんが感心したように王子に言った。あの幼体化の呪文を、どうやら王子は完全にモノにしたらしく、玄武さんの助けなしにお父さんを仔犬にできるようになったらしい。
王子はお父さんの首根っこを掴むと、スタスタと歩いて、オクタヴィア様にお父さんを渡した。オクタヴィア様は、また目を丸くしてお父さんを見る。オクタヴィア様のこの顔、すごく可愛い。
「まあ、ポンちゃん。あなた、フェンリルだったのね」
「夫人。そいつを捕まえていてくれ。あんたならそいつも大人しくしてるだろ」
『やめろぉ!』
うん。多分、か弱いオクタヴィア様にお父さんも、急に変身を解いたりして無体を働けないだろうから、ナイス判断だ。お父さん、ああ見えてちょっと人見知りするから、オクタヴィア様には強く出られない。今もちょっと耳を伏せている。それに綺麗な女の人に弱いからね。
でも、あんな凄い術が使えるの、黙っていたんだね、王子。
少しくらいなら魔術を使っても大丈夫みたいだけど、心配で王子の脈を測り、下瞼を確認してしまった。無言で更なる健康チェックをしようとする私と、無言で頭を掴んで遠ざけようとする王子とで無言の戦いを繰り広げていたけど、事情を知らないイリアス殿下が不審げに王子に聞いた。
「そのような術があるなら、何故すぐに使わなかった」
「あの術は、俺の判断と闘志を鈍らせる禁術だ」
そうね。王子、あの姿のお父さんを見るとデロデロになるものね。さっきもオクタヴィア様に渡す時、ちょっと手が鈍っていたもの。私の頭を掴む手は鈍らないけどね。
リーチの差で王子に手が届かない私を憐れむように見ながら、イリアス殿下が私にまた魔力ポーションを要求してきた。
「大司教どもまで〝断絶〟を広げているから、中級のを渡せ」
そうか。あの人たちは、この大犯罪の大事な生き証人だから、保護しなくちゃいけないんだ。……すっかり忘れていたけど。あ、王子も忘れてたっぽい。
イリアス殿下が細かい……気の利く人で良かった。
「……今、何故か不愉快になった」
さて、まだ目の前の問題は未解決だ。
ユーシスさん、レアリスさん、戦線復帰したイヴァンさんがにらみを利かせ、まだ戦況は変わっていなかった。〝深淵〟はブレスを連発できないらしく、また、いくら広い闘技場と言ってもその大きな体が災いして自由に動けずにいた。下手したら、死霊軍団を蹴散らしてしまうものね。
悔し気に侯爵はこちらを睨んでいた。
「オクタヴィア。今、私の元へ戻るなら許そう。フェンリルを連れて、こちらへ来い」
どうやらお父さんが無力化したと思っているらしい侯爵は、多分切り札となりそうなお父さんを人質にとでも思っているのかもしれない。
穏やかに微笑む侯爵は、今の状況でなければ、それはとても優しい人間に見える。でも、侯爵の本性を知った今は、却ってその笑顔は強烈な違和感を生んでいた。それを見たオクタヴィア様は、少し怯えながらも拒絶するように首を振った。
「強情だね。私がどれだけ君を愛しているか知っているだろう?」
暴力でその愛する人を捻じ伏せようとした人とは、とても思えないほどの甘い口調だ。
「あなたが愛しているのは、わたくしの容姿とご自分だけ。わたくしのスキルがあなたの意にそぐわないものと分かってから、わたくしが親族から軽んじられるようになり、どれほど虐げられようとも、そのせいで子が流れてしまった時も、あなたは何もしてくださらなかった。むしろ良かったとまでおっしゃったのを、お忘れですか!?」
周りの人たちが息を飲むのが聞こえた。オクタヴィア様の声が、最後には震えていた。
もしかすると、あのお茶会の毒は、これまでも向けられてきたオクタヴィア様への親族の悪意の一つだったのかもしれない。
むしろ、オクタヴィア様の侯爵の妻という地位を奪おうとする人たちがいなかったと考える方が難しい。
「それでも、私のために尽くしてくれたではないか」
まだ良い人の皮を被ったままでいられる侯爵に、寒気がする。
「最初は、泥水を啜るような路上の生活や、義父母の折檻から解放してくださったあなたを愛しておりました。それが故に、ここで行われていた非道な行いを見て見ぬふりをし、家門を守るために汚名を着ました。それは、あなたを守るため、家門が絶えれば、苦しむのが領民であったから。でも、先にわたくしを捨てたのは、あなたです」
「仕方ないだろう。君の〝予言〟は、死を実現するものではなく、来るべき誰かの死を垣間見るだけのもので、死霊を操ると思われていた〝鎮魂歌〟は私の軍勢を弱体化させるものだったのだから。少し力を封じただけだろう」
侯爵は、いったいどの口でオクタヴィア様を愛していると言ったのか。期待に沿えないオクタヴィア様が悪い、と言わんばかりの言い草だった。
「ええ。だから、わたくしも見限ることにしたのです。このような家門、滅びた方がいい。だから、そのご自慢の死霊たちの糧とするために、違法に行われた奴隷の売買、それを使った剣闘奴隷の見世物、メイドや従僕、旅人を無実の罪で陥れて命を奪った行いの邪魔をいたしました。ほんの僅かの抵抗でしたが」
私たちが来た日にあった、貴色を守らなかったメイドさん。あれももしかして、この死霊の仲間にするために、侯爵が陥れるためにやったことだったの?あの時、オクタヴィア様が叱責して追い出したのは、苛烈な罰ではなくて、侯爵の手に掛かるのを防ぐためだった?
「ああ、なるほど。やけにその奴隷を気に掛けるから、惹かれているのかと思ったが、同じように子を亡くした同情からだったのか。私は少し妬いて意地悪をしてしまったのだよ。さあ、慰めてあげるから、こちらにおいで」
それでもまだ、侯爵はオクタヴィア様が自分の下へ戻ると思っている。オクタヴィア様は、こんなに言葉の通じない人と十年近く一緒にいなければならなかったんだ。
そして、あれだけの非道を行ってきた人だ。これまでに、オクタヴィア様にもその牙が向かなかったはずがなかった。
濃い絶望を赤い目に湛えて、無言で首を振るオクタヴィア様は、ギュッとお父さんを抱き締めた。怖くて怖くて仕方がないのだと、傍から見ても分かった。その華奢な体で、こんなに怖い人にずっと一人で立ち向かっていたなんて、言葉を失くすしかなかった。
そんなオクタヴィア様の前に、侯爵からの視線を遮るように、大きな影が立ち塞がった。イヴァンさんだ。
「邪魔をするな。不快だ。薄汚い死にぞこないめが」
「ああ。気が合うな。俺も久しぶりに腸が煮えくり返りそうだ」
侯爵の声は、醜く歪んでいたけど、イヴァンさんの声はとても静かだった。でもそれが却って、イヴァンさんの怒りの深さがわかるようだった。
「ファフニールよ。多少ここを崩して構わん。こやつを血祭りにあげよ」
忌々し気な侯爵の命令に、もう一度〝深淵〟が頭を上げる動作をした。またブレスかと思ったけど、王子の顔がハッと強張った。
「イリアス、断絶だ。ユーシス、断絶を強化。アリサ、聖戦を重ねろ!〝咆哮〟だ」
王子の声に、みんなが瞬時に自分の役割を果たした。
その直後に、空が割れるほどの凄まじい声が聞こえた。数百、数千の猛獣が一斉に吠えたかのようだった。
身体が一瞬硬直したかと思ったら、次いで立っていられないほどの恐怖が襲う。恐慌をきたして叫びそうになるのを、何かががっしりと私を包んで、悲鳴を上げずに済んだ。
その咆哮に被せるように、高く澄んだクジラの歌のような声が長く響くと、私を覆っていた硬直と恐怖がなくなった。
「メイ。助かった」
『神獣だからな。感謝しろ』
メイさんにお礼を言う王子の声が、頭のすぐ上から聞こえる。気が付いたら、私は王子にしっかりと抱き締められていた。
さっき叫びそうになったのを抑えてくれたのは王子だったんだ。
そして、〝深淵〟の咆哮の効果を打ち消したのはメイさんだったようだ。
咆哮は、身体を硬直させ、恐怖心を引き起こす精神干渉があるようだ。メイさんの力もあるけど、その前に、王子の温かさを感じた時に、自分を取り戻せた気がする。
王子はすぐに私から離れようとしたけど、私は思わず王子のシャツを掴んだ。離れたくないと思ったから。
それを王子は怖さの余韻だと思ったのか、私の頭をポンポンと撫でて離れた。
「ハル。お前のスキルが新しく生えたよな。見せてみろ」
ブレスも咆哮も防がれて、侯爵に隙ができたときに、王子が素早く私に言った。
こんな時なら、使えるものは全部使おうと思えた。
スキルボードを開くと、お知らせが並んでいた。そこから〝回帰〟を選んだ。
〝回帰:対象を亜空間収納に入れると、魔物化、死霊化する以前の状態にもどし、スキルの無効化、削除を行える。スキルを取得しますか?YES/NO〟
「聖女でもできないのに、死霊化を解除できるだと?あと、生まれ持ったスキルの削除もできるとか、前代未聞だ」
王子が呆れかえった様子で言うけど、これって今の状況にとっても有利なんじゃ。スキルを使えば、〝深淵〟だって魔物化の解除ができるってことだ。
問題は、肝心のスキルを使う私が最弱だってこと。少なくとも〝深淵〟を動けないくらいの状態にしないと、私はイチコロだ。有紗ちゃんは、聖戦の重ね掛けで多分へとへとだし、リウィアさんの解毒では死霊化の浄化は無理だ。
「もう一人いるだろ。死霊を弱体化させるスキル持ってるヤツ」
その言葉に、私はアッとなって、オクタヴィア様を見た。さっき侯爵が言ってた!
「メイ、クロ、どうだ?」
『ああ、見込みのとおりだ』『イリアスの〝解呪〟でやれるな』
「……お前たち。私を働かせすぎだ」
王子と玄武さんで頷き合っていると、イリアス殿下がげんなりしながら言った。
「夫人。悪いが、そのスキル使ってもらうぞ」
「ええ。喜んで」
イリアス殿下が言うと、オクタヴィア様は少し青ざめた顔色だったけど頷いた。侯爵がまずいと思って封印したオクタヴィア様のスキルを、イリアス殿下が解除していく。
そうして、本来の力を取り戻したオクタヴィア様は、そっとお父さんを下ろして、侯爵様と向き合った。
「自然の理を曲げるような力は、こうやって正す力が働くのですね」
「やめろ、オクタヴィア!」
侯爵の叫びを祓うように、オクタヴィア様の口から、この世のものとは思えないほどの美しい旋律が生まれた。高く低く、物悲しいのに安らかで清らかな歌だった。
その歌が、まるで波のように死霊たちを覆っていく。私の目には何故か、死霊たちが自分からその波に向かっていくように見えた。そこに救いがあることを知っているかのように。
その波が引くように戻った後には、この世に対する憎悪も悔恨も羨望も洗われて、ただ静かな死者たちがそこにいた。もちろん、〝深淵〟も例外ではなかったけど、まだ瘴気は完全に祓われていなかった。死者たちは、〝深淵〟を残し、静かにその姿を消していった。
「ハル。今だ!」
「うん!」
王子が私の腰に手を回して転移をし、無力化した〝深淵〟の前に一緒に出る。
「させるか!」
「あんたの相手は俺だ」
侯爵がまた邪魔をしようとするけど、それをイヴァンさんが止めた。
私はスキルボードを〝深淵〟に向けた。すると、そのまま拡大したスキルボードが、〝深淵〟を丸ごと飲み込んだ。
私のスキルがピロリーンと鳴った。
〝死霊化したレジェンドを収納しました。スキル『回帰』を使いますか?YES/NO〟
死霊は、決して穏やかな亡くなり方をした人たちではない。私は、オクタヴィア様の歌った葬送の旋律を思い出しながら、YESを押した。
どうか、安らかな眠りが訪れますように、と。
〝死霊の回帰が完了しました。瘴気ポイント二百Pを取得します。ファフニールの卵が発生しました。ファフニールの卵を取り出しますか?〟
「「……卵?……」」
私と王子が顔を見合わせてその単語を確認した。取りあえず、「卵」の説明を見てみる。
〝ファフニールの卵:回帰で浄化されたファフニールの核から生まれた卵。孵化させると、ファフニールの幼体が生まれる。貪欲の竜、ファフニールの生まれ変わり〟
「……もはや、神の領域まで行ったな、お前のスキル」
横からイリアス殿下がボソリと呟いた。き、聞こえません。
「どいつもこいつも!私の邪魔ばかりしおって!!」
突然の怒鳴り声に目を向けると、侯爵が血走った目で私を見ていた。
「こうなれば、ここ諸共、瘴気の沼に沈めてやる!」
そう言って、力の制御も全てかなぐり捨てて、全部の力を解放したようだった。
大きな沼が侯爵を中心に広がり、イヴァンさんが飛びのいてそれを避けた。
それを追いかけようとした侯爵だったけど、突然動きが止まった。その足元に、人の手が絡みついていた。それは、一本、二本と増えていき、徐々に数えきれないほどの手が侯爵を捕らえていた。
「な、なぜだ!やめろ!私は貴様らの主だ!」
そう命じるけど、その眠りを妨げられた手たちは、まるで獲物は侯爵一人かのように生まれ続けた。
「死霊術が何故禁術となったか。危険性が高いからに決まってるだろう」
そう王子が忌々しそうに言った。私は恐ろしくて、ただ言葉を失った。
助けを求めるかのように、侯爵が伸ばした手をイヴァンさんが咄嗟に掴んだ。
どんな仕打ちを自分が受けたか忘れた訳じゃないのに、目の前で求められれば手を差し伸べてしまう人なんだ。
でも、死霊たちの力は、無情にもイヴァンさんも飲み込もうとしていた。
いやだ!イヴァンさんを助けなくちゃ。でも、どうやって……。
「ハル!侯爵のスキルを断て!死霊との繋がりが切れるかもしれない!」
「は、はい!」
王子の言葉を理解する前に、身体が動いた。もう一度スキル回帰を発動させる。
ガルが飛び込んで、イヴァンさんの襟首を咥えて離脱すると、私のスキルは侯爵だけを飲み込んだ。そして、スキルの無効化を選ぶ。
〝『模倣』と『置換』スキルの無効化が完了しました〟
その通知と同時に、地面から生えた手は、全て消えていた。良かった。成功だ。
そして、スキルボードから、侯爵が排出された。スキル削除の作用なのか、気絶したまま目が覚める様子がなかった。
玄武さんとユーシスさんが侯爵の命に別条がないことを確認し、それを見て全部終わったことに、私たちは安堵の息を吐いた。
「お疲れ」
そう言って、王子がへたり込んだ私の頭を撫でた。
気持ちいいな。もっと甘えてもいいかな。
「もっと褒めて」
王子の目が大きく開いた。でもすぐに仕方ないなというように笑った。
私の好きな笑顔だ。
「よくやった。頑張ったな」
その言葉だけで、全部報われる気がするよ。
「うん!」
私たちは、どちらともなく笑い出し、その声は吹いてきた海風に溶けていった。
シリアスのために、お父さん一時仔犬化。
主人公のスキルもどんどん謎化してきました。
そして、バトルもシリアスもひと段落。
そろそろお父さんの本領発揮かな?




