11 王宮はてんやわんやです
王子視点です。
痛い表現、欠損表現があります。
苦手な方は閲覧にご注意ください。
魔物の被害は、既に国軍の限界を超えて増えてきた。
父も兄たちも、出来る努力はすべてやっていた。俺も戦場に立つことは苦ではないから、魔物討伐の前線に率先して出て行った。
魔物の活性化には周期があるようで、何とか今度の最盛期は乗り越えた。
だが、次にまた乗り越えられるとは限らなかった。
次の活性化までは、統計によるとあと半年くらいは猶予がある。
この機に、俺はある提案をした。
異世界からの聖女の召喚である。
研究はずっと進めてきた。神殿側にある文献には、遥か昔に界を渡った聖女がいると記されており、それは女神降臨の儀式の産物だということが分かったが、その理論が分からずにいた。
ただ、界を渡る際に、その女性はこの世界に適合するために、能力が付与されたようだ。
俺はその時の召喚陣が詳細に記された文献を何とか閲覧することが出来たので、研究が一気に進んだ。前の聖女がいた世界を特定できた。その道筋さえ通すことが出来れば、あとは俺のスキルを使って、聖女に相応しい能力を持った人間を連れて来ればいい。
俺の4つあるスキルのうち、「天眼」と「強運」がそれを可能にする。
俺は、人が持つスキルを見通すことが出来る。女神が授けたとされる杖の神具「万象」と同じ能力だが、それを持っていることは他の人間には言っていない。
隠しスキルというものだからだ。知っているのは父と王太子である兄だけ。
神殿は、ここ数十年にわたり、魔物の活性時に聖性のスキルのある神官の派遣で幅を利かせてきて、政教の垣根を超えて国政に口出しをしてくるようになった。
少しでも魔物と渡り合える人間を探すため、スキルの判定を義務化したのだが、その判定具である「万象」とその派生神具でスキル判定用の水晶「摂理」の所有権が神殿にあり、それを利用して国軍よりも先に有用なスキルを持つ人間を神殿が押さえてしまうのだ。
だから俺は、神殿に俺の能力を隠していた。
幸い、「万象」は隠しスキルまでは暴けない。
そして招いた聖女は、二人いた。
聖女だと思ったら、一人は少年だった。
大きくて分厚い眼鏡をして、気の弱そうな小動物みたいな小柄な少年で、一緒に召喚された正しく聖女らしき女と違って、まったく自己主張が出来なさそうだった。
俺を差し置いて、神殿の大司教が「万象」を使って、異邦人たちのスキルを暴いてしまい、そこで少年のスキルが前代未聞であったため、聖女を利用しようと付いてきた不埒ものだと断じていた。
俺は、召喚の儀の反動で、魔力を膨大に消耗して、咄嗟に動けなかった。
そこへ俺の護衛である正義感の強いユーシスが割って入り、何とか俺が回復するまでの時間が稼げた。
神殿の奴らには教えてやらないが、少年のスキルには、表立ったもの以外にも何かありそうだった。俺の「天眼」でも見えないが、スキルの表示に不自然な余白があるのが目に入ったからだ。
ただそれが、どんなゴミスキルでも、俺は少年を放っておけなかった。
明らかに聖女が巻き込んだと思われる状況で、聖女は少年を見捨てたように見えた。そして、怯えている様は、どこか諦めすら慣れているような哀れさがあった。
少年は、「失敗」でも「ゴミスキル」でもないと確信していた。
俺の「強運」を舐めるなよ、クソ神官ども。
そうして保護した少年は、少年じゃなかった。
嵩張る上着を脱いだその胸部を、思わず目で追ってしまっていた。ユーシスも同じだったようで、気まずい雰囲気が流れた。
クソ!これで、俺と同じ年なのかよ!
で、この胸って、異世界の発育どうなってるんだ⁉
ハルと名乗った女は、おどおどした挙動と鈍くさい動きをしていたが、頭は悪くなく、場の雰囲気を読むことに長けていた。
ハルには早く使えるものになってもらうよう、教養も腕っぷしもあるユーシスを付けた。後からハルを奪われてはたまらないので、神殿からの横やりを防ぐよう護衛も兼ねさせている。
彼女のスキルは、まさに前代未聞のもので、その解明はおろか、発動すらままならない日々が続いた。
その中でハルと接していくうちに、彼女の柔らかい雰囲気を心地よく感じるようになった。
ハルが俺を呼ぶ「王子」という言葉は、異世界の発音なのだろうが、何故か俺の耳には別の響きに聞こえる。どこか俺の母が昔呼んでいた愛称の「オーリィ」に似ていて、ハルにだけ、その呼び方を許した。
それはユーシスも同じようで、ハルがユーシスの身分を知って、自分にはもったいないと付き人から外すよう懇願してきたが、ユーシス自身がそれを拒絶した。
忠義に厚く、実直なユーシスが、そのような自己主張をすることは珍しかった。
加えて、自分にも他人にも厳しい冷厳たる騎士見本のような男が、ハルを前にすると優しく笑み崩れるのだ。
ユーシスは、明らかな好意を持って接しているようだったが、それにハルは気付かないようだった。
そのことに俺は何故か安堵する。
そんな中、俺は召喚の儀の責任者として、もう一人の召喚者についても責務を果たさなければならなかった。
もう一人の聖女は、アリサ・ホウジョウと言って、見た目も能力も聖女と言うのに不足ない女だった。
だが、その能力と容姿の使い方を良く分かっている計算高い女で、自分の願いが優先されることを知っていてそう振舞うことのできる人間だった。まさに女王のような女だ。
頭も悪くは無いが、ハルが率先して学ぼうとしているこちらのことを、アリサはあまり真剣に覚えようとしなかった。
ハルとは違って、自分で身の回りのことをせずとも、周囲が全てを整えるのでその必要がないのも頷けるが、やはり為政者側としては、国に向き合う心映えを自然と求めてしまう。
その代わり、人脈づくりの才は驚くべき程で、あっという間に神殿側の人間を取り込んでしまっていた。あまりに神殿側との癒着が目立てば策を講じなくてはならないが。
だが同時に、アリサは王宮側にも人脈を広げてきた。父の意向で、兄の子飼いの人間を何人か入れたのだが、それだけでは不十分として、俺にも様子見を命じた。
俺とユーシス以外は、あまりハルを重要視していなかったためで、俺はハルとの時間を削ってアリサに付かなければならなかった。
アリサは、当然の如く贅沢な暮らしを求めた。男女とも見目の良い人間を周りに求め、常に自分の意を酌んで動くことを求めた。自分の美しさを誇示するために、それに相応しい装いを要求した。
俺にも何度かユーシスと共に自分の傍に付くよう言われたが、いろいろな理由を付けて断っていた。機知に富んだ会話も、男の視線を留め置く仕草を熟知した振る舞いも、一、二度なら悪くは無いが、長い時間一緒に居たいとは思えなかった。
まあ、そんなアリサにも良い所はあった。
一応召喚された意義を理解し、スキルを物凄い勢いで熟達させ、即戦力として働くことに協力的だったのと、贅沢の負担を国側だけでなく、神殿側にも平等に強いていたことだ。
神殿側は、費用や面倒な訓練などをこちらに押し付けるつもりだったようだが、当てが外れて相当慌てていることだろう。それは小気味よく感じる。
だが、その女王のような振る舞いは、一部の者には眉を顰めさせるものだった。特に王宮側の騎士は距離を置くようにしていたが、他の下の者に対しては面倒見がいいらしく、気軽に飽きた装身具などを下賜しているので案外評判が良い。それがアリサへ積極的に意見することを躊躇わせる要因でもあった。
やることはやっているから見返りを要求している、何が悪い。まさにそういうことなので、誰もが口を噤んでしまうのだった。
最近俺の足は、自然とハルの元へ向かっていた。
ほんの一時でもいいから、ハルの側でゆったりとした時間を過ごしたかったのだ。
ハルは向こうの世界で得意だった料理を振る舞ってくれた。味は言うまでもなく、物珍しくも絶品である。
贅に溢れたものではないが、素朴でも俺の為にいろいろと趣向を凝らしてくれているのは分かるから、余計にハルの側を去りがたい気持ちにさせられた。
ある日、どうしようもなくアリサや神殿側とのやり取りに疲れてハルに会いに来ると、親し気に手を取りながら階段を下りてくるハルとユーシスがいた。思わずユーシスの手からハルを奪うと、王都近くの丘に飛んだ。
臆病なハルは全身で俺に縋ってきた。急な行動を咎められるが、俺の能力を疑っていないと言われて気分が嘘のように浮上する。
やはりハルとの時間は捨てられない。
腹もくちて穏やかな時間が過ぎると、安眠などとっくの昔に忘れてしまったはずなのに、柔らかな眠気を催す。そんな中で、ハルが俺に悪戯を仕掛けた。人見知りが激しく、未だユーシスにも遠慮がちなハルが、それほどまでに俺に打ち解けたと思うと、どうしようもなく嬉しかった。
だが同時に、抑えきれないほどの衝動が首を擡げる。
このまま、ハルを自分のものにしたい。
誰かのものになる前に、俺が……。
手を捕まえて引き寄せる。慌てるハルの顔が目の前にある。
ハルの髪に手を伸ばし、ふと気付いた。ハルは何の飾り気も無かった。指輪の一つもその身には着けていなかった。アリサを見た直後だから、余計にそれが際立つ。
理由を聞けば、自分は何も出来ないから、自分には勿体ないからもらえないと。それはアリサの為に使ってほしいと。
俺が贈ると言っても頑なに断られた。今与えられているものだけで、十分に嬉しいのだと言って。
この世界に無理やり連れてきたのはこちらなのに、ハルは何も要求しなかった。それどころか、こちらの事情を酌んで配慮すらする。
俺は、自分の欲望を恥じた。
もう、自儘な感情だけでハルを扱うことは出来なかった。
だが、ハルは自分ではあまり頓着していないが、王宮側の騎士の間では、大輪の薔薇のようだが苛烈なアリサよりも、陽だまりのようなハルを愛でる者が増えた。
本人は卑下するが、眼鏡を外したハルは、十分に愛らしい顔をしているのだ。
視線を集めさせたくないのに、自分に自信を持たせるために素顔を晒させたくなる。どちらに転んでも、自分の望みとは別の悩みが付いてくる。
そして、自分が居ない間も積み重ねられるユーシスとハルの時間に、どうしようもなく嫉妬を感じてしまうのだ。
ハルはいつか、元の世界に帰さなくてはならないというのに。
そんな中、不穏な、というか不快な噂を聞いた。
ハルが聖女を騙り、俺やユーシスを不当に扱っているというのだ。それだけでなく、強欲に財物を搾取し、周囲を虐げていると。
もちろん、ハルと接したことのある人間は、そんな噂を信じることもないが、ハルは限られた空間、限られた人間としか接しておらず、その噂はどんどんと独り歩きしていった。
下らないと黙殺していたが、ある日事件は起きてしまった。
「ハルが、いなくなった、だと?」
午前中に元気のない様子だったハルを心配してユーシスが部屋を訪ねると、そこには書置き一つを残して、ハルの姿は消えていたのだという。
ユーシスは返事のないハルの部屋の扉を蹴破ったらしい。普段紳士的な男にそこまでさせるハルは、やはりハルらしい理由で消えた。
「俺たちに感謝してるなら、出て行くんじゃねぇよ!」
残された書置きの、不慣れながら丁寧に書かれた文字に、俺はありったけの声をぶつけた。
俺たちはハルを守っているつもりになっていた。噂なんて俺たちがハルを大切にしていれば関係のないことだなんて、思い上がりもいいところだった。どんなことがあっても、ハルは俺たちを選ぶんだと自惚れていた。
大切にされていることを実感するほど、ハルは俺たちを思って身を引く人間だと、俺たちは分かっていたんじゃないのか。
最後に引き留めることが出来たのは自分だったのにと、初めて見るユーシスの自失した様子は、却って俺を冷静にした。ユーシスの引き締まった頬を殴り飛ばすと、そのデカい身体を引きずって、まずアリサの所へ行った。
「今なら、痛い思いをする前に許してやるから、さっさと居場所を教えろ」
アリサの胸ぐらを掴んだ俺は、青ざめて震えるアリサから顛末を聞いた。どうやら自分のしたことの重大さに打ちのめされたようだ。多少痛めつけてやろうかと思ったが、あいつが嫌がると思って我慢した。
どうやら大まかに言うと、王宮側の最優である俺とユーシスがアリサに付かなかったことに憤慨してのことだったようだ。確かに、魔物の殲滅は国の最重要事項だが、十分な配置をしたはずで、アリサはその目的のためではなく、ただの優越感に浸りたいだけでハルを追い出したんだ。
まあ、噂のハルの所業を改めさせる目的もあったようだが。
さすがのユーシスも拳を握っていたが、それを震わせながらも力に訴えることを堪えていた。
アリサやその側近から状況を聞き出すと、ハルはアリサの側近の護衛騎士に送らせて、今は城下町にいるとのことだ。さっそくその騎士を呼びつけるが、その騎士は、途中で計画が変更になったから役割を変える、と言われてハルの護送をしていないことが判明した。
その後、役割を交換した騎士を辿るが、大怪我をして裏門付近で見つかったようだ。
ここで一度、ハルの手がかりが途切れた。
それでもあきらめずに、今度は街を徹底的に捜索した。市民の不安を煽るので大っぴらには出来ないが、可能な限り詳細な情報を集めた。結果は、街にハルはいないという結論になった。
王都は広く、ここまでで十日が過ぎていた。
絶望の足音がひたひたと近寄る中、一つの情報が耳に入った。神殿の召喚責任者の一人である枢機卿の護衛騎士が、数日前から姿を消しているというのだ。
最低な部類の人間である枢機卿の護衛は入れ替えが激しいのだが、その男は珍しく長く側に侍る男だった。
よほど神殿への忠誠心の強い男なのだろう。そんな人間の失踪は目立った。
その伝手から、男が二週間ほど前に、馬車を裏門に停めているのを目撃した人間が出てきた。
早速その男を探そうと枢機卿を訪ねると、知らぬ存ぜぬでしらを切りとおした。この男が裏で手を引いているのは分かっている。あらぬ噂を流していたのもこの男の一派だ。
だが、地位が高すぎて、王族である俺でも不確かな証拠では問い詰めることができなかった。
そもそも神殿と国は、その組織の成り立ちがまったく違うから、国王とても相応の敬意を払う必要があった。むろん、あちら側もそうあらねばならないのだが、このところ、王族に対する敬意は薄れてきているような気がする。
三日後、街の外れで枢機卿の護衛騎士らしい男が、生死の淵を彷徨っているところを保護されたという情報が入った。俺は自らその男のところへ赴くと、その男は左腕を失った状態で、手当てもせずに城壁の外側を彷徨っていたところを保護されたようだ。
傷口から入った雑菌で高熱を出し、壊疽が起きて体に毒が回ってしまったようだ。業腹だが、ハルの情報には代えられないと、希少な上級のポーションを男に飲ませた。すると、元々鍛えていたためか、男は見る見るうちに回復し、状況を悟ると何もかもを告白した。
大司教の命で、聖女の邪魔になるハルを始末するよう動いたが、どうしても殺せずにいて、同行した監視役の御者の目を誤魔化すため、ハルの髪留めと髪を一房切り取って、殺害の証拠として持ち去り、一度西の森へ置き去りにしたという。
すぐに助けに戻るつもりだったが、枢機卿に動きを悟られて監禁されていたらしい。恐らく枢機卿は、後々ハルの殺害犯として男を利用しようとしていたのだろう。
だが思った以上に男の腕がたったのか、見張りの剣を奪ったうえに、拘束されていた左腕を落として逃げ出したようだ。
誰かにハルの現状を伝えなければと彷徨ったが、途中で失血と高熱で力尽きたということだった。
翌日、ふらつく身体を押さえながら男はハルの元へ案内した。
あれからほぼ20日が経った。
ここは、魔物の目撃も聞く闇深い森だ。か弱いハルがどう生き残れるというのだろうか。
男は、出来るだけの魔よけを施してきたという。それに一縷の望みをかける。
絶望と希望がない交ぜになった胸が苦しい。
男が茂みをかき分けると、そこは拓けた場所だった。
その奥には崖があり、その手前に朽ちかけた猟師小屋と、日当たりのよい場所に、瀟洒な丸太小屋があった。
そして、その前庭のような場所には、白銀の獣に囲まれて、見たことが無いほど安らいだ表情で眠るハルの姿があった。
王子は、こんなこと考えてました。波瑠の胸に悪態吐いてましたね。
小学生みたいに素直になれない性格のようです。
それなりに苦労しているので許してください。
タイトルにそぐわない重い雰囲気ですみません。
ちなみに、レアリスに使った上級ポーションは1000万ウェンです。
というわけで、次話はまたモフモフが仕事します。お父さん出ます。
閲覧ありがとうございました。