104 もう、怖くないよ
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シリアスの恋愛風味 お父さんを添えて
気疲れしたお茶会の後は、晩餐にお呼ばれしているようだけど、予定どおり私は子供たちのお世話があるからと外してもらった。マナーは一通り教えてもらったけど、やっぱり場数をこなしていないから不安しかない。何よりガルたちを最優先にするっていう名目があるから、本当に助かるよ。
晩餐に出かけたイリアス殿下、王子に有紗ちゃん、離れているレアリスさん以外は、一番広い私に宛てがわれた部屋に集まっていた。
オクタヴィア様を介抱したソファセットの他、十人くらいが食事できるテーブルと、ミニバーみたいなお水が使えるカウンターも付いた、高級ホテルのエグゼクティブスイートみたいな感じの部屋だから、魔獣たち込みでも余裕だ。
ちなみに、私と有紗ちゃんの寝室は別にあって、シャワー室とトイレも別にある。これが権力というものか……。
多分一番豪華なのはイリアス殿下のお部屋だけど、きっと高級すぎて、私は緊張して寛げないタイプの部屋と思われる。
晩餐にお呼ばれしていたはずのユーシスさんが、急きょ外されることになった。
聞けば、貴賓が飛び入り参加したとかで、大変失礼なことだけどと、領主様自ら説明に来てくれて、その到着した人が神殿の大司教だと教えてくれた。
大司教ってあの人だ。私を拉致させた黒幕だと思われる人だ。ちょっと怖い。
国で言えば宰相級の人で、国とは違う組織の要人を無下にもできずに、人数調整に協力したという訳だ。私もだけど、ユーシスさんはかなり心配げだったけどね。
取りあえず嫌なことは置いておいて、ご飯に罪はないから、美味しく食べよう!
晩餐は私たちに提供されたものも殿下たちと同じもののようで、乏しい私の知識だと、内海に面しているだけあって、地中海料理に近いもののようだった。名前は忘れちゃったけど、ブルスケッタみたいな前菜とガスパチョみたいなスープ、お肉は香草焼きにジェノベーゼソースに近いソースを掛けたものと、お魚のメインはブイヤベースとアクアパッツァを足したようなものだった。さすが港町。お魚料理、美味し~ぃ!
何より、一緒に貰った白ワインみたいなのが、お料理と合って凄く美味し~。
今日は、ユーシスさんがついているからお酒解禁なんだ。でも、一杯だけだけど!
イヴちゃんは、普段自分のことは自分でできる子で手が掛からないけど、食べ慣れない食事で四苦八苦しているから、私とイヴァンさんでイヴちゃんを挟んで並んで看ている。
イヴァンさんはよく面倒を看ているけど、不器用なのか案外お世話は下手だった。イヴちゃんは、懐いているから離れはしないけど、顔を拭かれる時の力加減が好きではないようで、イヴァンさんがテーブルナプキンを持つとイヤイヤをして、私に拭くように顔を向けてくる。
今まで世話をする女の人が周りにいなかったようで、お母さんを思い出してか、イヴちゃんは私に少し甘えるようになった。可愛すぎてどうしたらいいか分からない!
食後は、イヴちゃんを構った分、子供たちともいっぱいハグをして遊んだ。ガルはちょっとカッコつけて遠慮してたけど、尻尾はけっこうブンブン振っていた。その中にお父さんがこっそり混ざろうとして、ユーシスさんに吊り上げられていたよ。最近雑に扱われるのが板に付いてきたね。
そんな中に、晩餐を終えた王子たちが戻って来た。
「少し厄介なことになった」
疲れた様子でソファに座るイリアス殿下に、さっぱりしたお茶とハティを渡した。「私をなんだと思っている」と凄まれたけど、結局ハティをなでなでして膝から下さなかった。
続きを聞きたいんだけど、なんかまったりとお茶を飲んでなでなでしている。王子に振ろうとしたら、王子はお父さんを顔面に乗せてソファに仰向けになっていた。
ユーシスさんが心配して聞くと、「疲れただけだ」と返す。何でそんなに疲れたの?
「明日の古城行きだけど、大司教が来るのよ」
王族二人のグダグダの様子に、有紗ちゃんが補足する。大司教って、すっごい偉い人だよね?やだ、わざわざなんで来るの?
有紗ちゃんが、「さあ」と肩を竦める。
有紗ちゃんは元気だけど、王子とイリアス殿下はなんかグッタリが治らないみたい。
『お前たち、何か変な術に中てられているな』
玄武のメイさんがトコトコと近付いてきて、王子とイリアス殿下に言った。え?
「私たちは、術除けの守りをしているのだが」
『守りを抜けるようなスキルか術を併用しているんだろう』
メイさんの言葉に、私たちは玄武さんの『鎧甲』の効果を思い出した。薬の効果を確実に効くようにするヤツ。
寝ている王子からお父さんを引っぺがして、『最近私の扱い雑だな!』と怒るお父さんを無視し、私もユーシスさんも思わず問い詰めてしまった。
「殿下、お加減は!?」
「具合が悪かったらそう言って。心配するでしょ。イリアス殿下も!」
私が二人を怒ると、バツが悪そうに「ああ」と素直に言った。
『第二王子。お前の解呪で治るはず』
メイさんがそう言ったら、イリアス殿下がため息を吐いた。そして、軽く解呪を唱えようとしたのを王子が止めた。
「イリアス。解呪の前に、お前の『看破』で何の術か分かるか?」
そうか。まずは何を掛けられたか知らないとね。でも、殿下は首を振る。魔術はスキルほど看破の能力が作用しないようだ。
「ただ、以前見たことがある精神系の系統と似ているな」
精神系って、洗脳とかトラウマ系とかそういう作用を引き起こすみたい。普通の身体攻撃よりも、場合によってはずっと怖いものらしい。
まだ、看破が及ばないくらいの微弱なものだというのが救いだけど。
「クソ!メイ、クロ、誰がこの術を掛けたか分かるか?」
王子が悪態を吐きながら玄武の二人に聞くと、クロさんも首を振った。
『ダメだな。普通の魔術ではないようだから、遺物級の魔道具だろう』
遺物級って、昔の人が残した、現代では再現できないような術が込められたものだ。一番身近な遺物って、勇者綾人君が残したものだよね。
個人の魔力が反映される魔術と違って、遺物は個人の魔力の気配を残さないから判別しづらいもののようだ。
取りあえず考察はさておき、イリアス殿下に解呪を掛けてもらった。それで、二人とも元気になったから、術に中てられていたのは間違いないみたい。
そんな考え込む私たちの側で、急に「おい!」というイヴァンさんの声がした。慌ててそちらを見ると、有紗ちゃんが倒れ込んで、イヴァンさんがそれを受け止めていた。
「有紗ちゃん!」
「……なんか分かんないけど、殿下が解呪を使ったら力が抜けた」
平然としていたけど、有紗ちゃんが一番重症だったようだ。
『アリサは一度この術に掛ったことがあるようだな。それで、抵抗なく掛ったんだろう』
「私が、術に掛っていた?」
メイさんの見立てに、イヴァンさんに支えてもらってソファに座ると、有紗ちゃんは呆然と自分の手を見た。
「全然、そんなの感じなかった。むしろ、調子がいいくらいで……」
危険かもしれない術に掛って自覚が無かったことに、有紗ちゃんは相当ショックを受けているようだった。多分、それが精神系の魔術の恐ろしいところなのかもしれない。
「何か、対策を練らねばならないな」
イリアス殿下が眉間にしわを寄せて呟く。いつ仕掛けられても気付かないし、お守りも聞かないような術があるなんて、怖すぎる。重い沈黙が下りた。
『なに、心配いらぬ。精神系の攻撃を防ぐ方法はそう難しくない』
そこに得意げなお父さんの声が響いた。
「なんだと。知っているなら教えろ」
王子が食い気味で尋ねると、お父さんがドヤ顔で言った。
『心を強く持て』
「精神論じゃねぇんだよ!!」
今日も王子のツッコミMAXです。確かに、お父さんメンタル強いもんね。
ほっぺたを王子に摘ままれながら「ぶ・つ・り、の対策だよ」と怒られて、面白い顔のまま「きゃん」って鳴いてたから、やっぱりメンタル強いって言ったの取り消し。
『ま、まあ、なんだ。気休めで良ければ、私の加護入りで私の毛をやろう』
王子の攻撃に、お父さんが耳を伏せながら提案する。「じゃあ、出せ」と王子が言うと、広い所へトコトコと歩いて行って、『へんしん』と高らかに唱えた。ぼわんと、解除の時のエフェクトが発生し、中から元の姿のお父さんが現れた。
『ふふふ、オーレリアンよ。本来の姿に戻った私の毛が、そう易々と取れると思ったら大間違いだ。どうだ、欲しくば挑んでみよ。わははは!』
ああ、調子に乗って、悪い癖が出ちゃった。こういう無駄にメンタル強いところあるよね。
それに王子の表情が一度抜け落ち、すぐに壮絶な笑みが浮かんだ。
「……ユーシス、やれ」
「はっ。フェンリル、お覚悟。『剛腕』」
『わぁ、待て!ユーシス、そなたは反則だ!』
お父さんが後退って逃げるのを、イリアス殿下が「断絶」を張って退路を断ち、ユーシスさんがむんずと尻尾を掴んだ。ユーシスさんのスキルが発動する。ナイスコンビネーション。
どうやらイリアス殿下も、お父さんにイラッときたらしい。
その後のお父さんの「きゃいぃん」という鳴き声は、断絶に閉じ込められて、私たちには届かなかった。
毛束を満足げに見る王子と、丸まってペロペロと尻尾を舐めるお父さんの哀愁漂う姿に、そっとイヴァンさんが呟いた。
「フェンリルってぇのは、案外……アレ、なんだな」
その〝アレ〟に、言わなかったイヴァンさんの優しさを感じた。
その日の遅くに、ようやくレアリスさんが戻って来て、王子とイリアス殿下に何かを報告していた。それを聞いた王子と殿下は、スコルに何か手紙を頼んだ。ここで少しの間だけ、スコルがお使いで離脱する。詳しいことは教えてもらえなかったけどね。
で、次の日は、全員で勇者綾人君の足跡を確かめるために、古城へ向かうことになった。
古城は、高級ホテルのような新しいお城とは違って、歴史を感じる重厚で厳めしい佇まいだった。行政の中心というよりは、要塞みたいな感じだ。
入り口には、すでに例の大司教が待っていた。
夏用の薄手の白い神官服に、ミトラのような帽子を被り、聖典なのか小さな本を一冊持った、いかにも聖職者という出で立ちの年配の人だ。
その顔を見て、私は体が竦んだ。
思い出した。あの人、召喚されたときに私をゴミスキル扱いして、追放しようとした人だ。
先に領主様とイリアス殿下が前に出て大司教と挨拶を交わした。みんなの意識は今、全員あちらを向いている。
私は、初めて触れた悪意を思い出して、後退りたい気持ちになった。
あの時は、理不尽な扱いに憤っていたから何とか泣かずにいられたけど、その後の暗殺未遂を経験して、今は思ったよりも自分が傷付いていたことに気付いた。
震えそうになる私の肩を、不意に温かいものが包んだ。見ると、王子が私の肩を引き寄せていた。
「大丈夫だ、ハル。俺たちがついている」
耳を掠める王子の涼やかな声と、肩に回された大きな手の感触で、怖さが溶けていくようだった。
王子に身体を預けるように寄り添うと、恐怖にドキドキしていた心臓が、スーッと鎮まっていくようだった。
「ん。もう、怖くないよ」
顔を上げると、不敵な笑みを浮かべた王子の顔があった。「よし」と言って、私の頭をポンポンと叩く。
肩から離れてしまった手の感触がもう恋しい。
王子の下ろした手の小指をそっと捕まえてみた。
「また、怖くなったら、もう一度こうしてくれる?」
王子を見上げてお願いしたら、王子は紫色の目を大きく見開いて、すぐ視線を外した。下から見える王子の耳が、少し赤くなっている。
その後、「ああ」と言ったきり視線は戻らなかったけど、王子の指をそっと握った私の手を外して、その手を指を絡めるようにして握り返してくれた。
あれ?これって……ちょっと、恥ずかしい。
あっという間にまた手は外されちゃった。
この世界でも同じ意味か分からないし、一瞬だったけど、王子との恋人つなぎに、さっきの恐怖からのドキドキとは違う鼓動が鳴った。
スタスタと早歩きする王子の背中を追いかけていくと、ガルとその背中に乗った小さいお父さんが王子と並んだ。
『『ヘタレ』』
「お前ら、どこでそんな言葉覚えるんだよ」
『『アリサ』』
「……覚えてろよ、クソアリサ」
夏の日差しのせいじゃないほっぺたの熱を冷ましながら、何か、三人で楽しそうに話している背中をぼんやり眺めていた。
いよいよ建物の中に入るみたいだ。
でも、ここでひと悶着があった。ここに来て、大司教がイヴちゃんとガルたちの同行を嫌がった。神聖な場所に、道理の分からない子供や獣を連れて行くのは許さない、と。
「本来は、なんの称号も持たない者も遠慮願いたいが……」
そう言って、はっきりと私を見て笑った。さすがにムカッと来た。
イヴちゃんもガルたちも、そこにいる変な笑い方して追従している神殿の人たちよりも、ずっと大人なのに。
それに私は、「聖女」とか「勇者」とか言った称号はないけど、セリカに行った時に、公式に「魔獣のお世話係」って役職もらったもん。
どうやら言葉尻からすると、入れてくれそうな感じはするけど、ダメって言われたら、今度は国王陛下やレジェンドたちの威を借りることにしよう。権力の使い方を覚えたからね。
「ハル。何を言おうとしているのか皆目見当もつかんが、どうせ素っ頓狂なことだろう。余計なことは言うなよ」
イリアス殿下が、息巻いている私に向かって冷静に釘を刺した。素っ頓狂ってなに!?
そんな感じで、イリアス殿下と大司教に憤っていると、大司教が少しも変わらない嘲笑を浮かべて、私と握手しようと近付いて来た。
「まあ、以前はこちら側にも幾分の非はあったかと思いますが、あれは元枢機卿が独断で行ったことですから。この機に我らと親交を深めましょう。異世界のお嬢さん」
絶対いや!握手はもちろんだけど、親交なんて深めたくない!この人は、ちっとも自分が悪いなんて思ってないもの!
突然、キィーンと耳鳴りのような高い音が鳴って、私の鳩尾を不快なものが漂った。何か、吐き気のようなものが襲ってきて、私は口を押えた。
あ、もしかして、これが昨日王子たちが経験した術への抵抗なの?
よろめきそうになった私の頭上に影が差した。そして、私たちの後ろに何かが舞い降りた気配がする。
振りむくと、そこには赤くて大きな竜――レッドさんがいた。
『何やら呼ばれて来てみれば、困っているようだな、ハル』
スコルのお使いって、もしかして、レッドさんを呼んで来ること?
少し遅れてスコルも「ただいま〜」と戻ってきた。
『ああ、その前に手土産だ』
そう言って、何か両手で大事そうに掴んでいたものを、私にそっと差し出した。
そこからゴロンと転がり出たのは、なんとリウィアさんだった!
「リ、リウィアさんんん!?」
「……ああ、ハル。私は〝戦士の魂の国〟を見つけました……」
「リウィアさん!そこは死後の世界だから戻って来て!」
あまりの出来事にさっきの吐き気や耳鳴りはいつの間にか消えていた。
『それで、何が問題だ。我に言ってみよ』
レッドさんが、きっと分かっているんだろうけど、大司教たちを睨んで私に言った。レッドさんの無言の圧力と迫力の眼力で、大司教たちは言葉を失くしていた。
気持ちは分かります。私も初見は、はっきり言ってちびるかと思いましたもの。
しばらく動かない大司教を見て、ブレスですらないただのため息を、私の手を握ろうとしていた大司教に吹きかけると、大司教はよろめいた。
それを鼻で嗤った様子に大司教が気付いて、ようやく動き出したようだ。
「検討したい。少々お待ちくださるだろうか」
大司教が屈辱を堪えるように言うと、一度建物の中に入った。
領主様は伝達役を買って出てくれて、大司教を追いかけて建物の中へ入って行く。気遣わせてしまって申し訳ない気持ちが湧いてくるよ。
そんな訳で、少し私たちだけでお話する時間が出来た。
イヴちゃんが「おっきいトカゲ!」と言って喜んで、イヴァンさんがレッドさんを見て固まっていたから、一度馬車に戻ろうと声を掛けたら、ハッと気付いてレッドさんに頭を下げた。
「我が一族の守護竜、ドライグ。お目に掛かれて光栄です」
『ほう、オルドウィケスか。我が休眠期に入っている間に滅んだと聞いた。すまなかったな』
「その言葉だけで、十分でございます」
イヴァンさんはレッドさんに雰囲気が似ているなと思ったけど、二人の間にはなにやら一族ぐるみで接点があったようだ。
跪いて深く首を垂れるイヴァンさんの肩が、僅かに震えていた。だけど、イヴちゃんが「おじちゃん」と声を掛けると、その堪えていた何かを振り払うように顔を上げて、イヴちゃんを愛しそうに撫でた。
そして、イリアス殿下と王子に伝えた。
「先ほど、俺に奴隷紋の魔術を掛けた人間の声を聴きました」
その言葉に、みんながイヴァンさんに注目する。
「あの儀式の場で聞いた声の一つは、大司教のものです」
へたれ:弱々しく気力にとぼしいさま。また、そのような人。
いや、王子は中二レベルなので、肩を抱いた時点で十分尖っています。
毛抜きは、自業自得なので、どうか動物愛護団体からクレームがきませんように。
次話は、なろう検閲と団体クレームに怯えないようなお話にしたいものです。