103 お茶会にはご用心
お茶会って、だいたい愚痴り大会だと思っています。
その後のお茶会では、侯爵夫人オクタヴィア様は、私の何が気に入ったのか、隣に座って私に自分を名前で呼ぶように命じられました。命じたというか、可愛いお願いの仕方だったけど。
絶世の美貌で小首を傾げ、「名前で呼んでくださらないの?」と言われたら断ることなどできようか。否、無理だ。
それにしても、優雅にお茶を飲むオクタヴィア様は、凛としていてとっても高貴な雰囲気だけど、それがお集まりのご婦人方には面白くないようだ。特に古参というか、家門の由緒をずっと話しているご婦人とか、凄い高そうな宝石をいっぱい着けているご婦人とか、いかにも名門ですって感じの人たちは、オクタヴィア様に対して当たりが強いように見えた。
なんか、それは私に対してもちょっと見え隠れしている。
どうやらオクタヴィア様と仲良くするのがダメみたい。まあ、さっき思いっきり王族のコネを使った嫌味を言ってしまったのもあると思うけど。
そういう態度を取る人たちも含めてだけど、オクタヴィア様に頭を下げるのは嫌だけど、侯爵家の権力にはあやかりたいという気持ちが見て取れた。それと同時に、オクタヴィア様自身の噂のせいか、怖れと嫌悪が滲んでいた。
それにしても、これが社交っていうものなのか。お腹痛い。
私と違って元気な有紗ちゃんは本当に凄い。その後は、有紗ちゃんがご婦人方との間を取り持ってくれて、何とか持ちこたえることができた。
家門を自慢したご婦人に、「あら、そんなに高名な家門なのに、有力貴族へのご挨拶でお会いしなかったような?」とか、宝石をいっぱい着けているご婦人に、「そのデザイン、ランクの低い石を良く見せてくれるのよね」と、私をやんわり攻撃した方には、ちょっとピリリとスパイスの効いた会話をしていたけどね。
特に、独身のご令嬢には、ちょっと話をしただけで凄く慕われていた。これが、噂に聞いていた有紗ちゃんの派閥を作る力なのかと思ったら、「イリアス殿下またはフォルセリア卿と十分お話できる権利」をチラつかせて釣ったらしい。逞し……頼もしいね。
どうして王子で釣らないのか聞いたら、どうやら自分より顔が綺麗な人の隣に並びたくないという乙女心が作用するらしく、独身王族なのに女性人気が低迷しているようだ。このことは、私の胸の内にしまっておこうと決意した。
ふと男性たちの方を見ると、あちらは立食形式で、王子の小脇にはぐったりと屍のようなお父さんが抱えられていて、私の視線を感じてか、お父さんが顔を上げて無理やり王子の腕から逃げてきた。弾むように短い脚で駆けてくる姿は、悶絶するほど可愛い。
私の膝にピョンと飛び乗ると、甘えるようにお腹を見せて寝転がった。仔犬になったらやりたい放題だね。可愛いから撫でちゃうけど。
『はぁ、落ち着く』と私にだけ聞こえる念話というので呟いてた。他の能力は抑えられていても、どうやら念話は使えるみたい。
高貴なご婦人方はそれに眉をひそめたけど、王子が溺愛していたのを知っているからか、何も言えずに放置する姿勢だ。ご令嬢やオクタヴィア様は微笑んでくれたからいいか。
お父さんのモフモフに癒されながら、最後のお茶が注がれて、これでおしまいかと気が抜けた。お茶は、注いでいるうちに適温を逃がさないため、二人に一人のメイドさんが付いている。先にオクタヴィア様に注がれ、その後に私だ。
オクタヴィア様が口を付けてから、やけに時間を掛けてから私のカップにも注がれた時に、お父さんがピクッと動いて私の膝で立ち上がった。何やら異常を察知したらしい。同時にオクタヴィア様が私のカップを取って、注いだメイドさんにその中身を掛けた。
え、なんで!?
「あなた、こんなに熱いお茶を出して、お客様に火傷をさせるつもり?身をもって教えないとならないようね」
そんな理由だったけど、お父さんの様子からもっと只ならぬことだと感じた。
「……お、お許しください」
すぐに這いつくばったメイドさんに、オクタヴィア様はティーポットを手にして、まだ熱いその中身をメイドさんの頭から掛けた。熱さでメイドさんが小さな悲鳴をあげそうになったけど、慌てて口を噤んで顔を庇って蹲った。
その場が騒然となる中、お父さんがサッと念話で言った。
『……毒だ』
「え?」
あってはならない単語が頭を巡ったけど、まずは自分に害意が向いたことにゾッとした。睡眠薬を盛られそうになったことはあったけど、今回は致死毒でないにしても、明らかに私を害そうとしていた。私は王子のお守りがあるから、致死毒でも飲んでも平気だけど、その悪意を向けられたことが怖かった。
でも、それよりも……。ハッとなってオクタヴィア様を見た。私のに毒が入っていたとしたら、同じお茶を注がれたオクタヴィア様はそれを飲んでしまった。
オクタヴィア様の白皙のお顔が、青褪めるのが分かった。絶対に毒を飲んだことに気付いているのに、オクタヴィア様はそのことを口にしなかった。周りに知られたくないの?
と、同時に、男性たちも騒ぎを聞きつけて、私たちの方へやってきた。何とかしなきゃ!
「きゃ、きゃあ?こ、転んだぁ」
私は咄嗟に機転を利かせ、転んだふりをしてオクタヴィア様にぶつかった。巻き込んだお父さんが『下手くそか!』と言うのが聞こえた。ごめんなさい!
二人で尻もちをついた状態になったけど、それでオクタヴィア様の体が震えているのに気付いた。何故か分からないけど、オクタヴィア様は自分が毒を飲まれたことを隠しているようだ。こちらの護衛について控えていたイヴァンさんに目線を送ると、近付いてくれた。
そこへちょうど、男性陣が到着した。私が抱き付いた形のオクタヴィア様を見て、夫である侯爵様が眉を顰めた。急いで説明の必要を感じた私は、精一杯演技をする。
「オ、オクタヴィア様。私のせいでー、足を挫いてしまったみたいー」
『棒読みだな』
私にしか聞こえないお父さんのツッコミに虚しくなりながらも、到着した王子にお父さんが乗り換えて、何やら王子と目を合わせている。多分、この状況を説明してくれているんだろう。すぐに私の意図を汲んでくれた王子が、侯爵様に申し出をしてくれた。
「セウェルス侯爵。どうやら俺の客人が細君に迷惑を掛けたようだ。我らが責任をもって細君を治療したいがよろしいか?」
王族の厚意を断ることもできないようで、侯爵様はため息を吐きたいのを堪えるようにして頷いた。
王子は併せてオクタヴィア様を運ぶようにイヴァンさんに指示する。イヴァンさんが「失礼します」と言ってオクタヴィア様を抱え上げると、オクタヴィア様は一瞬安堵したような顔をした。
メイドさんは、……今何も症状が出てないから、胃に入らなければ大丈夫な毒のようだ。メイドさん自身が、咄嗟に口に入らないように蹲ったから、きっと毒入りを知っていたはずだ。それなら、自分で対処できるだろう。
「そのメイドも連れて行ってもよろしいでしょうか。お客様への無礼を咎めないと」
毅然とした声で、オクタヴィア様がお茶を掛けたメイドさんを指して、そう王子にお願いした。侯爵様は何か言いたそうにしたけど、おそらくそのメイドさんが関与しているであろうことを察した王子が頷いたので、ダメと言う事もできなかったようだ。
ざわつくこの会場には、イリアス殿下とユーシスさん、有紗ちゃんに残ってもらって、他の人は屋敷へと戻った。
いつの間にか、イヴァンさんを助けたと思しきあの使用人さんが、メイドさんを拘束して付き添っていた。レアリスさんみたいな隠密のスキルあるのかな?
私はこっそりスキルを使って解毒ポーションを出しておく。いつもは画面でポチるけど、堂々とスキルを使うことはできないから、ずっと前に取った音声操作で交換して、ポッケの中にしまっておく。おそらく、中級のポーションで大丈夫そうだ。
王子の指示で、私たちが滞在している部屋にオクタヴィア様を運ぶことになった。
私たちが中に入ると、イヴちゃんと子供たちが出迎えてくれて、アズレイドさんとレアリスさんに手早く王子が事情を説明した。
イヴァンさんがオクタヴィア様をソファに下ろすと、私がすかさず解毒ポーションを飲ませる。あまりの手際の良さに驚いていたけど、王子が「この娘のはポーション類が出せるスキルだ」と説明した。うん。全然嘘をついていないのが凄いね。
ポーションが確実に効いたみたいで、オクタヴィア様の顔色が随分良くなってきた。
「ありがとう。あなたには、二回も助けられましたわね」
五分ほどで血の気の戻ったオクタヴィア様が、軽く微笑んで言った。
二回?と思ったけど、どうやら古参のご婦人方の悪口を逸らしたことも含まれるみたい。あんなの、助けって言うか、私がただ不快に思っただけなんだけど。それに、助けられたのは私もだよ。オクタヴィア様がカップを取り上げてくれなかったら飲んでいたもの。
「私こそ、毒から守っていただき、ありがとうございました」
「あら、やっぱり気付いていたのね」
的確な解毒ポーションだったものね、とあっけらかんとオクタヴィア様が言った。まるでこういった事に慣れてるみたいに。
多分、今頃庭園では、オクタヴィア様のいつもの癇癪、とでも片付いているのだろう。
オクタヴィア様は、気怠げに立ち上がると、王子に深く礼をした。
「此度のこと、わたくしの責任にございます。殿下のお客人を危険に晒すことになり、本来であれば王家に裁定を仰がねばならぬところでございますが、自領と家門のことゆえ、一度だけわたくしにお預けいただけますでしょうか」
責任の所在が、オクタヴィア様一人になっている。っていうことは、侯爵様には知られたくないということだろうか。それとも、何か心当たりがあるのだろうか。
「ダメだ、と言ったら?」
王子が冷たく言うと、オクタヴィア様は凄絶といっていい程の笑みを浮かべた。
「疑わしきは全て罰しなくては。セウェルス家筆頭に、一族郎党全て首を差し出すことになりましょう。もちろん、わたくしと夫も」
「……無益なことを。首謀者は厳罰が必要だが、それ以上は許さない」
王子が折れた。どこか破滅的なオクタヴィア様の言葉は、単なる大言だと受け流せない危うい何かがあった。まるで、自分の命さえ本気でどうでもいいと思っているような。
「御厚情に感謝いたします。……レネ」
王子が仕方なしと判断したことに、オクタヴィア様がまた頭を下げた。そして、使用人の男性に声を掛けて手を振ると、全てを心得ているかのように、レネと呼ばれた男性は一礼して、いつの間にか気絶させられたメイドさんを抱えて部屋を出た。
「レアリス」
今度は、王子が何故かレアリスさんを呼ぶと、何も言わないのにレアリスさんは頷いて、レネさんの後を追って部屋を出た。
「監視はさせてもらう。いいな」
「御意のままに」
レアリスさんはレネさんを見張りに行ったようだ。レアリスさん自身はとても目を惹くけど、気配を消そうと思ったらレアリスさんの右に出る人はいないから。
少し静かになった室内で、トトトと軽い足音が響いて、オクタヴィア様の所にイヴちゃんが走ってきた。
そして、私があげたポシェットから、何かを取り出してオクタヴィア様に差し出した。昨日私が折ってあげた折り紙のカエルだ。
「はやく、げんきになってください」
一番のお気に入りだったカエルだけど、具合が悪そうなオクタヴィア様のためにあげるようだ。
オクタヴィア様は、その綺麗な赤い目を大きく見開いた。そして、花が綻ぶような笑みを浮かべて、イヴちゃんと目を合わせるようにしゃがんだ。
「このような宝物、わたくしがもらってもいいの?」
イヴちゃんが無言で頷くと、オクタヴィア様はハンカチを取り出し、そのカエルを大事そうに包んだ。
「ありがとう。おかげで元気になったわ。大切にするわね」
イヴちゃんが、オクタヴィア様の言葉に、ニコッと笑った。
この女性が毒婦と呼ばれているのは、何かの間違いじゃないかと思う。この笑顔は、どうしても演技に思えなかった。
「おい、顔を拭け」
「な゙い゙でな゙い゙」
王子に言われて涙声で答えた。呆れたように王子がため息を吐くから、腹いせに王子のジャケットの裾で顔を拭いた。あ、これって、イリアス殿下が貸してくれた別のジャケットだったっけ。
王子に袖で顔を拭き直してもらっていると、オクタヴィア様が立ち上がった。まだふらついているけど、イヴァンさんの手を断って気丈に立っていた。
「では、殿下とお客人に、良い報告を持ってまいりましょう」
優雅に一礼すると、私に近寄って、サラリと涙の痕を撫でた。
「忠告したでしょ?アルテ(ここ)では気を抜いては駄目よ。優しい異世界人さん」
そう言って、オクタヴィア様はこの部屋を出て行った。
程なくして、イリアス殿下たちが帰ってきた。
話を聞いたら、やっぱりオクタヴィア様のいつもの御乱心だという結論になったみたい。
本当にそういう認識がまかり通っているにせよ、意図的に誰かが誘導したにせよ、どちらにしてもオクタヴィア様を人身御供にして問題から目を逸らしているように思えた。
「イリアス。俺にはどうも、あの女が噂のような狂人には思えないんだが」
「ああ。側面だけ切り取って、そう見えるよう仕向けているようにも見えるな」
私も、王子とイリアス殿下の意見に賛成だ。何故かは分からないけど、オクタヴィア様はわざと苛烈な侯爵夫人であると思わせているような気がする。本当に嗜虐的な人だったら、あんなふうに私を庇う必要はなかったもの。
「あの夫人について判断するには、いずれにしても情報が少なすぎる。まずはレアリスの情報を待ってからの判断としよう」
憶測で何かを結論付けるのは危ない。今は判断のスピードよりも正確性が必要な時だ。イリアス殿下はそう考えているようだ。
「それはそうと、例の勇者の足跡についてはどうなった?」
そうだった。この古都に寄ったのは、三百年前の王都はここアルテだったから、勇者綾人君や聖女夕奈さんについての記録が残っているかの確認をしたかったからだ。
「ああ、そうだな。文献類は大図書館にあるかと思ったのだが、聞けば城門より少し北に行った場所にある、旧王城であるほとんど遺跡になった古城があるらしいが、そこに文献や遺品等が残っているようだ。明日行ってみることになったが、何故か神殿の人間が立ち会うことになっている。どうやら、当時神殿に所属していた勇者や聖女が残した物は、神殿の所有物とのことだ」
そういえば、王子が私たちを呼んだ転移陣も、神殿側が情報を出し渋っていたって言ってたっけ。今は、派閥とかそういうのを気にしている場合じゃないと思うんだけど。
「いずれぶつかるとは思っていたが、まあ想定内だな」
王子は何でもない事のように言う。いろいろ手立てはあるらしいけど、「内緒だ」と言われてしまった。
「それはともかく、結局奴隷の魔術の痕跡はどうだったんだ?ペルポンタは役立たずだとしても、メイがいただろう。何か分かったのか?」
『ペルポンタと呼ぶな!』
王子の問いに、お父さんが抗議する。でもお父さん。役立たずってフレーズは否定しなくてもいいんだ。
ユーシスさんがポケットから第四形態玄武さんを取り出すと、ユーシスさんの腕の中で、ポンと小さいサイズの玄武さんに戻った。
『我々は集中すべく、まずは腹ごしらえをした』『我々っていうか、お前だけな』
メイさんが状況を語る。どうやらユーシスさんに頼んで、立食のお菓子を摘まんでいたらしい。
『美味だった』
「感想じゃねぇ。成果を聞いてるんだよ」
しみじみとしたメイさんの言葉に、王子が思わずツッコむ。
『話はこれからだ、オーレリアンとやら』『お前、ずっと大人しかったけど、やることやってたんだな』
と、先を進もうとしたメイさんに、感心したようにクロさんが褒めた。
「で?誰が奴隷紋の魔術を使ったんだ?」
『ああ。少しでも外気から気配を探ろうと、胸筋男に微風を起してもらった』
胸筋男って、まだユーシスさんのことをそう呼んでるんだ。魔力の気配って、臭いみたく空気の動きみたいなものにも乗るんだね。
『中々いい風が起きたので、意識を凝らしていたら……』
「いたら?」
王子がメイさんの語尾を繰り返した。
『よく眠れた』
「「アホか!!」」
今日も、王子とイリアス殿下のシンクロツッコミが響き渡った。
どうやら、魔術を使った人の捜索は、失敗だったようです。
なんか最近、執筆してると眠くなります。
眠気を覚ますために糖分が欲しくなります。
おやつを食べるとお腹がいっぱいでまた眠くなります。
これが悪魔のサイクルというヤツか。
こうして、中身の薄いお話が出来上がります。
そんな訳で、来週も眠気で更新落とさなかったら、また見てください。