101 美しき毒華
今週も肌色多めです。
次の日は、王子とイリアス殿下とイヴァンさんは、一緒の馬車に乗って打ち合わせ、私たちとイヴちゃんは幌馬車の方に乗った。最初イヴァンさんと離れて泣きそうになっていたけど、スコルとハティが一緒に居てくれたので、大人しく分かれて乗ってくれた。
なるべく寂しさを紛らわそうと、異世界でも分かりそうな手遊び歌をやったり、馬車が揺れて大変だったけどお絵描きクイズをしたりと、結構私も充実した時間だった。
ちなみに、有紗ちゃんが描けるのは果物だけで、生物を描くと「まもの?」とイヴちゃんに聞かれてた。あと、多分「象さん」はこの辺りにいないから、分からないと思うよ。
イヴちゃんがクレヨンに興味を持ったので、今は揺れる馬車でも安定感抜群のユーシスさんのお膝で、後ろから画用紙を持ってもらってお絵描きしている。可愛いね。
それにしてもイヴちゃんは大人しい子で、とてもしっかりしているから手が全然掛からない。一度慣れれば、もう人見知りはしなくて、トイレもちゃんと一人で出来た。言葉は少し幼い感じはするけど、精神的に日本の子より成長が早いと思った。
どうやら下層階級の家庭では、早くから子供も仕事を覚え、十歳くらいには働きに出るようだから、甘えた子供らしい時間はほとんど無いようだ。子供らしい我儘も言わないし、ちょっとくらい転んでも我慢するしね。
私はベタベタに甘やかしてしまいそうだけど、その辺りの扱いは、自分も早くから家業を学んでいたレアリスさんが上手く舵取りをしてくれた。必ず出来る仕事を割り振って、お客さん扱いはしてはいけないようだ。
朝ごはんや荷物のお片づけを一生懸命やってくれたし、その動作に子供特有のハラハラ感はなかった。その分、「良く出来ました」って褒めたり、「ありがとう」と伝えたりするのは、どこの世界でも共通事項みたいだ。
その日は、古都アルテの手前の宿場町で一泊した。お父さんがイジイジとして、宥めてからの入りだった。イヴちゃんを見習ってほしい。
結構大きな街で、その街で一番の高級宿を取ったようだ。食事も高級そうで美味しかったけど、王子が「カツ丼とフライドポテトが食べたい」と呟いていた。
王子は庶民派の味覚だからね。どっちも揚げ物だけど。
夜、子供たち四人を寝かせた後、大人組と玄武さんで、最上階のワンフロアの殿下の部屋で打ち合わせをした。
イヴァンさんには、以前セリカ行きの時にファルハドさんにもお願いした「沈黙の誓約」というのを受けてもらった。いろいろと、私のスキルとか、みんなの身分とかが関わるところがあるからね。
酷い制約魔法である奴隷紋を解いた後すぐにどうかと思ったけど、奴隷紋とは違って自由意思で受けるものだし、苦痛で縛るものではないから何も問題ないと言ってくれた。優しい人だ。
その後で、馬車の中であった話し合いの結果を教えてもらった。
取りあえず、城門は正々堂々と正面突破。何も疚しいことしてないからね。
イヴァンさんのカラドボルグは荷台に乗せておく。そんな杜撰な、と思ったけど、正真正銘の王族の荷物を検められる領主はいないそうな。なるほど。
当のイヴァンさんは、王子が持っていた魔道具を使って変装するらしい。
玄武さんやお父さんが使った幼体化の魔術と同じ要領で、サイズ感、年齢を下げて、若干の外見の誤認を起こす魔術が入っているんだって。なんと、お父さんがスピッツの仔犬になった時の魔法陣を見て、王子が作ったそうだ。
玄武のメイさんが『私の指導の賜物だな』と自慢したら『お前は陣を書いただけだろ!』とクロさんにツッコまれてた。どうやら、年齢引き下げを制限するのとか色を変えるのは、王子が応用したそうだ。すごいね。
でも、そんなに堂々と使って、入城の時に魔道具とかの検査をされたらどうするの?と聞いたら、王族が身を守るための装備を着けるのは当たり前だから、それもノーチェックらしい。ついでに護衛もそれが当たり前で、それを外せって言うことは、王族に対して害意があると見なされるようだ。
まったくおっしゃるとおりですね。
その道具はネックレス型で、発動すると、イヴァンさんは五歳くらい若返って、髪と目が茶色になった。若干小柄になったけど、それでもアズレイドさんより大きいくらいだ。
目元や顔のラインに面影は残して、相変わらずのワイルドセクシー系ではあるけど、近衛の制服を着たら、もう別人にしか見えなかった。
ちなみに、近衛の服は、私のスキルのレンダールカテゴリの衣服にこっそりあった。イリアス殿下に、「むやみに出すなよ」と釘を刺されてました。悪いことを考える人の手に渡ったら大変だものね。
「え?めっちゃ好みなんですけど」
変化後のイヴァンさんを見て、思わず有紗ちゃんが呟いていた。なるほど、有紗ちゃんって「漢」って感じの人が好みなのね。「ずっとそれでいて」とマジトーンでイヴァンさんにお願いすると、イヴァンさんは「必要がなくなるまでは」と苦笑していた。
イヴちゃんのポジションだけど、私たちが野宿してイヴァンさんたちと出会うきっかけとなった、橋が落ちた大雨の影響で流されてきたと思われる子供を保護したことにするらしい。その子には、魔物に襲われたらしい痕もあり、噛み裂かれたような父親らしき者の服を握りしめていた、という設定だ。実際イヴァンさんが着ていたものはボロボロだったし。
イヴァンさんが言うには、追手は〝魔物〟を使って追いかけてきたらしい。
本来魔物は飼いならすことは出来ないけど、恐らく「服従」か「調教」のスキルを持った人間がいるとのこと。最下級の魔狼ぐらいなら、どちらかのスキルで使役できるだろうって、メイさんが言っていた。実際イヴァンさんは、森へ入る前の川べりで魔狼の襲撃に遭ったそう。
だからあえて、イヴちゃんの外見は変えずに保護した事実を見せるらしい。
まるで、魔物の襲撃で二人川に流されて、イヴちゃんだけ助かったかのように。
「それで、この者の〝主〟とやらがどれだけ尻尾を出すかだな」
それって、イヴちゃんを囮に使うってこと?
また、誰かを犠牲にする手段を取るのかと、私が殿下に強い視線を投げかけると、殿下は少し表情を和らげてこちらを見た。
「だから、ハルと聖女には、魔獣たちと一緒にその娘の側にいてほしい」
これ以上の安全はないだろう、と苦笑気味に口元を上げながら殿下がそう言って、イヴちゃんを私たちに託した。思わず私と有紗ちゃんがお互い顔を見合わせる。
殿下が、私たちにお願いをしたよ!?
「なんだ、その顔は。お前が言ったことを守ろうとした私がそんなにおかしいか?」
「滅相もない」
ちょっとキレかかった殿下に、慌てて否定しておく。それにしても、あのイリアス殿下が丸くなったものだ。
殿下がジリジリとした視線をこちらに向けるのを無視していると、王子が突然パンと手を打った。
「よし!これが終わったら、観光だ。魚介を食い尽くさないとな!」
「王子。そんなに食べたらお腹壊すよ」
「お前は、俺の腹具合にしか興味ないのか?」
テンション高めの王子に私が窘めると、今度は王子がジリジリとした視線を送る。
王族二人の圧に負けそうです。
「そっか、内海の観光と言ったら、リゾートよね。地球にいた時行った、アマルフィとかニースとかサルデーニャのエステとかリゾートビーチとかクルージングみたいなのないかしら」
有紗ちゃんが独り言を言っているけど、そのチョイスがセレブすぎて私には付いていけません。
そんな有紗ちゃんが私を見ながらちょっと思案顔になる。
「ハル。一緒にビーチで泳ごう。せっかくだもの、一緒に可愛い水着着ようよ」
「え、無理!」
モデルやってた有紗ちゃんは、そりゃ人前でも水着OKでしょうよ。私の下腹を見くびらないでほしい。
「なんだ、その水着ってのは?」
ほら。知らない単語が出ると、王子が興味を示しちゃうから。
「地球で水に入る時に着る服のことよ。ワンピースとかビキニとか、種類がいろいろあるけど、ハルは絶対フリルのビキニとか可愛いの似合うわよ」
「なんだ、そのビキニってのは」
「絶対無理!」
私が拒否しても、何故か王子と有紗ちゃんの話が進んでしまう。
有紗ちゃんが、イヴちゃんが使っていた画用紙にクレヨンで絵を描いて、王子にビキニとは何ぞやと説いている。
そして出来上がった絵を見せてもらったけど、何故三つの三角が体に付いた遮光器土偶が描かれているのだろう。その土偶は、髪の毛らしきものを一つに結んでる。
「……それ、私?」
「ワハハハ、ハルそっくりだな!」
ショックを受けた私の耳に、爆笑する王子の声が響く。怒ってポカポカと腕を叩こうとしたけど、腕が短くて届かず、王子はノーダメージだった。
「あ、そうだ。今はアレが使えるわ」
有紗ちゃんが何かを思いついてしまった。
ハッ!そういえば、小さい子の遊びを調べるって言って、有紗ちゃんのスマホも今使えるようになっているんだった!
私が止める間もなく、有紗ちゃんがスマホでいろんな水着を検索してみんなに見せた。
「「ビキニ、いいな」」
「「却下だ」」
同時に二つの声が上がる。前者が王子とレアリスさん、後者が殿下とユーシスさんだ。
「そちらの世界では、公共の地でみんなこの格好を?」
片手で顔を覆ったユーシスさんが、文化のギャップにショックを受けている。
私だってさすがにプールや海では水着を着るけど、ラッシュガードとかショートパンツは着用する。あ、でも、ショートパンツでもこの国では女性はNGだった。
「日焼けしたくない人以外は、ビーチではほぼ全員水着ね」
「破廉恥だ」
「あら、殿下。普通の服を着て泳ぐ方が危険です。それに、私たちが住んでた日本にはないけど、世界には何も身に着けないビーチもたくさんあるんですよ」
余程泳ぎたいのか、イリアス殿下に有紗ちゃんが説明する。
「地球は天国か?」
「我が王国にも作りましょう、殿下」
「そうだな。次の議会に諮ろう」
「「却下!!」」
乗り気というよりやる気に満ち満ちた王子とレアリスさんに、殿下とユーシスさんが再びツッコんだ。
もう、どうでもいいよ。
「っていうか、何でみんなも来ようとしてるの?海水浴に行くのは、私と波瑠とガルたちだけなんだけど」
「お前は悪魔か!」
サラッと同行を拒否する有紗ちゃんに、王子が血涙を流しそうな勢いで食って掛かるけど、私はサッと手を挙げて発言権を求めた。
「あの、有紗ちゃん。私、泳ぐのはちょっと……」
「大丈夫よ。いくら波瑠が運動音痴でも、踝くらいの深さなら溺れないわ」
有紗ちゃんの優しさが身に染みる。でも、違うの。
背に腹は代えられない。私の黒歴史を思い切って公開した。
「いや、その、高校生の時にね、砂浜で転んで、そこに波が来てね……」
「……海に入る前に溺れたのね」
「……うん」
こうして、何とも言えない雰囲気に、海水浴の話は無くなった。
いのちだいじに、それが合言葉だった。
そんな私の目の前に、玄武のメイさんが来た。
『私に合う水着はあるか?』『そんなもん、あるか!そもそもお前はいらねぇだろ!』『スケベ』『……もう、好きにしろよ』
いつもどおりキレのある二人の会話だったけど、一瞬でクロさんは疲れた様子だった。
私は、メイさんが着たいという水着を出してあげた。黒いホルターネックでフリルの付いた、布面積の少ないセクシーなヤツ。
トップスは何とかいけた。ボトムスは……尻尾の所に穴を開けたら穿けた。
うん。黒いから、あんまり着ているように見えないね。
『満足』『……良かったな』
ようやくメイさんが満足して、一連の騒動は終結した。
「……いつもこんな感じなんですか?」
「ああ、いつも大体こんな感じだ」
イヴァンさんの問いかけに殿下が答えて、打ち合わせは解散となりました。
次の日は朝早くに出発し、ちょっと街から離れた所で待っていたお父さんが、いつも使っているお布団を咥えてズルズルと引きずりながら出てきた。
元気がなさそうだったので骨の形をしたガムをあげたけど、今日はなんだか機嫌が良くなさそうだった。よく見たら、そのお布団が破れていた。
『ちょっと魔物退治に出かけたらな、木に引っ掛けてしまったのだ』
ん?ちょっとどこかで聞いたことがある話。
お父さんの機嫌を取るのに、せめて野宿のお供にお気に入りのお布団をと、夕方別れる時に背中に括りつけてあげていた。それを引っ掛けて破ったらしい。
「やけにスパッと切れ……」『それでだ!私も泣く泣くではあるが決断した』
レアリスさんが何かを言ったのに思いきり被せてお父さんが宣言した。
『再び幼体化し、ハルの布団で寝る!』
「え?もう一つ新しくお布団出してあげるけど?」
『ちーがーうー!ハルの服と同じ匂いがする布団でないと嫌なのだ!』
ええ。もしかして、洗剤と柔軟剤の匂いが好きなの?我儘炸裂だね。
ユーシスさんちにお邪魔してから、何故か王子の言うことは聞くようになったから、ダメだって王子に説得してもらおう。
チラッと王子を見ると、うんと頷いた。
「許す」
ダメだったぁ。王子、お父さんの幼体化を待ち望んでいたもんね!
こうしてお父さんは幼体化し、王子に溺愛されるという苦汁を舐めながらも、私たち一行と古都アルテ入りを果たしたのだった。
アルテに入ると、さすがに昔の都というだけあって、これまで見た街の中では、王都に次ぐ賑わいを見せていた。
昨日イリアス殿下が言っていたとおり、城門は何の審査も無く通過。子供たちと幼体化お父さんを見て、ちょっと動きが止まってたけど。
最短で、アルテのお城までたどり着いちゃった。
綺麗な庭園を抜けて、馬車が行ける一番奥まで乗りつけて、エントランスではたくさんのお城の人に出迎えられた。王族って、いつもこんな歓待を受けるんだ。大変だね。
そのお出迎えの先頭にいたのが、輝かんばかりに美しい男女だった。
男性の方は、太陽が滲んだような金髪と碧眼でセシルさんみたいなスラッとした貴公子然とした人だ。女性の方は、濡れたような艶のある黒髪に紅い瞳、憂いのある表情と左の口元にあるほくろが匂い立つような色香を感じさせる絶世の美女だった。
「ようこそお越しくださいました。アルテ領主ザカリアス・セウェルスにございます」
「お目に掛かれましたこと大変光栄に存じます。妻のオクタヴィアでございます」
「ああ、世話になる」
簡単な挨拶を済ませ、堂々たる態度でイリアス殿下が応じた。
一瞬、微笑んでいた領主様の目が、私と手を繋いでいるイヴちゃんに注がれた。
「ああ、これか。途中、橋の落ちた川の下流で拾った。私が預かろうと思ってな」
イリアス殿下が淀みなく言う。つまり、イヴちゃんも客人であると告げたんだ。
それを聞いた領主様は、人好きのする笑みを浮かべてイヴちゃんに見せた。
「承知いたしました。小さな淑女にもおもてなしを」
そう恭しく挨拶し、メイドやフットマンみたいな人たちに目線だけで命じて、私たちを絢爛豪華な応接室へ案内してくれた。
そこは、調度類が濃紺でまとめられていて、金の差し色が更に高級感を高めていた。使用人の人たちも、タイやリボンが濃紺で統一されていた。
王子がこっそり私に、濃紺は王宮の貴色で、王族のもてなしに使われる色とのこと。「まあ、ここまで徹底しているのは珍しいがな」と言っていたけど、領主ご夫妻の着ているもの以外は、本当に濃紺一色だった。
少し殿下と領主様が言葉を交わしてから着席すると、間を空けずにメイドさんらしき人が私たちにお茶を淹れてくれた。タイミングと言い手際と言い、見惚れるくらい見事で、凄く訓練しているんだろうなぁと思った。
そんな何もかもが完璧な中、ふと目に付く違和感があった。後から給仕に参加した一人のメイドさんが赤いリボンをしていた。そして、自分が一人だけ赤いリボンをしていることに気付き、サッと顔色が青ざめた。
それは、失敗を悟ってというには、あまりにも恐怖に怯えた顔のように見えて、少し訝しく感じた。
その変化にイリアス殿下も気付いたけど、同時に近い位置にいた領主様も気付いたようだった。領主様は少しだけ目線がメイドさんに行って、何か言おうと口を開こうとした時だった。
「そこのお前。何故お前だけ貴色ではないの?」
それまで微笑むばかりだった奥様が、急にメイドさんに指摘した。その声に、使用人さんみんなの体が動きを止めた。奥様はメイドさんに尋ねている体だけど、メイドさんは発言自体許されてないようで、無言で深く頭を下げながら遠目でも分かるほど震えていた。
「王族の方の行啓に対する不敬ね。そこに直りなさい」
そう言ったら、メイドさんが急に、手を差し出すように床に這いつくばった。私たちは、あまりのことに驚いて、誰もが言葉を発せなかった。
奥様が優美な手を他の使用人さんに差し出すと、そこに細い棒のようなものが恭しく乗せられた。そして、奥様は、無言でその棒をメイドさんの差し出されたような手の甲に振り下ろした。
何が行われているのか分からず、私は顔を背けることも目を閉じることも出来ずに、その光景が視界に飛び込んできてしまった。
パシッとという音と共に、メイドさんの手の甲に赤い線が弾けた。
それが、二度三度と続いた時、イリアス殿下がスッと手を挙げた。
「夫人、それは過度の処罰に当たる。貴色などよりよほど不愉快だ」
揺らいでいない殿下の冷静な声に、夫人は大輪の華という言葉が相応しい笑みを浮かべた。
「それはお目汚しでございました。しかし、これがセウェルス家のやり方にございます」
これが、毒婦と呼ばれた美しい女性、オクタヴィア・セウェルス様との出会いだった。
王子とバリスタの新しいビーチの夢、叶うといいですね。
その前に、このお話が通報されますね。
やっぱり却下で。
そんな訳で、訳の分からない人たちがいよいよ出て来ました。
100話を越えて新展開。
次話もシリアスが続きますように。