100 一緒に行く
記念すべき100話目です。
肌色多めでお送りします。
解呪で少しお疲れだったイリアス殿下に魔力ポーションを渡し、みんなでもう少しイヴァンさんの話を聞くことにした。
イヴァンさんの故郷のオルドウィケスは、他の部族の中でも武力に優れていたけど、争いを好まない部族だったから、比較的穏やかな内政だったようだ。だから土地も豊かで、シャイア全体の産業である毛織物もしっかりとしていた流通網を持っていたとのこと。
だから狙われたのだろうとイリアス殿下が言っていた。
隣の部族のデューズは、逆にトップが権力争いに明け暮れていて、自分たちの地盤を固める前に、豊かな所から略奪する途を選んだ。もちろん、単独では地力が及ばないため、どこかからの援助を元に侵攻したようだ。
もちろん武力に優れたオルドウィケスは簡単には負けない自負があったけど、開戦直前に部族の宝剣が何者かにより盗まれ、また、シャイア全体にも勇名を轟かせていた将が、妻子を亡くして士気全体が下がっていたそうだ。
そこへ支援者からの援助を頼みにした物量戦に持ち込まれ、オルドウィケスは善戦するも、デューズへ降ることになったとのこと。
そのオルドウィケスの要となった将というのが、イヴァンさんだった。だから、最も過酷な剣闘奴隷に落とされたんだね。
イヴちゃんを見捨てられなかったのは、失くしたお子さんにイヴちゃんを重ねて見ていたからだった。お子さんは女の子だったけど死産で、奥さんもその際に命を落としたそうだ。
生まれてきていれば、ちょうどイヴちゃんと同じような年頃で、髪色も同じだったそうだ。
あまり多くは語らなかったけど、そういうことを話してくれた。
その話で私が、周りがドン引きするくらいボロボロと泣いていると、隣の王子が乱暴に袖で私の顔を拭いた。相変わらずハンカチじゃないけど、嬉しいって思ってしまう。
でも、それってイリアス殿下が貸してくれたジャケットだよね。
取りあえず、私が気になったのは、〝新しい主〟の所に何故勇者綾人君のカラドボルグがあったかということだ。
「この剣は、恐ろしい威力を秘めた剣だ。主が、そういった遺物を集めていると聞いた。手下が、まだ手に入れていない武器があるが時間の問題と言っていたから、恐らく部族の盗難にも絡んでいるとみて間違いない。多分、相当前から計画していたはずだ」
その言葉から、領地を争ったデューズの背後にいたのは、多分その新しい主という人だったと推測しているのが窺えた。
そして、その人は単に宝剣コレクターという事ではなく、その威力を求めて集めていると思われるとイヴァンさんは言った。……いつか使うために。
でも、今までそんな恐ろしい武器が使われた形跡はないと、王族二人が言っていた。
「この宝剣は、俺たち部族でも、族長の一族で目が金の人間しか扱えない。鞘が抜けないんだよ。それに、一度使うと魔力を根こそぎ持って行かれて、最悪死ぬだろうから、使いどころが馬鹿みたいに難しい」
またイヴァンさんが教えてくれた。なんか、王子やセリカのファルハドさんの瞳の色の加護ににている。やっぱり、どの武器も使用できる人が限定されるみたいだ。だからイヴァンさんは、奴隷紋の制約が「死なない」ものだと知っていたんだ。
イヴァンさんが死んでしまったら、カラドボルグが使えなくなるものね。
それに併せて、イヴァンさんのカラドボルグの威力を聞いたら、どうやら私が持っている物よりも数倍威力があるようだ。だから、綾人君もむやみに使えないようにしたのかもしれない。
「で、やっぱり、お前の新しい主って奴は、アルテ領主か」
うんざりとした風な王子の質問に、慎重な様子でイヴァンさんが首を振る。
主については一度主人として奴隷紋を変更するため会ったけど、目隠しをして魔術を施されたため、外見は見ていないらしい。名前や爵位も慎重に隠されていたって。声は複数人聞いたけど、うち一人は女性だったようだ。だから領主かどうかは分からない、と。
「アルテ領主はセウェルス侯爵か。今まで夫人の悪名は聞いていたが、まさか、な……」
侯爵は、金髪碧眼の貴公子然とした社交界の中心人物で、家門も由緒正しく気さくな人柄から、リウィアさんのお家のファビウス公爵の次に大きな派閥を持つ侯爵様らしい。
どうやら夫人というのは、絶世の美女だけど、気に入らない家門の人間を陰で陥れたり、粗相をした使用人に身体的処罰を与えて解雇したりと、公然と毒婦と呼ばれるほどの黒い噂の絶えない人らしい。
どの噂も証拠はないけど、標的になった人たちは未だに行方の分からない人もいるらしい。でも、法的には一切瑕疵がないらしく、誰も咎められないって。
噂の中には、生き血を飲んでその美貌を保っていると言われているものもあるそう。まるで、ハンガリーのエリザベート・バートリみたいだ。
イリアス殿下の呟きは、その奥さんがイヴァンさんの主かもしれないと示唆していた。
私が身震いすると、王子が頭をクシャッと撫でた。その手にちょっと安心する。
「いずれにせよ、アルテは通り道だ。私は滞在の通達を出してしまったから、今更避けては通れない。私たちだけで探りを入れてみよう。悪いがイヴァン。お前には少々付き合ってもらうことになる。奴隷紋の主を見つけねばならないからな。もちろん娘を危険に晒すことはないから安心しろ」
イヴァンさんは、イリアス殿下の言葉に頷いた。それに鷹揚に頷き返して、今度はイリアス殿下は私たちに向き直った。
「お前たちは先に行け」
イリアス殿下は、古都にある勇者綾人君のデータが残ってないか寄る予定だったし、私たちも観光がてら寄るつもりだったんだ。それを、イリアス殿下チームだけで行くと言い出した。多分、私たちを危険から遠ざけるため。
「ばぁか。お前一人で行かせるかよ。でも、ハルとアリサはダメだ。俺が残る」
「なんで!」
王子がさも当然とばかりに言うから、思わず叫んだ。一番働いちゃいけないのが王子でしょ。しかも、ユーシスさんもレアリスさんも私たちに付かせる気だ。
「やだ、私も一緒に行く」
「お前みたいな鈍くさいのがいてもしゃーないだろ。いざっていう時、絶対転ぶぞ」
王子がムカッとする言い方をする。さすがにカチンときたよ。
「じゃあ、いいもん。お父さんに乗せてもらって、アルテに入るから」
『おお、いいぞ。正門から堂々と入ってやろう』
「「国軍が動くわ!」」
楽し気に笑うお父さんに王子と殿下が同時に叫ぶけど、私の意思は変わらないよ。
「怪我したら誰がポーションで治すの?魔力が切れたら?お腹が空いたら、おやつはどうするの?私は、そんなに役に立たない?」
王子の袖を捕まえて、ギュって引っ張った。
「役に立つ、立たないの問題じゃないんだよ」
「役に立たないなら、諦める」
「だから、ああ、もう!お前は役に立つよ。でも来んなって意味だ、頑固者め!ユーシス、なんとか言え!」
王子が業を煮やしてユーシスさんに振った。ユーシスさんは王子以上に過保護だから、止められるかもしれないと思った。
でも、意外なことに、ユーシスさんは首を振った。
「ハルは私に大丈夫だと約束しました。だから、信じると言いました」
フォルセリア邸でのことだ。あんな陳腐な言葉を、ユーシスさんは信じてくれるみたいだ。ちょっと不安そうな顔をしたけど、ようやく私を絶対的な庇護対象ではなくて、少しだけでも対等な立ち位置に認めてくれた。
「私も怪我一つ無くお守りします」
恭しいユーシスさんの言葉に、王子はグゥッと息を詰めた。もう一押し。
「それに、ジャージの替えを持ってるの、私だよ?」
楽しみにしていたお部屋ジャージ、着られなくなるんだから。
フンと鼻息荒く言ったら、周りの人が一斉に噴き出した。なんで?
『オーレリアン、お前の負けだ。怒らせるとハルは恐いぞ。連れていけ』
ちょっと、お父さん、変な事言わないで。
『大丈夫だ。俺もハルに付いてる。今度は絶対に守ってやるから』
「……ガルくん!」
男前な発言のガルに、私は思わず抱き付いた。
私ももう、セリカの白陵王さんの時のように、捕まったりしないよ。
「まあ、ユーシスもレアリスもいるし、そんなに過保護にしなくても大丈夫よ。もちろん私は自分の身は自分で守れるから、その分二人にも注力してもらえばいいんじゃない」
有紗ちゃんも後押ししてくれた。
「危ないと思ったら、ちゃんと指示に従って避難するから」
王子と殿下を交互に見ながらお願いする。二人が同時に深い溜息を吐く。
「正直、あの娘の面倒を看られる人間がいるのはありがたい。いいな、オーレリアン」
念押しでイリアス殿下が言うと、とうとう王子も折れた。
「ああ。フェンリルで城門突破されるくらいなら、いっそ目の届くところにいる方が精神的にいい。ガル、ハルの事よろしく頼むな」
『任せろ。スコルとハティも小さいのと一緒にいるからな』
イヴちゃんをお世話する役目も貰って、ようやくお許しが出た。万全の布陣だね。
でも、心配なのはイヴァンさんだ。もし見つかってしまったら、酷い扱いを受けるんじゃないかな。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。だが、これでも一応無敗の剣闘士だったんだ。それに、シャイアでは〝竜殺し〟と呼ばれていたんだぞ。制約さえなければ負けはしないさ」
私が心配そうにイヴァンさんを見ていたら、元気付けるように教えてくれた。
なんと闘技場では、三百戦全勝だったって。それに故郷では、土属性の魔物化した竜を狩ったこともあるって。
それって、セリカ行きの時にお父さんが倒した〝無慈悲〟と同じく、〝恐怖〟って呼ばれる恐ろしい魔物だよね。ユーシスさんでさえ覚悟をするほどの魔物なのに、イヴァンさん凄い。
「へぇ、お前、〝竜殺し〟だったのか」
王子たちもその話に興味深々だった。でも王子も良く考えたら竜殺しなんじゃないの?
「なんでだかなぁ、〝竜殺し〟になるには武器で倒さなきゃならないんだと」
そんなルールがあるんだ。まあ、王子の魔術はチートの域だものね。身一つで倒す方が苦労したっぽいからなのかな。
「そういえば〝竜殺し〟になると、どこかに証を刻むんだろ?」
ワクワク顔で王子が聞くと、ああ、とイヴァンさんが苦笑した。男の子にこうしてせがまれることが多いのかな?
どういうものだろうと私も見ていたら、イヴァンさんがシャツに手を掛けた。
「ぎゃっ!」
何でも無いようにイヴァンさんが片袖を脱いだ。日に焼けた凄い筋肉が、思わず目に入っちゃった!私は慌てて目を逸らしたけど、目に焼き付いて離れない!もう二回目だよ!
私はちゃんと見なかったけど、どうやらその「証」というのは、イヴァンさんの左の二の腕にあるようだ。竜と剣の意匠の入れ墨らしい。それを刻めるのは、何とかいうギルドだけで、入れてもらうことはとても名誉なことなんだって。
「なるほど。ハルには筋肉も有効、と」
なんかまた有紗ちゃんが呟いていたけど、揶揄ってるの丸わかりだから、もう無視だ。
彼氏が何人もいた有紗ちゃんと違って、私は免疫無いんだよ。
で、頭がグルグルになった私は、一足お先にイヴちゃんと寝ることにした。スコル、イヴちゃん、ハティ、私の順で並んで寝た。
夏でちょっと毛が暑いけど、幸せ。
次の日は、結構早くに目が覚めてしまった。
夜中に有紗ちゃんが帰ってきたのも気付かないくらい爆睡してた。
まだ寝ている四人を起さないようにテントを出ると、ハティに水を入れてもらったタンク(木製)を設置した水場で、洗顔と歯磨きを終わらせた。
朝ごはんは何にしよう。イヴちゃんがいるからフレンチトーストがいいかなぁ。カリカリベーコンと目玉焼きとサラダを付けて。男性陣にはコンビーフトーストとピザ風トーストと大きいパリパリ焼きウィンナーを添えよう。
髪を整えて昨日作ったかまどの方へ行くと、ちょうど朝の走り込みから帰ってきたレアリスさんと出くわした。私が出したランニングウェアを着ていたけど、少し脇の方を気にしていた。
「おはようございます、レアリスさん。どうかしましたか?」
「おはよう、ハル。走っている時に、木の枝に引っ掛けてしまった」
確かに左の腰のあたりが少しほつれていた。
「このくらいなら、私でも直せそうです。後で……」
洗濯する時にでも、と言おうとしたんだ。
「頼んでいいか?」
何を思ったのか、レアリスさんがその場でウェアを脱ごうとした。
「ふぐっ!今じゃない!」
お腹の半ばまで上げられたウェアを、思わず引き下ろした。
はい、割れてましたとも!
「朝から、何をやっている」
そこを通りすがりの殿下に見られた。今きっと、殿下の目には、レアリスさんを襲っている私という構図が見えていることだろう。
「私は、無実ですぅ!!」
そう言って走り去ろうとしたら、テントの向こう側から大きな影が出てきた。
「おっと、危ない。ハルか」
ぽよーんとぶつかった私を支えてくれたのはユーシスさんだった。
「朝からすみません、ユーシス、さ、ん」
「怪我はなかったか?」
朝から爽やかな笑顔でしたが、鍛錬後に水浴びしたのか、濡れた髪を掻き上げたユーシスさんは、首から下げた大判のタオル以外、上半身に何も身に着けてなかった。
「に゙ゃぁぁぁ!無きにしも非ずぅ!」
ちょっとぶつかった拍子に、その彫刻のような御胸に顔を埋めました。そりゃもう、いい弾力でした!
おかげさまで、身体的な怪我はありませんが、心理的に大怪我です!
「ハル、大丈夫か?」
「大丈夫だから、服着て!」
後ろを向いて逆切れする私に、ユーシスさんが「残念」と笑い含みで言った。何が!?
ぜえぜえする私に、殿下が遠くから憐みの目を向けている。
「ユーシス。シャツ忘れてるぞ」
そんな私の耳に王子の声が聞こえた。ユーシスさんのシャツを持ってきてくれたようだ。
グッジョブ、王子。
「今日の朝飯なんだ、ハル」
ユーシスさんにシャツを渡した王子が私に尋ねてきた。
振り返ったら、お気に入りのジャージの前ファスナーを何故かお腹くらいまで開けた王子が、ドヤ顔で立ってた。
「王子たちはトーストとウィンナーだよ。あとちゃんと閉めないと、お腹冷えるよ」
「俺には平常心かよ!」
ええ、そんなこと言われても、寝起きはいつもそんなものでしょ?
ぎゃいぎゃい言う王子から逃げて殿下の近くに来たら、王子たちを無表情で見ながら、ポツリと呟いた。
「あの三人、馬鹿だったのだな」
何故か、心に刺さる声でした。
記念すべき100話目なのにこんな感じになりました。
挿話とか番外編とか入れようと思ったのに、何も浮かばなかったもので。
結果、殿下から三馬鹿トリオ認定を受けてしまいました。
連投できましたが、ストックはないので、また来週更新できるか分かりませんが、また見てください。




