1 異世界召喚だそうです
新連載です。
初めましての方も、いつもありがとうございますの方も、よろしくお願いします。
「俺の召喚が失敗したとでも言いたいのか?」
まったく状況が読めないなか、響き渡るガラの悪い言葉と口調。
鋭い目つきと怖い言葉遣いをしているけど、その本人はかなりお綺麗な男性だった。
見知らぬ場所に放り込まれ、萎縮して声も出せない私は、どうやら異世界召喚というものに巻き込まれたらしい。
そして、私、結城波瑠は、周囲の人たちを威嚇するその人に、何故か腕を掴まれています。
あ、眼鏡ズレた。
遡ること10分前。
気付けば、何やら大理石みたいな床にペタンと座り込み、お城の広間みたいな場所で変な外国人さんたちに囲まれていた。
みんな日本語喋ってるし、ヨーロッパの王族がパーティに着るみたいな盛装をした人や、軍服みたいなのを着た人たちがいて、コスプレの集まりか、と思っていたけど、年齢層が高くて、ほぼ40代から60代の男性だ。
コスプレの何を知っているでもないけど、コスプレをする人にしては珍しい層だと思う。
一番の問題は、私には、そもそもこんな場所に足を運んだ記憶が無いことだ。
何故だか背筋がぞわぞわとして、辺りを警戒しながら見渡していると、その中のおじさんが一人、私の方に近付いて来た。
そして、私を素通りして、私と同じように床に座り込んでいた女の子に杖を向ける。そう、同じような境遇の子がもう一人いた。
その子は、私の腕をしっかりと掴んでいたけど、我に返ってその手をちょっと乱暴に放した。
あ、この子知ってる。うちの大学の有名人だ。
イギリス人とのハーフで、何とかいう有名雑誌の読者モデルやってるとか。私の学年の一個下で、デザイン学科だったか。
名前は、……えっと、北条さんだ。
ダウンジャケットにスキニージーンズとショートブーツの私とは大違いで、北条さんはチェスターコートにレザーブーツ、パーティかというくらい綺麗めのスカートとニットを合わせていた。この格差社会の体現よ。
それで思い出したんだけど、2月の寒風吹きすさぶ中、私は銀行で下ろしてきた50万円を握りしめ、学生課へと急いでいたんだった。奨学金が入金されたので、来年度の学費を納めに行くところだった。
両親が他界して、遺産を食いつぶさないよう、頑張って奨学金をもらえるようにしておいたんだ。
そして学生課の棟の手前で彼女とすれ違った時、突然辺りが落雷でも起きたかのようにカッと明るくなった。それと同時に、グイッと身体が引っ張られた。
驚いた彼女が、思わず私の腕を掴んだのを鮮明に覚えている。
その後は、気付けばこの見知らぬ場所にいた、という訳だ。
うーん、まったく意味が分からない。
そんな状況で、怯える北条さんに、おじさんは何か杖みたいなものをかざしたかと思ったら、変なホログラムの画面みたいなものが出てきて、それを見た周りの人がすごい勢いでこの場がどよめいた。
どれどれ?「聖なる炎」と「白き裁き」
うわ、カッコいい!でも必殺技感すごいね。あと中学2年生のアレっぽい。
そして、彼女を囲み、「聖女様だ!」「やはり伝承は正しかった!」とお祭り騒ぎになった。
なんか、その人が喚いているのを総合すると、どうやら「召喚の儀」とやらで、こことは違う世界から、世を救う「聖女」を呼び出したという。
そして、魔物の脅威からこの世界を救ってほしい、と言っている。
そんな馬鹿な。
北条さんも私と同じ思いだったのか、しばらくきょとんとしていたけど、周りの人が恭しく彼女を扱うと、「本当に、私が聖女?」と言って満更でも無い表情になった。
特に若くてかっこいい男の人が手を取って立たせてくれた時に。
彼女は、「精一杯頑張ります」と言っており、それに周囲も割れんばかりの歓声を上げた。
え、何、めちゃくちゃ乗り気なんだけど?簡単に引き受けて大丈夫?
あなた、聖女って何するか知ってるの?
私はその熱狂にドン引きしていると、ふと私に気付いた様子のおじさんの一人が、非常に変な表情をしていた。
「お前は何者だ?」
そのおじさんが訝し気に言うと、杖を持った人に合図をして、私にもあの杖をかざした。
そして、北条さんと同じように現れた画面を覗き込む。
が、その反応は、彼女とまったく違って、失笑された。
私も覗いてみて、……ああ、まあ分からなくはない。
私も北条さんと同じくきょとんとしていたが、私には誰も手を差し伸べてくれる人がいないばかりか、何故か見下すような目線で見られた。
実際床に座り込んだ私は見下ろされていたんだけど。
「なんだ、お前のようなゴミスキルの持ち主が、何故ここにいる」
何でここにいるかは私の方が聞きたい。それに、私を勝手にゴミ扱いしているけど、随分と勝手だと思う。
怒ってもいい状況なのだろうが、誰も味方のいなさそうなこの異常な空間の中で、私に向けられる感情はあまりよろしくないようだし、意味の分からない単語でもゴミと言われているので、余計なことは言わない方がいいと思い、口を噤んだ。
「大方『聖女』様のおこぼれに与ろうとして、無理やりついてきたのだろう」
ちょっと待って! あなたたちが勝手に私を連れてきたんでしょう!
……と言えない私。
人付き合いが得意でない私は、大勢に囲まれて萎縮していた。心の中では盛大に罵っていたけどね。
「この不届き者を放逐しろ!」
居丈高に命じる人に、周りの軍人ぽい人たちが動き出した。
いやいや、私はあなたたちが「聖女」さまと言っている人に、腕掴まれて巻き込まれただけなんですけど!
不可抗力で被害者になったのに、不届き者になっちゃうの⁉︎
そう思って、私を巻き込んだ張本人の北条さんを必死で見詰めるが、彼女は我関せずといった感じで私の視線に応える気はなさそうだった。っていうか、さっきの人とは別の男前な人たちと話して夢中っぽい。マジか。
背が高くてガタイのいい人たちに囲まれて、私は半泣き状態になった。
この人たちが言っていることが本当で、ここが異世界なら、摘まみだされた私はどうなるのだろうか。
さっき、魔物がいるって言ってたし、お金だって無いのに。
魔物って、きっと人とか襲うんだろうな。退治してくれって召喚したんだもんね。
すぐに餓死か魔物にやられての死しか見えない。元の世界のお金なら、学費払う前だから持ってるけど、絶対この世界では使えないよね?
私は恐怖で、カピカピになりそうなほど目を見開いた。
「お待ちください。この方は何も主張されていないではありませんか。もしかしたら故あってこの世界に来たのかもしれない。事情も考慮せず追放など、それはあまりにも酷すぎます」
誰も味方がいないと思っていた中で、一つの声が上がった。
救いの神か、と声の方を見ると、金髪に近い茶色の髪の甲冑みたいなのを着た人が歩み出た。
あ、さっき北条さんを立たせていた、あのイケメンさんだ。
対応が唯一紳士だ。なるほど、それで北条さんに手を貸してくれてたんだね。
私よりも5歳以上は上に見えるけど、この中では間違いなく若造の部類だ。実直そうな外見で頼りがいがありそうだけど、私はこの人が怒られないか逆に心配になる。
「フォルセリアか。そなたは黙っておれ」
やっぱり怒られた。ごめんなさい、イケメンさん。
「見たことも聞いたこともないこのようなスキルは、この場に置いておいても何の役にも立たん。ましてやこのような神聖な場を汚す輩は、どう見てもしっぱ……」
「おい、大司教。それは俺の召喚が失敗したとでも言いたいのか?」
偉そうなおじさんが、私を嘲笑しながら「失敗」と言おうとして、誰かがその言葉を遮った。
不機嫌も不機嫌。こんなに自分の感情を表したことが無い私は、いっそ羨ましく感じるほどだ。いや、めっちゃ怖いんだけど。
二人目の救いの手か、と思ったけど、感謝するのを戸惑わせる感じだ。
綺麗でも怖いものは怖い。
その男の人は、キラキラの白髪の頭に葡萄みたいな紫色の目をしていた。地球人ではほぼ無い色彩だ。肌の色は周囲の人と同じなので、アルビノという感じでもない。
歳は私とそれほど変わらなさそうに見えるけど、白髪が年齢によるものかもしれないのでよく分からない。
私を囲む人たちをひと睨みすると、その人たちはさっと離れて行った。この集団の中で、この人が一番偉い人なのかもしれない。
その人は、急にしゃがみ込んだと思ったら、私の腕を掴んだ。
グイッと引っ張られて少し眼鏡がズレた。
「お前、名前は」
この人、圧力がすごい。
「おい!俺が名前を聞いてるんだよ!」
ボケっとしてると突如、私の頭が割れそうなほど締め付けられる。怖い人が、私にアイアンクローをしているのだ。
「は、はい!は、波瑠です」
身の危険を感じ、私は慌てて名乗る。
「ハハルか?」
「いえ、波瑠です」
変な名前にされそうだったので、慌てて言い直す。
すると怖い人は満足げに微笑んで、再び私の手を取る、っていうか拘束してくる。
微笑んでいても怖い人って、初めて会った。
「よし行くぞ、ハル」
「え?どこに?」
思わず口を突いて出てしまった問いに、なんか偉そうな白髪の青年は、紫色の目を細めて私を見る。世に言う、「ガンを飛ばす」というやつだ。
「いいから、黙ってついてこい」
「……あ、はい」
無理やり立たされて、私は思わず前のめりになる。が、それを怖い人に引っ張られて、しゃんと立たされた。北条さんの時と大違いだ。相手の背が高くて、連行される宇宙人、的な絵面になっていることだろう。
ちょ、肩外れそう。あと、眼鏡ズレた。
「こいつは見たことの無いスキルだ。研究の必要があるだろう。俺が預かる。文句ないな」
おじさんたちは、非常に文句ありそうな顔をしていたが、偉そうな怖い人は無視する。
「おい。ユーシス。お前も来い」
そう声を掛けると、最初に私を庇ってくれた紳士イケメンさんがサッと一礼をして近寄ってきた。
近くに寄ると、凄くスタイルがいいのが分かる。怖い人も背が高いけど、それより10センチは高そうだ。でも、この人は全然怖くないよ。
偉そうな人が普通に顎で使ってるってことは、ユーシスと呼ばれたイケメンさんはこの人の部下か何かなのかな?
どこに行くのか全く不明だけど、こちらの事情などお構いなしの偉い人は、私の腕を掴んだままずんずんと歩いて行く。
部屋を出る時に、何故か北条さんの不機嫌な視線にかち合ったが、すぐにユーシスさんの体に遮られてしまった。
私は大勢の視線がなくなったことで、急に緊張から解放され、すごく気になっていたことを、怖い人に恐る恐る尋ねた。
「えっと、あの、私、元の世界に帰れますよね」
「あぁ?俺が勝手に攫ってきた人間をそのまま放置するとでも思ったのか?」
いや、説明も何にも無いから聞いたんじゃないの。それに、私はあなたが誰かも知らないし。
でも誘拐まがいの自覚と、それをうやむやにしない良識があることはわかって、私は少し安心した。
「だが、まあ、想定してたのは一人だからな。ちょっと時間は掛かるかもしれん」
「……そうですか」
やっぱり失敗だったんじゃないの?失敗って言うと、この人キレるだろうから言わないけど。
っていうか、向こうの世界でのイレギュラーってことか。
誰も北条さんが咄嗟に周りの人間を巻き込むなんて思わないもんね。
まあ、でも帰れることは分かったし、とりあえず今すぐどうこうなることはないとホッとした。
そうなると、少し気持ちに余裕が出てきた。
「あの……、先ほどは、ありがとうございました」
トコトコと小走りになって偉い人についていくが、ふと隣に付かず離れずのユーシスさんに気付き、見上げるようにしてお礼を言った。いや、ホント背高いわぁ。私とは30センチ以上差がある。
ユーシスさんは一瞬きょとんとしたが、すぐに目を細めて笑った。
うわぁ、緑の目が眩しい。でも完全に小さい子を見る感じの眼差しだ。
「ハル、お前俺には礼はないのか?」
不機嫌大魔王とお呼びしたらいいのか、偉くて怖い人が低い声で私に向かって言う。
「あ、し、失礼しました。ありがとうございます?」
思わず疑問形になったのは許してほしい。
あれは助けられたと言っていい状況なのか、今更ながらに疑問が湧いてきたのだ。
「何で疑問形なんだよ。あのクソどもから守ってやっただろうが」
どっちかっていうと、あのおじさんが「失敗」って言おうとしてむかついて出てきたようにしか思えなかったんだけどなぁ。その点、ユーシスさんは間違いなく私を庇ってくれてたし、比較するのどうかと思って。
って思ったのが顔に出たらしい。
「いい度胸だな、ハル」
「いや、だって、あの人が『失敗』って言わなかったら、あなた絶対出てこなかったでしょ」
コミュ障ぎみの私だって、ちょっとくらい反応する。蚊の鳴くような声だったのは愛嬌だ。
「はぁ?いいか、俺が『失敗じゃねえ』と言ったら失敗じゃねぇんだよ」
ガラ悪!どこの俺様⁉︎
「でも、あのスキルってやつ、確かにいみふ……」
その持ち主である私自身も、チラッと見えたそのスキルとやらが、冷静に考えたら聖女召喚として来た人間のスキルだったら、確かにゴミ扱いしたくなるかも。
そう言おうとしたら、紫色の目が悪魔的に煌めいた。
「俺がゴミじゃないと言えばゴミじゃない。いいか。だからお前は」
形の良い薄めの唇が、にぃっと笑みの形を作る。
「俺の為に、そのクソスキルを磨いて、役に立つようにするんだよ」
まったく、まったくもって、一ミリたりとも、私の為じゃなかった!
自分でも薄っすら失敗だと思ってるんだ、私のこと。
誰だ、こんな人間に育てたの。親の顔が見て見たいわ。
「殿下。ハル殿が怯えています」
は?ユーシスさん、なんて言った?……殿下って、アレですよね。俺様どころか王子様。
無理。親の顔見たくないです。この国で一番偉い人、それ!
何だか訳が分からない状況だが、この人だけには、決して逆らってはいけないことだけは明確に把握した。
でも、いくら命令だって言ったって、私も自分の能力だからあんまり言いたくないけど、どう考えても私のスキルって国の偉い人が求めるような成果出せそうにもないんだな。
何だろう、「ポイント交換」って。
そんなわけで、聖女好きの作者が、夢にうなされて思いついた話です。「ポ、ポイント交換」と言って目が覚めました。
作者初の眼鏡っ娘です。
活動報告で書きましたが、作者のヒロインで年も最年長で初の運動音痴です。
さて、どうなることやら、作者にもわかりません!
本日は初回なので、2話投稿します。
もう1話お付き合いください。
閲覧ありがとうございました。
また明日投稿しますので、閲覧よろしくお願いします。