婚約破棄した男が真実の愛を見つけたらしいのだが、その相手がまさかの私だった件について
「真実の愛を見つけたんだ。君との婚約は破棄させてくれ」
貴族が通う名門校の一室で、私は信じられない光景を目の当たりにしている。
公爵家の三男ベルタ・ザイアンと、伯爵家の長女ルナリア・ガラーリアがトラブルになっているのだ。
あまり仲が良くないとは聞いていたけど、まさか教室で婚約破棄を言い渡すなんて……。
ベルタくん、非常識極まりない男だな。ルナリアさんの面目が丸潰れだよ。
「どういうことですか? ちゃんと説明していただかないと理解できません」
うんうん、わかるわかる。と頷く私は、公爵家の次女ナナリー・ウエスティ。三度の飯よりゴシップが好きであり、目の離せない展開にドキドキしている。
さて、どういう修羅場になるのか、高みの見物とさせてもらおうか。
「生まれて初めて恋に落ちたんだ。星空のように綺麗な笑顔と、天使のような優しい声を持つ彼女こそが、僕の結婚相手にふさわしい。この止まらない胸のトキメキがそう教えてくれている」
うわぁ……堂々と浮気宣言してる。まだ婚約破棄が成立していないのに、よくそんなことが言えるね。
自分はろくでもない男です、って言ってるようなもんだよ。ベルタくん、やば……。
「私にいたらない点があるかもしれませんが、おっしゃっていただけたら、改善する努力をいたします。何年も前から成立している婚約を破棄することは、両家に泥を塗る行為に繋がりますので、お控え願います」
ルナリアさん、えらい……! 理不尽な婚約破棄を言い渡されたにもかかわらず、ちゃんと自分たちの将来を見据えた上で判断しているもの。
ろくでもない男とわかったばかりなのにね。私だったら、問答無用で顔面にグーパンしてるところだよ。
「残念ながら、僕の考えは変わらないよ。今まで君と過ごしても、こんな気持ちになったことは一度もないんだ。今日、正式に婚約破棄の手続きを進めるから、覚悟しておいてくれ」
何よりも腹が立つのは、浮気男のベルタくんが振っているような態度を取っていることだ。
いくらルナリアさんの方が低い身分とはいえ、落ち度はどっちにあるんだって話だよ。
身勝手な理由で婚約を破棄するなら、迷惑をかける分、しっかりと謝罪する必要がある。ましてや、わざわざ教室でルナリアさんの名誉を傷つける必要はない。
もしかして、自分は悪くないと思っているのかな。ザイアン公爵家、かなり落ちぶれてるね。
ベルタくんのドヤ顔がそれをよく表している。
「……あまりにも酷すぎます。私が歩み寄る努力をしても、無視していたのはそちらではありませんか」
「君に魅力が足りないから悪いんだろう? 僕のせいにしないでほしいな」
いやいや、ルナリアさんは魅力の塊みたいな人だし、ベルタくんにはもったいないほどの美人だよ。
何より、ろくでもないベルタくんと今日まで婚約関係を続けてきたという実績が、彼女の性格の良さを表している。
ルナリアさんの幸せな未来のためにも、婚約破棄することをオススメするよ。
でも一番ヤバいのは、ろくでもないベルタくんの浮気相手かな、と思いながら眺めていると、なぜか彼がこっちに近づいてきた。
まさか浮気相手がこの教室に? 修羅場になること間違いなしだよ、などと思っているのも束の間、とんでもない事態に巻き込まれようとしていることに気づく。
「ナナリー・ウエスティ。僕と婚約しよう」
なんと! ベルタくんの恋に落ちた相手が私だったのだ!
同級生たちの冷たい視線が突き刺さるが、これは冤罪である。こんなろくでもない男と浮気したいですか? と聞いて回りたいくらいだ。
そして、何に一番驚くかと言えば、私がベルタくんと関りを持っていないことである。
「……話したこと、ありましたっけ?」
「君のその忘れん坊なところが可愛いね。また一つ君のことを好きになってしまったよ」
こちらはあなたの狂気っぷりに鳥肌が立ちますね。
「忘れたとは言わせないよ。昨日、僕が落としたハンカチを拾ってくれたのは、君なんだから」
「……それだけ?」
「真実の愛に時間など関係ないのさ。この思いがすべてだ。さあ、婚約しよう」
どうしよう。とても厄介な人に一目惚れされた。
わざわざ教室でルナリアさんと婚約破棄したのも、私へのアピールだったのかな。僕は女を振るくらいモテる男なんだぜ、的な歪んだ思考を持っているのかもしれない。
私……婚約者いるんだけど。しかも、誰もが知っているくらいに有名な人。
まさか知らないの? と様子を見ていると、申し訳なさそうな表情を浮かべたルナリアさんが近づいてきた。
頭の中がゴチャゴチャするなか、困惑する私に助け舟を出そうと思ったのだろう。
が! しかし! 何を思ったのか、ベルタくんが片手を出して、ルナリアさんを制止した。
「おっと、怖がらなくても大丈夫だ。彼女とは婚約破棄して、もう縁を切ったんだから」
仮に婚約破棄が成立したとしても、あんたが縁を切られる立場だよ。
「ナナリー様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「大丈夫です。ルナリアさんが気にすることではないので……」
「ナナリーの言う通りだ。君とはもう赤の他人なんだし、余計な口を挟まないでくれ」
あんたが一番余計なんだよ。少しは迷惑をかけてる自覚が芽生えてこないものかな。
あと、私の名前を呼ばないでほしい。寒気がしてくる。
一方、失礼極まりないことを言っているベルタくんの代わりに、深々と頭を下げてくれるルナリアさんとは仲良くなれそうだ。
むしろ、うちの弟の嫁にほしい。
「正式に婚約を破棄するまでは、婚約者である私にも責任がございます。ナナリー様に変な疑いがかかるような行動を取ってしまい、本当に申し訳ありません」
ルナリアさん、本当にいい子だな。貴族社会のことをよく理解し、周りのことにまで配慮がいく。
今、一番自分の将来が心配なはずなのに、ここまで冷静に対応できるなんて、百点満点の女だよ。もう私の嫁にしたい。
「私のことは気にしないで大丈夫だよ。私の婚約者は、浮気を疑うような人じゃないから」
「なに? 僕のナナリーには婚約者がいるのか? いったいどこの馬の骨なんだ、生意気な。ボコボコにして牢屋に叩きこんでやりたい」
いつから私はベルタくんのものになったんだ。妄想は頭の中だけで止めておくべきだよ。
まあ、何を言ってももう遅いと思うけど。天罰がくだる……というより、踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったね。
「おい。俺の婚約者に手を出そうとした挙げ句、侮辱するとはいい度胸だな」
見計らっていたかのように現れたのは、二つ年上の私の婚約者、バロック・サーバイン。簡単にいうと、この国の王子である。
「侮辱だと? 僕のナナリーに手を出しておいて、何を言うつもりだい? どこの馬の骨か知らな……フォーーーッ!」
どうしようもないベルタくんでも、さすがに自国の王子の顔くらいは知っているんだろう。ものすごい顔で驚いている。
近づいてきたバロックは、ベルタくんと肩を組み、顔を寄せて圧をかけた。
「どうも、婚約者の生意気な馬の骨です」
バロックは根に持つタイプなので、絶対に許すことはない。ましてや、公爵家の次女である私に一目惚れした彼は、三度の飯より私が好きだ。
たとえば、正門前で待ち合わせて一緒に帰る約束が三分遅れるだけでも、心配して教室に迎えに来ちゃうほどに。
「う、馬の骨だなんて、僕は言ってないですよ。ハ、ハハハ」
冷や汗たらたら、目が右往左往している彼に、輝かしい未来はない。ボコボコにされて牢屋にぶち込まれる未来が見える。
「調子に乗る貴族ほど情けないもんはないが、いったいどこの家だ? さぞかし良い暮らしをしているんだろうな、馬の骨と違って。ちょっと親の顔が見てみたいぜ」
親と一緒に謝罪に来い、そういうメッセージである。バロックの性格からして、親にも罰を与えるのは間違いないだろう。
当然、本人は厳罰だ。できる限り厳しくなるように、後でバロックの背中を押しておく。ルナリアさんの慰謝料もガッポリともらえるようにね。
「ぼ、僕は名乗るほどの家柄では……」
そして、自分の罪を認めることなく、言い逃れをしようとするベルタくんは、まだ逃げ道があると誤解しているのかもしれない。
せっかくなので、真実の愛を見つけたベルタくんには、私が引導を渡してあげよう。
「ザイアン家の三男だね。ろくでもない人間なのは間違いなくて、身勝手な理由でこの子との婚約を破棄してたよ」
ベルタくんが口をワナワナとさせているから、喜んでくれたのかな。一目惚れした女に突き出されるなんて、君は幸せ者だね。
「婚約破棄してまで乗り換えようとするとは、男の風上にもおけない野郎だ。まあいい。もう貴族社会には居られないからな」
「お、お、王子殿下? い、いったいどういう意味でしょうか。僕は将来、サーバイン王国のために生きようと日々努力を重ねてきまして……」
「利己的な言い訳をする口だけの男は不要だ。お前みたいな人間が国を腐らせ、腐敗した社会を作る。俺の前で二度と話すな」
ベルタくんの首根っこをガシッとつかんだバロックは、連行するように教室を離れていった。
無事に問題が解決しそうなので、取り残されて意気消沈するルナリアさんに声をかける。
「ルナリアさんにお願いがあるんだけど、ちょっといいかな?」
「……はい」
終わった……、そんな思いがこもっているであろう深いため息を吐いたルナリアさんは、下を向くことしかできなかった。
自分は何一つ悪くないにもかかわらず、下手な言い訳をしないところにも好感が持てる。後腐れがないように婚約破棄できないか、後でバロックに相談してみよう。
そして……。
「この子が私の弟だよ」
何が何でもルナリアさんを弟の嫁にさせたくなった私の行動は早い。
財政難で苦しんでいたルナリアさんの実家に手を差し伸べる根回しをして、身内に素敵な女性がいるとプレゼンし、すぐに二人を引き合わせているのだから。
「は、はじめまして。次男のユーリです」
目に入れても痛くない大切な弟ユーリは、まだ八歳という若さである。その影響もあって初々しく、とても緊張した面持ちだった。
「はじめまして。ルナリア・ガラーリアと申します……が、本当によろしいのでしょうか?」
一方、婚約破棄したばかりのルナリアさんは困惑して、私の顔色をうかがっていた。
自分の人生も実家も終わったと思っていた彼女は、突然の救済処置に頭が追い付いていないんだろう。元婚約者が迷惑をかけたはずなのに、ガラーリア家の手助けまでしてもらえば、裏のある話だと思われても仕方がない。
根回しまでしておいて言うのもなんだけど、無理強いをするつもりはない。本人の気持ちが大事である。
「ルナリアさんは年上の男性の方が好きだった? あんな変な男よりかは弟の方が全然いいと思うんだけど」
「私は婚約相手が誰であったとしても、親の判断に従うと決めてきました。貴族である以上は、恋愛に意味を求めてはならないと考えていますので。ただ……」
「ただ……?」
「ユーリくん、可愛すぎませんか? 私にはもったいないです!!」
ルナリアさんの目がキラキラと輝いているので、何も心配はいらないだろう。
ユーリはお姉ちゃんっ子だから、気配りや配慮ができるルナリアさんと一緒にいた方が幸せになる。
ほら、ユーリ。恥ずかしがってないで、ちゃんと言いなさい。自分のことなんだからね。
ちょっぴりモジモジするユーリは、まだまだ子供っぽい印象が大きい。でも、男らしくハッキリ言える子でもある。
「貴族でも恋愛しますし、僕は婚約者を幸せにしたいです。まだ出会ったばかりですので、少し時間をくれませんか?」
「……はい。としか言えないじゃないですか。……とてもズルいと思います」
ろくでもない男ベルタくんと過ごしてきたルナリアさんにとって、ユーリは天使のような存在だと思う。客観的に見ても、弟は素直ないい子であり、裏切るなんてマネは絶対にしない。
だから私はいま、こんなことを考えている。
本当の真実の愛を見つけたのは、ユーリとルナリアさんだったのかもしれない、と。
日間総合ランキング1位ありがとうございます!(2021.10.30)
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