其の二十三 宿屋街の再興
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「名主屋敷での取り調べに、証人として立ち会った後、前の侯爵様のお誘いで別邸へ伺いました」
おや? なにかさっきよりも、みんなの表情が真剣だ。この話題を待っていた感じ?
ああ、もしかしてルジェクが、わたしが前の侯爵様に話した宿屋街に関する頼み事を、事前にみんなに伝えておいてくれたのだろうか?
「前の侯爵様からは、今回の騒ぎの解決をお手伝いしたことをお褒めいただきました。そして、何か宿屋街に力を貸せることはあるかとおっしゃってくださいましたので、いくつか提案させていただきました」
一つは、温泉宿ギルドの立ち上げだ。温泉宿の経営や管理には、それなりの技術や経験が必要だ。専門職としてギルドを組織する意味はある。
ギルドを通して、「温泉手形」のような宿屋間の交流・協力事業を進めていくのだ。領都でリーシェレーバン温泉の宣伝をしたり、メイレラーニ湖畔への観光馬車を出したりといった、一軒の宿では難しい大がかりなことが可能になる。
もう一つは、リーシェレーバン大浴場の整備と解放だ。「温泉手形」の利用者の料金を安くして、利用者を増やすと同時に、個人で利用できる特別室を作り、高級感を求める者にも対応する。様々な客が温泉を楽しめる施設として、さらに充実させるのだ。
ほかにも、ギルドが推進する新しい事業として、川沿いの遊歩道を飲泉散歩用の道として整えることやリーシェレーバンの森の活用などを提案して、侯爵家からの援助をお願いしてきた。
「前の侯爵様は、ギルドを是非立ち上げるようにとおっしゃいました。担当の領地執事殿を使わしてくださり、ギルドの運営や新事業の計画にもお力を貸してくださるそうです。金銭面での援助も前向きに考えるとお約束くださいました!」
どうかしら? かなり図々しいお願いではあったが、なんとか了承を取り付けてきたのだ。小さな湯宿の雇われ若女将としては十分頑張ったと思うのだけど……。まあ、本当は、王の代弁者、レオンティーヌ・アブリージの立場で交渉したのだが、それはここではルジェクだけが知っていることだ。
話を終え、店の中を見渡したが、なんだかどの顔も「それで終わり?」という、少し残念そうな表情を浮かべている。突然、わたしの目の前に座っていたボジェナが、力強く立ち上がり叫んだ。
「あのね! リオーナ! わたしたちが聞きたかったのは、そういう話じゃないのよ!
ああ、ごめんなさい。今のも十分嬉しい話だし、リオーナの頑張りには感謝するわ。でもね、わたしたちは……、違うことを期待していたの。
そのう……、前の侯爵様は、たぶん、ルジェクからあなたのことを聞いていて、実際に会って話してみたかったわけでしょう……、それで、わざわざ別邸まで呼んだのよね……。で、どうだったの? もちろん認めてもらえたのよね?!」
ボジェナは、何を言っているのだろう? みんなは、何を期待していたの? 認めてもらえた?
首を傾げているわたしの手を取って、勝手口から、中庭に引っ張るように連れ出してくれたのはルジェクだった。ついてこようとしたギーが、レニタに引き戻されて文句を言ったり、自警団員たちが指笛を鳴らしたりしているのが気になったが、ルジェクが勢いよく扉を閉めると静かになった。
ルジェクに促されて、井戸端の小さな縁台に並んで座る。風が吹いているが、まだ冷え込む時間ではない。右手は、なぜかルジェクに握られたままだ。温かい……。
「お役目、ご苦労様。先代様への提案も上手くいったようで安心したよ。みんなには、あなたがリオーナではないことは伝えたが、レオンティーヌ・アブリージ様であることは話していない。
だから、みんなは、旅の吟遊詩人のあなたが、俺に相応しい女かどうか確かめるために、先代様が呼び出したと考えている。まったく、とんだ誤解だ……。でも、悪気はないので、許してやって欲しい」
そういうことなのね。ルジェクにも、気苦労をかけてしまった。わたしたちは、幼い日のささやかな思い出を共有するだけの間柄なのに。でも、それをみんなに話すわけにもいかない。
「ありがとうございます。あの、わたしの正体を秘密にしておいてくださって――。
わたしは、温泉宿ギルドが、軌道に乗るのを見届けたいと思っています。だから、それまでは、雇われ若女将として、遠慮なくここでみなさんを手伝いたいのです。協力してもらえますか?」
「当たり前じゃないか! 喜んで力を貸すよ。何でも言ってくれ!」
ルジェクが、両手でわたしの手を包み、そっと握り直しながら言った。
この優しさが、誤解を生むのよね。でも、それでもいい。今は、ルジェクの頼もしい申し出に甘えてしまおう。そして、この温かな励ましにも甘えてしまおう。温泉宿ギルドの立ち上げを、なんとしても成功させるために!
翌日から、温泉宿ギルドの立ち上げ準備が始まった。改修した「太った穴熊亭」の権利を、町名主のポヴォルニーが買い取ってくれて、ギルドの事務所として使えることになった。
ギルドへの参加を希望する宿屋は、20軒にものぼり、侯爵家からやってきた領地執事が規約をまとめたり、誓約書の作成を手伝ったりしてくれた。当面は、侯爵家からの支援をもとに運営していく予定だが、いずれは、宿屋の規模や売り上げに合わせて登録料を集めることになるだろう。
駅逓に、ギルドの案内所を設け、旅行客への宿の案内も行うことになった。宿屋街の端に乗合馬車の停留所を作り、駅逓から辻馬車を頼まなくても宿屋街へ来られるようにした。
侯爵家の後押しがあるので、様々な手続きも人材集めも、驚くほど容易に進めることができた。
一月もたつ頃には、宿屋街の泊まり客は格段に増え、「温泉手形」もすっかり定着した。
宿屋街は活気に溢れ、ギルドの事務所は、名物の蜂蜜酒を売ったり、焼き栗や蒸し芋を食べさせたりすることで、散歩の休憩場所としても人気になりつつあった。
「ねえ、本当にいいのかい? 『小さな翡翠亭』をほったらかして、旅に出たりして」
「ええ、心配いりませんよ。わたしとヤンとマイサで、何とかできますから。ルジェクも手伝いに来てくれますしね。お義母さんは、ゆっくり領都を楽しんできてくださいね」
「小さな翡翠亭」の前には、侯爵家の二頭立て馬車が止まっていた。前の公爵とダリナの誘いで、レニタ、「三羽の鵲亭」のマフレナの義母で女将のヘルカ、ボジェナとイルジーの母で、食堂を営むエルヤの3人が、領都への一泊二日の旅に出ることになったのだ。
さすがに、領都の侯爵邸に御世話になるのは申し訳ないということで、宿屋は別に用意してもらった。
ダリナを含め、四人は幼なじみなので、馬車に乗り込んだだけで、はしゃいでいた。侯爵は同行しないが、ダリナ付きの侍女が付き添い、旅の世話をしてくれることになっている。
どこか春を感じさせる、明るい青空の下、馬車は賑やかに出発していった。
ボジェナ、イルジー、マフレナそしてルジェクが、わたしとギーの横で一緒に見送った。
ここを旅立つ前に、レニタに一つ恩返しができた。
そう、レニタたちが領都から戻ったら、わたしとギーもいよいよリーシェレーバンを離れるつもりだ。
昨日吹いた風が、微かに春の香りを運んできていたから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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