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其の二 ルジェク

 本日も閲覧ありがとうございます。

 昨日は章設定を忘れて、第5話がありませんでした。すみませんでした。

 第5話、始まっております。よろしくお願いいたします。

 勝手口の扉を開けると、中はすごい熱気だった。居酒屋の店の隅には、暖炉が設えてあった。調理場では、レニタが、大きな鍋でたくさんの魚の素揚げを作っていた。揚げ物独特の食欲をそそる香りが、店全体に広がっていた。香りにつられて入ってくる客もいるようだ。


「もう、片付けは済んだのかい? じゃあ、少しだけ手伝ってもらおうかね。階段下のテーブルに前掛けが置いてあるから、リオーナはそれをつけて、マイサと一緒に料理や酒をお客に運んどくれ。ヤンは、そのままの格好でいいから、暖炉にくべる薪を裏の薪小屋から運んできてくれるかい?」

「いいよ!」


 いつもながら、ギーは、相手の懐に飛び込むのが上手い。元気よく返事をすると、さっさと外へ出て行った。

 前掛けを手に取り、代わりにリュートをそこに置く。マイサというのは、さっきレニタを呼びに来た下働きの少女で、この近くに住む猟師の娘だそうだ。店は、20名近い客が入り、大いに賑わっていた。

 酒の注文が次々と入る。マイサがカップに注ぎ、わたしがテーブルに運ぶ。今日のおすすめ料理であるエーペルランの素揚げをたっぷり盛った皿も出す。軽くスパイスソルトをふれば、最高の酒の肴になる。

 作り置きしてあった鹿肉の煮込みや鴨肉の燻製、そしてチーズ類も大人気だ。やがて、勝手口の方から真っ赤な顔をした一団が、店の中へ入ってきた。湯殿を使っていた客たちだ。


「いやあ、あったまったよ! 女将、やっぱりここの温泉はちがうな!」

「ゆっくりかって、いつもの兄ちゃんにマッサージもしてもらった。疲れがとれたよ」

「俺たちも、食事をいただくよ。酒も頼むよ!」


 空いていた最後のテーブルが埋まり、店は満席となった。薪運びを終えたギーは、黙って皿洗いに取りかかった。湯を混ぜた水で次々と洗い、冷水ですすいで重ねていく。今夜は、ちょっと残念だが、吟遊詩人の出番はなさそうだ。

 

 ―― バタン!


 勝手口の扉を乱暴に開けて入ってきたのは、全身から湯気を噴き出させた若い男だった。シャツを着て短めのズボンをはいているが、汗だか湯だかで濡れた全身から、もわもわと白い湯気が立ち上っていた。

 男は、胡散臭げにわたしに一瞥をくれた後、大きな声でレニタに呼びかけた。


「レニタ! 今夜は、もう、湯殿に来る客はいないのか? 灯を消して、片づけてきていいかな?」

「使うとしても、あとは、リオーナとヤンだけだから、わたしが面倒をみるよ。今日も助かったよ、ルジェク。そろそろ、湯殿の方は終わりにして、食事をしにおいで!」

「ああ、わかった。ところで、誰だい? リオーナとヤンっていうのは」

「ヴァーシルの嫁とその弟だよ! 前に教えただろう? 今日、ようやく王都から着いたんだよ」

「へえ……」


 ルジェクは、疑り深い目つきでわたしを見ていたが、首にかけていた汗拭き布をひょいとわたしに投げてよこした。


「ヴァーシルの手紙に書いてあった通りの娘だな。良かったな、レニタ! これであんたも楽ができる。弟の方も、小さいが働き者みたいだし、『小さな翡翠亭』は、万々歳だな!」


 手紙に書いてあった通りの娘? どういうことだろう?


 * * *


「ルジェクは、ヴァーシルの幼なじみなんだよ。温泉街の自警団に入っているんだけど、湯治客が多い時期は、うちの湯殿の手伝いもしてくれているんだ。あんたがいてくれて、本当に助かるよ」

「いいんだよ。ヴァーシルが戻ってくるまでは、せいぜいこき使ってくれよ」


 最後の客を見送って、泊まり客たちも部屋へ引き上げた店の中で、わたしたちは、遅い夕食をとることになった。ルジェクは、湯殿で着替えて、帰り支度を整えやって来た。

 食事の途中で、マイサの兄が迎えに来た。レニタは、エーペルランの素揚げを皿にどっさり盛って、マイサに持ち帰らせた。まだまだ、たくさんの素揚げが残っていたが、みんなすっかり手が止まっていた。


「ちょっと、作り過ぎたかねえ。素揚げは、明日になると油っぽくなるよね。無理に食べれば胸が焼けるし、捨てるのももったいないし……、どうしたものかね?」


 これ以上食べるのは無理だが、かといって捨てるのも惜しい。明日もこれを美味しく食べる方法はないものだろうか? 揚げ魚を使った料理か……。

 わたしは、以前、王都の屋敷で働いていた臨海州出身のコックが作ってくれた料理を思い出した。魚の素揚げを使ったあの料理は、確か――。


「お義母かあさん。エシカベッシュにしては、どうでしょうか?」

「エ、エス……カベッシュ?」

「ええ。揚げ魚を、酢や油と香味野菜で作った漬け汁に、一晩ほど漬けこんだ料理です。本当は揚げたてがいいのですが、これでもきっと大丈夫ですよ。明日の朝食の前菜になると思います」

「酢に漬けておくのか……。何だか、美味しそうだね」


 レニタに手伝ってもらって、調理場で使えそうな材料を探した。ギーとルジェクは、興味津々と言う顔で、わたしたちの作業を眺めている。

 まず、大きめのボウルに、エーペルランの素揚げを並べた。そして、野菜箱に入っていたチェーパやカホットなどを細めの薄切りにして、その上に広げた。最後に、ハーブ塩と酢やキトゥルスの果汁などを混ぜて漬け汁を作り、それをボウルに注げばできあがりだ。酢の香りは食欲をそそる。


 ギーとルジェクは、味見をしたそうだったが、それは、明日の朝のお楽しみだ。ボウルの上に鍋の木蓋を乗せて、今日はお預けである。


「さあ、片付けをして、そろそろお開きにしようかね。ありがとうよ、リオーナ、いいことを教えてくれて。ギーも、遅くまでお疲れ様。皿洗いの手際が良くて驚いたよ。あっ! 湯殿の方はどうする?」

「だいぶ遅くなりましたので、明日の朝入れてもらっても、よろしいですか? ギーも眠そうですし」

「そうだね。湯殿で寝られちゃっても困るからね。そうしておくれ」


 わたしたちが、片付けをしている間に、ルジェクがギーを別棟に送って、寝支度をすませてきてくれた。わたしは、湯殿を見に行ったレニタに替わって暖炉の火を始末し、ルジェクを見送った。

 別れの挨拶をして、店に戻ろうとしたとき、「リオーナ!」とルジェクに呼ばれて振り向いた。


「リオーナ……レニタを頼むよ。ヴァーシルが王都へ行ってから、少しでもいい店にしてヴァーシルに継がせようと、一人で頑張ってきたんだ。何があろうとレニタを悲しませるようなことは、絶対にしないと約束してくれ」

「あの、わたしたちは……」

「あんたたちが来てくれて、レニタは本当に嬉しそうだ。長年の夢が、やっとかなったんだものな。だから、できるだけ長くここにいて、レニタを助けてやってくれ。おれにできることは、何でも手伝うからさ」


 それだけ言うと、ルジェクは手を振って、中心街の方へ歩いて行ってしまった。

 ルジェクは、レニタの嘘に気づいているのかもしれない。なぜかは、わからないけれど……。わたしたちが、そのうちここを離れることを知っているみたいな口ぶりだ。

 そして、わたしたちが、「小さな翡翠亭」に長く留まっていてくれることを願っているようでもあった。ルジェクは、何を考えているのだろう?


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 お休み中にブクマを付けてくださった方、感謝しております!

 明日もお訪ねをお待ちしています。

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