最終回 悪玉令嬢 断罪される 後編
「プロローグ」の最終話です。やっと終わります……。
―― トントントントン!
誰かが部屋をノックしていた。いつもの癖で、「どうぞ」と答えてしまう。ここは、家ではないことを思い出し、ノックをしたのがアレットではないことに気づく。慌てて立ち上がろうとしたが、ドアが開く方が早かった。
「アレット?!」
ドアの向こうには、アレットと大きめの荷箱が一つ、そして――、あの仮面の男が立っていた。
何か武器になる物を探したが、泣きながら飛び込んできたアレットに抱きつかれ、動きを封じられてしまった。仕方がないので、思い切りきつい目をして、仮面の男を睨みながら言った。
「どういうことですか? わたしは、王宮での独善的な振る舞いを断罪され、王命によりユノシーの峰の秋の神殿送りとなった身です。確かに、侍女に別れを告げたいとは思っていましたが、こんな場所に彼女を連れてきて欲しいとは頼んでおりません」
仮面の男は、わたしの言葉を無視し、荷箱を部屋の中へ運び入れた。よく見ると、部屋の中には他にも荷箱が二つあり、新たな荷箱はそれらに並べるように置かれた。それが済むと男は、私の前にやってきて跪いた。そして、肩に掛けたマントの中から、一通の革製の書状を取り出した。書状を広げ、そこに国王陛下の印璽が押されているのをわたしに見せながら、男は話し始めた。
「レオンティーヌ・アブリージ嬢、あなたに、真の王命をお伝えいたします。
これより、あなたには国王陛下の密偵として、陛下の叔父君であるスープニー公爵の所領へご出立いただきます。公爵は、度重なる出仕の要請を無視し、病を理由に1年近く所領に留まっておられます。王位の簒奪を企み、軍を増強し資金を蓄えていることは明らかと思われますが、証拠がありません。王宮内には、スープニー公爵と陰で通じる者もあり、公に調査をすることができません。
あなたの務めは、吟遊詩人レオンとして、スープニー公爵領内に入り込み、内通者と協力して公爵の謀反の証拠を白日の下に晒すことです。この書状は、あなたが王命で動いている者であることを保証するもの――「王の代弁者」への任命状です。もしものときはこれを見せ、陛下の代弁者となって人々を従わせてください。
念のため、あなたの侍女を身代わりとして秋の神殿に預けます。神官長は、すべてご存じですので心配はいりません。あなたのお身内にも真実をお伝えしますが、表向きは罪人を出した家として、静かにお暮らしいただくことになりましょう。ご不自由をおかけしますが、あなたが任務を成し遂げ、王都にお戻りになった暁には、国王陛下より必ずや全てが明らかにされ、名誉は回復されることでしょう。
旅に必要な物は、ご用意してあります。準備が済み次第、夜陰に紛れ王宮をご出発ください」
泣き止んだアレットが、しがみついたまま、うんうんと頷きわたしを見ていた。おかしな話であるが、わたしはこの展開をなぜか納得していた。
侯爵令嬢でありながら、剣を学び、リュートを奏で、乗馬の稽古に励んできた。何のためにそんな暮らしをしているのか、心のどこかで疑問に思ったこともあった。
そうか! この日のためだったのだ! わたしのこれまでの人生は、この任務を引き受けるためにあったのだ。表向きは、王宮の悪玉令嬢として断罪され、断崖絶壁の上にある神殿に送られたことになるが、実のところは、吟遊詩人に身を窶し、王の密偵として世のため人のため、世直しの旅に出るのだ。
なんだかとても、すっきりとした気分だった。夢で見た前世の物語の主人公が、似たようなことをしていたみたいなので、旅をするうちにいろいろと役立つことを思い出せるかもしれない。これからの旅暮らしも、上手くやっていけそうな気がしていた。そしてもちろん、いかなる苦難に見舞われようとも任務は全うできる! わたしが、これまで身につけてきた様々な知識と技能をいかしさえすれば! わたしは、新たなる王命を謹んで受けることにした。
「わかりました。アレットや弟、そして父上や母上のこと、よろしくお願いいたします。必ずや任務を全うし、王宮に戻って参ります。早速支度をいたしますので、あなた様は部屋から出ていただけますか?」
「えっ? なぜですか? わたしはここにいてはまずいですか?」
仮面の男が、わけのわからないことを言っている。まずいに決まっているだろう! これから、着替えて旅支度をするのだから、男性のあなたは出て行くの! なんで怪訝な顔をしているの?
「これから、着替えるのですよ! あなたにここにいて欲しくありません!」
「幼い頃は、平気でわたしの前で服を脱いでいましたよ。一緒に水浴びもしました」
「えっ?」
ちょっと頬を赤らめながら、アレットが仮面の男を部屋の外にグイグイ押し出した。そして、大きな音を立ててドアを閉めた。ドアの前に、椅子を押しつけ簡単に開けられないようにした。いや、そこまでしなくても大丈夫じゃないの?
わたしたちは、ドアの外の男に聞かれないように、小さな声で話しながら着替えを始めた。
「お嬢様。あの方は、いったい何者なのですか? あたかも、お嬢様とは、古いお知り合いであるかのようなお口ぶりでしたが……。
あの方は、国王陛下のお使者として、馬車でお屋敷にいらっしゃいました。フロランタン様が、お話を伺った上で、先ほどの書状を確認し、お荷物と一緒にわたしをこちらにお寄越しになりました。
道々、あの方から、わたしのお役目を伺い、お嬢様のお役に立ちたいと思いここまで来たのですが、信用して大丈夫なお方なのですよね?」
「それが、わたしにも、まだわからないのです。幼い頃、会ったことがあるのは確かなようなのだけど、思い出せないのですよ。ただ、国王陛下のもとで動いているのは、間違いないようです。今は、あの方を信じて、国王陛下のご命令に従いましょう」
ようやく着替えが終わり、アレットがドアを開けた。仮面の男は、廊下の壁に寄りかかりずっと待っていたようだ。ちょっと、ほっとした顔をして、部屋の中へ入ってきた。上着とズボンを身につけ、リュートを背負い、腰にはスモールソードを帯剣したわたしの姿を見ると、口元に微笑みを浮かべた。
「完璧です。どこからどう見ても立派な吟遊詩人です。とても……お似合いです」
アレットには、わたしのドレスを着せ、身代わりであることがわからないようにした。マントをはおりフードで顔を隠して馬車に乗れば、なんとか誤魔化せるだろう。
どうせ王都を出れば、わたしの顔を知るものなどいないはずだ。いらない衣類や装身具などは、空になった荷箱に詰めた。わたしの荷物は、肩から掛ける旅鞄一つだ。路銀、旅手形、薬、火打ち石、水入れなどが入っている。そして、男から預かった書状も。
「裏庭に、あなたの愛馬を連れてきてあります。侍女殿を神殿に送る馬車は、こちらで用意しました。道中危険な場所もありますので、王都にある秋の神殿から、腕の立つ兵士や有能な巫女が数名付き添いとして来ています。罪人とはいえ、侯爵令嬢を一人でユノシーまで行かせるのも変ですからね。
王都の秋の神殿の神官長は国王陛下の妹君です。何もかも承知しておられます。旅先から何かお知らせくださるときは、秋の神殿へ使いを出してください」
そう言うと、仮面の男は、廊下の様子を確かめて部屋の外に出た。ここまで周到に準備ができているということに、任務の重さと責任の大きさを感じ、わたしは改めて気を引き締めた。彼に続き、密やかに廊下を抜け裏庭に出ると、わたしはオドレイに跨がり、アレットは迎えの馬車に乗り込んだ。いよいよ旅立ちである。
無言のまま、わたしたちは頷き合い、それぞれの目的地を目指して出発した。一人裏庭に残った仮面の男もまた、小夜啼鳥の声のする王宮の森へと静かに姿を消したのだった。
ようやく、長い「プロローグ」が終わり旅に出ました!(題名詐欺ではなくなりました)
ファンタジー要素が出てくるまでには、もうしばらくかかります。ごめんなさい。
次話からは、月・水・金の15:20頃に更新していく予定です。
この話を見つけて覗いてくださった方、ありがとうございました。まだまだ続きますので、よろしくお願いいたします。