其の九 聖女祭り
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都合により、本日はこの時刻に投稿します。
今日が正式な聖女祭りの始まりということもあって、広場は客で溢れていた。渡り聖女に相談事を持ち込む客だけでなく、祭りの雰囲気を楽しみに来た客もいる。そういう冷やかし半分の客相手に、お守りや護符、秘薬などを売りつけて稼いでいる渡り聖女もいる。かなりいかがわしいが、祈祷や除霊のようなものも行われている。
しかし、どの客にも笑顔があり、この祭りを心から楽しんでいる様子が伺える。聖女祭りに来ることで、自分の憂いや迷いが取り払われた気分になっているのだろう。父が言っていたとおり、聖女は確かに世の中の役に立っている……と言えるかもしれない。
大聖堂の屋根は落ち、信仰の拠り所である大聖女像は崩壊した。だが、そんなこととは関係なく、聖女祭りは、人々を集め盛り上がっている。所詮は、心の問題だ。「鰯の頭も信心から」というではないか。偽物聖女のわたしの託宣だって、多少は役に立ったようだし……。
待てよ! ということは、わたしは鰯の頭? 何よ、それ?!
「サイショノオ客様、ドウゾ、オ入リクダサイ」
コリーの案内で、本日、最初の客が天幕の中へ入ってきた。ローブを纏い、ベールを被った私の前に腰を下ろしたのは、若い男性だった。花束を抱えていた。ああ、誰かに思いを告げたいが、いつどこで告げればいいか――、とかいうこと? そうねぇ、場所は大切かもしれないわねぇ……。
じっと待っていたのだが、男性は少し頬を赤くしたまま黙っている。まつげが長く、優しい面差しの男性である。あっ! また、じっと見つめてしまった! 本当によくない癖だわ。でも、今日はベール越しだから、気づかれないわよね。
それにしても、このままでは何も進まない。仕方なくわたしから声をかけることにした。
「あ、あのう、本日は、どのようなご相談でございましょうか?」
「せ、聖女様、……」
「はい?」
「わ、わたしと、け、け、結婚してください!!」
「!!!」
「き、昨日、これからの自分の生き方について相談した聖女様から、『あなたは、聖女と結婚すれば運が開ける』と言われたのです!
で、ですから、是非、わ、わたしと……うっ、うわ!!」
両腕をガシッと掴んで立ち上がらせ、グルンと向きを変えて、腰をポンと一蹴りして、天幕の外に出ていただいた。「是非、わたしと、結婚を!」とか叫んだあたりで、声が聞こえなくなったから、たぶんカヴァニスが、衛兵団の詰め所にでも連れて行ったのだろう。どこの聖女よ?! 迷惑な託宣をくだしたのは?!
次に天幕に入ってきたのは、小柄な中年の女性だった。服装は地味だが、どことなく品があるご婦人だ。大きな布の鞄を持っていた。彼女は、私の前に腰を下ろすと、にっこり笑って言った。
「聖女様も大変ですわね。次々と、やっかいな相談事を持ち込まれて」
「は、はい。ですが、それがわたしの務めですので……」
「腹が立ったり、イライラしたりすることも、たくさんありますでしょう?」
「それは、まあ……、多少は……」
「そういうときに、いいお薬がございますのよ!」
「???」
「聖女祭りの間だけ、特別なお値段でお分けしていますの。これは……、まあ! きゃあ!」
よっこらしょっ!と抱え上げ、天幕の外へお運びした。こちらの方は、衛兵団が捜していたようだ。巡回中の衛兵たちの「あの女だ!」という声が聞こえた途端、ひょいと立ち上がりものすごい勢いで走って行ってしまった。聖女相手に商売をしようとは、たいした度胸である。やれやれ。
その後も、隣国の新しい港湾施設へ投資してみませんかとか、渡り聖女をやめて王都の「聖女居酒屋」(そういうのあるのね?)で働きませんかとか、様々なお誘いが相談として持ち込まれた。多少の喜捨はしてくれているのでこちらはかまわないのだが、そういう勧誘は商売になるのだろうか? 片っ端から声をかけていけば、話に乗ってくる者がいるのだろうか? よくわからない……。
奇妙な客ばかりが続き、朝の商売だけでどっと疲れた。一休みして、昼食をとることになった。
「カヴァニス! 大変だよ! 急いで来て!」
天幕の裏を通って、パチーノが飛び出してきた。ジャーダやヨランダと一緒に、遅い昼食を手配しに、市の屋台を見に行っていたはずだが――。わたしは、聖女の扮装を解き、剣を持って天幕から出た。
「市の外れで、変な連中に絡まれて、ヨランダが……」
最後まで聞かずに、わたしは走り出していた。昨日のあの男かもしれない! 捜している年頃の娘を、一人一人確かめることにしたのだろうか? それとも、何かヨランダに目をつけるきっかけがあったのだろうか?
後ろから、必死でギーがついてくるのがわかったが、待ってやるわけにはいかない。植え込みを跳び越え、荷車を押しのけ、ようやく屋台がまばらになった辺りに出た。
いた! ヨランダをかばうようにして立つジャーダ。それを取り囲む、三人の男たち。一人の男が、左手にコリーを掴んでいる。町の破落戸といった風体だが、あの旅の男の仲間だろうか?
「ほら! 人形を返して欲しいだろ? だったら、ちょっとそのフードをめくって見せろよ!」
コリーを持っている男に、後ろから思い切り体当たりした。男が取り落としたコリーをサッと左手に掴み、剣の柄に右手を掛けながらジャーダの前に立った。男たちの方を向いたまま、押しつけるようにして、コリーをヨランダに渡した。
「てめぇ……、何しやがる!」
「無理矢理顔を見せろとは、レディに対し失礼です! どういうおつもりですか?」
「レディ? レディなんてどこにいる? たかが、渡り聖女のくせによ! 偉そうにするな!」
「そのもの言い、許せません!」
「許せませんだとぉ? じゃあ、どうするよ? そっちが抜くなら、こっちも容赦しないぜ!」
男たちが、それぞれ得物を構えた。ナイフが二人、片手剣が一人。扱い慣れている雰囲気だ。あの男に金で雇われて動いているのかもしれない。さて、誰から相手をしようか――。
「姐さん! 手を出さないで!」
ようやくわたしに追いついたギーが、男たちの後ろで、左手を握りしめ石畳を突いた。もわっと湧き上がった黒い靄を地表から引き出すようにして、振り向いた男たちめがけて投げつけた。黒い靄は三つに別れ、三人の男たちに襲いかかった。腕や首などを締め上げるように絡みつき、男たちを引きずり倒した。男たちが得物を手放し、首や胸を押さえて転がると、黒い靄は地中に吸い込まれるように消えていった。
「どうした?! 大丈夫か?!」
カヴァニスが、衛兵たちを引き連れて駆けてきた。地面に転がりうめいている男たちを見て、一瞬驚いたようだったが、衛兵たちは素早く駆け寄り縄を掛けて、男たちを立ち上がらせた。ジャーダが事情を説明するために、詰め所についていくことになった。いつの間にか集まっていた人々は、騒ぎが解決したのを見届けると、何事もなかったように屋台が並ぶ方へと戻っていった。
ふと、横を見ると、ヨランダがギーをぎゅうぎゅう抱きしめていた。えっ?! もしかして、ヨランダにも見えたのかしら? ギーが神力を借りるところが――。そうか! やっぱり、ヨランダは……。
「さあ、戻って昼飯にするぞ!」
カヴァニスの言葉で我に返ったわたしは、何か不思議な感動を覚えながら、ギーやヨランダに先を歩かせ天幕へと戻った。
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