其の六 悪玉令嬢 断罪される 前編
しばらくして、また、王宮からの呼び出しがあった。今回は、国王陛下からのお呼び出しである。おそらく、御前試合のことだろう。国王陛下は、王太子殿下とは違い、やはり見過ごせないと思われたのだろうか? オーミルシェ侯爵夫人やナルシス様が、何か訴え出たのだろうか?
不安な気持ちを抱え、一人馬車に乗りこみ王宮へ向かった。今日は、一応正装である。アレットも何かを感じているのか、涙ぐみながらも気合いを入れて準備をしてくれた。
王宮へ着き、控えの間で待っていると、侍従殿から玉座の間に案内すると告げられた。これは、いよいよ大変なことになってきた。侍従殿に続いて、玉座の間に入る。重職にある上級貴族の方々や王宮の神殿の神官長などを従え、国王陛下と王妃様はすでに席に着かれていた。わたしは、目を伏せたまま前へ進み出た。そして、玉座の前で静かに跪いた。侍従長殿が厳かに声を発した。
「侯爵令嬢、レオンティーヌ・アブリージ殿。これより、王命をお伝えします。心してお聞きください。
レオンティーヌ・アブリージ、そなたは、その独善的な振る舞いにより、たびたび王宮内を騒がせ、混乱に陥れてきた。もはや、その行いを見逃すこと能わず。王命により、そなたをユノシーの峰にある秋の神殿送りに処する。精進潔斎し、神殿にて巫女としてその身を神に捧げ、己の行いを悔い改めよ。
なお、その罪は、そなた自身のものであり、そなたの家や家族を罰することはないものとする。
以上でございます。これより、神殿への出発まで、地下牢にてお待ちいただきます。お屋敷の方へは、使いの者が走りますので、何か伝えたいことがあれば、お手紙をお書きになることもできます」
「謹んで、お受けいたします」
わたしは、挨拶をして玉座の間から退出した。裁判ではないので、申し開きの機会は与えられない。王命は、黙って承るしかないのだ。父やフロランタンが、罰せられることはないようだが、世間体もあるので、しばらくは門を閉じて蟄居することになるだろう。出仕も叶うまい。
侍従殿に付き添われ、地下牢へ向かう。ネズミが走っていたり、蜘蛛の巣が張っていたりする場所で、藁のベッドが置いてあるのだろうなあと思っていたら、意外にきれいな部屋に通された。
というか、これ、地下牢じゃないでしょ! 鉄格子はないし、普通の木のドアがついているし、部屋には、ソファとか鏡とか暖炉とかあるし、ベッドもちゃんとしているし、単なる地下にある上等な客間!
よくわからないままベッドに腰掛けると、慣れない正装に疲れたこともあり、急に眠気が襲ってきた。寝ている場合じゃないことはよくわかっているのだが、我慢ができず、そのままベッドに倒れて眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
わたしは、不思議な夢を見ていた。
夢の中のわたしは、ある物語に夢中だった。
物語の主人公は若い女性で、複雑な形に髪を結い上げ、そこに花や布などの飾りをどっさりつけた、この国では見たことのない髪型をしていた。煌びやかな布地をまっすぐに裁って縫い合わせた服を着て、幅広の重たい帯を締めていた。
女性は、「姫」「姫様」などと呼ばれ、たくさんの侍女たちに傅かれていた。「御殿」と呼ばれる建物に住んでいて、外に行くときは、紐を指に挟んで固定する「草履」というものを履いていた。御殿の生活は単調で、姫様はいつも退屈していた。
姫様は、ときどき町に出かけた。そのときは、普段とは違った地味な服装髪型になり、連れ歩く侍女も同じように地味な服装をしていた。この外出は、「お忍び」とか「隠密」とか呼ばれ、ときには、泊まりがけでかなり遠くに行くこともあった。
姫様は、市中や旅先で、不正をはたらく者を懲らしめたり、苦労や悩みを抱える人を助けたりした。
ときには、領主のような身分の高い者を罰することもあったが、相手に反省を促すときは、携えている懐剣を出して見せることになっていた。懐剣には、その世界で最も力を持つ王の紋章が刻まれており、その紋章を見ただけでほとんどの人が「ハハー」と言って平伏した。
その紋章を見せても刃向かうものがいると、どこからともなく、白い覆面をつけ白馬に跨がった無敵の剣士が現れ、それらの者たちを成敗した。
悪人が滅ぼされると、心ある人々が集い、その領主の領地を再建することを姫様に誓った。その土地に平和が訪れたことを確かめ、姫様はまた別の土地に旅をしていくことになっていた。
その国には、不埒な者が多いようで、姫様は様々な土地を訪ねなければならなかった。
そこで、夢は終わった。
◇ ◇ ◇
わたしは、目を覚まして、夢の中の物語を振り返った。
その物語は、前世で知ったもののようだ。最終的に旅がどのように終わり、姫様がどうなったのかは、まだ思い出せない。物語の細部も漠然としている。ただ、何か記憶に刺激が与えられれば、次々と思い出せそうな気もした。