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万能悪玉令嬢ですが、王命に従い世直し奉仕旅に出ました!【完結済】  作者: 有理守
プロローグ  悪玉令嬢 王の密偵となる
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其の三 悪玉令嬢 舞踏会で恨みをかう 後編

 そして、舞踏会当日がやってきた。今日の舞踏会は、王宮の舞踏会場であるオルテンシアの間で開催される。会場に到着し席に案内された。わたしのテーブルには、素晴らしいメンバーがお揃いだった。未亡人、出戻り嬢、夫が領地に行っていて不在の夫人など、女性一人で参加した方ばかりだったのだ。彼女たちは、ダンスには全く興味がない。ひたすらおしゃべりをして過ごすつもりで来ていた。わたしが着席すると、まず、花嫁候補の教育係を押しつけられたことを同情された。


「レオンティーヌ様は、本当にお気の毒ですわ。毎日、あんなご令嬢たちのお世話をさせられて」

「見てご覧なさい、あの娘たちのドレス! あんなに胸元を開けて、はしたないこと!」

「たいして上手でもないくせに、ダンスに誘われたくて、ずっとそわそわしていますのよ」

「あのような方々を、花嫁候補として仕立てなければならないなんて、ご苦労なことですわ」


 気にかけていただき有り難いのだが、よく考えれば、この方たちがわたしに教育係を押しつけた張本人ではないか! わかっているのだろうか? わたしの気持ちなど聞く気もないようで、ダンスが始まっても、話の種が尽きることはなく、だらだらだらだらおしゃべりは続いていった。

 いつのまにか、わたしの前に一人の男性が立っていた。わたしをダンスに誘いに来たのだ。彼は、丁寧にお辞儀をすると、ちょっと甘ったるい声で話しかけてきた。だれだっけ?


「レオンティーヌ嬢。お初にお目にかかります。ナルシス・オーミルシェです。わたしと1曲踊っていただけますか?」


 うわっ! オーミルシェ侯爵夫人のご子息のナルシス様だ。王都一の高級店で上から下まで誂えたと思われる衣装で、わたしこそが流行の最先端ですと言わんばかりに仕上げてきている。彼に誘われたくて、熱い視線を送っていたご令嬢たちが、わたしをものすごい顔で睨んでいた。こうして近くに立たれると、香水のにおいがきつくて、気分が悪くなりそうなことを、あのご令嬢たちはご存じないのだ。


 げんなりしていたが、こちらには連れもいない。1曲ぐらいは踊らないと失礼かなと思い、わたしは軽く頷き了承した。手をとられ、ふたりでフロアーの中央付近へ進み出た。もっと、端の方が良かったのだが、ナルシス様は、衣装をひけらかし目立ちたかったようだ。


 曲が始まった。その途端、げんなり感はさらに高まった。全然だめ! へたくそ! 格好をつけて、他の人の間を無理矢理すり抜けながら踊っているが、ステップは乱れっぱなしだし、わたしのことをリードできていないし、危なっかしくてしょうがない。踊りを全く楽しめない! それなのに、にっこり笑ってこんなことを言いだした。


「そんなに緊張しないで。さあ、もっとわたしを見て微笑んでください。わたしに身を任せて」


 どこからくるんだ、その自信! イライラが限界に達した頃、ようやく1曲目が終わった。ああ、助かった! 最後だけは、極上の微笑みを浮かべてご挨拶し、さっさと席に戻ろうとしたら、ぐいっと手を掴まれた。


「なんて素晴らしい踊り手なのだ! レオンティーヌ嬢、是非もう1曲踊ってください!」


 もう、鼻が耐えられない状態だったのだが、そんなふうにフロアーの中心で叫ばれて、捨て置くわけにはいかない。ご令嬢方から殺意を秘めた視線を向けられながら、もう1曲お付き合いした。他の方に迷惑はかけられないので、基本のステップに忠実に踊り、余計な動きはしないよう、わたしがリードしてやった。ナルシス様は、最初少し戸惑っていたようだが、やがて拙いながらも、わたしのリードに合わせて踊れるようになった。それでいいんだよ!


 2曲目が終わり、今度こそと思っていたのだが、まだ手を離さない。ナルシス様を露骨に睨み付け、無理矢理振りほどこうともぞもぞしていたら、背後から別の人が、さっとわたしの手を取った。そして、冷ややかな声でナルシス様に囁いた。


「そろそろ替わっていただけませんか? お付き合いされているわけでもないのですから、何曲も続けてお相手させるのはご令嬢に失礼ですよ!」


 ナルシス様は何か言いたそうだったが、握っていたもう一方の手を離し、名残惜しそうに挨拶して別の女性を誘いに行った。一安心して、わたしの手を取っている人物に目を向けた。

 えっ? 今日は、普通の舞踏会のはずなのに、その人物は仮面を付けているではないか! 大丈夫か? へたくその次は不審者? どうしようかと迷っているうちに、次の曲が始まってしまった。お互いにまだ名前も名乗っていない。グッと腰を引きつけられて、ワルツを踊り始めると、仮面の奥の鉄色の瞳が、少しだけ微笑んでいるように見えた。さりげなくわたしをリードし、複雑なステップも乱れることなくつなぎ、フロアーの中を滑るように移動していく。こんなに、ダンスを楽しいと思ったのは久しぶりだ。この人は、わたしにダンスを教えてくださった、アシャール先生以上の踊り手かもしれない。


 さっきとは打って変わって、もっと踊りたいという気持ちになったのだが、お相手は、曲が終わるとわたしの手を離し、フロアーから消えてしまった。今離されたばかりの手から、微かに漂うブルーローズの香り――。

 まさか! 急いでその姿を探す。彼は人混みに紛れ、バルコニーの方へ出て行くところだった。わたしは、下品にならない程度の全速力で彼を追いかけた。バルコニーにたどり着き外に出ると、階段を降りようとしている彼を見つけた。フロアーの音楽に紛れる程度の大きさの声で、急いで呼びかけた。


「お待ちください!」


 仮面をつけた顔が振り向いた。彼は足を止め、静かな声でわたしの呼びかけに答えた。


「何でしょうか? もう1曲、お誘いした方が良かったですか?」

「そういうことではありません! マナー違反ですわ。初対面ですのに、まだ、お互いに名乗り合ってもいません」

「なんだ。そういうことですか。あなたらしいな! わたしは、もっと別のことを期待してしまった」


 彼は、愉快そうに夜空を見上げると、声を上げて笑い出した。ひとしきり笑った後、ゆっくり息を整えると、わたしに二歩ほど近づいて、少し寂しげに言った。


「名乗り合う必要はありません。あなたの名は、レオンティーヌ・アブリージ。レオンと呼んだこともあったかな? わたしの名は、……あなたもきっと知っています。早く思い出してください。では!」


 いつの間にか手にしていたマントを羽織ると、素早く階段を駆け下り、彼は夜の深い闇の中へ溶けてしまった。今度は、声をかけることもできなかった。バルコニーに残されたブルーローズの香りに包まれ、わたしは記憶を辿っていた。誰だろう? すぐに思い付く人物はいない。ただ、ずっとずっと幼い頃の思い出の彼方から、誰かが悲しそうに「レオン!」と呼んでいる気がした。


 舞踏会も終わったので、再び花嫁候補たちの教育のため出仕することになった。王宮に着くと、なぜか王妃様の居室へ来るようにと言われ、女官たちに案内された。王妃様のお部屋に入ると、王妃様と共に、お気に入りのご婦人方や女官長のオーミルシェ侯爵夫人が待っていた。わたしは、ご挨拶をし、王妃様に、先日の舞踏会へのお招きに対する感謝の気持ちをお伝えした。それが終わるや否や、刺々しい口調でオーミルシェ侯爵夫人が話し始めた。


「レオンティーヌ様、先日の舞踏会でのあなたの傍若無人なお振る舞い。あんまりではありませんか! わたくしの可愛いナルシスを、色仕掛けで誘って無理にダンスの相手をさせたあげく、下手だと言って突き飛ばし、どこの馬の骨ともわからぬ仮面の男と、主役を押しのけフロアーの中央で踊り続けて……。

 王太子殿下の花嫁候補教育係にあるまじき行いです! わたくしは決して許せません。あなたはいつも、アポリーヌたちに、マナーやルールを守ることを五月蠅くいっているくせに、ご自分がなさったことをどう説明されますの?」


 王妃様も、他のご婦人方も、困ったお顔をなさって、侯爵夫人のお話を聞いていらっしゃる。とんでもない与太話だが、後半の「どこの馬の骨」からあとの部分は、否定しきれないところもあるので、わたしも黙ってお話の続きを聞くことにした。


「あなたのせいで意気消沈したナルシスは、その後も何人かの心優しいご令嬢と踊りましたけれど、お相手の足を踏んだり、よろけて転びかけたり、すっかり自信をなくしてしまいましたの。

 花嫁候補のご令嬢方も、ナルシスと踊ることを楽しみにしておりましたのに、その機会を奪われて、みんなあなたを恨んでいますわ。もう、あなたに教えていただきたくないと泣いておられます。どうやって、この責任をおとりになるつもりですか?」


 ああ、そういうことか! わたしを悪者にして、見かけ倒しのへなちょこ息子を庇い、我が儘令嬢たちをわたしの厳しい教育から解放するってことね。

 納得できないところはあるが、そこまで言われて教育係を続けるつもりはない。参ったねという顔をしているわたしに、助け船を出すように、王妃様がお声をかけてくださった。


「レオンティーヌ。これまで、王太子の花嫁候補の教育係を務めてくれて、ありがとう。あなたが未婚の女性であることを忘れ、無理をさせてしまいました。そろそろ、あなたをご令嬢らしい暮らしに戻してさし上げなくてはいけませんね。

 明日からは、出仕しなくてかまいません。ただ、あなたの得意のリュートを、ときどき聞かせに来てくださいね。わたくしは、あなたのリュートの演奏が大好きなのですよ」


 これで、正式にお役御免となった。王族から申しつけられたお役目を、自分で勝手に辞めることはできない。辞めても良いという許可をいただく必要があるのだ。

 後任は、どうせオーミルシェ侯爵夫人が、当たり障りのない人物を見つけてくることだろう。わたしは、王宮を辞し、ブノワの御する馬車で屋敷に帰った。明日にでも、ブノワに王宮の厩舎へオドレイを引き取りに行ってもらおう。

 

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