其の六 本当の目的
対立する2つの店の息子と娘が、互いに愛しく思っている。でも、親どうしの仲が悪いから、二人は結ばれない。それどころか、娘の方に、大金持ちや大貴族の家から縁談が持ち込まれ、二人は一緒に逃げるか、命を絶つかという選択に迫られる――。前世で見た物語に、そういう話があった気がする。
逃げようとしたけど失敗して、二人とも亡くなったという話もあったわね。確か、シ、シェ、シェイ何とかっていう人が書いた芝居かなんかで――。えっ? 何、この記憶?!
「そろそろ夜が明けて、人の往来も増えてくる時刻です。ここで、こうしていても目立ちますから、場所を変えられたらいかがでしょうか?」
「いえ、エルミーヌの無事がわかったので、わたしはもうお暇します。あまり遅くなると、家の者がわたしを探し始めるかもしれません。気を落とさないで、エルミーヌ! また、必ず会いに来るからね!」
「ありがとう、モーリス! あなたもどうかお元気で! また、必ず、きっと、会いましょうね!」
モーリスは、何度も振り返りながら、大通りに向かって走って行った。エルミーヌは、門の前でいつまでも手を振って見送っていた。さて、エルミーヌ嬢、ゆっくりお話をうかがいましょうかね。
御店者が醸造所へ来るまでには、まだ時間があるというので、わたしは、母屋の居間へお邪魔した。本来なら、吟遊詩人が入れてもらえる場所ではない。おまけに、エルミーヌ手ずからお茶を入れてくれた。
「わたしとモーリスは、幼なじみなのです」
ソファに腰を下ろし、自分のカップを手に取ると、恥ずかしそうに頬を染めながらエルミーヌが言った。
「まだ、果実酒の品評会が行われるようになる前、わたしたちは、お互いの家をよく行き来していました。もともと、父とデュエム醸造所の蔵元は、兄弟弟子のようなものですから、決して仲が悪いわけではありませんでした。
モーリスとわたしは、同い年なので、姉弟のように育ちました。仕込みや蔵出しの時期には、どちらかの家に預けられて、一緒に勉強したり、御店者と野歩きに行ったりもしていました。
でも、品評会が始まってからは、そういう交流はなくなってしまいました。モーリスとわたしも、お互いに、一緒にいるのが少し気恥ずかしい年頃になりましたし……。
たまに、偶然町で出会って、元気でいることを確かめ合ったり、年に一度の果実酒祭りの日に、そっと遠くから挨拶を交わしたりしていました。
品評会では競い合う仲ですから、以前に比べ疎遠にもなりました。父とデュエム醸造所の蔵元は、果実酒造りの考え方は違いますが、決して憎み合ったりはしていないと思うのですけれど」
変ね。エルミーヌの言う通りなら、デュエム醸造所の蔵元が、ジュリーを使って毒薬騒動を起こしたり付け火をしたりするはずがない。ならば、ジュリーを雇っているのは誰だ?
ジュリーは、「また、近いうちに」と言った。また、この醸造所に何か仕掛けるのか? それとも――。
エルミーヌにお茶のお礼を言い裏庭にでたら、最後まで残っていた消防団員が帰るところだった。結局、出火原因ははっきりしなかったそうだ。厨房の中にあった布巾から燃え広がったようだが、なぜそこに火がついたのかがわからなかったという。それは、そうだろう。もし、ジュリーが、火炎操作のような魔術を使って火をつけたのなら、付け火の証拠は簡単には見つけられないはずだから。
宿泊所に戻ったが、あっという間に朝が来た。ギーを起こし、裏庭の井戸へ向かう。蔵人たちも次々と起きだしてきた。火事騒ぎで、十分に眠れていないはずなのに元気なのは、やはり、光の御子神様の力のおかげだろうか? わたしも飲んでおけば良かった、あのお湯!
おかみさんたちや近所の人たちが、蔵人たちの朝食を準備してきてくれた。裏庭に簡単な食卓が用意された。醸造所の通いの番頭やメイドたちが姿を現し、焼け跡の片付けや焼けかけた貯蔵庫の点検を始めた。キッチンメイドが、母屋の接待用の厨房でいれた、温かいお茶を運んできた。
エルミーヌによると、火事騒ぎはあったが、酒蔵やポウム倉は無事だったので、予定通り今日は圧搾作業に取りかかるという。蔵元も体を動かせるようになったので、エルミーヌと一緒に、ポウムの配合を決め、圧搾機にかける準備をするそうだ。圧搾して絞り出した果汁は、樽詰めし酒蔵で醸造する。
わたしとギーは、今日は町に出ることにした。
町の所々に、果実酒祭りが近いことを告げる看板や飾り付けが見られた。居酒屋が建ち並ぶ通りを探し、歌わせてくれる店をさがしていると、一軒の店から声がかかった。
「姐さん! あんた、ミルボー蔵元の所にいる女吟遊詩人さんだろう? うちのエメが、まかないの手伝いに行っててさ、あんたの歌を聴いたんだ。リュートも巧みだし、すごくいい声なんだってな。
良かったら、今日の夕方、うちでちょっと歌ってくれないか?」
「まあ、エメさんのご亭主ですか? ありがとうございます! 是非、歌わせていただきます!」
ギーは、早速、皿洗いの仕事をさせてもらう約束を取り付けた。吟遊詩人の修業より、皿洗いの修業に熱心なのよね! 弟子とは名ばかりで、いつまでたってもリュートを教えないわたしに責任があるのかもしれないが――。
カウンターで、二人分のポウムジュースを注文する。亭主が、絞りたてのジュースをカップに入れて出してくれた。わざわざ、3種類のポウムを混ぜて絞ってくれた。
「おれは、ポウムジュースは、この組みあわせが一番うまいと思っているんだ。果実酒もジュースも、ポウムを組み合わせることで自分好みの味になるのはおんなじさ!」
「なるほど! では、ご亭主は、果実酒なら、やはり、ミルボー醸造所のものがお好みですか?」
「そうだね。あそこの果実酒はいい。その年のポウムの出来によって、微妙に味は変えているが、品質は安定しているよ。まあ、王宮御用達になって取引の価格も上がったから、なかなか気軽に手を出せなくなったがね。
そういやあ、王都では、もっと安値でよく似た味わいの果実酒が出回っているって、この前店に来た薬の行商人が言ってたな」
「ほう。それは、どこの果実酒ですか?」
「確か……、スープニー産の果実酒って、言ってたなあ。」
スープニー公爵領の果実酒! その言葉を聞いて、隣でジュースを飲んでいたギーが、噎せそうになった。スープニー公爵領――、ここでその名が出てくるとは。
「数年前から、出回るようになったらしい。王都の安い居酒屋では、フーゴー伯爵領のものより、そっちの方が、人気があるらしいよ。今まで、ポウムの果実酒と言えば、フーゴー産ということになっていたけれど、これからはそうはいかないかもしれないね。醸造所も大変だろうさ」
亭主に、ポウムジュースの代金を払うというと、「お近づきの印だよ」と言って、受け取らなかった。礼を言い居酒屋を後にした。夕方、しっかりチップを稼いでお返ししよう。
何気なく寄った店で、とんでもない情報を手に入れることができた。
我が家の王都の屋敷のセラーにも、果実酒が置いてある。セラーを管理している執事のギルマンは、フーゴー産の王宮御用達の品物だと言っていた。それ以外の産地名を聞いたことがなかったので、果実酒といれば、フーゴー産と思っていたが――。
さすがに、王都にいるときは、居酒屋巡りなどしたことがなかったので、スープニー公爵領の果実酒が、そこまで王都で浸透しているとは知らなかった。
しかし、これで、今回の騒ぎの全容が何となく見えてきた気がする――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今のペースでは、ゴールがあまりにも遠いことに気づきました。
第2話完結まで、毎日投稿することにします。
お付き合いいただければ幸いです。




