其の三 蔵人を救え!
―― ドンドン! ダーン! ドタン!
淑女には、あるまじき行いなのだけど、今は非常時だからご容赦願おう! わたしは、宿泊所の部屋のドアを片っ端から開けまくった。空かない部屋のドアは、派手に蹴破った。はしたないのはわかっている!
ドアが開いた部屋には、ギーが駆け込み、蔵人たちの様子を見てくれた。
「姐さん! みんなすごい熱だよ! 頭が痛いって言ってる!」
わたしは、ギーに、入り口横の部屋で人の出入りを見張るように伝え、厨房に戻った。エルミーヌやおかみさんたちには、蔵人たちが体調を崩していて、すぐには朝食を食べに来られないと伝えた。
食当たりなら、ギーやわたしやおかみさんたちも、同じように具合が悪くなっているはずだ。だが、わたしたちは、みんな元気である。夕べ手伝いに来ていた人の中で、今日は来ていない人がいるかと尋ねると、一人だけ来ていない者がいるという。
「ほら、エメさんのご亭主の妹だって人。ジュリーって名乗ってたわ」
「あら、うちの亭主の妹じゃないわよ。ジュリーは、イザベルの従姉妹って聞いたわ」
「わたしの従姉妹じゃないわよ! ジュリーは、ロラさんの妹のご亭主の姉って言ってたわ」
「やめてよ! 妹の亭主のエドモンに姉さんはいないわよ。何言ってるのよ!」
「ジュリーは、蔵元の亡くなった奥さんのはとこなのよ。ねえ、エルミーヌお嬢さん?」
「ええっ?!」
いったい誰なのだ? そのジュリーという女は――。みんな自分以外の誰かの知り合いだと信じていた。しかし、結局誰の知り合いでもなかった。妙な話だ。
「振る舞い酒を大きなポットに入れて、蔵人さんたちに勧めていたのがジュリーよ。愛想がいいし、口が上手いから、みんな調子に乗って飲み過ぎちゃったんじゃないの?」
「厨房の火の始末をしていたら、いつのまにかいなくなっちゃったのよね」
やはり怪しい……。夕べは、甲斐甲斐しく給仕をしていたのに、今朝は姿を見せないジュリーという謎の女。蔵人たちの症状は、明らかに二日酔いのそれではない。何か薬のようなものを、酒に混ぜられたのではないだろうか。ジュリーには、その機会が十分にあったと思う。
体調不良の原因が毒薬なら、毒消しが必要だ。ここは、ギーの力に頼るしかないだろう。
蔵人たちのことを心配し、青ざめているエルミーヌを励まし、湯をわかすように言った。おかみさんたちには、後でもう少し詳しい話を聞きたいのでと言って、厨房に残ってもらった。
一人で宿泊所に戻り、ギーがいる入り口横の部屋を覗いた。ベッドの上では、全身にびっしょり汗を掻いて、若い男が魘されていた。
「ギー、神様の力をお借りして、あなたに治せるものでしょうか?」
ギーは、わたしの問いに小さく頷くと、真剣な表情で男の顔を凝視した。口の中を覗いて臭いを嗅いだり、汗ばんだ掌の様子を見たりしていたが、やがて、ため息を一つつくと、静かに言った。
「姐さん。大丈夫だよ。光の御子神様のお力で、解毒してもらえると思う。ただし、使われた毒物が、ちょっと厄介なんだよ。魔の気配があるんだ。解毒しても、すぐには元に戻らないかもしれない」
魔の気配――。魔術を使って作った毒薬ということだろうか? ジュリーという女の正体は、まさか魔導士? いったい誰が、そんな危険な人物をここに送り込んだのか? ミルボー醸造所をへの嫌がらせか? しかし、これは、もはや嫌がらせの域を超えてしまったことのように思える。
再び厨房に戻り、湧いた湯をポットに入れ、エルミーヌに宿泊所の前まで運んでもらった。
エルミーヌの背後に立ったギーは、右手を天に伸ばし、降りてきた白い光の束を掴んだ。その光をエルミーヌの背に投げると、光はエルミーヌを包み、やがてポットへと広がっていった。ポットの湯が、湯気のように白い光を放つのが見えた。
おそらくエルミーヌには、白い光は見えていないはずだ。わたしは、旅鞄から出してきた、小さな岩塩の粒をポットに落とすと、いかにも特別な計らいをしたかのように、厳かな口調で告げた。
「これは、さる高名な薬師から、リュートの演奏への返礼としていただいた秘薬です。解熱の効果があり、これを溶かした湯を飲ませれば、蔵人たちの体調も直に回復することでしょう。お手伝いいただけますか?」
「わ、わかりました」
三人で手分けして宿泊所の各部屋を訪ね、苦しむ蔵人たちに湯を飲ませていく。一口目は、無理矢理口を広げ流し込むが、それを飲み下した後は、誰も彼も自ら貪るようにカップの湯を飲み干した。
ようやく、最後の部屋の蔵人に飲ませ終え、わたしたちは宿泊所を出て厨房へ向かった。
おかみさんたちに、ジュリーについて知っていることを再度尋ねたが、全員姿を見たのは夕べが最初で、住んでいる場所を知っている者はもちろんいなかった。容姿の特徴をきいても、みんな話すことがばらばらで、髪の色や瞳の色、背格好まで、何一つ話が一致するものはなかった。
やはり、魔導士なのかもしれない。魔導士は様々な術を使う。容貌操作という術があって、相手の心に働きかけ、自分が見せたい姿を相手に記憶させると本で読んだことがある。
どうして、わたしが、魔術に詳しいのかというと、これもまた学問として学んだからである。魔導士になるためには、魔縁教団において、死後、魂を魔縁に捧げるという契約をしなければならない。わたしは、そこまでして魔導士になりたいとは思わないが、様々な事情で魂を捧げる者はいる。そういう者が、世の中を騒がせることもある。わたしは、武術を学ぶのと同じように、魔術を学んでおくべきだと考えた。
魔術に対抗できるのは魔術、そして、神力である。今のわたしにはギーがいる。もし、魔導士と戦うことになっても、わたしとギーが力を合わせれば、活路を開くことができるはずだ。
おかみさんたちには家に帰ってもらい、3人で朝食をとり、厨房で休んでいた。すると、蔵人が4人ほど、体調が良くなったので朝食が食べたいと言って、厨房にやって来た。たぶん、酒の量が比較的少なかった者たちだろう。とはいえ、まだ体に力が入らず、今日は働くのは無理だと思われた。
ギーとわたしだけでは、醸造所で手伝えることは限られている。どうしたものかと、中庭に佇んでいると、入り口の方が騒がしくなってきた。いつのまにか、醸造所に大勢の人が押しかけてきていたのだ。ローランもいる。
「レオンさん! 醸造所が大変なことになっているって聞いたよ! 蔵人たちは大丈夫かい?」
おかみさんたちが、町の人に伝えてくれたらしい。醸造所のことを心配して、みんなで様子を見に来てくれたのだ。中には、小さな醸造所を自ら営んでいる人もいて、ポウムの粉砕や圧搾を手伝うと申し出てくれた。
その人は言った。
「ミルボー醸造所の果実酒は、この町の誇りなんだよ。様々な種類のポウムを組み合わせて、他では真似のできない素晴らしい果実酒を造っているんだ。今年の仕込みや出荷ができないとなったら、果実酒祭りの目玉が一つ減ってしまう。俺たちだって困るんだよ。できることは何でも手伝わせてもらうよ!」
外の騒ぎに気づいて、厨房から出てきたエルミーヌが、涙を零して町の人に感謝の思いを伝えていた。
人々は、倉からポウムを運び出し粉砕器に入れ始めた。粉砕したポウムは、種類ごとに樽に入れておく。ポウムの配合は蔵元しか知らないので、今できる作業はここまでだ。
昨日のことがあるので、ギーには、魔の気配に注意をするように頼んでおいた。町の人たちの中に、魔導士が紛れ込んでいるかもしれない。ギーは、中庭をうろうろしながら、集まった人々の顔を確かめている。粉砕したポウムを倉に運ぶわたしと目が合うと、「いないよ」というように頸を横に振った。
昼前には、粉砕作業は全て終わった。明日も様子を見に来るという人々に、エルミーヌは丁寧に礼を言った。午後は、3人で蔵人たちの看病をすることにした。看病といっても、半数は既に起きて歩けるまでに回復しており、麦粥を食べさせたり、もう一度解毒効果のある湯を飲ませたりした。
残りの半数も、熱が下がりぐっすり眠れるようになっていたので、湯をたっぷり与え静かに寝かせておくことにした。ギーの見立てでは、じきに起き上がれるようになるだろうということだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第2話は、こんな傾向です。よろしくお願いいたします。




