其の一 密命その二
第2話、スタートです!
柔らかな午後の日差しの中、わたしは、ギーを乗せたオドレイを引きながら、次の町を目指していた。
ここは、フーゴー伯爵領。ポウムという果実やそれから作る果実酒で有名な土地だ。わたしたちが歩いている街道の両側にも、ポウムの果樹園が広がっている。馬上でうとうとし始めたギーに、わたしは声をかけた。
「ギー、そろそろ、ヤムニ村の秋の神殿に着きますよ。起きてください」
「ふあぁ……、オドレイの背中って、気持ちいいねぇ。ん~……うぉっとっとぉ!」
場所を考えず大きな伸びをしたため、バランスを崩し、オドレイから落ちそうになって慌てている。ギーは、ようやく馬での旅に慣れてきた。さすがに一人で操るのは無理だが、ゆっくりと歩むオドレイに、一人で乗っていることはできるようになった。
それにしても、馬上で居眠りとは、ずいぶん剛胆である。その昔、魔王とか覇王とか呼ばれた人物に、そんなエピソードがあった気がする。それもまた、前世で見知った物語の一つであるのかもしれないが――。
町まではまだ距離がある。このまま遮二無二進んでも到着は、夜になってしまうだろう。少し早いが、今日は先へ進むのを諦め、一つ手前のヤムニ村に泊まることにした。
秋の神殿で宿泊の手続きをしていると、受付の神官から、手紙が届いていると言われた。今回は、もう驚かない。王宮から派遣されたどなたかが、どこかからこっそりと監視して――いやいや、見守ってくださっているのだろう。なにしろ、いたいけな子どもと寄る辺ない女吟遊詩人の二人旅だから……ね!
手紙からは、この前と同じで、ほのかなブルーローズの香りがする。隣にいるギーが、鼻をひくつかせてきいてきた。
「とってもいい香りだね。何の花の香り?」
「ブルーローズの香りですよ。華やかな甘味の中に清涼感がある、薔薇の花では珍しい、とても爽やかな香りです。我が家の領地には、ブルーローズばかりを植えた庭園があります。わたしにとって、これは懐かしい故郷の香りです」
子どもの頃は、夏になると必ず領地の屋敷を訪ねていた。弟と一緒に湖で魚を釣ったり、泳いだりしたものだ。満開のブルーローズの庭園で、かくれんぼをしたこともあった。そういえば、弟がまだ小さかったときには、別の子どもと遊んでいたっけ。わたしと同じくらいの歳の男の子だった。あの子は――。
「姐さん。ぼうっとしていないで、手紙を読んだら?」
「ああ、そうですね……」
「何て書いてあるのか、おいらにも教えておくれよ」
ギーに急かされながら、手紙を開く。次に立ち寄るフーゴー伯爵領の中心地ルーデンホフでの、わたしの任務が書かれていた。
「 密命その2 ルーデンホフの町にて、蔵元たちを仲直りさせよ!
追伸 ロワリエのことは心配ない。早く忘れよ! 以上 」
蔵元って、ポウムから作る果実酒の蔵元だろうか? 理由はわからないが、蔵元どうしが対立して、誰かが困っているということかもしれない。ところで、この「追伸」から後は、どういう意味だろう? ギーが、わたしの服を引っ張って、早く教えてくれと騒いでいる。しょうがないわね!
「この先のルーデンホフの町にある、果実酒の蔵元たちが揉めているようです。それを仲直りさせるようにというのが、陛下からのご命令でした。あと――」
「あと、何?」
「ロワリエのことは心配ないから、早く忘れるようにと――」
「え?」
変よね? まだ、オルワランダを離れてから、1週間かそこいらしかたっていないのだから、ロワリエは、そりゃあ元気でやっていることだろう。ギーの力が働いているなら、何の心配もいらない。
「早く忘れよ!」とは、どういう意味だろうか? そもそも、陛下が、なぜロワリエのことを気にするのか? まさか、陛下がロワリエを雇いたいと思っている? 王宮の侍従として? 王宮って、そんなに人材不足だっただろうか――。
「姐さん、その手紙って、国王陛下がご自分でお書きになっているの?」
「そんなことはないと思いますよ。陛下には、ご祐筆という家臣がおられ、手紙などは、普通その方がお書きになります。ただ、これは密命を記したものですから、事情を知らない者に書かせるということはないでしょうね」
「そうか。じゃあ、この手紙を運んでいる人が書いているのかもしれないよね」
「――確かに」
ブルーローズの香り――。たぶん、あの仮面の男が、国王陛下のご指示で手紙を書いたり、誰かに託したりしているのだろう。旅をするわたしの後を追ったり先回りしたりしながら、動向を探るのもあの男の役目なのかもしれない。だとしたら、オルワランダの町でも、出発までわたしを見張っていて――。
えっ? ということは――。
「姐さん? どうかした? 顔が赤いよ? ここの神殿の神官には、男前はいないと思ったけど……」
「なんでもありません! まだ日没まで時間があります。神殿の果樹園のお仕事でも手伝いましょう!」
何、何、何?! あれは、ギーに言われて、ロワリエの向こう傷を治そうと思ってしたことだ! わたしは、自分の任務を自覚している! 「早く忘れよ!」なんて言われなくても、きちんと心の整理はついているわよ! 何の執着もない……の! なんといっても、わたしは、王の密偵なのだから!
思わず力が入り、手紙を握りしめてしまった。不思議そうにわたしの顔を見ているギーの背中を押しながら、わたしは、バッグへ手紙を押し込み、急ぎ足で果樹園へ向かった。
「わぁ! たっくさんなってるー! とってもいい香りだねぇ!」
果実を枝いっぱいに実らせたポウムの木を見て、ギーが嬉しそうに叫んだ。果樹園は、熟れたポウムの甘い香りに包まれていた。同じポウムでもいくつも品種があるようで、木によってそれぞれ果実の大きさや色合いが違う。果樹園での作業を指示している神官が、果実酒のことを説明してくれた。
「ポウムから作る果実酒は、酒蔵によって味が違うのです。混ぜ合わせるポウムの種類や割合によって、それぞれ味に個性が出ます。
ルーデンホフでまもなく開かれる、年に一度の果実酒祭りでは、小さな醸造所や家庭で作った果実酒も飲むことができます。自分の好みの果実酒と出会う楽しみがありますよ。
この神殿では、荘園にある木になったポウムだけを使って、果実酒を醸造しますが、果実の出来は年によって違いますので、果実酒の味は、年によっても変わるのです」
ギーとわたしは、荘園の入り口に荷物を置き、ポウムの収穫を手伝うことにした。
わたしは、腰に小さな籠をつけて梯に登った。ポウムを枝の方へ押し上げながら一つ一つ丁寧に摘んでいく。ギーは、ポウムでいっぱいになった籠を受け取り、荷車の上の大きな籠へ運んでいる。ポウムは、小さくても重量があり、摘むのも運ぶのもなかなかの重労働だった。
やがて、日が傾き、西の空が熟れたポウムのような色に染まる頃、今日の収穫作業の終わりが告げられ、わたしたちは神殿へと戻った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第2話も、続けてお訪ねいただけると嬉しいです。
しばらく、月~金での投稿を予定しておりますが、時刻は変えるかもしれません。




