其の六 襲撃者再び
「姐さん、どうしたの? ずっと見つめちゃってさ。えっ? も、もしかしてさ……」
「しっ! 静かに食べなさい。神様からの賜り物なのですから、残してはなりませんよ!」
「わかっているよ。あ、あのジスランてさ、顔の傷は怖いけど、ちょっと男前だよね」
「それは……やだ! ギー、あなたこそ、じろじろ見たりして! いろいろご事情がおありの方かもしれませんよ!」
わたしたちのひそひそ話が気になるのか、ジスランがちらっとこちらを見た。
「あっ……、ジ、ジスラン……、あ、あの、す、すんごい、刀傷だね!」
な、何? ギーったら、聞きにくいことを遠慮なく聞いちゃって! まあ、子どもだから赦されるか。 ジスランは、少し驚いたようだったが怒ってはいない。パンをちぎる手を止めて、ギーに答えた。
「3ヶ月前まで、臨海州の国で傭兵をやっていたんだよ。まあ、剣の腕前はたいしたことなくてな。結局、大怪我してお払い箱になっちまった。情けねぇ話だよ。今じゃ潰れかけた口入れ屋の番頭見習いさ!」
傭兵か――。臨海州の国々は、国境線を巡って今も小競り合いを続けている。
でもね、あなたは切られすぎ! 戦場では、普通防具をつける。主な武器は槍や破壊力のあるブロードソード。攻撃は突くか叩くかだから、あんな切り傷はつかないのだ。あなたが、傭兵をしていたという話は無理があるわよ!
しかし、それなら、ジスランの正体は――? なぜ、開店休業のディディエ親方のところにいるのか?
昼食を終え、ジスランは鍬を担ぎ、口入れ屋に戻っていった。わたしは、ギーに厨房の片付けを手伝うように言い、自分は神殿の受付に行った。そして、窓口に所在なげに座っている神官に声をかけた。
「こちらで、王都までの伝書をお願いできますか?」
「王都のどちらでございますか?」
「秋の神殿です」
「それでしたら、伝書は鷹でございます。ここからでしたら、1日ほどで着くと思います」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
わたしは、昨晩用意した手紙を神官に預けた。伝書は、春の神殿でも頼めたが、あそこは、オーバンたちから目をつけられているかもしれない。邪魔をされたくはない。ここから送る方が安全だろう。王都まで一日かかるなら、動きがあるのは三日後あたりか? わたしが期待している展開になりますように!
受付で待っていると、手伝いを終えて、ギーが厨房から出てきた。何かを手に持っている。
「巫女さんから、親方に届けてくれって頼まれちゃった。鹿の干し肉だってさ。元気が出るから、親方にたくさん食べるように言ってくれって」
ふうむ。鹿の干し肉ねぇ。これを上手く使えば、ディディエ親方に会えるかもしれない。市場で少し野菜を買って、干し鹿肉のスープでも作ってみようか。料理をするために家の中に入れたら、親方が本当に引き籠もっているだけなのか、それとも何かを計画しているのかが、はっきりするかもしれない。うん、そうしよう!
わたしは、ギーと一緒に、市場で食材集めをしてから、ディディエ親方の口入れ屋に向かった。日が傾き始めていた。ただでさえ人通りの少ない道は、いっそうひっそりとして、家々からの声も聞こえない。
そんな静寂を打ち破るように、口入れ屋の方から荒々しいやりとりが聞こえてきた。ドアの前で、何やら揉めているようだ。
「早く返せって言ってんだよ! 開店休業の口入れ屋の認可状なんて、もういらねぇだろう?」
「ついでに、町名主の仕事も返上しろ! 近々エリクさんが、新しい口入れ屋を始めるんだ。町名主も引き受けるおつもりなんだよ!」
ドアを背に、鍬を振り上げて構えるジスランの前に、ナイフや棍棒を手にした男たちが4人で詰め寄っていた。おや、右端のやつ、昨日ギーのことを脅かした、オーバンのところの悪党面の番頭じゃないの! 顔を晒して、こんな強引なことをしに来るなんて、何にも恐れちゃいないってことね。
ジスランは、必死でドアを守って、連中を中に入れまいとしている。でも、相手が四人ではねぇ。鍬を一回振り下ろしてしまったら、次に振りかぶる間に、誰かに刺されるか殴られるかして終わり! わたしは、小さな声でギーに頼んだ。
「ギー! 急いで冬の神殿に行って、誰か呼んできてください!」
「うん、わかった! 姐さん、あのさ、ちゃんと手加減してやりなよ!」
へぇ! わかっているじゃない、この子! わたしは、笑って軽く頷いた。ギーは、足音を立てないようにしながら、冬の神殿の方へ駆けていった。
これでよし! ギーには、あまり人を傷つけるところを見せたくない。四人ならわたし一人で十分だが、ギーをこの場から離れさせたくて、人を呼びに行かせたのだ。
では、思う存分、お相手いたしましょうかね! 手加減するかどうかは、相手の出方次第である。口入れ屋の方へ足を進めながら、無法者どもに大きな声で呼びかけた。
「お止めなさい! 一対四とは卑怯ですよ! 曲がりなりにもきちんとした御店の番頭さんが、こんなところで、弱い者いじめとは! 旦那に迷惑をかけることになるんじゃないですか?」
「お、お前は! 昨日店に来た、吟遊詩人のレオンとかいう女だな?」
「エリクさんに大金貨を投げつけて、ギーを連れてっちまった奴だ!」
「夕べ、シリルの脇腹を切り裂いたのもこいつだよ!」
やっぱり、夕べの危険な少年たちも、エリクの手下だったのか。でも、あの道ばたで気を失っていた子は、無事に連れ帰ってもらえたようだから良かった。見捨てられたりはしなかったらしい。
四人は、ジスランから離れ、すでにわたしと一戦交えるつもりになっている。
先頭の棍棒を持った男が打ちかかってきた。身を沈めてよけながら、抜き放ったスモールソードで、利き手の裏小手を狙う。痛みで男が取り落とした棍棒を左手で拾い、それで、二人目のナイフを持った少年の横っ面を殴打する。
三人目は、両替商の受付にいた男で、ナイフを突き出そうとした肩口を剣で浅く切り裂く。
一番後ろにいた悪党面の番頭は大型のナイフを手にしていたが、わたしの容赦ない攻撃を見て、すでに少し腰が引けている。わたしは、左手の棍棒で牽制しつつ、口入れ屋の店の壁まで追い込み、喉元に切っ先を突きつけた。
「あなたの負けですよ! 諦めて店にお戻りなさい! もう二度とここに来ないで!」
「くっ……くっそぉ」
悪党面の番頭は、顔を殴られた少年に肩を貸し、剣で切られたり突かれたりした二人を蹴飛ばして起こし、恨み言を言いながら、広場の方へと帰って行った。置いていったナイフや棍棒を拾い、店の入り口の横に片づけていると、ギーと二人の神官がこちらに走ってくるのが見えた。神官たちは、長い棒を持っている。
「姐さーん! お待たせー!」
「レオン殿―、大丈夫ですかー!」
ギーは、店の前で喧嘩が起きているから、仲裁をして欲しいと言って、神官たちを呼んできたようだ。喧嘩は収まり、もう心配はないからと伝え、神官たちには帰ってもらった。いろいろ聞かれて、細かい話をするのも面倒だったので、あっさり帰ってくれて助かった。
ところで、ジスランはどこだろう? わたしが四人を相手にしているときに、どこかに身を隠したようだったが――。
ギーと一緒に、口入れ屋の周りを探していると、店の裏の物置小屋のドアが開いて、ジスランが顔を出した。とんでもないものを見せられたという顔で、わたしの方を見ている。何だか、その表情が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
呆れ顔をしたギーが、ドアまで行きジスランの手を引き、物置小屋から連れ出してきた。私の前まで来ると、ジスランは、ひどく掠れた声で礼を述べた。
「ね、姐さん……、えっと、レ、レオンさん、っていうのか? あ、あの、あ、ありがとうな――」
「危ないところでしたね。ジスランさん、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。……何か武器があればさ、あんたの力を借りなくても、何とかなったと思うんだが。俺だっていちおう元傭兵だからさ。でも、鍬ぐらいしか手元になくて……」
「元傭兵って……それ、嘘ですよね?」
「えっ?!」
次の言葉を待って、わたしはジスランをじっと見つめた。ジスランの手を握ったままのギーも、黙って彼を見上げている。ジスランは、わたしとギーを交互に見ながら、どう答えようか迷っている様子だ。
すると、静かに口入れ屋のドアが開いて、中から野太い声が聞こえてきた。
「ジスラン……、いや、ロワリエ! その人たちに、中に入ってもらいな」
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