プロローグ
魔王城・最上階での戦闘開始から約十分――。
魔物を象った禍々しいレリーフも、林立する巨樹の如き柱も、全てが砕け散っていた。天井の崩落した玉座の間を照らすのは、凍り付いたように青ざめた月。
月明かりの下、二つのシルエットが浮かび上がっている。一方は鎧姿の青年――人類の英雄たる〝勇者〟。もう一方は三対の腕を有した異形――魔族の王たる〝魔王〟。
――ゴオォォォ!
骸骨めいた魔王の顔面が顎を開き、蒼い炎の吐息とともに咆哮を轟かせる。地をも揺らさんばかりの轟きとともに、その頭上に後光の如く巨大な魔法陣が生じた。
「ゆくぞ、魔王……」
勇者は怯むことなく、むしろ不敵な笑みさえ浮かべて聖剣を上段に構える。
「カイゼルの子、勇者ジーク・フォン・クラウゼヴィッツ参るッ!」
雄々しき叫びと同時に魔力が注がれ、刀身は黄金の輝きを放った。
次の瞬間、振り下ろされた剣の切っ先から黄金の稲妻が、魔法陣からは血のように赤黒い光の柱が放たれる。
極大の破壊エネルギーが衝突した刹那、空間が歪み、光が膨れ上がった。
光は全てを飲み込み、塵へと変えていく。半壊状態になった玉座の間も、玉座の間を頂いた城の上層も、数秒後には跡形もなく消失していた。
……温かな湯気が立ち昇っていた。
上層を抉られた断面はマグマの如く泡立ち、周囲の風景を熱で歪ませている。
静寂があった。先程までの死闘が嘘のように。
動くものは何一つない。勇者も、魔王も、全てが影も残さず消え去っていた――。




