第五話
Q:異世界に行ったら何がしたいですか
――朝、集会場――
「みなさん、おはようございます。今日は皆さんに実戦を体験していただくこととなります。とは言っても難しいことはありません」
予想通りの全身筋肉痛になった俺が体を引きずって集会場にたどり着くと、そこには楚々とし佇まいでほほ笑む聖女さんがいた。
魔法を学びに行ったクラスメイトが急に落ち着きを無くしているのは気のせいだろう。
短パンニーソを履かせれば元気になるだろうか。
「この近くにゴブリンという最下級の魔物が小規模なコロニーを形成していることが確認されました。これを破壊するために騎士隊二個小隊が派遣されます。皆さんにはこれに同行していただきます。まあ、見学ですね」
「ゴブリンの具体的な強さを教えてくれ。武器や防具の支給はあるのか?」
「そうですね。ゴブリンは単体ならば戦闘系のギフトが1レベルでもあれば十分に倒せるでしょう。ただ今回は複数体との戦闘になるので戦闘系のギフト持ちと魔法系のギフト持ちのチームで向かいます。武器や防具に関しては支給いたしましょう。種類に関しては一通り揃っていますから、ご自身に合うものをお選びください」
なるほど。単体ではまず脅威ではないと。それなら複数で囲まれても個人で叩ける奴もいそうだ。まあ、俺は戦闘系も魔法系もギフトはないし、能力も一般男性程度しかないんだが。
「出発は午後からになります。それまではここで状態異常と回復に関する講義になります」
状態異常か。俺の場合呪いの装備の効果でどうしても呪いの状態異常にはお世話になりそうだし、毒や麻痺、混乱とかは解除できないと死ぬことになりかねない。
短パンニーソの威光の前ではチリ芥だろうが、その前に俺が死んでは元も子もない。
「まずはこちらを見てください」
そう言って聖女さんが黒板に表を書いていく。
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疲労:身体機能の低下が起こる。自然治癒する。
ケガ:身体機能が制限される。自然治癒する。
毒:徐々に体力を消費していく。軽度のものなら自然治癒する。放置すると死ぬ。
麻痺:身体が動かなくなる。軽度のものならしびれる程度。
混乱:幻覚や幻聴、感覚の喪失が起こる。重度の場合、仲間割れを起こす。
汚染:魅了や催眠など精神汚染をされた際にかかる。
呪毒:呪術による毒。自然治癒はせず、痛みや精神的な苦痛を伴う。
呪い:呪われた装備などからかかる。装備が解除できなくなり、精神汚染が起こる
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「さて、基本的になこのような状態異常が起こりえます。その中でも特に皆さんには下3つの状態異常に注意してください」
「理由を聞いてもいいですか?」
おっとりとした桜の声が聞こえる。
「もちろんです。基本的には上の状態異常なら専用の回復薬が広く出回っているのです。複数の状態異常に効果のある複合回復薬なども手に入れることが可能なのです。しかし下の状態異常に関しては回復薬では効果がありません。高位の聖職者による解呪が必要になります。
「解呪?」
「聖職者には聖術というギフトを持った者がいます。その者が自身の聖術以下のレベルの呪術を解除できるのです。下三つの状態異常はすべて呪術に連なる物なのです」
なんとなくは理解した。問題は俺の呪われた装備のギフトレベルが10ってとこか。
「聖術以外の解呪方法はないのか?」
「ありはしますが難しいでしょう。汚染ならば呪術を施した本人が死亡すること。呪毒では触媒となる呪物を破壊すること。呪いであれば対象の装備を作ったものが自身の手で破壊すること。以上になりますね」
自分の手で短パンニーソを破壊するってことか?
うん、ないな。
短パンニーソは至高にて絶対。作り出すことはあっても破壊するなんて、神が許しても俺が来世まで許さない。むしろ魂の奥底まで短パンニーソの素晴らしさを行き渡らせたうえで生まれなおしてくるようにしてやろう。
「さっきから出ている回復薬ってなんだ?」
「そうですね。まずはこちらを見てください」
そういって聖女さんが一つの小さなビンを取り出す。ビンというよりかは試験管と言ったほうが正確かもしれない。コルクで蓋がしてあって中には薄緑で透き通った液体が全体の七割ほど入っている。
「こちらはケガに対する回復薬ですね。基本的にただ回復薬というとこれを指す場合が殆どです。皆さんにも馴染みが深いものになると思います。使用方法は飲んでもいいし傷口にかけてもいいです。毒や麻痺でも同じですね。ただし、疲労の場合は飲まないと効果が出ませんし、混乱の場合はかけないと意味がありません。用法、用量に気を付けましょう」
これのお世話になる場合は自然治癒が見込めないほどの大怪我か、自然治癒を待っていられないような緊急事態ってことだろうな。お世話になりたくはない。
「さて、少し長くなってしまいましたね。昼食ののち、出発することになります。では、皆さんにご武運をお祈りしております」
――昼食後、鍛錬場――
「さて、異邦の方々よ。私が今回の討伐隊の指揮を務めるレーグニッツだ。よろしく頼む」
集まった先では12人の騎士たちが一糸乱れぬ隊列を維持して立っていた。
全員が高身長なうえに肩幅がめっちゃ広い。そのうえ厳ついフルプレートメイルを着て、腰から幅広のロングソードを下げている。
めっちゃ怖いわ。
「俺は獅童龍。とりあえず俺たちの代表だと思ってくれ」
指揮官の騎士と対等に向かい合う龍。うん。どこからそんな度胸が生まれてくるんだろう。
「ふむ、悪くない顔つきだ。背筋も伸びているし、何よりもその眼が気に入った」
そういって指揮官の騎士が龍の肩をたたいて、そしてこちらに向き直る。
「さて、諸君。すでに聞いての通り今回はゴブリンの小規模なコロニーの破壊になる。今回君たちはそれぞれこちらの騎士とペアを組んでもらう。そのうえで四人一組で行動する」
俺、クラスメイトA、騎士A、騎士Bってことか。まあ、異存はない。問題があるとすれば俺が完全にお荷物ってことくらいかな。
虐められないよね?
「組み合わせはこちらで決めさせてもらった。今回は小規模だが、それでも得られるものは大きいはずだ。一つ一つを自分の血肉に変えていってくれ。以上だ」
さて、俺は誰と組むことになるのやら。
――前線基地周辺の森――
さて、皆さん。森の中からこんにちわ。
俺は現在、うっそうと茂る原生林の中で道を切り開きながら進行中です。先頭を騎士Aが、続いて俺と組むことになったクラスメイトが、で、俺、最後に騎士Bという隊列で進んでおります。
いやー騎士さんはすごいね。鬱蒼そした森の中でも足音がしないし、先頭を進んでいるのに俺たちの方が先に息切れだよ。しかも時々振り返って気を使ってくれる優しさまである。
ちなみに同行しているクラスメイトは佐伯志野。昨日剣術のギフトレベルが2だと判明した人である。今は革製の胸当てに肘当てや膝当て、厚手の服を着て腰には鉄製のソートソードを下げている。なんというか、駆け出しの冒険者的な雰囲気を出している。
対する俺はというと似たような恰好だったりする。違いは鉄の剣の代わりにデカいリュックを背負っているくらいか。サポーターってやつだな。
鬱蒼とした密林の中を歩くためには厚手のズボンってのは判るんだがな、視界も鬱陶しければズボンも鬱陶しい。いっそみんなで短パンニーソにならないか。
気分も視界もついでに心もすっきりすると思うぞ。
そんな調子でしばらく進んでいると不意に先頭の騎士さんが立ち止まる。けど、休憩って雰囲気でもない。
「異邦の方々。あれを見てください」
指し示す先には3匹のゴブリン。薄汚い腰巻に汚い緑色の肌。
うん。想像通りの格好でよかった。これでゴリマッチョで完全武装なゴブリンとか出てきていたらと思うと少しぞっとする。
流石にあれに短パンニーソを履かせるのはまだ無理だな。俺自身が戦えないし、何より人間とサイズが違いすぎる。まずは一匹生け捕りにしてから採寸だな。肌の色も違うからニーソの色にも気を遣わねば。
種族が違えばさわり心地の好みも異なるかもしれん。慎重に対処せねばならん。
「あれが魔物。ゴブリンです。今からあれの討伐を行います。三人で一対一で倒します。サポーターはここにいて状況次第ではフォローを行ってください」
そういうと今度は志野のほうに向きなおる。
「これから先、血を見ることになります。彼らは反撃もしてきます。鉄臭い嫌な臭いもするでしょう。ですが、彼らをここで殺さなければ別の場所で誰かが殺されるでしょう。その剣は飾りではないのです。いいですか」
「……やらなきゃ帰れない。魔王を倒さなきゃ帰れない。だからやる。他は知らない」
「結構です。では行きましょう」
そこから先は特に語ることはない。強いて言うなら騎士さんつえぇぇってくらいか。
草むらから飛び出して、ゴブリンが反応するよりも先に首を落としていた。で、返す刀でざっくりと袈裟切りに。
一瞬の早業だった。台所でスリッパもってGを退治するオカン並みだった。相手を生物だと思っていないような目も、殺気すら消した一撃も、害虫駆除の極みといってもいいだろう。
志野も問題なく倒していた。まあ、普通に戦って普通に勝ったって感じだった。
だからみんな油断していたんだろう。
「グギギ。ギギ?」
後ろからゴブリンのような声が聞こえて
「ほわっつ?」
振り返ったら杖を持ったようなゴブリンが立っていて
「グギイ、グググギ、ギギグググ!!」
なんか呪文のようなものを唱えて
「え、ちょ、まって――――」
足元に魔法陣が浮かびだして
「――――は、え? ちょ、え、嘘でしょーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
気が付いたら、なんか雲の上にいた。
A:短パンニーソをしたいです。
もしくは予防接種。風邪ひいたらそのまま未知の病気で死にそう。