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09

 ミーアが勤めている騎士団は広場からそこそこ近い距離にある。

 二年前まではいくつかの支部が都市内にあったようだけど、今は広場近くの本部しかないらしい。

 というか、勢い任せに来てしまったけれど、特に大事な用があるわけでもなし、まだ仕事中だったら迷惑でしかないし、呼びだして貰うというのはあれだ。かといって、勝手に中に入って探すというのも非常識な話だろう。

「……はぁ」

 何も考えていなかった自分の間抜けさに、ため息が出る。

 吟味しないで行った事の結果なんて、大抵はこんなものだ。それを反省しつつ、これ以上火傷しないうちにもう大人しく帰ろうと騎士団本部から視線を切ったところで、

「ミーアさん」

 という声が鼓膜に届いた。

 視線を戻すと、ちょうどエントランスから外に出てくるミーアの姿が目に入る。

 彼女の名前を呼んだのは、後ろから駆け寄って隣に並んだ男だった。この身体と同じくらいの背丈の、二十代前半の優男風の垂れ目の男だ。

「本日はお疲れ様でした。いやはや、怪我人が多く出過ぎた所為で、ずいぶんと長い時間拘束してしまい申し訳ありません。そのお詫びというわけではありませんが、よろしければこのあとご一緒に食事など如何ですか?」

 一歩分距離を詰めながら、男は詐欺師のように爽やかな笑顔を浮かべる。

 それに対して、ミーアは迷うように数秒ほど押し黙った。朝出かける時に、夜は先に食べておいてくれと俺に言っていたから、断る理由がないという事なのか……まあ、一人で食べるより、誰かと一緒に食べる方が有意義な場合もあるわけで、別にそれ自体はなんの問題もないのだけど、でも、なんだろう、こんな露骨に下心を見せている相手をわざわざ選ぶ必要もないというか……

「もちろん私の奢りです。とても美味しいお店なんですよ。紹介がなければ入れない特別な名店でしてね。貴女もきっと気に入ると思いますよ」

 沈黙を勝機と受け取ったのか、男が捲し立てるように言う。

 がっつきすぎだ。あと近い。……でも、それが嫌でもなかったのか、

「そうですね。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」

 と、ミーアは淡い笑顔で了承した。

「……」

 やっぱり、来るんじゃなかった。

 胸に渦巻く形容しがたい不快感を噛みしめながら、俺は逃げるようにその場を後にしようとして、

「レニさま?」

 ちょうど背を向けたところで、ミーアの声が響いた。

 そして、こちらに駆け寄ってくる足音。……どうしよう、かなり気まずい場面だ。

 俺はなんとか表情を整えつつ、ゆっくりと振り返る。

「どうして此処に?」

 目の前で立ち止まった彼女は、不思議そうにそう訪ねてきてから、

「もしかして、私を迎えに来てくれたのですか?」

 と、これ以上ないくらいの正解を口にした。

「いや、買い出しの帰り」

 言い訳の為に用意した手荷物に視線を向けながら、俺は咄嗟にそんな言葉を返す。

 すると、ミーアは少し残念そうに眉を動かして、

「……そうですか、そうですよね。すみません、変な事を言って。……その、もしそうだったら嬉しいなと思ったので、つい」

 どこか恥ずかしそうに、そう呟いた。

 それを無性に可愛いと思う反面、自分のつまらない返答に辟易する。

 どうして気の利いた台詞一つ返せなかったのか。普段の自分ならもう少し…………と、ここで嘆いていても不毛なだけなので、さっさと気を取り直す事にして、俺は訪ねた。

「仕事はもう終わったの?」

「はい、つい数分ほど前に終了しました。思った以上に怪我人が出たおかげで、ずいぶんと魔力を消費してしまいましたが、特別手当が出たので懐は暖かくなりました。なので、まだ夕食を済ませていないのであれば、少し贅沢をするのも良いのかな、と。……どうでしょうか? レニさまはもう食事を済ませてしまいましたか?」

「ううん、まだ」

「そうですか、良かった。実はいくつか美味しいお店をアネモーさんに教えて貰っていまして、その一つに行きませんか? ここからそう遠くないですし」

「うん、それは構わないけど――」

 ちらりとミーアの後ろに視線を向けると、慌て気味にこちらに駆けてくる男の姿があった。

「あ、あの、ミーアさん! 僕との食事は……?」

 困惑気味な表情。

 続けて、こちらを非難するような視線をちらちらと向けてくる。

 向こうからしたら横槍を入れられた気分なんだろうから、それも仕方がないのかもしれない。

 そんな相手に、ミーアはこれ以上ないくらい淡々とした口調で言う。

「あぁ、まだ居たのですね。見ての通り予定は今埋まりました。貴方の言うお店に興味はありましたが、今知る必要があるわけでもありませんので、またの機会にお願いしますね」

 物凄く事務的な微笑。

 ここで、少しだけ彼に同情を覚えたけれど、それ以上に彼女が誘いに乗った理由がハッキリした事への安堵の方が強かった。

「では、行きましょうか」

 そう言って、ミーアは軽やかな足取りで目的地に俺を先導していく。

 そこには、常にどこか躊躇いがちで、こちらの顔色を窺っていたこれまでの彼女の姿はない。

 レフレリでの件を終えて、俺も色々と変化を余儀なくされた部分があるけれど、どうやらそれはミーアにも当て嵌まる事だったみたいで……。

「今日の狩りはどうだったのですか?」

 二つほど先の角を曲がったところで、肩が触れるほどの距離に並んできたその彼女が、こちらに微笑んでくる。

 ……最たる変化は、この距離感だ。

 正直、原因を正しく把握できていないので、その点が不安ではあるんだけど……まあ、離れたわけじゃないので、きっと悪い事ではないんだろう。

 ただ、まだ望ましくないこの感情との付き合い方を決め切れていない今の俺にとっては少々毒ともいえるもので、莫迦らしいくらい明確に、心臓が平常運転から離れているのが自分でもよく判った。

 それが気付かれるかもしれない、なんてどうでもいい可能性に言いようのない焦燥を覚えつつも、俺は彼女の問いに静かに答える。ついでに、ミミトミアたちに街を案内した事を伝えると、

「そんな事があったのですね。でも、改めてこの街を見て回るというのは面白いかもしれません。レニさまだけが知っている事もあるでしょうし、私だけが知っている事もあるでしょうし。お互い知らないところを案内し合うというのは、ちょっとやってみたいです」

 と、どこか幼さを感じさせる無邪気な笑顔で、そんな事を提案してきた。

 断る理由は、どれだけ探したって見つからない。

 そうして俺はまたトルフィネの街案内をする事が決まり、美味しい食事を二人で摂りながら予定を立て、ゆっくりと帰路につき、眠る前にボードゲームをして……この平穏でいてどこか特別な一日は、あっという間に過ぎ去っていったのだった。


一章である『レニ・ソルクラウの街案内』はこれにて完結です。

次回は七日後に投稿予定です。二章はおそらくコメディー色が強いお話になると思います。映画とかを勢い任せに撮り始めそうな子がレニ達を振り回すので、よろしければまた読んでやってください。






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