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 この覚えのある魔法は、ゼベ・グリシャルデのものだった。

 ミーアが用意した手はリッセだったのだが、彼女経由でゼルマインドがこの件を対処する事になったらしい。

 正直なところ、ラウ・ベルノーウを投入するのが適切だったようにも思えるが、所詮こちらは凶行の予兆を教えただけの身でしかないし、向こうにも向こうの事情があるのだろう。

「おいおい、やれてないぞ? 重要な役を譲ってもらっておいて外すとか、大丈夫かぁ?」

 頭上の風穴から、アダラ・スーフリーが顔を出す。

 続いてゼベが姿を見せて、不愉快そうに舌打ちをした。

「見て判らなかったのか。外したんじゃない、障壁によって逸れたんだ」

「それを読んでこその狙撃手だと思うがね」

「狙撃手? そんなつまらない存在に僕を当て嵌めないで貰えないかな? 小細工は趣味じゃない。僕は、あの人の頼みだから仕方なくやってるんだ。でなければ真正面から潰している」

「はいはい、判ってるさ。で、次はどうするんだ?」

「相変わらず愚問が好きなようだね。今さっき答えたばかりだろう? ……顔を出してやったんだ。真正面から潰す以外のなにがある?」

「俺はそういうの趣味じゃないんだけどなぁ」

「じゃあ、観戦でもしてればいい。役立たずらしくね」

「残念ながら俺も彼女の命令で此処に居るんでね。好き嫌いは言ってられないのさ」

「だったら黙って仕事をして欲しいものだね。僕の心の平穏の為にも」

「それ、気にする価値あるのか?」

「流れ弾に気を付ける事だね。ごろつき」

「はは、そっちこそ俺を失望させるなよ。天才坊や」

 軽口の叩き合いを済ませると、二人は重力を感じさせない軽やかさで天井の出来た風穴から飛び降りて、会議場に足を着けた。

「大丈夫ですか? 手助けしますか?」

 片腕を失った上官に対して、地味な女が面倒そうに訪ねる。

 ディアネットの返答は、鼻を鳴らす音だった。

「この程度が苦戦に見えるのか? 設計図にも届いていない。乏しい暴力だ」

 その言葉に淀みはない。

 出血を止める為に傷口を凍結させて、警戒心など微塵もないような足取りで、召使いの女が手放していた大剣を残った左手で握りしめた。

「いつまで寝ている。邪魔だ」

 爪先で、召使いの女の額を蹴飛ばす。

 びくりと一瞬痙攣する身体。

「……も、申し訳ありません」

 目を覚ました女は、今の一撃で裂けた額を押さえながら、よろよろと立ち上がった。

 ぽたりぽたりと、床に血が零れる。

「本当に、弱者というのは煩わしいな。早く消えろ。死にたくなければな」

 そう言いながら、ディアネットは失った右腕を再現させるように冷気に満ち満ちた魔力を凝縮させていく。

 それに伴って、ギィギィ、ギィギィ、と呻きを上げる大気。

 幸い、その矛先は今ゼルマインドの二人にのみ向けられているが、戦闘になれば周囲全てにばら撒かれる事になるだろう。そうすれば、それだけでこの場にいる大半が死ぬ事になる。

「……何を呆けているのですか? 早く部下たちを退避させてください」

 ディアネットが腕を失ったタイミングで仕掛けるでもなく曖昧に距離を取ったガーヴァンに、ミーアは冷めた口調で命じた。

 本来、バイトが元騎士団長に向けるような言葉ではないが、状況に翻弄されて行動しない人間をただ待てるほど悠長な状況ではない。

「あ、あぁ、そうだな、だが……」

 ガーヴァンの視線が部下たちの足元に向けられる。

 彼等の足はディアネットの凍結魔法によって地面と接着している状態であり、引き剥すのには苦労しそうではあった。

 とはいえ、それは損傷を気にした場合だけの話である。

「足など切り落とせばいい。此処には治癒師がいるのですから、出血死の心配もないでしょう」

 言って、ミーアは近くで下半身を氷漬けにされていた騎士の足首を、その騎士が腰に携えていた剣で切り落とした。

 既に痛覚もなかったようで特に大袈裟な反応はない。突然の事にショックは受けているようだが、そのあたりを気遣える状況でもなし。

 ミーアはそのまま騎士の腕を掴んで、風穴目掛けて放り投げた。

「おー、思い切りのいい判断だなぁ」

 楽しげにアダラが笑う。

 それとは対極的に、隣のゼベは苛立ち気味に短い息を吐きながら、対峙する敵に合わせるように魔力を高めていく。今すぐにでも終わらせてやりたいという性急さが、そこには溢れていた。

 にも拘らず、彼が仕掛けないのは、騎士たちに危害を加えてはならないというルールがあるからだろう。カークが勝ち取ったルールが。

 そしてディアネット側が仕掛けないのは、覚束ない足取りでまだ安全圏にまで離脱できていない召使いを気にしての事か。つまり、ぞんざいな扱いをしてはいるが、どうでもいい存在というわけでもない事だ。まあ、人質として使えるほどかは不明だが。

「……さて、もういいかな? そろそろ殺したいんだけど」

 ある程度の人数が外に退避したところで、ゼベがため息交じりに吐き捨てる。

「ようやく最大か? ずいぶんと遅い集束だな。眠ってしまいそうだったぞ」

 召使いが相当に離れたのを確認したところで、ディアネットは酷薄な笑みを浮かべた。

 互いに準備は万端。魔力は充足し、初手から全力の一撃を叩き込める状況となっている。

(さすがに、もう少し離れた方が良さそうか)

 最初に放り投げた騎士の足を完治させつつ、ミーアはここでの治療を断念する。

 おそらく、騎士団施設は壊滅するだろうし、近場にも大きな被害が出るだろう。幸いなのは、剣呑な気配を察知してか、ほぼ全ての住人がすでに退避を完了している点だ。

 まあ、これだけ派手で暴力的な魔力を感じて逃げない奴など、そもそも自殺志願者か自惚れ屋以外にいないだろうが――。

「――消えろ」

 静かな一言と共に、ゼベが右腕を突き出した。

 白銀の閃光が迸る。先程のとは比べ物にならない輝き。

 溜めに溜めたその一撃は、到底防ぐ術がないほどの暴力を宿していたが、ディアネットが魔力を凝縮させたことによって生み出した右腕はそれを防ぐだけの障壁となり、相殺の余波を周囲に撒き散らす。

 穴だらけになる騎士団本部。よくよく安易に壊される施設だが、それもまた今までの比ではない。

「……この程度、この程度か。噂に名高いトルフィネの闇も、ずいぶんと薄いものだな」

 落胆のため息と共に、彼女の右腕から広がる冷気が閃光すらも凍らせていく。

 際限なき魔力の上昇。

(これは……)

 汗など滲む筈もない環境下で、それでも嫌な汗が首の後ろ側に浮かび出たのを、ミーアは怖気と共に感じた。

 ここに来て初めて、ディアネットという人間が本物の特別である事を理解したのだ。

 こいつ相手に長丁場は不味い。

「――速攻が良さそうだな、あんた」

 それを確信した矢先に、声がした。

 アダラ・スーフリー。驚くほどに流麗な接近だった。

 振り抜以下れたナイフもまた、すべての隙間を縫うように綺麗で――

「――貴様」

 泰然自若としていたディアネットに怒気が宿る。

 左目から噴き出る鮮血。片方の視界を潰せたのはかなり大きい。が、本来の狙いは頸動脈だったんだろう。

「なるほど、たしかに逸れるな。魔法ってわけでもないだろうに、ただの魔力障壁でこれってのは、なかなかのもんだ。うちのテトラと同等くらいかね?」

 軽やかな言葉を並べながら、踊るように優雅に剣の間合いから離れたアダラは、血の付いたナイフを舌で拭って、

「それにしても、あれだな、上等な貴族様の血も他のと同じだな。不味い不味い。反吐が出る」

 と、目を細め、唇を釣り上げた。

 へらへらとしている印象の強い彼だが、もしかすると根っこにあるのは相当に苛烈な憎悪なのかもしれない。

 そんな事を思っている間にも、戦況は目まぐるしく動く。

 左目を凍結させながら大剣を投擲するディアネット。

 それに合わせるように間合いを詰めて閃光を放つゼベ。さらに、その閃光を相殺せんと流れた魔力の隙間を再びつかんとアダラが踏み込む。

 だが、二度も傷を許しはしないと、ディアネットは寸前で回避し冷気の右腕を振り抜いて、アダラの服の袖を切り裂いた。

 瞬間、稲妻が走るような速度で、それは彼の腕をも捕え、そのまま心臓目掛けて根を張り――それが肘に届きそうになったところで、アダラは容赦なく自身の腕を切り落とした。

 その切り落とされた腕が、まるで別の生き物のように跳ねて、ディアネットの喉を掴む。

 半ば根元まで凍らされていたそれはすぐに砕け散るが、一瞬の脅威にはなったのだろう。ディアネットの喉には絞められた痕と微量の出血が残された。。

「あぁ、痛い痛い。痛いの嫌なもんだな。痛めつけるのは好きだってのにさ」

 へらへらとした笑みを浮かべながら、アダラは出血をピタリと止める。

 切り離された腕を動かした事と合わせてみるに、どうやら物質に干渉する魔法を所有しているようだ。いわゆるサイコキネシスの類である。

 敵の魔力領域でも機能する点から見て、かなりの強制力を持っているのも分った。もっとも、色々と条件はありそうだが。

(なんにしても、現段階の戦況は五分程度か)

 長引けばディアネットだが、今なら十分勝算はある。

 とはいえ短期で決着をつけるには一手足りない。ミーアでは役者不足。なら、使えるのは一人しかいないだろう。

「退避は完了しました。貴方はどうするのですか?」

 無数の風穴から見通せる両者の戦いに視線を向けながら、ミーアは淡々とした口調でガーヴァンに訪ねる。

「今、勝敗のカギを握っているのは貴方です」

 凶行に走っている上司を止めてルーゼとの関係を悪化させるのか、それとも下地区最大の悪であるゼルマインドを今が好機と討つのか。

 どちらを取っても、騎士団の人間にとってはマイナスの結果となるだろう。

「わ、私は……」

 葛藤を滲ませた声。

 だが、それを優柔不断と非難する事はできない。ミーアとてその手の問題に直面した事がないわけではないからだ。

 痛みを伴う選択は、いつだって怖い。

(それでも、未来があるのはルーゼへの忠誠を捨てる事でしょうけど)

 果たして、彼はどちらを選ぶのか……

「……部下の治療を頼む。出来れば、娘の事も」

 酷く静かな声で、ガーヴァンは言った。それから剣を握りしめ、ディアネットに照準を定める。

 堅物の印象が強かった故に、この決断の速さには少々驚いたが、望み通りの選択だ。

 あとはゼルマインドの二人が彼の奇襲でどの程度の決定打を与えられるか。

 ミーアは、その瞬間の訪れに備えるように固唾を呑み――けれど、直後に轟いた地鳴りと大きな揺れが、全ての流れを破綻させた。

「こ、この魔力は……!?」

 ガーヴァンの表情に驚愕が過ぎる。

 ゼベやアダラも同様だ。

「やれやれ、最悪な奴が起きたみたいだな。……おい、引き上げるぞ」

「ここで? 正気で言っているのかな? お前」

 アダラの言葉にゼベが眉を顰める。

「そいつはいつでも殺せるさ。それよりも、向こうだ。……判るだろう?」

「――ちっ」

 舌打ちをして、ゼベが大きく距離を取った。

 それを確認したところで

「騎士団長様を殺すのは次の機会にしよう。死にたくなければ、ルーゼに帰るといい。せっかくの美人を死肉にするのもあれだしな、はは」

 と、愉しげに笑ってアダラもその場を離脱した。

 数秒ほどの沈黙。

「開幕戦は如何でしたか。ディアネット様」

 遠方より届く魔力の異様さを感じてだろう、鳥肌を立てながら地味な女が投げやりに言う。

 それに対して、ディアネットは鼻を一つ鳴らし、

「まあ、来た甲斐はあったな。楽しい戦争が出来そうだ。ルーゼでは出来なかった戦争が」

 微かに目を細めて、鋭い犬歯を覗かせた。


 これが、日常の終わりを告げる一幕。

 そして水面下で蠢いていた全てが顔を出す、引き金の一幕だった。



今回で『神を殺すまで 日常にある刺激』はひとまず完結となります。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

次が最後の物語となります。

プロット等を煮詰めるため、少し間を空けてしまう事になりますが、五月一日より投稿を開始する予定です。

これまた長丁場になると思いますが、よろしければ最後までお付き合い頂けると幸いです。


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