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就任式の時間がやってきた。
その場にミズリスとカークの姿はなかった。有無を言わさずに欠席させたからだ。
代わりに、それを要求したミーアが事の顛末を見届ける事になった。ついでに、なにかあった際にミズリスの父親のフォローをする事も引き受けていたが、正直そこは気休めだ。本当に何かが起きた時、おそらく自分の力では対処できないだろう。
そういう意味では、自分もこの場にいるのは非常に危険ではあるのだが、一応保険は用意してあるので、最悪の事態にまで発展する事はない筈。
少し楽観的かもしれないが、そこまで強力な存在にも見えなかったので、まあ許容範囲内だろう。
それよりも気になるのは、こちらが用意した保険――カウンターと言ってもいい彼女がどこまでやるかだが、ディアネットが本気で騎士たちを皆殺しにするつもりなら、おそらく決定打を加える事になる。暗殺というのは、相手が派手に動けば動くほどに容易いものだからだ。
こちらとしては、出来ればそこまで行ってほしいところだが……
「――静粛に」
思考を遮るように、厳かな音が響いた。
元騎士団長であるガーヴァン・ノーフェの一声。
そうして彼が騎士団本部で最も広いこの会議室の空気を引き締めたところで、続けて三人の女性が姿を見せる。
ディアネットと地味な女、もう一人は理知的そうな女性だった。
そちらは明らかに二人に比べて魔力量が少ない。彼女が高位の騎士という事はないだろうから、ディアネットの召使い的な立ち位置なのかもしれない。それを匂わせるように、彼女はディアネットの得物らしき大剣を両手に抱えて、野花のようにひっそりと佇んでいた。
(とりあえず、注目するべき相手ではなさそうか)
では、彼女に宛てる予定だった注意は地味な女に注ぐのがいいだろう。
その心構えでミーアは二人に神経を傾け、事の成り行きを見守る。
「……本日より、騎士団は私のものとなった」
会議室の中央に立ったディアネットが、一呼吸をおいてから鷹揚に宣言した。
いきなりの問題発言だが、そんなものに眉を顰めるのが莫迦らしいくらいに、次の台詞は強烈だった。
「私は弱いものが嫌いだ。ましてそれが騎士という肩書を持っているなど、到底許せない。万死に値する」
「……レンヴェリエール殿」
軽く腰を落とし、ガーヴァンが警戒を滲ませる。
携えた剣に手を置いているあたり、これはある程度想定していたんだろう。
それを、感じ取れていないわけもないだろうに、
「最初の命令だ。私の騎士団に相応しくない者は自死しろ。私の手を煩わせるな」
一片の躊躇もなく、ディアネット・ドワ・レンヴェリエールは己が魔力を波紋のように広げて、最後通告を言い放った。
「――は?」
多くの騎士が、状況についていけていないといった反応を示す。
今、自分たちが命の危機に晒されていると理解している騎士は、おそらく二割もいない。
「頭も悪いのか。救いがないな」
「――っ!」
二人を欠席させて正解だった。
この女は自らの力をもって独裁を始める気なのだ。
魔力を糧に発現した冷気が、地に足をつけていた全ての騎士たちの下半身を瞬く間に氷漬けにし、そこからやや緩慢に頭上目掛けてのぼっていく。
殺気を感じ取ると同時に跳躍していたミーアは、懐に用意しておいたナイフをイカれた女の額目掛けて投擲するが、それが届く事はない。
膨大な魔力によって生み出された冷気の領域が、ナイフを中空で完全に静止させてしまったからだ。
つまり、物体だけでなく世界をも凍らせるほどの強制力をもった魔法という事である。そういう意味では、冷気はもはや副産物で、本質は固定、或いは停止させる事にあるとみてもいいだろうか。
ここで重要なのは、それがどの程度の色格なのかだが――
(なんにしても、私の力では抗えないか)
まあ、こちらの役割は十分果たした。
「才能はなくとも、判断と技術はあるか。どうしたものかな」
「私はいつも通りの働きしかしませんので、そのあたりはよろしくお願いしますね」
と、二人の敵はミーアに意識を割いてくれて、動き出したガーヴァンへの対応に少し遅れてくれたからだ。
それは本当に僅かだが、決定的な隙でもあって――ただの召使いと思っていた女が、大剣で受け止めていなければ、おそらく白い女の首を刎ね落とす事も出来ていただろう。
「ディアネット様、油断が過ぎます……!」
「どけっ!」
ガーヴァンが、必死の形相の女の脇腹に回し蹴りを叩き込んで壁まで吹き飛ばす。
今のはかなり綺麗に入った。肋骨が何本かは折れたはずだ。受け身もろくに取らなかったところから見て、今ので意識も手放してしまったようだった。
やはり、戦闘能力自体は高くない。その分、主の精神的な隙間を埋め合わせる役目を担っているといったところか。まあ、忠臣である事はよく判った。
この手の類は、早めに始末するに限るが……
「余計な事をする」
ため息交じりにそう呟き、ディアネットが前に出た。
より強力に吹き荒れる魔力。
それに負けじと、ガーヴァンも前進から魔力を解き放って、
「今すぐ愚行を止めろっ!」
と、怒声と共に剣を振り抜く。
甲高い衝突音。
「ふん、さすがに腐っても騎士団長だった男か」
懐から取り出した短剣で受け止めながら、前蹴りを放ち距離を取ったディアネットが鼻を鳴らす。
退廃を彩る表情。
「いいだろう。貴様に評価の機会をくれてやる」
瞬間、ぱきっ、と周囲の至る所で嫌な音が響き渡った。
それは骨が小枝のように砕ける音で――直後、騎士たちの絶叫が会議場を染め上げる。
「――くっ」
より凶悪に吹き荒れる魔力に、ミーアも手足の感覚が急速に奪われていくのを感じた。
ほぼ全ての魔力を障壁に用いて侵攻を押さえようとしたが、とてもではないが耐えられない。
「どうした? 威勢まで凍結させた覚えはないぞ? ほら、私に触れてみせろ。部下たちが死に絶える前にな」
「ぐぅ、がああああ!」
弱気を吹き飛ばすような裂帛の気迫をもって、ガーヴァンが地を蹴った。
魔力の乗りも、踏み込みの深さも、文句のつけようがないほどに完璧な接近。
そこから振り下ろされた斬撃は、本来なら一撃必殺を謳うに値するものなのだろう。
だが、届かない。寸前で静止する。
ナイフと同じだ。同等とは言わないまでもそれほど差がない魔力を持った相手に、ディアネットの魔法は完全に機能していた。
「無理か。結局、予想を裏切る事は出来ないのだな。――あぁ、もういい、先に死ね」
無造作にディアネットが短剣を振り抜く。
狙いは頸動脈。
ピクリとも動けないガーヴァンに出来る抵抗は、せいぜい一点に魔力を集中させて障壁を張る事くらいか。無論、それで凌ぐことなど出来る筈もないが、何事も最善は尽くすべきだ。特に殺し合いにおいては、爪先ほどの誤差によって命運が変わる事など、ざらにあるのだから。
(――完璧ね。狙い以外は)
微かに目を細めながら、ミーアは一瞬の抵抗の後、ガーヴァンの首を刎ね落とそうとしたディアネットの剣が、白銀の閃光によってその腕もろとも消滅する様を目の当たりし、小さく吐息を漏らした。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




