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 そうして、大会はカークの優勝をもって幕を閉じた。

 予選が最大の関門だったことを物語るように、彼は本選では何一つ危なげなく勝ち進み、決勝に到っては相手の視界から消えるほどの差を見せつけての勝利だった。

 まあ、それは殊更驚くような事でもなく、そもそも準決勝の段階で残っていた相手が敵じゃない事は判りきっていたので、その時にはもうミーアの関心は予選で起きた出来事で一杯だったわけだが。

(本当に、どうしてレニさまは彼女の邪魔をしたんだろう……?)

 壇上に上がったカークを遠巻きに眺めながら考える。

 可能性としてあるのは、グゥーエと事前にそういうやりとりをしていたとかだが……さすがに、どちらにとってもそんな事をするだけの価値が、この大会にあるとは思えなかった。

 でも、だとすると、なおさら不可解で落ち着かない。

(……いや、違うな)

 落ち着かないのはそれが理由ではなく、もうすぐ家に帰るからだ。

 別段突き詰める必要もない疑問に囚われているのだって、そこで待ち受けているであろう巨大な不安から目を逸らすためのものでしかない。

 なんとも無様な話だが、ミーアは未だに話の切り出し方すらまだ決め切れていなかったのである。

 というか、そこで躓いているから、全てが停滞しているのだ。

 結局、どれだけ自分に言い聞かせても、怖いものは怖いわけで――

「――深刻そうな顔」

「ひゃ!?」

 突然左手から届けられた言葉に、ミーアは思わず身体を震わせた。

 聞き間違える筈のない声。

 恐る恐る視線を向けると、そこにはレニの姿があって、

「私に知られると不味い事をしてたみたいだけど、上手くいった?」

「あ、え、ええと、うぅ……」

 楽しげに紡がれた皮肉に、胃がぎゅうっと締め付けられる。なにか言わないとと思うほど、口元の筋肉が硬直する。

「軽口には軽口を返してくれないと困るんだけどね」

 苦笑気味にそう言って、レニはミーアの手首を掴んで歩き出した。

 ふりほどくなんて出来るはずもないミーアは、為すがままに彼女の歩調に合わせて歩き出す。

 ……周囲の喧噪が遠い世界みたいに、無言が刺さる。

 それに耐えかねて、ミーアは口を開いた。

「あ、あの、レニさまは、その、どういう経緯で大会に?」

 正直、答えの要らない質問だ。要は、会話の最初に天気の話題を持ち出すのと同じ用途である。

「ドールマンさんに、あんたも一緒にどうだって誘われてね。特に負けても支障はないし、せっかくだから魔力制御の練習の一環にでもしようかと思って。それより、この後予定は?」

 淡々とした口調で答えてから、レニはこちらに視線を向けてきた。

 それに合わせるように、歩調も僅かに早くなる。

「い、いえ、特には」

「じゅあ、このまま帰っても問題はなさそうだね」

「そ、そうですね……」

 カークやゴール前の観客席にいたミズリスと少し話をしておく必要はあったような気もするけれど、ここで頷く以外の選択肢を取れるほどミーアは自立していない。

 なので極めて従順に、彼女のペースに合わせて行く。

(これは絶対怒ってる、よね……?)

 横顔から感情は読み取れないけれど、いつものレニなら、有無を言わさないようなこんな強引な行動はとらない。上辺だけの自分とは違って、ちゃんと相手の事を尊重してくれる人だからだ。

 だからこそ、そんな彼女を怒らせた事実に、改めて申し訳なさとか自己嫌悪が込み上げて来て――

「もしかして、痛かった?」

 不意に、不安そうな表情を見せたレニが言った。

 手首の感覚を占めていた、彼女の体温が離れる。

「え? い、いえ、大丈夫です」

「そう、それならいいんだけど」

 戸惑い気味に応えると、レニは安堵したように息を吐いた。

 この反応からして、実際のところはそんなに怒ってなさそうというのが分かったが、同時に落ち着かない気持ちも膨れ上がる。

 これは悪い感覚ではないけれど、未だに慣れない感覚だ。

(殆ど魔力が込められていない状態で、怪我なんてするはずないのに……)

 まるで壊れ物みたいに扱われると、自分は一体どんな風に見られているのかが気になって仕方がない。今がか弱いのは事実だが、それでもここまでの扱いを受けるのは変だと。こういうところは、やはりこの世界の人間じゃないからこその感覚なんだろうかと思ってしまう。

 いつか、それを気軽に聞けるような日が来るのだろうか……なんてことを少しだけ考えながら、ミーアはとりあえず大丈夫そうだという手応えのもと、

「あ、あの、レニさまはどうして、アカイアネさんの邪魔をしたんですか?」

 と、勢い任せに一番気になっている事を訪ねて、見事レニの眉間に縦ジワを刻ませる事に成功した。

 もちろん、望んだ結果ではない。

「それ、さっきも訊かれたな。今回の件に関しては繋がりがある距離にはなかったのに、どうしてって」

 心なし、声も不機嫌そうだ。

 どうやら、触れてはいけない話題だったみたいだけど、押し黙ったところで既に気まずいのだからと、ミーアは覚悟を決めてそのまま話を続ける事にした。

「れ、レニさまは、なんて答えたんですか?」

「ミーアに勝つ気がなさそうだったから」

「え?」

「そのくせ凄く必死に見えたから」

「あ……」

「私の方は別に勝敗に拘りとかなかったしね。勝たせたい相手が誰かも一目で判ったし、だから」と、そこでレニは歩みを止めて、真っ直ぐにこちらを見つめて言った。「……間違ってはなかったでしょう?」

「……はい、何一つ」

 ここで理由に気付くんだから、自分は本当に視野が狭い。

 自分の事ばっかりだ。その所為で、凄く嬉しいのに哀しくもあって――

「まあ、ミーアの方は色々と盛大に間違えてくれたみたいだけどね。私の事」

 表情が沈みそうになるのを察したみたいに、からかうようなトーンでレニは言った。

「あ、う、そ、それは……ごめんなさい」

「うん、許すよ。だからこの件は……そうだね、あと一つの問題を片付けて終わり」

(あと一つ?)

 それがなんなのか判らず首をかしげると、レニはミーアの掴んでいた右手を離して、

「ここなら問題ないかな」

 と、呟いた。

 大会の空気からある程度離れた場所。

 問題ないとはどういう意味だろうと、とりあえず周囲を探ってみたところで、ミーアはこちらに近づいてくる気配に気付いた。

 別段、隠密に優れている感じではない。よって、レニより遅れて気付いたのは単純に意識の問題だ。

「ところでミーアは、今いくら持ってる?」

「は?」

 まったく想定していなかった問いに、ミーアはついつい間の抜けた声を漏らしつつ

「え、ええと、今財布はもっていません」

「そっか、それは困ったね」

 何故か可笑しそうレニは笑う。

 ますます意図が読めないと眉を顰めていると、気配が姿をみせた。

 取り立てて特徴のない三十代くらいの男だ。下種な視線を向けてくるわけでもなく、強い敵意をもっているわけでもない。とはいえ好意的には程遠く、やや嫌悪よりといった空気感。

「用件はお分かりですね? 大人しく支払って頂けると助かるのですが」

 淡々とした口調で、男は言う。

「支払う?」

 さっきから間の抜けた反応ばかりしているな、と思いつつミーアが訪ね返すと、

「罰金です。貴女たちは大会の秩序を乱した。代償を支払うのは当然の事です。規約にも詳細に書かれている。もちろん、踏み倒すという選択も可能ですが、その場合はゼルマインド、ヘキサフレアス、連盟と敵対する事になるのをお忘れなく」

 と、丁寧な警告付きの答えが返ってきた。

 先程も口にしたが、ミーアは今お金を持っていない。

「……今すぐ、ですか?」

「これでも十分、そちらに気を遣ったはずですが?」

 微かに目を細めて、男は少しだけ苛立ちをみせる。

 気を遣ったの意味も解らなかったが、レニは判っているようで

「そうですね、ありがとうございます」

 と真摯な口調で感謝を述べて、財布を取りだして凄く素直に結構な金額を支払った。

 自分の分とミーアの分を支払ったのだ。ついでに男のチップ分も加算していた事が後になって判ったが、まあそれはどうでもいい。

「たしかに受け取りました。次はこのような事がない事を祈ります」

 軽く会釈をして、男が去っていく。

 その姿が完全に視界から消えたところで、レニが小さくため息をついた。

「多めに持ってきておいてよかった。まあ、まさか二人分支払う事になるとは思ってもなかったけど」

「す、すぐに返しますから!」

 舌を噛みそうな勢いでミーアは言う。

 それに対して、

「必要ないよ」

 と、レニはきっぱりと答え、

「ですが――」

「その代わり、今日の夜はとびきり美味しいものが食べたいかな。奢ってくれる?」

 ひどく優しい笑顔で、そう言ってくれた。

 拒む言葉なんて存在するわけがない。だから即座に頷きたかったが、それよりも早くレニはこう続けた。

「あぁ、心配しなくても、それで破産させようとかは思ってないから。そこは安心して欲しい」

(……ん?)

 ちょっと意味がよく判らない。

 いや、嘘だ。今理解した。

 けど、

「な、なんでそれを知って――」

「あたしがさっき教えた。被害者のあたしがね」

 突然背後から声が響いた。

 しばらく顔を見せなかった奴の声。

「リッセ・ベルノーウ……!」

 仇敵にあったような気分で、振り返ったミーアはその名を呼ぶ。

 リッセはそれを涼しげに受け流し、

「あたしの顔に泥塗ったんだから当然の報いでしょう? ってか、それだけじゃ全然足りないから、あたしにも奢れよ? 足りないあんただけの疑問くらいなら、酒の肴に解消してやるからさ」

 とんとん、と、こめかみを指で叩きながら、悪戯っぽい笑顔でそんな事をのたまってきた。

 まったくもって腹が立つ。……が、実際男の言った気遣いの件とか、人が苦労している間にお前は一体なにをしていたんだとか、色々と知りたい事もあったので何とか堪え、

「……わかりました。奢ればいいんでしょう。奢れば! いいですよ。なんだって奢ってやりますよ! ええ、どんとこいです!」

 と、ミーアは半ばやけくそ気味にそう答え、レニの楽しそうな笑い声を意図せず勝ち取ったのだった。




次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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