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16

 スタートの合図と共に、参加者が一斉に駆けだした。

 身体能力の上限が統一されている関係上、すぐに抜け出せる者はいない。また、何人かが出遅れていたが、それが致命傷になる距離でもなかった。

 一纏めに予選を行うかわりに、コースの周回数が増えたのが大きな理由だ。

(これなら、色々と起こせそうですね)

 あえて一呼吸をおいて駆けだしたミーアは、後方から全体を眺める。

 今、一応のトップはグゥーエ、次点がレニで、七番手くらいにナアレが位置している。カークは二十番目くらいだろうか。

 優勝候補は今あげた四人だが、他にも侮れないのは何人かいる。

 とはいえ、カーク以外の全員を潰す事が出来るわけではないので、やはり最有力の数人を落とす事に集中するのが得策だ。

 その中で、絶対に外せないのは誰か。

(ナアレ・アカイアネが順当だけど、本当にそれが正解なのか……)

 角を曲がったところで五位につけたナアレの動きは完璧の一言で、そこだけを切り取れば考える余地すらなさそうだが、中盤以降は上下への移動も増える。つまりは、スカートを押さえる必要が今以上にあるという事だ。その余分な動きは、このレベルでは結構な致命傷になってくる。

(……というか、レニさまの動きもいい)

 まるで練習をしてきたみたいに、位置取りやコーナーの進入に迷いがなかった。

 グゥーエは記録石の目がないところで最初に出遅れた参加者から靴を投げつけられる(スタート直前に靴を脱ぐという無駄をしたゆえに出遅れたと言ってもいい)という妨害を受けているし、これはもしかすると彼女が一番厄介な敵になる可能性もありえる。

 だとしたら、非常に不味い。

 他の者達の足を引っ張る事には何の罪悪感もないが、当然レニだけは例外なのだ。

 仮に誰かを人質に取られて脅されていたとしても、そのような行いは許されない。いや、それ以前に、自分が妨害している様を気付かれるだけでもアウトである。

 そういう意味では彼女が大会に参加している時点で、ミーアのするべき事のハードルは跳ねあがっていたわけだが――

「お前ら、俺ばっか狙ってないで、そっちも狙えよ!」思考を遮るようにグゥーエが吠える。「っていうか、ちゃんと勝ちに行けよな!」

「それはこっちの仕事じゃねぇよ」 

 そう言葉を返した男は、コース上にあった店の看板を掴むと、走りながらそれを思いっきり放り投げた。

 なかなかの精度の投擲。

 もちろん反則でありバレたら失格確定の行為だが、それでレースが中断する事はない。

 妨害にそこまで厳しくないのは普段からなのか、それとも今回限りなのかは不明だが……

(……どちらにしても、他にも私のような役割をもった人がいそうですね)

 彼等と連動して標的を落としに行くのもありかもしれない――なんて、考えたところで、頭上にあった梯子が落下し始めたのを確認した。

 その落下予測地点にはカークがいる。

 直前に極々微量だが魔力を感じたので、おそらくは遠隔操作。手練れと思われる犯人を見つけるのは難しいだろう。

(そちらは、流してもいいか)

 カークも把握しているし、それよりも彼が気にしているのは前を走る二人だ。

 手を組んでいるのが露骨に判る連携で進路を塞いでいる。速度も限界値より微妙に遅くて、先頭集団との距離に開きが生じようとしていた。

 まあ、それだけなら大した問題ではないが、間違いなく二人は梯子に合わせて仕掛けてくる。それが上手く噛み合ったりでもして大きく出遅れる事になれば、挽回は難しくなるだろう。

(では、こちらもそれに合わせるか)

 大会前の検査で懐の得物は預けてしまっているが、道端には投擲できそうな代物が溢れている。

 ここでは、先程グゥーエ目掛けて投げつけられ見事に粉砕した看板の残骸を使うのが良さそうだ。

(ちょうど進路上にありますしね)

 ミーアは姿勢をかなり低く保ち、速度を落とさずに地面にあったそれを手に取り、梯子が視界に入ったところで、二人の妨害者の間に差し込むように投擲した。

「――っ!」

 狙い通り、気付いた片割れが回避動作に移る。

 その所為で、連携が乱れ彼等の妨害は失敗し、更にその隙をついてカークが前に躍り出た。

 これで現在、彼は18番手。

 此処から先、しばらくは客の目に晒される事になるし露骨な妨害も減るだろうから、最短を選び続ける事が出来れば、特に問題なく16位以内に入り予選突破を果たす事が出来るだろう。

(私も、少し順位を上げた方がいいか)

 ある程度カークとの距離を詰めた方が色々と都合がいいと、ミーアはコース取りに意識を傾け、二つほど角を曲がったところで狭い路地を駆ける連中の頭を飛び越えるかたちで、自身の順位を四つほど上げる。

 レニが現在一位という事もあって、もう少し上に行っても気づかれる心配はなさそうだが(――もっとも、冷静になって考えてみれば、彼女がこの大会にそれなりに真剣で、予選参加者について調べていた場合、すでにバレている可能性もあるので警戒する意味もないのだが)、この辺りになってくるとさすがに一筋縄ではいかない。仕掛け時を計る慎重さも必要になってくる。

 それに、ナアレを潰すのなら、此処が一番いい位置取りになりそうという予感もあった。

 最悪グゥーエは本選まで進ませてもいいが、やはり彼女だけは確実にここで落としておきたい。

 そもそも、スカートを本当に気にするとも限らないわけだし、正直一対一という不確定要素が限りなく少なくなる状況になってしまった場合、今のカークに勝ち目はないからだ。

(――そろそろ梯子ですね)

 地面を蹴るか側面の壁を蹴るかして前進するエリアは終わり、建物の最上階に向かって跳躍を繰り返すエリアがやってくる。

 一番乗りはレニだ。

 彼女は二位に五歩程度の差をつけながら、乱雑に掛けられた梯子の網の中で急停止してから垂直跳びをして、肩を掠めるようにして通り過ぎた梯子を右足で強く蹴り、最短ルートで梯子を跳び移っていく。

 二位と三位はカークが警戒していた男で、四位は妨害の所為で順調に落ちてきたグゥーエ。その後ろをナアレが追いかけて――

「ふぅ、ここで一息つけそうね」

 などと呟きながら、ちょうど跳躍したグゥーエの足首を右手で掴んだ。

 そして左腕でスカートを押さえ、優雅な上昇を決める。

「おいっ!?」

 グゥーエの当然の抗議。

 それを華麗に流しながら、ナアレは言う。

「ほらほら急ぎなさい。追い抜かれてしまうわよ?」

「あのなぁ……ったく!」

 げんなりしながらも速度を維持し、彼女の掴んでいる足では梯子を蹴らないあたり、両者の力関係をこれ以上なく示していたが――

「――あ」

 グゥーエの腕につけられていたブレスレットから、警告音が鳴り響いた。

 規定の魔力量の超過。つまりは失格である。

 原因は間違いなく、ナアレを抱えたまま速度を維持した為だろう。ただでさえそのラインを超えるか超えないかのギリギリを攻めていたのだから、余分を抱えたらこうなるのは自明の理ともいえる。

「ふふ、ご苦労様。言いつけどおりに急いでくれた貴方には、ご褒美をあげないとね」

 そう言って、ナアレは右腕を振り抜くことによって軽やかに宙を舞いグゥーエの肩に右足を乗せて、建物の屋上へと跳躍した。

 ワンピースのスカートが舞い上がる。

 踏み台にされたグゥーエは殆ど反射的に、頭上を見上げて――

「ズボン穿いてんじゃねぇか!」

 と、怨嗟の混じったような声で叫んだ。

 それを前に、中空でくるりと彼の方に降り返ったナアレは困ったような表情を浮かべて、

「当たり前でしょう? こんな飛び跳ねる競技で下着を丸出しにするような真似するわけないじゃない。貴方は私をなんだと思っているのかしら? 心外だわ」

「――」

 呆然自失なグゥーエが、膝丈のハーフパンツを凝視しながら落ちていく。

(これは酷い)

 思わず、率直な感想が漏れた。

 ただ、不思議と同情する気持ちになれなかったのは、実は下着にすごく興味があったという下心が透けて見えた所為か。

 ともあれ、これで優勝候補の一人が脱落したわけだ。

(悪い流れではない、か。……気を緩めさえしなければ、だけど)

 下方で響く複数人の歓声を耳にしつつ、ミーアは中盤戦へと気持ち切り替えるようにグゥーエの事を綺麗さっぱり意識の外へと追いやり、建物の屋上へと降り立った。




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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