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 騎士団宿舎を出て、手近にあった家の屋根の上に飛び乗ったところで、結界の中に入ったのをミーアは感じ取った。

 光と音の魔法を用いた、視覚と聴覚に影響を与える結界だ。

 一流とは言い難いが、それでも此処で起きたことを多くの人は感知できないだろう。

(ナイフ一本では少し心許ないか……)

 懐にあるそれの柄に触れつつ、ミーアは結界の中心に向かって進む。

 ほどなくして、行使者と思わしき二人と出くわした。

 髪の左半分がスキンヘッドの半分おかっぱ頭の男と、髪の右半分がスキンヘッドの半分おかっぱ頭の男の二人。

「結構早いな」

「か細い魔力を上手く使ってる。十分選手もやれそうだ」

 落ち着き払った様子で、二人は高音と低音を響かせる。

 見たままにというべきか、コンビとして出来上がっている二人なようだ。個々の魔力もそこそこ高い。なにより、佇まいに隙がなかった。

(どちらを先に始末するのが有効か、問題はそこになりそうですね)

 微かに目を細めつつ、ミーアはナイフを静かに抜く。

「物騒なものは仕舞って欲しいな。こちらに敵意はない」

「あるのなら、とっくにやっている」

「「こいつのように」」

 最後の言葉を綺麗に重ねながら、二人は鏡のように同時に視線を隣の建物の壁に向けた。

「……」

 二人への警戒を高めつつ、ちらりとそちらに視線を向けると、そこには標本のように磔になった四肢のない男がいた。

 両肩と股関節に突き刺さった杭からは夥しい血が流れているが、切り落とされたように見える手足からは一切血が流れていない。それはカークの状態にきわめて似ていた。

「彼の足を奪ったのは、貴方達ですか?」

「あぁ」「そうだ」

 淀みなく二人は答える。

 その時点で敵である事が確定したが、相変わらず彼等に敵意は感じられない。そしてそこに嘘はないのだろう。

 敵が動かなかったのは動けなかったからで、ちくちくと嫌がらせをしてきていた奴はとっくに無力化されていた。……その背景はまだ不明だが、おおよそそういう流れのようだ。

「彼と話したい事があります。音を返してください」

 磔男に視線を向けながら、ミーアは言った。

 二人は顔を見合わせてから、同時に小さく頷き、

「こ、こんな事をして、ただで済むと思っているのか!」

 音が届くようになった途端に、磔男の怒声が響いた。

 思わず顔を顰める。それほどまでの大音量。結界が張られている事に気付いていないのか、周囲に異常を感知させて事態を打開しようとしているようだ。

(慎重な相手だと思っていたのだけど……)

 どうやらそれは過大評価で、単純に臆病な輩がその臆病さ故にたまたま悪くない距離を保てていただけだったらしい。

 判断材料が少なかったとはいえ、こういう誤りは望ましくない。まあ、過小評価よりはマシだと思うけれど……

「質問があるのなら早くしてくれると助かる」

「煩いのは嫌いだ」

 喚き続けている磔男を前に、二人が同じ角度で眉を顰めながら言う。

 ここまで一致していると、何かしらの魔法でお互いの神経をリンクさせているのではないかとすら思えてくる。

(そういえば、白と灰がそうでしたね)

 帝国において、その色の頂点であった二人はいつだって完璧な連携をもって本来の実力以上の戦果をあげていた。それはミーアには理解できない強さだった。……もっとも、そんな二人もオリジナルのレニ・ソルクラウには歯が立たず、あの戦いにおいて最初に戦死したわけだが。

(――これは、余計な思考ね)

 今更帝国に未練があるわけでもないだろうに、感傷だろうか。或いは予感の類なのか……どちらにしても、今は不要だ。

 ミーアは小さく頭を振って、

「貴方は、誰の指示で彼女たちを襲ったのですか?」

「お前、馬鹿かっ! さっきから言ってんだろうが!」

(……本当に煩いですね)

 喉にナイフでも突き刺して発声に使える空気を減らしてやろうか、なんて物騒な思考が過ぎるが、手持ちのナイフでやると殺してしまう。もう少し細いナイフも、これからは持参しておいた方が都合はよさそうだ。

 それはそうと、男の言葉を真に受けるなら、それなりに大きな勢力に属している人間だという事になる。

「私は具体的な話をしているのですが、そんな事も理解できない頭のようですね」

 ため息を混じりに二人にそう言うと、男は顔を真っ赤にして、

「ゼルマインドの恐ろしさ、骨の髄まで味あわせてやるからな!」

 と、ドスを利かせた声で叫んだ。

 それに怯えたわけではないだろうが、二人の表情が曇る。

「よりによってゼルマインドか。そのわりには命乞いも抵抗の破棄も早かったが」

「憐憫だな。こいつはろくな死に方が出来ない」

「いっそ、ここで殺してやるのが救いか」

「どうする? 選ばせようか?」

「そうだな、今四肢を返してしまうのもいいだろう」

「な、なにを言ってるんだ!?」

 二人のやりとりに、磔男は恐怖と困惑を露わにする。

 その愚鈍さに、二人してため息をつき、

「本日、英雄は片足を差し出した」

「そうすることによって、彼はより大きな契約を結べる可能性を手に入れた」

「要は賭け金の上乗せだ」

「彼はもはや絶対王者とはいえない。だが、それでもなお勝利を収める事が出来れば、彼は真の英雄となり、この先騎士団がどのような道を歩もうと、今いる騎士たちが標的にされる事はなくなる」

「勝算はないに等しいだろうが」

「だが、それでも夢はある。見世物としても素晴らしい。だからこそ、下地区の全てがその提案に乗った」

「もちろん、ゼルマインドの首領たるヴァネッサ・ガルドアンクもその一人だ」

「つまり、貴様の行いは彼女の面子に泥を塗ったに等しい」

「本当にゼルマインドの人間なら、なおさらだろう」

「そうでなくとも、ただでは済まされないだろうが――」

「残念ながら本当なんだよなぁ」

 愉しげな声が、二人の背後から響いた。

 へらへらした笑みを浮かべた金髪の男。そのくせ、眼つきだけはやたらと鋭い男。

 以前に一度、ゼルマインドの居城であった事がある。名前はたしか――

「アダラ・スーフリー」

「相変わらず、血に酔っているようだな」

 二人の空気に、鋭さが滲む。

 当然だ。この距離で臭うくらいに、こびりついた血と死の匂いは、そいつがどれだけ危険な存在なのかをなにより雄弁に物語っている。

「仕事熱心なんだよ。連盟の切り札である、あんたらよりもずっと」

「では」「そちらの代表の代わりに弁明もしてみるか?」

 返答次第では、そのまま戦闘が始まりそうな気配。

 その場合、勝つのはどちらになるだろうか? この二人の強さは大体想像できるが、アダラという男はどうにも判りにくい。

 こういうタイプは大抵実力を隠すのが上手いのだ。下手をすると、ゼベ・グリシャルデよりも上という事もあり得るだろう。そうだった場合、この二人に勝ち目は無くなるわけだが、果たして彼はどのような返答をするのか。

「弁明ねぇ……そうだな、こいつは新参で、騎士団に纏わる決まり事は知らなかったんだ。可哀想だろう? その所為でこれからもっと酷い姿になるんだからさ。雇った幹部かぶれと一緒に。はは」

 からっとした笑い声を漏らしつつ、アダラは鋭利な刃物のように目を細めて言う。

「ってことで、これは回収させてもらうけど、構わないよな?」

「……こちらはそれでも問題ないが、ヘキサフレアスにはどう説明するつもりだ? 本来、この件で最も腹を立てそうなのは、騎士との契約を真っ先に結んだ貴族飼いだぞ」

「下手をすれば、双方の休戦、協力関係が潰え事もありえる」

 どことなく重たい口調で、二人は言う。

 連盟という組織がどういうものなのかミーアはあまり知らないが、彼等にとっても二つの組織の関係悪化は望ましくないようだ。

「その点は問題ないさ。これが起きる前から、話はついてるんでな」

 不意に笑みを消しさって、アダラはやけに冷めた声で言った。

 その言葉に、二人は少し思案するように口元に手をあてて、

「……新しく騎士団長になる女は、小細工が得意ということか?」

「まだそいつに買収されたかどうかは不明だがな。多分、そういう事なんだろうさ――っと」

 軽やかに跳躍し、磔男の真上に立ったアダラはその髪を乱暴に掴んで、力任せに杭を引き抜く。

 磔男は悲鳴を上げるが、結界が張られているので気付くものはおらず、

「煩いぞ、お前」

 ぞっとするくらいに低い声とともに、アダラが魔力を紐状に首を締め上げて黙らせた事によって、結界内でも響く事は無くなった。

「さて、それじゃあ、用も済んだし引き上げさせてもらうが……あぁ、そうだそうだ。一つ訊きたい事があったんだ」

 立ち去る途中で、振り返ったアダラが言う。

「「答える保証はない」」

 二人が同時に、刺すような鋭さで答えた。

 これ以上の交流は無意味だと言わんばかりの拒絶。

「そう警戒するなよ。ただの世話話さ。他の奴等は大会で誰に賭けるのかっていうね。ちなみにだが、俺は騎士団の英雄さんに賭けようと思ってるんだが――なぁ、あんたはそれに賭けても本当に大丈夫だと思うかい?」

 不意にこちらに視線を向けて、アダラはそんな事を訪ねてきた。

 まるで、今後のミーアの行動によって、結果が左右されるとでも言うかのように。




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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