08
ミーアが二人のお守りを決意してから四日が経過した。
その間に発生した襲撃は十七回。
幸い、その全てを問題なく処理する事は出来たが、警戒心が強い相手というか、常に安全圏から仕掛けてこられている所為で、こちらも反撃できていないというのが現状だった。
まあ、それは別にどうでもいいのだが、四日間同じ状況が続いているというのは頂けない。
(本当に、どこにいるのかしら……?)
というより、どうして彼女は別に会いたくもない時ほど顔を見せてくるくせに、こうして会う必要がある時に限ってもったいぶってくるのか。
殆ど嫌がらせと思うくらい見事に、今リッセ・ベルノーウの行方は不明となっていた。
ヘキサフレアスに属するラウや他の面子も然り。冒険者組合のグゥーエなどに聞いても判らないの一言だ。
おかげで、こうして防戦一方になっているうえに、騎士団宿舎での生活を余儀なくされていた。当然だが、護衛対象の傍にいないと護りようがないからだ。レニにいらぬ心配をさせないために、騎士団の仕事で数日ほど留守にすると説明しなければならなかった時の心苦しさは、今でも胸の奥に残留している。
(レニさまは、今どうしてるのかな……)
基本的に一人で大抵の事は出来る人なので心配とかはしていないのだが、やはり数日も会わないと色々不安だ。
ちなみに、レニも同じようにちょうど今ミーアの事を考えていて(ミーア大丈夫かなぁ、迷惑とかかけてないかなぁ)と凄く心配していたりしたのだが、当然それが彼女に伝わる事はない。
ともあれ、一刻も早く事態を解決しないと精神衛生上よろしくないので、心の底からリッセに会いたい次第なのだが――
「――ぐぁうあ!?」
こちらの思考を遮るように、奇怪な悲鳴が室内から響いた。
此処はミズリスの部屋なので、当然、悲鳴の主は彼女のものだ。
視線を動かすだけで捕捉できるところにいるので、それが奇襲の類によって生じたものではない事もすぐに判った。
「あ、あ、足が、ぴきんって……!」
ベッドの上でストレッチを念入りにやっていた結果である。昨日もなっていたので、もしかしたら癖になってしまったのかもしれない。
なんてことを考えていると、今度は入口のドアが勢いよく開かれて、
「……あぁ、またか」
と呟いてから、姿を見せたカークが口元に手を当てて欠伸を一つ零し、ドアを閉めて隣の自室へと帰っていった。
「ちょ、ちょっと! ノックもせずに女の子の部屋に入ってくるなって、私前にも言ったでしょ! しかもこんな夜更けに!」
パジャマ姿を見られたのが恥ずかしいのか、頬を赤らめながらミズリスが怒鳴る。
すると、左隣の部屋から、
「煩い! いちゃつくな! こっちは二日前にフラれてんだぞっ!」
と、甲高い女性の怒声が飛んできた。
「ご、ごめんなさい!」
苦手な相手なのか、ミズリスは速攻で謝る。
相変わらず賑やかな宿舎である。まあ、遠目で見ている分には害もないので特に問題はないが――
(――今日は多いですね)
外の方から、針のような敵意が届く。
ただ、攻撃をしてくる事はなさそうだ。敵の魔法は物質を一時的に透過させるという類のようだが、その効果時間では地下にあるこの宿舎の、この部屋にまで攻撃が届かないからだろう。
もちろん煩わしい事には変わらないし、脅威に晒される事に慣れていない人間にとっては多大なストレスになるから、有効な手ではあるんだろうけれど。
「……も、もしかして、また出たの?」
こちらは表情などを変えた覚えがないので、今回は自力でそれを感じ取ったのか、ミズリスが途端に不安そうな表情を浮かべてそわそわし始める。……これはもう、騎士団長にこの事実を告げてちゃんと護衛をつけてもらい、こちらから打って出たほうがいいのかもしれない。
(或いは、彼が大会に出るのを諦めさせるべきでしょうか)
不戦勝などこちらも望んではいないが、おおかたそれが理由で襲われているのだ。舞台に上がらなければ、この脅威はおそらく消えてくれるし、カークにとってはある意味でそれが一番利口な選択ともいえるだろう。
「怖いですか?」
「そ、それは、怖いですよ」
ミーアの問いに、ミズリスは素直に敬語で答えた。
少しの付き合いでしかないが、彼女は精神的に揺れている時に敬語を使う事が多い。また、それと同じくらい荒っぽい口調になったりもする。
要は、窮地に弱いのだ。すぐにテンパって、冷静じゃいられなくなる。
ついでに言えば、彼女は多分人見知りの部類だ。それらがあいまって、初対面の印象と今のギャップが生まれているのだろう。
「でしたら、彼に大会に出ないように進言すれば――」
「それは出来ないわ」
鋭い口調で、ミズリスは言った。
頑なな表情。
「何故ですか?」
「……あんな感じでも、あいつはちゃんとした騎士団の人間だから」
「答えになっていないのですが」
それとも、今ので多くの人は理解と納得を得る事が出来るのだろうか? ……まあ、レニやリッセあたりならそうなのかもしれないが、ミーアには判らない。
なので、捕捉を促すようにじっと彼女を見つめていると、
「そ、そうだよね、ミーアさん、私達を守ってくれてるんだもんね。説明しないのは、ズルいよね」
と、申し訳なさそうにミズリスはそう呟いて、足早に廊下に続くドアの鍵を閉め、再びベッドに腰を下ろし、眼鏡を枕元に置いた。
それから言葉を探すように視線をキョロキョロとさせて、小さく唸ったり、そばかすに手を乗せたりしてから、
「今、私達騎士団の評価は酷い。下地区も中地区も上地区であっても散々。はっきり言ってみんなに舐められてるし、どうなっても問題ないって思われてる。でも、でもね、そうなってからも、今まで下地区の誰かによって騎士が殺された事はないの。怪我人は出たことあるけど、その先はない。最低限ではあるけど、あいつが命の保証を勝ち取ってくれてるから」
「……なるほど」
だからこそ、騎士団の英雄、とリッセは言ったのだ。
ただパルが強いだけで英雄とはずいぶんと大袈裟とも思っていたけれど、ここに来てようやくその表現が腑に落ちた。
同時に、騎士団内で認知されていない理由にも見当がつく。
下地区の組織との密約によって騎士の命が守られているなど、騎士団にとっては恥の上塗りでしかないからだ。ましてミズリスは騎士団長の娘なのである。多少なりとも関わっている事が露見すれば、立場を危うくしかねない。
「な、納得してくれた?」
「ええ」
「そ、そか、それはよかった。と、ところで、明日は少し付き合ってほしい事があるんですけど、大丈夫ですか?」
「それはもちろん内容によりますが、なんですか?」
そう訪ねると、ミズリスは深呼吸を一つしてから、
「あ、貴女の歓迎会を、したいって人がいて、私も賛成で、だから、どうかなって!」
と、怒ったような調子で言った。
これも緊張しているだけなので、特に反応自体を気にする必要はなさそうだが……
「……歓迎会?」
その意味というか意図を、ミーアはすぐに理解する事が出来なかったのだった。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




