05
(妙な事になったな……)
敵情視察に始めた尾行の筈が、一体どうしてその対象と一緒にお茶をする事に繋がるのか。
広場近くの馴染みのお店の四人用のテーブルに腰かけながら、ミーアは向かいに座る二人を前に、胸の内で小さくため息をついた。
「……それで、戦い方を教えて欲しいというのは、具体的にどういう意味ですか?」
お皿の上に乗ったお菓子をフォークで軽くつつきつつ、訪ねる。
それは助けてくれたお礼という事で差し出された代物ではあるのだが、内容を聞くまでは迂闊に口にするわけにもいかないだろう。……まあ、お腹は結構空いていたので、問題が解決すれば頂くつもりではあるのだけど。
「強くなりたいんです」
やや深刻な表情で、ミズリスは答えた。
「私である必要があるとは思えません。教えを乞う相手なら周りにいくらでも――」
「私の周りの騎士は皆弱いんです!」
説得力に溢れた力強い訴えに、周りにいた他の客の視線が集まる。
それに気付いたミズリスははっとした表情を見せたのち、バツが悪そうに視線を俯かせて、ぼそぼそと言葉を続けた。
「あ、いや、それはちょっと過言で、実際は皆が皆というわけじゃないですけど、でも大抵そうなのは事実だし、強い人の戦いはそもそも参考にならないから……」
「――あ、これ、美味しい」
路地裏で見せた引き締まった表情はどこへやら、カークは自身が注文したステーキに頬を緩めた。
そのマイペースさに表情をひきつらせながら、
「言っておくけど、貴方の分まで奢るとは言ってないからね? それ私の分だし」
と、ミズリスが言う。
するとカークは咀嚼を止め、酷く困った顔を浮かべて、
「わかった。じゃあ、今から吐き出して、返す」
「止めて! お願いだからやめて! それ手遅れだから!」
そういう事を本気でやる人物なのか、ミズリスはわりかし必死なトーンで言葉を返してから、
「と、というか、別に奢らないとも言ってないですけど。……また迷惑かけちゃったし」
(……謝罪も、素直に出来る人なんですよね)
唐突な懇願の後も、彼女は何度もこちらに頭を下げて感謝をしてきた。
無駄にプライドが高く、自己の能力も鑑みる事の出来ないただの愚か者だと思っていたが、どうやらそういうわけでもないようだ。
そのあたりはユミル・ミミトミアとは違うという事なんだろう。まあ、この街に来てからの彼女も、けしてそういう類ではないのだが――
「――へっぶしっ!」
広場から聞こえてきた奇怪な音が妙に気になって視線を向けると、そこにはユミルの姿があった。
噂話をされるとくしゃみが出るという迷信がトルフィネにはあるのだが、どうやらあながちただのオカルトというわけでもなさそうだ。
まあ、そんな事は正直どうでもいいのだが、
(アネモーさんと一緒なのね……)
なんだか、ずいぶんと楽しそうだ。距離も近い。
冒険者同士だしアネモーは面倒見のいい人だし、なにも不自然なところはないのだけど、なんだか苛々する。
(もしかして、妬いているのかな、私……)
だとしたら狭量もいいところだ。
そんな自分にちょっとした自己嫌悪を覚えつつ、グラスの水を一口飲んだところで、
「貴女の戦い方、凄かったです。私と殆ど魔力量も違わないのに圧倒してて、かっこよかった。だから、貴女に教えて欲しいなって」
と、真っ直ぐな眼差しと共に、ミズリスが賞賛してきた。
それが少しだけ自分の嫌な部分を相殺してくれたのを感じつつ、ミーアは少し柔らかな口調で再度訪ねる。
「私を選んだ理由は判りました。ですが、まだ私の質問の答えにはなっていません。どうして強くなりたいのですか?」
「……それは、トルフィネの騎士でいたいから」
どこか寂しそうな笑顔で、ミズリスはそう答えた。
「貴女もこれは知っていると思うけど、近いうちに騎士団内で大きな異動があって、ルーゼからかなりの増援がやって来る。しかも、それを率いるのはルーゼの軍貴であるディアネット・ドワ・レンヴェリエール。噂でしか知らないけど、ルーゼ史上最強とも言われている人ね。そして徹底的な実力主義者でもあるらしい、です。だから」
「なるほど」
今は人手が足りていないし団長の娘という肩書もあるが、ディアネットの登場と共にその二つが変化すれば、彼女も十分にリストラの対象になるという事らしい。
正直、弱い人間が騎士をやるよりは遙かに良いと思うが、足掻く事自体を否定するほどにその考えを正義だと考えているわけでもない。
それに、彼女の魔力量自体はそこそこのものだ。欠けているのは身体強化の適性だけで、そのマイナスを技術で埋めてしまえば、最低限の戦力にはなるだろう。資格は十分あるといえる。
「ところで、私たちと言っていましたが、彼の方もそれが必要なのですか? ……あまり、興味なさそうですけど」
事実、彼は今上下に身体を揺らしながら、夢の世界へと旅立とうとしていた。
ステーキの咀嚼を終えてすぐの出来事である。
「あぁもう、寝るな! ばかばかっ!」
激しく二度ほどテーブルを叩きながら、ミズリスが叫ぶ。
当然のように周りのお客さんの視線が再びこちらに向けられる。
「あ、ご、ごめんなさい……」
ミズリスは恐縮そうに謝ってから、隣の彼の二の腕をつまんで今度は小さな声で「おーきーろぉー」と恨めしそうに囁いた。
それを十秒ほど繰り返したところで、カークの目蓋がゆっくりと開かれる。
「僕は、別に、どっちでも」
一応、話は聞いていたようだ。
「良くないでしょう。貴方、私より弱いんだよ?」
「弱くてもいいよ。暴力、嫌いだし」
(……弱い、か)
たしかに、チンピラの暴力に晒された時の彼の対応はかなりひどかった。
最初はわざとそうしたのかとも思ったけれど、ミズリスを守ろうとする姿勢は切実なものだったし、あの場面で自分を窮地に追い込んでまで本来の実力を隠す理由も見当たらない。
ただ、だとしたら、その発言は酷く不快なものだ。大事なものを守れない事を是とする者など、とてもではないが評価できない。
(どうやら、気にするほどの人物でもなかったようですね)
「でも、ミズリス一人は心配だから、どっちでもいい」
失望から席を立とうとしたところで、カークが続けた。
つまり、全部彼女に委ねるという事のようだ。それはそれで受動的すぎる気もするが――
「じゃあ、付き合って」
「わかった」
ミズリスの言葉にあっさりと頷いて、
「それじゃあ、お願いします」
と、カークはこちらに頭を下げてきた。
なんだろう、むしろそうなるように仕向けた匂いすらする。これは、もしかするとなかなかに厄介な人種なのかもしれない。
本心というものが判りにくい相手との付き合いは疲れるし、此処はきっぱりと断るべきか……?
(……いや、でも、これもこれで都合はいいのか)
ミーアは小さくため息というポーズを取って、
「私は、まだ了解していまいのですが?」
「も、もちろん報酬は出します。お金は、あんまりないけど」
と、ミズリスの口から、ある程度予想通りの言葉を引き出すことに成功した。
これで色々と交渉がしやすくなった。あとは、どういう条件を出すかだが……
「報酬は必要ありません。……ですが、そうですね、もしパルで貴方が私に勝てたら、貴方たちに協力しましょう」
まどろっこしい敵情視察よりも直接勝負して肌で感じた方が有意義だろうと、ミーアはそう提案し――
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




