表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/59

04

 騎士団長の娘は、どうやら非常に正義感が強い人物らしい。

 立場だけを考えれば好ましい話だ。だが、そこに力が伴わなければ、結局周りの人の迷惑にしかならない。

 そういう意味では、彼女はまさに騎士団の人間というべきなんだろう。

 それを理解できたのは、中地区の繁華街の路地裏で小さな悲鳴が届いた時だった。

 下地区ほど治安が悪くはなくとも、中地区にもいわゆるチンピラの類は存在する。そして繁華街は金を使う場所だ。恐喝をするには都合がいい。

 だから、普段から騎士団はこの一帯に結構な人員を配備している筈なのだが、残念な事に勤務中の騎士は近くにおらず、彼女の加勢をしてくれる味方はいない状況だった。にも拘らず、彼女は隣のカークにすらなにも告げることなく音源に向かって駆けだしたのだ。完全な独断専行だった。

(身体の使い方も酷い)

 どうやら魔力の放出に特化したタイプで、身体強化は並以下のようだ。適性が低い分野はおのずと技術も磨かれないので、これは必然的な特徴というべきなのかもしれないが……なんにしても、これだけ酷いと魔法を使う前にやられてしまう可能性が高い。

「……なんでいつも、仕事じゃない時に限って、こういう場面に出くわすんだろう」

 気だるげな表情でそう呟き、数秒遅れでカークが駆けだす。

 意図した状況ではないが、これはなかなかに都合のいい状況と言えるだろう。より深く、彼の技術の底を知る事が出来る。

 その幸運を少しだけ喜びつつ、ミーアは周囲を見渡して観察しやすい位置を探し、ある建物の上に陣取る事に決めた。

 周囲を歩く人の視線全てがこちらから外れた一瞬を逃さずに、目当ての屋根に向かって大きく跳躍する。

 音もない着地を済ませ視線を建物と建物の隙間に落とすと、袋小路に追い込まれた気弱そうな少年と、ガラの悪そうな三人の姿が確認できた。

 真ん中にいるリーダー格らしい先頭の男は、粗悪なナイフを握りしめている。

「そら、痛い目見たくなかったら、さっさと出すもの出せよ。それともこいつの切れ味を試させてくれれんのか? あぁ?」

 ……不快な表情だ。カークの件が無ければ、即座に得物をもつ手首を斬り落としていたところだろう。

「貴方達、なにをしているの!」

 乱暴な足音を立てながら、ミズリスが姿を見せる。

 あとから動いたこちらの方が、それでも先に着くとは思っていたが、それにしても遅い到着だった。案外、途中でカークと合流するまで待っていたのかもしれない。

「あぁ? なんだ、てめぇら?」

 ドスを利かせた声で、ナイフを持った男が吠える。

 それに微かにビクつきながら、ミズリスは一度強く歯を噛んでから声を張った。

「騎士団のものよ! 大人しく逮捕されなさい!」

「く、ははっ、なあ、騎士団だってよ?」

 堪えきれずに吹き出すように、男が嗤う。

 他の二人もニタニタとした笑みを浮かべて、舐めまわすような視線をミズリスに向けた。

「あぁ、でも、俺こいつ結構好みだわ。ついでだし、攫っちまうか?」

「悪くないな。こういう奴って無性に泣かせたくなるしな」

「――っ、上等です。やれるものなら、やってみればいい!」

(判りやすい虚勢ですね)

 言葉の強さに反して、声が露骨に震えている。

 そんな彼女を庇うように、

「ミズリス、格好つけるのはもういいから、早く応援呼んできて」

 と、やはり眠たげな口調で言いながら、カークが前に立った。

 するとリーダー格の男がワザとらしいため息をつきながら、大股で間合いを詰めて――ドスッ! と鈍い音が響いた。

 カークの鳩尾に男の拳が突きささった音だ。ナイフで刺ささなかった事に、下地区との違いを感じる。

 まあ、それはさておき、今回は上手く衝撃を殺す事が出来なかったようだ。かなり悪い貰い方。あれでは呼吸もままならないだろう。

「カーク!?」

「いい、から、早く……!」

 お腹を押さえて、身体をくの字に曲げながらカークが掠れた声で叫ぶ。

 そこで、絡まれていた少年の方が意を決して逃げ出した。それに合わせてミズリスも素直に逃げていれば、足手纏いの二人とも無事に離脱できただろうに。

「そんな事出来るわけないでしょう! ――動いたら、叩き込むわ!」

 左手を敵に突きだして、ミズリスは魔法の準備を始める。

 だが、焦りの所為か魔力の収束が遅い。

「させるかよ!」

 発動の直前に、左手にいた男がミズリスの手首を蹴り上げた。

 骨に罅が入った事を物語る嫌な音と共に、照準が大きく崩れた彼女の手から風の刃が迸る。

 こちらはけして骨まで届く事もない暴力だ。仮に直撃していたとしても、決定打にはならなかっただろう。どこまでもお粗末な話。

「――早くっ!」

 血を吐くような叫びと共に、カークが男の腰に飛びつく。

 余裕のない必死な行動だ。無様と言ってもいいだろう。もちろん、その無様さは好ましい部類のものではあったが、正直落胆は否めない。

(この状況では、私の見たいものは見れそうにないですね)

 ミーアはため息をつきつつナイフを取り出し逆手に持って、軽やかに建物から飛び降り、リーダー格の男の右肩にそれを根元まで突き立てた。

 続けて痛みに悲鳴を上げる前に鳩尾に蹴りを叩き込みつつナイフを力一杯引き戻すことによって鎖骨を断ち切り、間髪入れずに反応が遅かった右手側の男の太腿に自由になったナイフを投擲して、それが刺さるよりも早く左手の男に踏み込む。

「――へ? はぁあ!?」

(悠長な事)

 身構えもせず第一に驚きを見せる相手に心底呆れつつ、さっさと懐に入り込んで喉に肘を打ちこむ。

 そうして相手が打撃を喰らった箇所を押さえながら首をもたげたところに、トドメの一撃として側頭部への膝蹴りを叩き込んだ。

 これで、意識が残っているのは残り二人。

「ぐぅ、ぁああ、な、なんなんだよ、お、お前は……!?」

 地面を真っ赤に染めながら半泣きになっているリーダー格の男が、痛みに震える声で問う。

 それを完全に無視しながら、ミーアは片足を潰されて地面に座り込んでしまった残りのもう一人の顔面を容赦なく蹴り飛ばし無力化してから、ナイフを回収して血を振り払い、最後の一人に照準を定めた。

「お、おい、冗談だろう!? なあ!?」

「他人を傷つけておいて、それが冗談になる道理がどこにあるというのですか?」

 あまりにくだらない言葉を聞かされていると、勢い余って殺してしまいそうになる。

 が、仮にも騎士がいる目の前で殺人を犯すのはよろしくないだろう。その場合は、二人も始末する必要が出てくるし、こちらは別に大会の前に脅威を排除したいわけでもない。

 ミーアは、自身の攻撃的な思考を窘めるように深呼吸を一つ取ってから、

「私の目の前から、目障りなものを抱えて今すぐ消えなさい。――次は、ありませんよ?」

 眼球に触れる寸前の距離にナイフの切っ先を突きつけつつ静かにそう告げて、背を向けた。

 ここでもし、隙あり、と仕掛けてきたのなら、その時は正当防衛という理由付きで始末できる。……それを、多少は期待していたのだが、良くも悪くも中地区のチンピラだったというべきか、彼は悲鳴を上げながら仲間を見捨てて逃げ出した。

(言葉も理解しない。まったくもって度し難いですね)

 その背中にナイフを投げつけたい気持ちで一杯だったが、ここは血を拭きとる布を失わずに済んだ事を喜ぶ事にして、ミーアは大の字に倒れている男の服でナイフを綺麗にしてから鞘に仕舞いこんで、そのまま大通りに向かって歩き出す。

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てたようなミズリスの声。

 こちらとしては、この場にいる理由はもうないし、彼等(特にミズリス)を治癒する気にもなれないのだが……

(でも、レニさまはきっと、そうじゃないんだろうな)

 なら、自分もそうあるべきだと考え直して、ミーアは足を止めて振り返り――

「わ、私たちに、戦い方を教えて欲しいんです! 師匠!」

「………は?」

 まったく予期していなかった言葉に、間の抜けた声を漏らすことになったのだった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ