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03

 きっとそれを根に持って、彼女は重大な情報を伝えなかったのだと、ミーアは仕事場に設置されている壁掛け時計を見てため息をついた。

 仕事を終えてから既に三時間が経過している。

 騎士団の英雄だなんて言うものだから、てっきり有名人だと思っていたのに、誰もその存在を知らなかったのである。

(もしかして、騙された?)

 そんな人物は最初から存在していなくて、ミーアが仕事を辞めるのを引き延ばすための方便だったとか……いや、でもさすがに理由が不明すぎる。そう考えるくらいなら、パルという競技が実はそれほど人気じゃないと考えた方が妥当だろう。或いは、下地区限定で大人気とかだったら、中地区の騎士団内で無名なのも納得できる。

 出来るが、この三時間の間にパルという競技を知らない人は一人もいなかったので、この競技がトルフィネ全域で人気なのは間違いなさそうだ。よって、その可能性は消えてしまう。

 では、他に残っている線はなんだろうか。

(騎士団には知られたくないからその事実を隠している、とかでしょうか?)

 目立つことによって職務に支障が出る場合もある。

 暗部の人間なんかはその典型だ。まあ、この騎士団に暗部があるのかどうかは不明だが――

「あ、あの、先程から、どうなされたのですか? 誰かを探しているようですが」

 躊躇いがちな声が、背後から届けられた。

 振り返るとそこにいたのは大男だった。面識のある人物だ。名前はたしか、ダッド・ロビングソンだったか。

 ここの治癒師になった当初は、レニに関する質問などでやたらと声を掛けてきたものだが、最近は話しかけられた覚えがない。きっとミーアからでは情報を引き出せないと理解したからだとは思うが、彼は今もレニの情報を求めているのだろうか?

(……なんだろう、この感じ)

 この男が誰にどのような感情を持っていようが、それが実害にならない以上どうでもいい事の筈なのに、胸の奥に重たい物が伸し掛かったような感覚が滲んでくる。

 それを、ないものとして扱いながら、ミーアは口を開いた。

「この騎士団には、パルが得意な人はいますか?」

「パル、ですか?」

「ええ」

「そ、そういえば、副団長殿が今回の大会に参加するという話は聞いた事があります。他にも何名か、宣伝も兼ねて出場するとの事です」

「そうですか……」

 副団長は悪い意味で有名人なので違うだろう。それに、多分彼らが参加するのはアマチュア大会の方だ。リッセが絡んでいるのは同時期に開催される賭け試合である。(一応こちらも公にはなっているが、参加するのはプロが殆ど。しかも会場が下地区という事もあり客入りは少ない)

 やはり、彼に聞いたところで有益な情報を得るのは難しそうだ。が、一応念のため、確認は取っておいた方がいいだろうか。

「ロビングソンさんは、副団長に賭けるのですか?」

「え? あ、あー、ええと、いえ、副団長殿はそちらの大会には出ないので――」

「騎士団で、その大会に出る方に心当たりはありますか?」

「そっちの大会は招待制でしょう?」

 新たな声が、側面から届けられた。

「み、ミズリス殿!」

 と、ダッドが素っ頓狂な声を上げる。

 声を掛けられたのがよほど意外だったのか、それとも緊張するような立場の相手だったのか……おそらくは後者だろう。

 話に加わってきた眼鏡をかけたそばかすの少女は、騎士団長の娘だったからである。

「……ダッド、煩いです」

 不機嫌そうにミズリス・ノーフェは吐き捨てる。

「も、申し訳ありません!」

 緊張するとやたらと声を張る癖があるのか、ダッドは先程以上に大きな音を発してから「あ、え、その、申し訳ありません……」と非常に小さな声で繰り返した。

 その小心者のような態度が気に入らなかったのか、ミズリスは舌打ちをついてから、こちらに視線を向けて、

「貴女、お金に困っていたりするの?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

「じゃあ、賭けなんてしない方がいいですよ。もちろん、困ってるなら尚更しない方がいいと思うけど」

 そう言って、彼女は止めていた足を動かし、すたすたと去って行った。

 歩き方からして、結構せっかちな性格なようだ。まあ、それはともかく、一体どうしてわざわざこちらに声を掛けてきたのか……

(もしかして、なにか関係しているのか)

 この発想は少々短絡的だろうか。

 だが、どうせ他に手がかりもなし、多少の徒労は覚悟の上だ。少なくとも、リッセに頭をさげて教えて貰うという屈辱を選ぶよりはいい。

 そういった考えの元、彼女の後姿を視線で追いかけていると、

「やっと出てきた。いつもいつも、どうして仕事を片付けるのがこんなに遅いのか、不思議です」

 と、訓練室から出てきたどこか眠たそうな少年に、彼女は声をかけた。

「あぁ……ごめん」

 ぼんやりとした口調で少年は返しながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩きだし、角から走ってきた人にぶつかって、尻餅をつく。

「あっ、悪い!」

 これから見回りでもするのだろう、よろめきもしなかった騎士はそのまま駆け出して行った。

 ミズリスが再び舌打ちをつく。

「それ、あんまりしない方がいいよ。品がない」

 それを、尻餅をついたままに少年が嗜めた。

「あ、貴方が、ボケッとしているのがいけないんでしょう? もう少し周囲に気を張りなさいよね」

 何処か拗ねたようにミズリスは言う。

「それは……うん……無理かな」

 相変わらずぼんやりとした口調で、しかしはっきりと答えつつ、少年はよろよろと立ち上がった。

 それから二人は並んで、出口の方へと歩き出していく。

 肩が触れそうな距離、きっと親しい間柄なのだろう。が、ミーアにとってそんな事はでどうでもよくて。

「……ロビングソンさん、彼は?」

「騎士見習いのカークです。自分の担当ではあります。ミズリス殿とは幼馴染らしいです。はい」

「そう……」

 軽く目を閉じて、カークと騎士が衝突した時の光景を思い出す。

 あれは、異様と言っていいほどに綺麗な衝撃の流し方だった。はっきり言って達人の領域だ。なのに、その後にバランスを崩して尻餅をつくだなんて到底考えられない。

 つまり、彼はわざと無様を晒したのだ。どんくさい人間を装うために。

(これは、当たりと見てよさそうですね)

 本当、リッセに頼る事にならなくてよかった。

「ありがとうございます、どうやら貴方のおかげで問題が解決したようです。それでは、私はこれで失礼しますね」

 そう言って軽く会釈をしてから、ミーアは二人を尾行すべく歩き出した。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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