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殺し合いという行為は、身体の全てを行使して敵の息の根を止めるものだ。無駄を省き、相手の強みを消し、油断なくミスなくやりきれば、より確実な勝利を得る事が出来る。
レースというものの本質も、それに近いものだと思う。
異なるのは勝利条件だけだ。だからだろうか、驚くほどにそれはミーアにフィットした。
演技のような無理などどこにもない。何一つの不安も迷いもなく、この身はコースを駆け抜ける。
狭く足場の悪い路地を滑るように進み、細い梯子を蹴って、壁と壁の間をピンボールのように弾けていく。
思う存分に、恥じることなく身体を揮うという爽快感。
視線の先にいるリッセの背中を追いながら、ミーアは呼吸すら惜しみながら彼女との距離を詰めていく作業に没頭する。
(次の角を曲がったところが勝負ですね)
リッセは性能を落としても十分に速い。コースへの理解度が違うというのもあるが、思ったよりも手間取っている。
が、勝利に疑いはない。
もっとも、それはこのレースの勝敗に関わってくるあるルールを省いた場合の話ではあるが……
「――っと、ほっ」
軽やかな掛け声をあげながら、リッセは上空にある梯子を片手で掴んで、くるりと回転をしながらその梯子の上に立ち、力強く跳躍する。
はっきり言って無駄もいいところな動作だ。だが、見世物としての側面もあるために、そこにも価値が出てくる。
パルという競技は特定のポイントごとに曲芸を披露する必要があり、その技の難度によってタイムが削減されるという要素を持っていた。
そのため、仮に同着でゴールした場合は、技を披露しなかったミーアよりもリッセの方が先にゴールしたという扱いになる。
ミーアにとって一番のネックはこの部分だ。
といっても、関節等の柔軟性にだって問題があるわけではないので、一度でも覚えてしまえばそれが足を引っ張る事はないだろう。
似たようなポイントで、早速先程リッセが見せた動作を模倣してそれを証明しつつ、ミーアはリッセに並び、後半戦を示す窓を抜け、無人の室内を踏むことなく奥の窓から再び外に出て、出た瞬間に建物の壁を強く蹴り、二十メートル下の梯子へと滑翔する。
そこでリッセを追い抜くことに成功するが、梯子から梯子への連続渡りで再び前に出られてしまった。
だが、こちらの動きにロスは何もなかった筈だ。つまりは不自然な結果。
「――ちっ、熱が入り過ぎたわね」
不機嫌そうなリッセの呟きに重なるように、耳障りな警告音が彼女が身に着けていたブレスレットから鳴りだした。その色も白から赤へと変色していき、最終的に渇いた血のような茶色になってしまう。
「こんな感じで、限度を超えた魔力を出すと反応する。音はすぐに止むけど、色は元に戻らない」
レースを中断し、梯子の上に腰を下ろしたリッセが言った。
そしてため息を一つついて、
「あたしも、魔力の精度に関しては誰にも負けない自信があるんだけどね。やっぱり身体強化の項目だけは苦手だわ。あの図体だけの莫迦ほどの適性はないって事なんだろうけど……その点あんたは見事なもんね。最初から最後まで上限一杯を寸分の狂いなく維持してた」
「期待は出来そうですか?」
自身に左手につけた真っ白なブレスレットを外しながら、ミーアは訪ねた。
正しい評価を求めるように、リッセを真っ直ぐに見据えながら答えを待つ。
「まあ、六対四ってところだな。もちろん、六はあんたじゃないけど」
「――む」
十二分な手応えがあった分不服ではあったが、それ以上にそこまでリッセが評価する相手の事が気になってきた。
幸いな事にまだ辞表は出していないし、接触する事はそう難しくないだろう。
それが楽観的な認識である事など、この時は知る由もなく、ミーアはその後の事を色々と考えつつ、夕刻になるまでリッセからパルに関する情報や技術などを要求して、彼女をうんざりさせたのちに、昼食と同じ量の夕食をカロリーを使った分今度は無理なく平らげて――
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




