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騎士団の英雄 01

 騎士団にはたった一人だけ英雄がいる。

 それは一度の敗北も知らない、まさに最強の存在だ。

 そいつを潰さない限り、騎士団が真の意味で壊死する事はない。


 ……そんな、馬鹿げた話をミーアが耳にしたのは、職場で辞表を書いている時の事だった。

 元々給与を得る以外に価値を持っていなかった場所だったので、転職を考えだしてから数日で新しい仕事を見つけて、本日無事にこの劣悪な職場ともお別れという流れだったのだが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。

 なにせ、その話をもって来たのがリッセ・ベルノーウだったからである。

「あれだけ侮辱の限りを尽くしていた貴女が言っても、なんの説得力もありませんが。……それで、わざわざこんなところにまでやって来て、用件はそれだけですか?」

「もちろん本題はこれからだ。仕事を辞めるつもりなら、その前に纏まった金は欲しいもんでしょう?」

 そう言って、リッセは辞表をとんとんと人差し指で叩きながら、悪戯っぽく微笑んだ。

 話の胡散臭さと断ると逆に面倒そうな感じが、実に最悪である。

「レニさまではなく、わざわざ私に持ち掛けてきた理由は何ですか?」

 ため息交じりに、ミーアは訪ねた。

 色々と気になる点は多いが、特に気になったのはそこだ。

「あいつはそこそこ有名人だからね。今回の件には合わないのよ」

(有名人だと、困る……?)

「なに、まだ判らないわけ? 相変わらず頭鈍いな。こっちとしては、結構親切に教えてやったつもりなんだけど?」

「そんなわけないでしょう。もちろん、判っていますよ」

 不機嫌そうに返しつつも、残念ながらまだわかっていなかったミーアは、慌てて彼女の言葉を思い返しつつ、推測を立てて、

「…………要は、賭け事でしょう?」

 と、やや気弱なトーンで答えた。

 大金が入って有名人が関わると困るということは、賭けられる側としての参加を求められているという事だ。つまりミーアという多くの人にとって無名もいいところの大穴を使って、大儲けをしようという魂胆なのである。多分、きっと、おそらく。

「へぇ」

「な、なんですか?」

「いや、正解だったから驚いただけさ。あんたは判んないと思ってたからね」

「――っ、貴女って本当に失礼な人ですね!」

「おかげで今日は美味い飯がただで食えるんだ。悪い事ばかりでもないだろ?」

「勝手に決めないでください。私は――」

「ちなみにレニは今日帰りが遅くなる。狩りの途中でグゥーエの奴に出くわして、あいつらの仕事を手伝う事になるからね。……で、どうする? 一人寂しく昼と夜を済ますのか、それともあたしの予想を裏切った報酬を堪能するか、今決めな」

「……」

 なんでそんな事を知っているのかという点は非常に気になるが、その情報が本当なら断る理由はあまりない。もちろん、素直に喜べるような話でもないのだが……でも、まあ、一人で食べるというのもあれだ。レニがいないのを噛みしめて寂しい気持ちになるのが判りきっているのである。それは、出来るだけ避けたい。

 だから、悩んだ末に、ミーアはちょっとした報復をもって、その提案を受け入れる事にし、

「ええ、わかりました。それでは、存分に甘えさせていただくことにしますね」

 と、優雅な微笑を湛えて席を立った。


       §


「……あんたって、そんな大食いだったのね。それは知らなかったわ。まあ、重たい財布がずいぶんと軽くなってくれたから、別にいいけど」

 積み重ねられた皿に視線を向けながら、頬杖をついていたリッセがやや不機嫌そうに呟いた。

 大金持ちの彼女にとっては大した痛手でもないのだろうけど、その顔を引きだす事が出来ただけでも十分満足である。

「降参ですか? 私はまだまだ物足りないのですが」

 実際のところは、これ以上胃に収まりそうにないのだが、涼しげな表情を保ちながらミーアは言ってみせた。

「わかったわかった。降参してやるわよ。これ以上食わせたら、あんた吐きそうだし。さすがに奢ったの吐かれたら、あたしもきついしね」

「そんな事するわけ――」

 と、そこでいきなり、対面に腰かけていたリッセの足(靴は脱いでいた)が、ミーアの腹部を小突いてきた。

 完璧な不意打ちだった事もあり、思わず「うっ」と呻いてしまう。

「吐くなよぉ」

(ほ、本当に、なんて人なんでしょう……!)

 逆流してきた諸々を、口元を押さえながら必死に堪えつつ、ミーアはリッセを睨めつける。

 それをニヤニヤとした笑顔で受け止めつつ、リッセは手にしていた酒を一気に嚥下し、小気味好い音を立ててグラスをテーブルに置いた。

「さて、それじゃあ和んだところで、具体的な話でもしましょうか?」

 どこに和む要素があったというのか、本気で問い詰めたいところだったが、今は無様を晒さないようにするのが最優先だ。

 そうして十秒ほどの時間をかけて危機を乗り切ったところで、リッセが言葉を続けた。

「あんた、パルって知ってる?」

「……いえ」

「まあ、そうだろうな。娯楽の類には今でも疎そうだし」

「それが判っているのなら、いちいち確認する必要もないと思いますが……それで、一体どのようなものなのですか?」

「下地区で発祥した競技で、目的地に先についた方が勝ちって言う、簡単に言ってしまえそれだけのやつよ。といっても、色々と条件はあるわけだけど――」

 そんな前ふりをしてから、リッセはそのパルというレースの説明を始めた。

 まず舞台となるのは下地区で、空を覆い隠すほどに高く聳えたった建物の群れを利用して、かなり立体的なコースとなっているらしい。

 次に試合の形式だが予選と本選で大きく異なっており、予選は最大三十人の脱落方式、そして本選は一対一のトーナメント式となっているとの事。

 基本的に月に一回行われているその大会の参加者は、大体三百名にものぼり、有名な選手にはスポンサーもついているようだ。要は、立派なプロスポーツという事である。

 ちなみにではあるが、アルドヴァニア帝国にも似たような競技は存在していたのだが、決定的に違う点が一つあって――

「行使できる魔力に上限を設ける、ですか?」

「そう、求めるのは性能じゃなくて技術ってわけ。それに、強めの制限かけないと客自体が限定されちゃうしね。なにしてるのかまったく認識できないような見世物なんて、誰も楽しめないだろう?」

「それは、確かにそうでしょうね」

 レニやラウの全速力を目で追える人間など、このトルフィネに百人も居ない事だろう。

「そんなわけで、性能だけの奴はお呼びじゃないのよ。それがあんたを選んだ理由」

「ですが、勝てる保証はありませんよ」

 といっても、負ける気もないというのが本心ではあった。

 身体の使い方という一点なら、オリジナルのレニよりも上である自負があるからだ。更に言えば、速度を求める事はその中でも最もミーアが得意としている事でもある。

 それはリッセも一度身をもって痛感しているのだから、判っているだろうに……

「賭け事に保証なんて要らないわよ。ただ勝つだけなら不正をすればいいだけだしな。あたしは、あんたが参加すれば面白そうだと思ったから誘ってるだけ。もちろん、負けても文句は言わない。他の出資者共も今回は勝つために色々な奴に声かけてるみたいだけど、それでも騎士団唯一の英雄が優勝候補の筆頭なのは変わりそうにないしね」

 淡々とした口調で、彼女はそう言った。

 かなりの性能差を覆してリッセと互角に殺し合ったミーアを前に、お前でも勝てないと断言したのだ。これには少しカチンときた。

「それほど飛びぬけているという事ですか? 魔法も禁止なのですよね?」

「あぁ、だからそいつは本当に身体の動かし方の差で勝ってきたってわけだ。同性能の相手たちにね。そして何よりも特別な価値を手にした」

 特別、という言葉に含みを持たせてリッセは言う。

 まるで、治癒師という在り方よりもお前の価値を示せるものはそれではないのかと、問いかけるように。

「……勝利した場合に、私が得られるものは何ですか?」

 感情を抑えた声で、ミーアは訪ねた。

「あたしが賭けた分の半分ってところでどうだ?」

「具体的には?」

「それはあんたの動きを見てから決める。大まかな流れも込みで、あたしが対戦してやるよ」

 そうして、ミーア・ルノーウェルはパルという競技の世界に足を踏み入れる事になったのだった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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