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 詰めの作業はリリカと二人で頑張った。

 話のテンポとか、映像の繋がりとか、ルハにとっては凄く苦手な事ばかりだったから、何度も「もういいや」って妥協しそうになったけれど、その度にみんなが協力してくれたんだからそれじゃあいけないと踏みとどまって、ようやく納得のいく形で完成した。

 そうしてリリカと共に最初の観客となって、通しで自分たちの映画を見て、濃密な四十分を過ごしたところで、ルハはため息をついた。

 そこに含まれていたのは、少しの落胆だ。

 当然と言えば当然だけど、作品の出来はあまり良くなかった。リッセの演技とか戦闘シーンとかは映画館で見たものよりもずっと凄いという感想を抱けたけれど、他は全部負けている。それが分不相応に悔しくて……でも、それ以上に達成感もあった。

 こんな自分でも、最後までやり遂げる事が出来るんだっていう自信も、少しだけついた。

 まあ、その自信がどの程度の強さを自分にくれるのかは判らないけれど――

「ねぇ、一つ訊いてもいいかな?」

 二人用のソファーの半分を占めていたリリカが、静かな調子で言った。

「なに?」

「どうして、映画を作ろうと思ったの?」

「それは、前に一緒に見た映画が凄く面白かったから。だから、ルハもやってみたいなって――」

「うん、それもあるとは思うけど、それだけじゃないような気もしたから」

「――」

 言われて、少し驚いた。

 事実だったからだ。でも、それを表に出した覚えは一度もなかった。自分ではそういうものだと受け入れていたつもりだったから、表にでる筈もないと思っていた。

「あ、もちろん、私の気のせいなだけかもしれないけど、なんだか不安で……」

 確証というほどのものはなかったのか、リリカは慌てたように言葉を続ける。

 ここで「大丈夫、気のせいだよ」と言って話を締めてしまうのが、きっと貴族としては正しいのだろう。

 けれど、自分の事をちゃんと見ていてくれた事が嬉しかったから、ルハはリリカの肩に頭を預けて、

「ルハね、婚約者が決まったんだ」

 と、それをしようと思った理由の一端を、寂しげな笑顔と共に口にした。

「映画を見る前の日にね、凄く偉い人の使いの人がやって来て、それで早く次を用意しろって」

「……それを、受け入れたの?」

「他に、生きていく方法もないからね。ルハはこれしかできないし」

 掌の上に、特定の魔力を閉じ込める事の出来る器を生成する。

 綺麗な宝石の形をしたそれは、ルハ・ララノイアが貴族である証明であり、唯一価値を示す事の出来るものだ。これがなければ、両親のいないルハが生活する事は叶わないだろう。好きな料理だってプロというほどの腕前はないし、そもそも料理が上手いだけでプロになれるわけでもないし、世間知らずの娘でもそれくらいの事はわかっている。

 貴族として生きていくしかない以上、貴族としての義務は果たさなければならないのだ。

 相手は商人らしい。歳の方は八十歳だったか。顔はまだ知らない。なんにしたって、ルハよりはずっと大人で、賢い人なのだと思う。オーウェが、ルハに全てを任せるという選択を取らなければならない程度には。

 だからこそ、きっと自分が今もっている自由が脅かされる恐れがあって、受動的なままではいけないという危機感が芽生えたのだ。

 まあ、それで映画を撮るというのも突拍子のない話だけど、簡単じゃない事をやり遂げる事で、そういう難しい事を前にしても抗える意志のようなものを、少しは養えるのではないかと考えたのである。……いや、或いは、今のうちに好きな事をやっておこうという考えを、無理矢理美化しただけなのかもしれないが。

 どちらにしても、今日中に編集を終える事が出来たのは幸いだった。

「その人とは、いつ会うの?」

「明日だよ。夜ご飯を一緒にするの。向こうの家で」

 出来るだけ平静にルハは答えてみせたが、本心は恐怖で一杯である。

 知らない人とちゃんとした食事をするのは怖い。作法とかそういうのは一応知ってはいるけれど、身についてはいないから、上手くやれる気がしないからだ。

 いくら慣れていても、蔑まれるのは嫌で――

「……ねぇ、リリカ、今日は一緒に寝てもいい?」

「うん、いいよ」

 と、リリカは酷く優しい口調で頷いてくれた。

「あは、やったの! リリカあったかいから好き!」

 ルハも殊更に明るく反応して、ぎゅっとリリカに抱きついて……でも、その日は願い虚しく、上手く眠る事が出来なかった。


       §


 翌日、目が覚めたのはお昼だった。

 隣で寝ていたリリカの姿はない、今日は平日なので、きっともう学校に行ってしまったんだろう。

 まあ、それはそうと、いつもならとっくにオーウェが起こしてくれている筈なのに、今日はどうしたんだろうか? 服とか化粧とか、作法の復習とか、仕事とか、色々とやらないといけない事があるのに、少しおかしい。

 それに不安を覚えて、

「オーウェ? いないの?」

 と、声を震わせながら部屋を出ると、ちょうど彼の姿を発見した。

「おはようございます、お嬢様」

 なんだか上機嫌な声。

 足取りも普段より軽い気がする。

(……オーウェもやっぱり、結婚して欲しいのかな、ルハに)

 ネガティブな思考が滲みだす。

 それをなんとか噛み殺しながら、ルハは訪ねた。

「今日の予定ってなんだっけ? まずは仕事? それとも夜の準備?」

「どちらもありません。元々今日は仕事をしないでいいように調整してきましたので、予定が潰れた以上、お休みです」

「潰れた、の?」

 寝耳に水とはこの事だ。

「はい、大変言いにくい事なのですが、婚約は破棄されました。昨日の夜、突然に」

 オーウェは少しだけ表情を曇らせて言った。

 これが寝起きでなく、もう少し心に余裕があったのなら、一種の皮肉だという事が判ったのかもしれないが、今は無理で、

「ルハ、もしかして、なにか悪い事した……?」

「……いいえ、悪い事をしたのは向こうです。お嬢様が気にするような事はなにもありません」

 それに気付いたオーウェは、微苦笑を浮かべながら穏やかな口調で言った。

「貴族に成れることで増長でもしたのか、トルフィネでも屈指の豪商として知られるダルマジェラという男と商売で揉めたようでしてね。しかも、それを排除しようと厄介な相手と交渉をして見事に失敗したらしく、この街にいられなくなったようですな。つまりは夜逃げです」

「よ、夜逃げ……それは、なんか凄いね。……ええと、それで、厄介な相手って誰だったの?」

「ラクウェリス様ですよ。まあ、厳密には違うのですが、婚約が完全に白紙になったのは彼女が原因という事になりますね。いやはや、無法の王と並ぶ最悪級の人災もたまには他人の役に立ったようですな。ああいう者達との繋がりというのはあまり持たない方がいいとは思いますが、今回だけは例外です。お嬢様に、結婚はまだ早い」

 最後の言葉に万感の思いを込めて、オーウェはそう呟き、

「贈られてきた口紅などは早速処分しようかと思いますが、よろしいですかな?」

 と、なんだか怖い笑顔で訪ねてきた。ルハにはそれが何故なのかもわからなかった。

 もちろん、判らなくてもいい事だから、オーウェは口にしなかったわけだが……要は、殺してやりたいほどにその相手の欲望と、そんな相手をあてがい、さらにはオーウェの行動にまで圧力を掛けてきていたある貴族が許せなかったのである。

 だが、そんな事をしたら、ルハの立場が危うい。

 だからこそ、こちらが一切関与しない他力本願こそが最善という酷い状況だったのだが、これは幸運というべきなのか人徳というべきなのか、全ての元凶はものの見事に失墜し影響力を失って、当面の厄介事は解決された。

 不思議な話だが、彼女が突拍子もなく無茶をする時、大抵事態は好転するのだ。

「え、ええと、物に罪はないと思うの。色可愛かったし。だから、これはリリカにあげるの! それがきっと一番良いの!」

 そう言って我儘姫は大事な友達が喜んでくれる姿を想像して、

「そうと決まれば、包みを買いに行くの。剥き出しのまま渡すのは失礼だしね。善は急げなの!」

 寝間着姿のままに、外へと飛び出した。

 重たかった気分はもうどこにもなく、歴戦の騎士すらも吃驚するくらいに軽やかな足取りで――

「――お、お嬢様、それは急ぎ過ぎです! せめて靴は履いてください!」

 あっけにとられていた執事は、慌てて彼女のあとを追い駆けたのだった。





これにて『我儘姫に付き合って』は完結となります。

次回は七~十日後に投稿予定です。少し間が空いてしまいますが、よろしければまた読んでやってください。

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