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 最後にヒロインである姫との脚本には載ってなかったシーンを撮り終えて、無事に撮影は終了した。

 長いようで短かったというべきか、短いようで長かったというべきか、少し迷うところだけど、結果としては『大変』よりも『楽しい』が勝った十四日間だったと思う。

 まあ、それは俺だけで、他の人たちがどうかは判らないし、特に不貞腐れた様子のリッセなんかは最後の最後で大きな不満を残したようだけど、だからと言って彼女の期待通りの反応をこちらがしてやる義理はない。

「……だから、露骨にため息をつくのは止めてほしいんだけどね」

 打ち上げ会場となったルハの屋敷のラウンジのソファーの隅で、左の太腿の上に右足を乗せて頬杖をつくリッセに、俺は苦笑気味に言った。

 ちなみにヴァネッサさんやラクウェリスは参加していない。どちらも撮影現場にはいたし、ラクウェリスはかなり乗り気だったのだけど、ヴァネッサさんがそんな彼女をどこかに誘って、打ち上げの参加を封じたのだ。

 多分、こちらに気を遣ってくれたんだろう。或いはこの件とは無関係な悪巧みをしている可能性もあるが、なんにしたって今はどうでもいい事だ。

「……というか、あんたってああいうの慣れてるわけ? それとも想定してたのか」

 目の前のテーブルに置かれていたお酒をちまちまと半分ほど飲んだところで、リッセが口を開いた。

「ある程度はね」

 映画の最後でヒロインと主人公がキスをして終わるというのは、テンプレートのようなものだ。

 両者の関係の一つのゴールとして非常に判りやすいし、リリカがこういう事に興味があるのは見ていて感じていたので、サービスも兼ねてリッセがその展開を許可しつつ、かわりにこちらに伝えないように仕向けていたとしても、なんら不思議はない。

 もちろん、それ以上にそういう事への免疫があまりないミーアを動揺させる為というか、彼女の精神を振り回して醜態を眺めてやろうという悪趣味が、行動原理にはあったのかもしれないけれど……いや、もしかすると、俺の反応を探るためにやったという説もありえるのか。

 要は中身の確認だ。この身体の中にある人格が、男なのか女なのかを見極めようとした。

 正直、リッセには俺の事情がある程度把握されている可能性があるので、それは十分考えられるだろう。

 そういう意味でも、今回の対応は間違いではなかったと思いたいところだけど――

「……それってさ、両方に対して言ってるって事でいいのよね? じゃなきゃ、来るのが判ってたってあんな冷静でいられるわけないだろうし」

 どうしてか、難しい表情を浮かべながら、やや硬い口調でリッセが確認してきた。

 そういえば仕掛けてきた側のリッセの方が、あの時は少し緊張しているような面持ちだったのを思い出す。

 こちらとしては後者に対する回答でしかなかったのだが……うん、前者にも問題なく当て嵌める事は出来るか。

「そうだね、一時期は日常的にしてた事でもあるし」

「――」

 ぴくりと、リッセの右手が微動した。

 なかなかに驚いてくれたようだ。

「その反応からして、リッセはそうでもないみたいだね。意外というか、なんというか」

 涼しげな表情をこしらえつつ、俺はそう零してみる。

 ちなみに、俺が日常的にそういう事をしていた相手というのは、言わずもがなの母である。小学二年生くらいの時の話だ。再婚する前、上機嫌に酔った時の母はキス魔で、頬やオデコだけじゃなくて、唇にもよくキスをしてきていた。おかげで口紅の味はよく知っているし、不意打ちにも慣れていたというわけである。

「……あたしと釣り合う男が少ないんだから、仕方がないだろう?」

 結構気にしているのか、リッセはそっぽを向きながら吐き捨てた。

 それが妙に子供っぽかったので、思わず口元が緩んでしまう。

「余裕ぶりやがって。ムカつくな」

「そういうリッセは余裕なさそうだね。珍しい」

 そう返して、俺もテーブルに置かれている飲み物に手を伸ばした。

「この場にミーアの奴がいたら、どんな反応しただろうな?」

 そこに最大限の報復を見たのか、リッセが投げやり気味に言ってくる。

 今ここには俺とリッセの二人しかなかった。オーウェさんとリリカはお菓子の類の買い出しに行っていて、ルハはこちらに振る舞う料理の準備に勤しんでおり、そしてミーアはそんな家主から色々と料理の知恵を学ぼうと台所に同行していたからだ。

「リッセ以上に驚いたかもね。でも、ずっと子供の時の話だし、説明すればそれで終わりなきもするけど……なに? もしかして大人の頃の話だと思ってた?」

「……ほんと、むかつく」

「ふふ」

 見事に勘違いさせて、恥ずかしさからか顔を少し赤らめたリッセを拝むことも出来た事だし、先程の不意打ちのお返しはこれくらいで十分だろう。これ以上は、さすがに後が怖いし。

「……でも、これで本当に終わりか。どんな感じの映画になるんだろうね」

 空にしたグラスをテーブルに戻しながら呟く。

「そこは監督の編集と音付け次第だろうな。もちろん、多少はあたしも口を出すから、目も当てられないような作品にはさせないけど」

「そっちは本当に最後まで付き合うわけだ」

「当然だろう? 最後まで愉しまないと損だしね」

 リッセがそう言ったところで、ドアが開かれてオーウェさんとリリカが帰って来た。

「ただいま戻りました。どうやらまだ料理は用意できていないようですね。売り切れにあって少し遅くなってしまいましたが、何とか間に合ったようで――」

「用意が出来たの! 完璧な出来なの!」

 オーウェさんの言葉を遮って、台所に続くドアをルハが勢いよく開けて姿をみせる。

 その後ろには、両手にお皿をのせたミーアがいた。前菜は定番のスープのようだ。

「しかし、本当にここで食べるのですか? 向こうの食卓ではなく」

 先日はなかった、部屋の中央を陣取る大きな丸テーブルにお皿を置きながらミーアが言う。

「打ち上げというのは、くだけた感じにするものだから、むしろ行儀悪くするべきなの!」

 一体誰がそんな事を教えたのかは知らないが、本人は非常にウキウキした様子だ。きっと、それも楽しみの一つだったんだろう。

「それじゃあ、食べる前に乾杯と行きましょうか? ほらほらそこの手伝い、あたしにお酒を注ぎなさい。乾杯できないだろう?」

 と、リッセが空のグラスを揺らしてミーアに催促する。

「別に空でもいいでしょう? よく分からない理屈ですね」

 ため息を零しながらも、ここで拒んでも乾杯が長引くだけだし、これ以上水を差すのも野暮だと思ったのかそう答えて、ミーアはテーブルに置かれていたボトルを手に取った。

 そしてリッセより先に空だったグラスにお酒を注いで、それをオーウェさんに手渡し、次いでジュースを空のグラスに注いでいき、俺とルハとリリカに手渡す。

「これで全員に行き届きましたね」

 そこで、ミーアはちらりとルハに視線を送った。

 その視線に正しく応えるように、

「え、ええと、それじゃあ、無事に撮影が終わった事を祝して、みなさん乾杯なの!」

 と、ルハは溌剌とした調子で言って、

「「乾杯!」」

 この場にいるみんなの声と共に、グラス同士が軽くぶつかる鈴のように心地の良い音が響き渡った。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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