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「私はまだ、負けろとは命令していなかったと思うが……まあ、余計な手間が省けたという事にしておこうか」

 感情が漂白されたような何一つ色のない貌と、それ以上に無機質な声で呟いてから、ヴァネッサはしっとりとした微笑を浮かべて、ルハに視線を戻した。

「側近は主人公である騎士と彼の味方をした者たちに破れ、騎士団長は料理人の横槍によって口封じをする事も出来ずにただ逃げるしか道がなかった。或いは、料理人が逃げるという選択すら許さずに、騎士団長をここで退場させるという手もあるが、そのあたりはどう考えているのかな?」

「料理人は深追いしないの! 本音を言うと、その後の事までは考えていないの!」

「……ルハ、君は本当に素直だね。少し羨ましいよ」

 最後の呟きには、ほんの少しの寂寥が窺えたけれど、きっとそれはただのポーズなのだろう。或いは、見せているものすべてがそうなのかもしれない。

 そう感じてしまうのは、彼女の感情があまりにぶつ切りに見えるからか。

「ゼベ、もう終わりだ。抵抗は望んでいない。そのまま大人しくしていなさい」

 事務的な口調を並べながら、ヴァネッサがゼベの元に向かっていく。

 それに合わせるように、ずっとレニの方を見ていたリッセが、こちらにやって来て、

「で、結局どういう話になったわけ? この場面は」

 と、訊いてきた。

 まさか、こちらのやりとりを把握していなかったわけでもないだろうに――

「別の事を優先してたからね。あんただって、こっちの状況を気にしてなかったでしょう? あんなに愉快なやりとりをしてたっていうのにさ」

(愉快?)

 そういえば、戦闘の音は聞こえていたが会話の類は一切聞こえてこなかった。

 戦っている最中に話す事など、そうそうあるものではないので特に気にもしなかったが、どうやらラウが音の魔法でこちらに届く音を厳選していたようだ。より正確に言えば、ラウの魔法が宿ったなにかしらの道具によって、その状況が作りだされていたと見るべきか。

 まあ、いずれにしても、言葉を武器にレニはゼベに勝利したという事なのだろう。

 正直、負けはないが勝ちもないと踏んでいた身としては驚くべき結果ではあるし、その内容も非常に気になるが、素直に教えてとリッセに乞うのも気に入らないし、あとで当人に訊けばいいだけなのだから、ここでそれを求める必要はない。

 それよりも、ヴァネッサの引き際の良さが、まだ引っ掛かっていた。

 リッセなら、その理由が判るのではないだろうか。

「……少し、いいですか?」

 変化した物語の流れをリリカとルハが話し終えたところで、ミーアは彼等から少し離れた位置に移動して、そこに彼女を呼んだ。

「なんだ? 思ったより揉めなかったのが残念だったか?」

「やはり、貴女には理解出来ているようですね」

「普通に考えればわかる事だと思うけどね」そう言って、リッセは壁に背中を預けた。「なんというか、どいつもこいつもヴァネッサの奴を複雑に見る。これは仕事じゃなくて、ただ遊びで、あいつは見た目通りの女でもあるっていうのに」

「出来れば、判るように説明して欲しいのですが」

「十分判りやすいだろう? 少なくとも、レニならこれで問題なかったと思うけどね」

 不快な切り返しだ。指摘としても実に的確で、思わず落ち込んでしまいそうになる。

「私は、そういうのにあまり敏くはないんです」

「あぁ、よく知ってる」

 つまらなそうにリッセは言う。

 こういうところは本当に性悪である。でも、

「この遊びの主役が最後の最後まで脇に突っ立ってるってのもおかしな話でしょう? あたしもあいつも気紛れな乱入者ではあるけど、ぶち壊す事を目的にしてるわけじゃない」

 と、ちゃんと捕捉を入れてくれる辺り、徹頭徹尾というわけではないのだ。そして、その言葉もおそらく嘘ではないのだろう。だからこそ、最後の最後で二人が主導権を握り返すという流れになった。

「……もう既に、ずいぶんとおかしな事になっていると思いますけどね」

「他人と一緒になにかをするってのは、そもそもそういう事だろう? 自分の思い通りにだけ話を進めたいなら、周りを奴隷で固めるか一人でやればいい。それに、あいつ自身、嫌がってたわけでもないようだしね。気にするような事でもない」

 たしかに、ルハは流される事に不満を抱いているようには見えなかった。むしろ、それを楽しもうとしていたようにも思える。

「でしたら、不自然過ぎる流れは止めるべきだったのでは?」

「かもね、でも、料理人が出てきたなら仕方がないだろう?」

「?」

 また、よく判らない言葉が返ってきた。

 そんなミーアに呆れるように、リッセはワザとらしいため息をついて、

「お前、元は貴族なんじゃないの? だったら、それくらい想像出来ると思うんだけど?」

「…………あぁ」

 そう言われて、ようやく気付いた。

 基本的に、貴族の未来に選択肢はない。

 ルハは料理が好きで、料理が上手くて、きっと料理人になりたいという願望をもっているんだろうけど、それが現実で叶う事はけしてないのだ。

 何故なら彼等は都市の歯車。当然、歯車が自分の都合でその役割から降りる事など許されはしない。そんな横暴がまかり通るのは、法と対等に渡り合えるだけの埒外の力をもった者だけだ。ルハにその資格はない。

(……他の人生を夢見る行為、か)

 それは愚かで弱い、逃避の一種といえるだろう。

 けれど、自分も昔似たような夢想をした事があったから、間違っても否定する事なんて出来ない。そしてそれは、理知的な大人の女性だって同じだろう。

 見た目通りとは、つまりそういう事だ。

 幼さの拭えない少女のささやかな願望を、ヴァネッサは侮蔑するのではなく尊重したのである。まるで、その弱さを慈しむように。もしくは、強い意志をもって現実に一石を投じる事を求めるように。

「それより、いつまでもあたしと喋ってていいのか? あんたの同僚、重傷者だらけよ?」

 レニの傍でぐったりしている騎士たちに視線を向けて、リッセが言った。

「そうですね。かすり傷であっても、傷を放置するのは良くありませんし、すぐに治療にあたる事にします」

「いや、レニより先に治してやれよ。一応あいつら功労者なんだし」

「元は自業自得の足手纏いでしょう? せいぜいレニさまに感謝しながら、痛みを噛みしめていればいい。死ぬほどの怪我人も居ない事ですしね」

 きっぱりとそう言いきって、ミーアはレニの元に向かって歩き出した。

 彼女の勝利と、莫迦な同僚たちを見捨てなかった事への感謝を、どう言葉にしようかと考えながら。

 同時に、生きるのに特に必要もない夢というものを、今の自分には持つ権利があるのだという事実を、少しだけ噛みしめながら。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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