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新年、あけましておめでとうございます。

「騎士団長は卑劣な人間です。だから、部下を信じてなんていないと思うんです」

 と、やや強い口調で、リリカが口を開いた。

 その表情はかなり強張っている。つまり、これがただの言葉遊びでない事を、聡い彼女はよく理解しているという事だ。

 ひとまず、その期待通りの事実にほっとしつつ、隣にトコトコとやってきたルハの扱いを考える。

 状況を説明したとして、果たして彼女に何が出来るのか?

 感情のままに「それはダメなの!」という言葉が飛び出てくるのは想像に容易いが、そこにはなんの強制力もない。下手をすれば、ヴァネッサの機嫌を損ねるだけだろう。

 現状、多くの決定権が彼女にある。忌々しい話だが、今のミーアの力ではそれを覆す事は出来ないし、オーウェもまた同様だろう。

 彼もこのタイミングで魔法陣の存在に気付いたようだが、レニに助太刀をすればほぼ間違いなくヴァネッサが牙をむいてくる。

 直接彼女が戦っているところを見た事はないが、佇まい一つ、魔力の流れ一つを見るだけでも、オーウェより格上なのは明白だ。

 ということは、やはり彼女の用意した戯れの中に活路を見出すしかないという事。

 でもそれは、ミーアにとってはまさに鬼門といってもいい難題だった。創作なんてもの、彼女の人生にはまるで無縁だったからだ。

(……こういう時は、嫌でも未練が滲む)

 核さえ失っていなかったら、問答無用で目の前の女を処分する事が出来たというのに、と自身の無力さを嘆きたくなる。

 が、嘆いても事態が好転するわけもないので、足りない技能をフル活用して、ついでに自分よりも適性の高そうなリリカの手助けをするのが、今の自分の最善なのだろう。

 そんな事を考えながら、

「きっと、少しでも不利になれば口封じをする。側近という事はそれだけ秘密を持っている可能性が高いですから、それが出来る仕掛けを常に用意してるんだと思います」

 と、数秒ほどの間を持ってから放たされたリリカの続きの言葉と、ヴァネッサの反応に意識を傾ける。

「……つまり、初めから側近は見捨てる算段で、この場にいる全ての人間を皆殺しにする手段を取るつもりだったという事かな? それこそ側近を爆弾にでも仕立てて」

 くすくす、と可笑しそうにヴァネッサは微笑んだ。

 現実に仕掛けられているのは魔法陣だが、やろうとしている事はどちらも同じようなものだ。そのリンクが愉快だったという事なのか、それともただのポーズとしての微笑なのか、この女の本質は未だによく分からないが――

「そうですね。それが一番らしい流れなのかもしれません」

 苦笑気味にリリカは頷いてから、

「出来たら、の話ですけど」

 と、含みを持たせた声色で、そう続けた。

「不可能な理由があると?」

「少なくとも爆弾は無理です。この時代に時限式の魔法はまだ確立されていませんから」

「……そう、勉強をしたんだね。なかなか説得力のある理由だ。では、彼等が戦っている隙に、全員を巻き込めるだけの魔力を練り込んで、一網打尽にするのが騎士団長としては理想の展開といったところかな」

「それも難しいと思います」

「何故?」

「だって、騎士団長は側近の人と一緒に戦わなかったから。それだけ強い力をもっているのなら、そうするべきなのにそうしなかったから。だから、出来なかったんだって、色眼鏡抜きで見てる人は考えると思います」

「……」

 鋭利に、ヴァネッサの視線が絞られる。

 悪役の役割という作り手の都合をもって用意した展開に、理由を持たせた形だ。逆手に取ったと言ってもいい。それを、そんなのは関係ないと覆す事は、これまでの流れからして難しいだろう。

 なにせ、歪みに歪んだこの物語の道筋は、すべからくそういった登場人物の思考や心情を口実に出来上がってきたからだ。

「なるほど、たしかにそうだね。騎士団長だからこそ強くなければならないという事はない。幸か不幸か私が魔法を揮う機会はまだなかった事だし、指揮者に必要なのは腕っぷしではないしね」

「はい。だから、騎士団長は他の騎士たちもけしかけて、自分が逃げる時間を用意したんです。一対一では主人公に勝てるかどうかわからない側近だけど、不確定要素が絡めばもしかしたら上手くいくかもしれませんし、そういう期待も込みで」

「声が、少し興奮で上擦っているよ。たった今閃いたといったところかな」

 見透かすように、ヴァネッサが言った。

 事実だったことを物語るように、リリカが視線を僅かに逸らす。

「別に責めているわけではないよ。殊更に無理な補強というわけでもないしね。ただ、そうなると、騎士団長は結果が判るまで離れる事が出来ないと思うんだが、そのあたりはどう考えているのかな? 予め時間を決めていて、その時間まで待つつもりだった? 或いは、騎士の生死など今はどうでもよくて、安全な場所に逃げたあとで問答無用に部下を黙らせるだけでいいと考えていたか」

「そ、そうですね、きっとそう――」

「それは不自然な話だ」

 リリカの言葉を遮って、ヴァネッサはぴしゃりと言い放った。

「他人を信用しない人間というのはね、自らの判断すら信用できない者の事を指す。信用するという行為もまた、選択の一つだからだね。事実、彼は他者に秘密を握らせておきながら、その相手を口封じするという安易に手を出した。初めからそのつもりだったという事はないだろう。でなければ秘密など握らせない。口封じなど必要ない。彼は信じようとして、だが疑心暗鬼にかられて裏切った。自分の判断と心中できなかったというわけだ。つまり、彼はそういう人種だという事。当然、そんな人物が結果を見ずして離れる事など怖くて出来ないし、一つの手だけに賭ける事も出来はしない。……私が騎士団長なら、広範囲を殲滅できる魔法をもった誰かを、揃えているだろうね」

「どうしても、その流れにしたいようですね。ですが、主人公である騎士の来訪は突然だったはずです。仮にある程度予想出来ていたとしても、正確な時間までは計れない筈」

 相手の人生観の見える重い言葉だったからか気圧されてしまったリリカに変わって、刺すような口調でミーアは言った。

「そして、そこまでの罪を引き受ける誰かが、騎士団の人間である可能性は低い。順当に考えれば、殺し屋の類でしょう。常に傍に置いておく事は出来ない。連絡を取る必要がありますし、やって来るまでの時間もあります」

「その猶予の間に、なにかが起きると?」

「ええ」

 と、しれっと断言しつつも、そのなにかについては特に何も考えてはいない。

 だから、この後の事はリリカ任せだ。或いはこういう事には滅法強そうなリッセ・ベルノーウに任せてもいいのかもしれないが……

(……本当に、まだ気付いていないの?)

 彼女は、まるでこちらに興味などないとばかりに、レニとゼベの進展のない不毛な戦いに眼を向けていた。ある種、弛緩すら生じだしていた戦いに。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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