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リッセが勝てば既定路線。
ミーアが勝てば、おそらく第一王女がヒロインにチェンジ。
そしてオーレリアンレルが勝てば、姫と騎士の物語という形は完全に崩壊し、現状のシナリオには一切存在していなかった女王が騎士の相手役になりそうな、この傍迷惑な勝負の初陣を飾ったのは、どうせなら自分もやってみたいと手をあげたルハだった。
主催者である自分が蚊帳の外にいる状況を嫌ってか、言葉通り興味に駆られてかは不明だけど、今更一人増えたところでどうという事はないし、他の面々も一番手は嫌だったんだろう。どんな感じになるのかの様子見として、それは快く許可されて、
「ではでは、よろしくお願いしますなの!」
という元気のいい挨拶と共に、ルハはいきなり俺に抱きついてきた。
華奢な身体と、仄かな熱が服越しに伝わってくる。
「騎士さま、貴方が好きなの! 大好きなの!」
告白も直球だ。
でも、そこには恥じらいもなければ色気もなく(あっても困るけど)、挨拶のトーンとまったく変わらない元気な感じで、俺の中でこれといった感情の動きが発生する事はなかった。
そもそも、この子にはこれまでに何度も抱きつかれているというか、しがみつかれているので、もうその手の行動自体に驚きがないのである。最悪、押し倒されたとしても勢い余って突っ込んできたなぁ、くらいで流せてしまうというか。
「だから、ええと、私は、貴女の為に料理とかお菓子とか、いっぱい作ってあげたいな! ……あ、ちなみにルハは料理人の役で、レニは常連さんだからね。いつも美味しそうに食べてくれるところに、心惹かれたの」
「あ、そうなんだ」
今知った設定である。
それを元に、気の利いた台詞を返してこいという事らしい。なかなかにハードルの高い要求だが……まあ、騎士もヒロインの事が好きという前提のシーンだろうし、
「ありがとう、とても嬉しい」
と、当たり障りのない言葉を返しつつ、とりあえず抱きしめ返しておく事にする。
その後の展開は考えていない。ここで終わってもいいし続けてもいいし、それはルハ次第だ。
「……」
「……」
しばしの沈黙が過ぎる。
周囲の視線がそろそろ痛くなってきた。
それに耐えかねて身体を離そうとしたところで、くぅぅぅ、という可愛らしい音がルハのお腹から響く。
「料理の事考えてたら、お腹が空いたの。――あ、そうだ! せっかくだから今日はみんなを夕食に招待するの。だから、なにが食べたいのか、今訊いておくね」
まったくもって、マイペース極まりない発言。
形ばかりとはいえ、こういう状況の中にいて色気よりも食い気というのは、どこまでも微笑ましいというか、なんというか……。
「じゃあ、あっさり系で」
苦笑気味に、俺はそう答えた。
「判ったの。野菜を使ったスープとかがいいよね? 最近色々試してるからちょうどいいの。――あ、ええと、とにかくそういうわけだから、これからも末永くお願いしますなの。以上なの!」
途中で思い出したのか、慌てて役に戻りそう締めくくって、ルハはこちらから身体を離した。
そして、やりきったような満足げな表情で訪ねてくる。
「どうだったかな? レニ、ドキドキした?」
「うん、すごく和んだ」
それは疑いようがない事実だった。
いっそ、もうこの子がヒロインでいいんじゃないかという思いで一杯である。少なくとも、他の面々よりは絶対に平和なストーリーになりそうだったし、
「ふふ、私は彼女に一票入れるとしようかな」
と、ヴァネッサさんにも好感触だったようなので、俺も票を入れた場合、その可能性はかなり高くなりそうだった。
ちなみに、この決定戦の勝敗はヒロイン候補以外の支持によって決まる事になったんだけど、その票を持っているのは俺とヴァネッサさんの他に、リリカ、オーウェさん、騎士団長、ドルノさんの四人。
リリカは多分リッセを推す筈だ。脚本の事を考えればそれが妥当。……いや、でも、この状況を生んだ一因でもあるので、最悪オーレリアンレルに入れる可能性がないともいえない。
オーウェさんはルハにつくと思いたいけど、彼女が名乗り出た時の反応が少し妙だったので別の誰かに流れそうではある。
騎士団長は、演者への感情で選んできた場合はミーアが濃厚といったところ。
ドルノさんは置かれている立場的にリッセに入れそうだったけど、別段リッセはそういう勝ち方を望んでいないみたいで、始める前に「一番見たいと思った(上手いではない)組み合わせを選べ」と告げていて、その言いつけをまっとうするなら一番誰を選ぶのかが判らない人とも言えた。
「では、次は誰がやる? 立候補がないのなら、私が独断で――」
「もちろん、私がやるわぁ」
ヴァネッサさんの言葉を遮って、オーレリアンレルが腐りかけの果実のように不快な甘さを孕んだ微笑を浮かべ、俺に方に歩み寄ってくる。
「……先に言っておきますけど、変な事をしてきたら斬りますので、そのつもりで」
「つまりは修羅場が良いという事ね。ええ、わかった。愉しみにしてる。――ふふ、冗談よぉ。心配しなくても、ちゃんとやるわぁ。ちゃんと、その前の段階で貴女を籠絡してあげる。そっちの方が面白いものねぇ」
その言葉が事実である事を願いつつ、気持ち悪い好意に辟易しつつ、俺は短く息を吐いてから言った。
「時間はルハと同じでお願いしますね。彼女はそれだけの時間で十分に、騎士の心を掴んだわけですから」
「ええ、構わないわぁ。私もそれで十分だもの。……でも、その前に設定の説明をさせてもらってもいいかしら?」
「どうぞ」
「私は夫を殺した王妃。貴女はそれを目撃した騎士。もちろん王妃に好意を持った騎士よ。でも、王への忠誠も誓っていた。そんな彼に、いずれ女王になる王妃は共犯関係を求めるの。どう? なかなか面白そうでしょう? 騎士が提案に乗るかどうかは、貴女が決めていいわ。私の演技に触れてから、決めていい」
大した自信だ。
でも、確かにちょっと気になる導入ではあるし、そういう役なら彼女は適任のように思えた。
なにより、そのシチュエーションであるのなら、こちらが彼女に抱いている嫌悪感すらも騎士の中にあってしかるべきものになる。つまり、票をもっている人達に、それが迫真の演技として映る恐れがあるのだ。
これは侮れない。下手をすると彼女が勝つ可能性が出てきた。想像するだけで背筋が凍えそうだ。
その弱気を嗅ぎ取ったのか、彼女は優艶に微笑み、
「あぁ、見てしまったのね。私の罪を」
と、微かに濡れた声を響かせた。
次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




