表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/59

11

「あぁ、そうだ、まだ自己紹介をしていなかったのよねぇ」

 屋敷の中に入り、エントランスの中央に立った彼女は、そこでこちらに振り返り、先日よりは短いドレスの裾を両手で摘まんで優雅な一礼を見せた。

「私はラクウェリス・オーレリアンレル。この都市で最も自由で聡明な淑女よ」

 過剰な色気を帯びた声。

 微かに潤んだ瞳。

 そして毒々しいまでの香水の匂い。

 あげく、身に纏うドレスは露出狂めいていて、とにかく趣味が悪い。まあ、それは先日の通りなので、むしろお供がいない分、マシだとすら思える心構えが出来ていたが……

「無責任で無意味な知識だけ豊富な淫売の間違いだろう? 貴族の恥晒しが」

 嫌悪を露わに、ドルノさんが吐き捨てた。

 驚くべきことに、彼女は貴族だったらしい。

「開口一番酷いわねぇ。私、貴方になにか酷い事でもしたかしら? おかしいわねぇ、覚えがないわ。娘を殺すなんて面白い事をした貴族の事なんだから、他の有象無象よりは覚えがいいはずなのに」

 口元に人差し指を押し当てて、その垂れ目を微かに細めて、彼女は眉を顰める。

 なにが酷いかって、その言葉のどこにも悪意や皮肉がないところだろうか。元の悪印象からくる受け取り方でしかないのかもしれないけれど、彼女は本気で覚えがないという点だけに悩んでいるようだった。

「まあいいわ。今貴方なんかに価値は無いし。それよりも、私がこうして名乗ったのだから、貴女も私に自己紹介をするべきだと思わない? より良き関係の第一歩として」

 ドルノさんに向けていた視線をこちらに戻し、オーレリアンレルさんは言った。

「その必要はないと思いますが」

「そう? それはそれで嬉しいわね。私も前置きはあまり好きじゃないから。それじゃあ、さっそくこんな辛気臭い場所で時間を浪費するのは止めて、遊びに行きましょうか。いい服屋を見つけたの。貴女に似合うものがたくさんあったのよ、可愛いお人形さん」

 人の話を聞く耳はやはり持たないのか、こちらの拒絶を歯牙にもかけず、その手を俺の手首に向かって伸ばしてくる。

 が、それが届く事はなかった。

 ばちん、という音共に、ミーアが払いのけたからだ。

「どなたか知りませんが、不愉快です。自分の都合だけを押し付ける、その手の我儘が許されるのは、ルハさんのような可愛げのある子供だけですよ?」

 冷ややかな横顔には、明確な嫌悪が滲んでいる。

 それに対し、オーレリアンレルさんはきょとんとした表情を浮かべてから、

「なるほど、貴女、レニの事が好きなのね」

 と、とんでもない爆弾を放り投げてきた。

 思わず、ぴくっと身体が震える。呼吸を止めて、ミーアの反応を注視してしまう。

 幸い、ミーアはそんな俺の動揺には気付いていなかったみたいだけど、

「それがなにか?」

 と、何一つ感情の乱れなくそう言い切って、より一層に落ち着かない気持ちをこちらに提供してくれた。

 嬉しいは嬉しいけれど、素直に喜ぶには自然すぎる好意とでもいうのか…………ほんと、この感情は面倒くさくて、煩わしくて、扱いに困って仕方がない。

 というか、もうこれ以上余計な事を言わないで貰いたいのだけど、なにか妙案を思いついたように、にやりと笑ったオーレリアンレルさんを見るに、そうもいかないようで、

「いいわぁ、混ぜてあげる。よく見たら、貴女も実に凛々しくて可愛らしい容貌をしているし。なにより処女の匂いがするし。その花が散る時に、どんな顔をするのか、ふふ、想像するとゾクゾクしてきたわぁ。これは決まりね」

「――」

 ミーアの表情が凍りついた。

 おそらく、彼女の人生において、こういう手合いに遭遇したのはこれが初めてだったんだろう。

「……なるほど、たしかにこれは貴族の恥ですね。何故他の貴族たちはこのような汚物をまだ生かしているのですか?」

 数秒の間を置いたのち、鋭利に目を細めたミーアは、底冷えするほどに冷たい声で、そう吐き捨てた。

 怖いくらいに据わった目は、もう完全に目の前の相手を人間として見ていないのが判る。

 まあ、それには俺も同感なので特に言う事もないが――

「それはもちろん、私に価値があるからよ。なによりも特別な力という価値が」

「――っ!?」

 全身が総毛立つほどの魔力が、一瞬で屋敷の中に溢れかえった。

 いきなり水底に沈められたような圧迫感。

 性格の異常さだけに警戒していたけれど、この魔力はラウにも匹敵するほどで、魔力に乏しいミーアの顔が苦痛に歪む。

「あぁ、ごめんなさい。か弱い子には過ぎた力だったわね。抑えるだけなら得意なんだけど、加減っていうのがどうにもね。私って中途半端が嫌いだから。――あぁ、でもいい表情。やっぱり綺麗な顔は歪んだ時こそ何よりも愛おしい。それこそ、脳が痺れるくらいに」

 鋭い犬歯を見せびらかすように嗤いながら、オーレリアンレルさんが舌舐めずりをする。

 攻撃的な気配。

 ミーアに危害を加えるつもりなのか。――だとしたら、こちらも容赦をするつもりはない。

 この女に対する最低限の敬意も、今潰えた。

 俺は右手に魔力を込めて、いつでも対処できるよう臨戦態勢に入る。

「あら? あらあらあら、もしかして私、敵視されているのかしら? あぁ、でも、躾は早いうちにした方がいいと言うし、それもありよね。ありだわ、あり。ふふふ」

 それに気付いたオーレリアンレルが、いっそう楽しそうな笑みを浮かべて、より強い魔力を周囲に撒き散らし――

「――ふぁ? ぶっ!?」

 べちっ、という打音の前後で、奇声を漏らした。

 真後ろから鞭のように飛んできた黒い紐が、一回転分この女の顔に撒きついてから、痛烈に鼻っ面に直撃したのだ。

「少し、リッセに気を遣い過ぎたようだね」

 ぽつりとヴァネッサさんが呟く。

 その声を掻き消すように、

「……騎士を前に、一般人への脅迫行為がまかり通るとは思うなよ?」

 俺が具現化した紐をもってオーレリアンレルに一撃を入れたノーフェさんが、低く重たい声を響かせた。

 リッセの方はまだ気絶したままだ。拘束が解れた結果、再び地面に突っ伏する形となっていた。

 それは、今の状況では幸いな事なのかもしれないが、それでも波乱はまだ続きそうで――

「あ、あの、みんな揃ったから、そろそろ撮影始めたいなって、ルハは思うんだけど……」

 さすがに不味いと思ったのか、この状況を生んだ責任を感じてか、ルハがか細い声で仲裁に出た。

 けれど、本気で緊迫した場面を前に、そんなものが届くとは到底思えなくて――

「そうだね。そうするとしようか。結果の判りきっている見世物に価値などないしね」

 いや、そんな事もなく、ヴァネッサさんがそれを拾い、朗々とした声を響かせた。

 二人の視線が彼女に流れる。

「ヴァネッサ・ガルドアンク……!?」

「……あら、あらあら、嫌な女がいるわぁ」

 二人して、今彼女の存在に気付いたのか、各々マイナスの反応を見せる。

 それらを涼しげに受け止めつつ、

「あいも変わらず視野の狭い事だな。まあ、こちらにとっては微笑ましい話ではあるが。――ところでラクウェリス、君はそんな事に労力を費やして、この好機を無駄にしてしまってもいいのか?」

「好機?」

「君も、撮影絡みで此処に来たのだろう?」

「ええ、そうよぉ、ルハちゃんが面白い事をしているって聞いたから」

「出来損ない同士、仲のいい事だな」

 嫌悪を露わにノーフェさんが水を差して、また場の空気を険しくさせようとしていたが、ヴァネッサさんはこれを完全に無視し、俺の方に視線を向けた。

「この映画の主役は彼女だ。そして相手役は今、不慮の事故によって演技が出来ない状態にある。もっとも、撮影はまだ始まったばかりだから、撮り直すのはそう難しくないのだがね」

「――」

 今、物凄く嫌な予感がした。

 予感というよりは、確信というべきなのかもしれない。

「……いいわぁ。それはいい! つまり、私がお姫様になれるという事よね? 今日はドレスに気合をいれたから格好も文句なしだし。ふふ、うふふ、たしかに古い肉を痛めつける暇なんてないわ。争いはやめましょう」

「あぁ、そうだね、それが良いと思うよ」

 慎ましげな微笑を浮かべながら、ヴァネッサさんが俺の肩をトントンと叩く。

 汲み取りたくはないけれど、多分それは、後は任せたというサインで……つまり、殺し合いをおさめるための生贄として、見事に使われたというわけである。

 というか、本当、今日の撮影どうなるんだろう? 

 腰の上まで浸かりだした不安を前に、俺は乾いた笑みすら浮かべる事が出来なくて――さらに、そこに拍車を掛けるように、

「そんな横暴が許されるはずがないでしょう? 大体、代わりが必要というのなら、ここにいるのですから。貴女のような存在は不要です」

 と、纏まりそうだった話に、ミーアまでもが割って入ってきたのだった。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ