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07

 家に帰って早々、ミーアはソファーに腰を下ろして台本の読み込みを始めた。

 俺もそれを隣で見ながら、おおよその流れとセリフを頭に叩き込んでいく。

 といっても、せいぜい五ページ程度の分量なので覚えるのに時間はかからない。

 十分ほどで暗記を終えて、まずは台詞だけを演じる事にする。

 開始はミーアから。

「では、始めますね。……今は、大丈夫かしら?」

「お姉さま? は、はい、問題ありません」

 ここは本映画のヒロインである第三王女(名前はまだないようだ)が、ノックと共に響いた姉の声に、驚きと不安を抱きながら言葉を返してドアを開けるシーンだが、今は台詞だけなので、十秒ほど間をおいてから俺は言葉を続ける。

「あの、一体どのようなご用件でしょうか?」

「相手が、決まったようですね」

 台本を凝視しながら、ミーアが言う。

「……はい」

 心なし沈んだような声を意識しつつ、俺は頷く。

「おめでとう、と、言っていいのかしら?」

「……」

 ここの沈黙は、息遣いなどで感情を匂わすのがいいだろうか。

「私は、嫌味を言いに来たわけではないわ。お相手がどんな方なのか、少し気になって。……上手くやっていけそうかしら?」

「もちろんです。お父様の顔に泥を塗るような真似は、許されませんから」

 自嘲気味に、俺は乾いた笑みをうかべる。

 この一場面でも窺えることだけど、ヒロインは結構卑屈な感じだ。不満を抱えながらも身内には本心を見せない。ある意味リッセとは正反対な性格ともいえるけれど、今日の感じからして、彼女はきっと完璧にやり遂げるだろう。

 対する第一王女は第一王女で、自分が選ばれた側である事に、ある種の負い目を抱いているような感じがして、たしかにミーアの雰囲気には合っていると思う。

 だからこそ、この第一王女が悪役になるという事はなさそうだけど、悪役に利用されてヒロインを追いつめる側にはなりそうな気がした。或いは彼女が窮地に陥って、それをヒロインが助ける流れになるのか。

 空白の多い物語というのは、こうして想像する余地が多分にあるから面白い。

 自分だったら前者を選ぶだろうけど、ルハたちは一体どういう舵を切るのか……想定しやすそうで、まったくもって予想外な彼女である。明後日にはまた次の物語が用意されているだろうし、それは結構楽しみでもあって――

「――あ、あの、私の演技は如何でしょうか?」

 不安そうな表情で、ミーアがそんな事を訪ねてきた。

 ちょっとした現実逃避の終わりである。そこに触れたくなかったからこそ、違う事に意識を向けていたのだが、感想を求められてしまった以上、向き合わなければならない。

 ならないが、一体どんな言葉を送ればいいのか。

 いや、こう言ってはなんだけど、ミーアって本質的に不器用というか、間違ってもリッセみたいにそつなく的を射るような事が出来るとは思っていなかったので、多少のぎこちなさや不自然さは想定済みだったんだけど……これは、その想定を遙かに超えるくらいの大根っぷりだったのだ。ここまで棒読みだと、いっそわざとやってるんじゃないかと疑いたくなるほどだった。もちろん、本人が真剣なのは、表情やら空気感で判ってはいるんだけど。

「……とりあえず回数をこなして、慣らしてこうか。そうすれば、緊張とかも解れると思うし」

 当たり障りのない言葉で、その場をしのいでみる。

「取り立てて緊張はしていないのですが」

 やや沈んだ様子で、ミーアは答えた。

「あ、そう、なんだ」

「それなりに上手くやれたのではと、個人的には思っているのですが」

「そうなんだ……」

 ごめん、だとしたら結構不味い。

 慣れない挑戦で肩肘を張っていたとか、そういうものが原因だったらすぐに良くなるものだと思うんだけど、これがベースとなってくると、早期の改善は難しいだろう。

 というか、最も大きな問題はそれを客観視出来ていない点だ。

 こういう場合は、録音した自分の声を聞いてもらうのが一番な気がするけど、生憎と記録石の類は今所持していない。買えなくはないけど……

「……レニさま、悪いところははっきりと言って欲しいです。でなければ改善できませんし。気遣いは無用です」

 やや強い眼差しで、ミーアが言った。

 どうやら先程リッセに向けていた対抗心は、こちらが思っているよりもずっと真剣なものだったみたいだ。

 だとしたら、こちらもそれに見合った対応をするべきだろう。

「わかった。それじゃあ今から記録石を買ってくるね」

「――え?」

 きょとんした表情をミーアが見せる。

 少し唐突だったか。

「動きは鏡とかでも客観的に見れるけど、自分の声の感じとかはそうもいかないから。一度自分の声を外から聞いてみて、そこから修正していくのが早いと思って」

 ソファーから立ち上がりつつそう説明すると、ミーアは「なるほど」といった反応を浮かべた後に、なにかに気付いたのか、少しバツの悪そうな表情をみせた。

「たしかにそうかもしれませんが、今日である必要はないと思います。私が明日仕事の帰りに買えばいいだけですし」

 ……なるほど、俺が買う事に抵抗があったようだ。

 映像だけを保存するものならともかく、音も保管する記録石はそこそこ値が張るので、気にする気持ちは判る。

「でも、今から効率的にやらないと間に合わないかもしれない。それに私も自分の演技を確認できる道具は欲しいしね。主役である以上、ルハには最後まで付き合う事になるわけだし、だったらこういうのは最初のうちにちゃんと揃えておいた方が楽。なにより、音楽とかの記録もできるしね」

 だから、この件が終わった後でも室内のBGMとして機能するので、買って損する事はないのだ。携帯できるサイズのものなら、狩りのお供にだって活用できる。

 今まで、値段の関係で躊躇っていたけれど、丁度いい機会だ。どうせならいいのを買おう。最低でもオートでリピートしてくれる機能がついているものが欲しい。いや、いっそ、リッセのお店に置いてあった高級モデルに手を出すのもありか。

 そんな欲望を抱きつつ、俺はミーアが次の言葉を用いて来る前に部屋を後にした。


 そうして外に出て、下地区を抜けようとしたところで、頬に冷たい雫が掛かる。

 雨だ。曇天というわけでもないのに、秒ごとに勢いを増していく雨。

 でも、今日雨が降る予定はない。

 そこに不穏さを覚えないでもなかったけれど、もうすぐ中地区だ。

 引き返す理由としては弱すぎると、俺は右手に傘を具現化させて、歩調を速め目的地に急ぐことにした。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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