06
「本日はこれまでなの。みんなありがとうなの! 明日はちょっと貴族の仕事が忙しくて無理だから、明後日またお願いするの。その日はミーアが主役になると思うから、台本渡しておくね。これからも続くリッセやレニの凄い演技に負けないくらい凄い演技を期待するの!」
最後に酷いハードルを置いて、ルハが本日の撮影を締めくくった。
掛かった時間は大体三時間半くらいだろうか。一番役割が多かったリッセはぴんぴんしていたけれど、騎士の人たちはそれはもうぐったりとした様子だった。
俺は両者の中間くらいだろうか。殺陣のシーンを四十三回、姫を助けたあとのシーンを四回ほどやり直した結果の疲労度である。
ちなみに、ダメ出しをくれたのはもちろんルハではなく、ヴァネッサさんであったりリリカであったり、ゼベさんだったりした。意外にみんな、やるからにはちゃんとしたものを作るっていう意識があるのが判って、そこはちょっと安心した。
こういう意識っていうのは、開きがあればあるほど温度差に白けてしまうものだからだ。その危険性が少ないというのは、それだけでも上々の環境といえるだろう。
そんなこんなで無事に撮影初日を乗り切って、解散の合図と共に各々が帰路についていくのをなんとなく見送ったところで、
「それにしても、たった三つの場面を撮るのに、こんなにも時間がかかるものなんですね」
と、ミーアが呟いた。
リッセの演技の一つ一つに様々な感情を滲ませていた所為か、それとも最後のルハの理不尽な要求の所為か、ミーアは騎士の人たちと同じくらいに疲れているようだった。
「これでも短い方なんじゃないかな? 映画の撮影とかって、最低でも半日くらいは拘束されるものだって聞いた事があるし。……まあ、急ぐ必要があるわけでもないから、本業の人達の基準になるとも限らないけどね。そのあたりは全部ルハ次第って感じなんじゃないかな」
そう言いながら、俺も自宅に帰るべく歩き出す。
「だとしたら、明後日は大変そうですね。色々と……」
隣に並んだミーアが、ため息交じりにそう零した。
「ミーアは第一王女役なんだっけ?」
「はい、聞き出した限りではそのようです」
「上手くやれそう?」
「……」
無言が返ってきた。
悔しさが若干滲んだ暗い表情だ。十秒ほどの沈黙の後に、ため息もこぼれ出す。
なんとも深刻だった。困って困って仕方がないと言った様子である。
「ルハは、どういう人物だって言ってたの?」
「次の王になる極めて優秀な方だと」
俺の質問にミーアはどこか硬い口調でそう答え、一度歯を噛みしめるような仕草を見せてから、言葉を続けた。
「王とは貴族の中から排出される存在です。つまりは貴族の道理で生きている者の筈。なのに、下に妹が二人と弟が三人もいる。まったくもって意味が分かりません。軍貴でもそこまではしないのに、どうして成功体がすでにいる状況で他に子供を生んでいるのか」
継承という行為にはさまざまなリスクが伴う。故に比較的リスクが少ないとされている軍貴などの一部の例外を除いて、今の貴族は最初に産んだ子供に欠陥があったり、死んでしまった場合以外で次の子供を生む事はまずない。
そして、それはレニたちが暮らしていたアルドヴァニア帝国においても、ここトルフィネにおいても、結構古くからある常識だったりするみたいだけど――
「トルフィネに王族がいたのは昔も昔の話だからね。今とは継承の在り方も全然違っていたみたいだし、この時代の貴族は子供を多く生むのが常識だったみたいだよ」
「つまり、設定がおかしいというわけではないのですね。……ですが、何故それが常識になっていたのでしょうか?」
「政略結婚が流行っていたからだね。だから最初に生まれた子供以外は、継承を行わずにただ生んで、別の貴族や商人なんかに嫁がせていたらしいよ」
このあたりは、俺がいた世界の貴族っぽいとでも言うべきか。
まあ、実際の貴族を知っているわけじゃないので、そこらのフィクションから植え付けられた印象でしかないけれど、少なくともこの世界の今の貴族を題材にするよりは、多くのドラマが用意出来そうなのは間違いないだろう。そういった背景があるためか、娯楽小説の多くはこの時代を舞台にしていることが多く、多分ルハたちもその影響を受けて選んだんだろうと推測する事も出来た。
「……ひとまず、背景には納得できました。境遇の違う兄妹がいるという意味では、この第一王女の心情を汲むことは出来るかもしれません。そこは、多少なりとも有利な点でしょうか」
口元に手をあてて、ミーアはそう呟く。
彼女にも兄妹がいたというのは初耳だった。そういう過去については、今でもお互い話すことはあまりないのだ。なんとなく、全般的に明るい話題がない気がするというのが一番の理由だけど……正直、気にならないといえば嘘になる。
せっかくだし、この機会に触れてみるか、それともやっぱり止めておくか。
……少し考えて、止めておく事にした。
別に今知るべき事じゃないし、この悪くない空気を壊すかもしれない莫迦をわざわざするほどの価値もないだろう。
そう結論づけて、目の前の興味を振り払ったところで、
「ですが、それ以前に、その、演技というもの自体に不安があるわけですが……」
蚊の鳴きそうな声で呟きつつ、ミーアはちらちらと横目にこちらを見てきた。
なんというか、凄くわかりやすいサインだ。
「台本見せて」
ミーアから台本を受け取って、内容を確認する。
どうやらリッセと二人きりでのシーンのようだ。時期女王としての未来が約束されている第一王女が、結婚相手が決まった第三王女に祝いの言葉を贈るシーン。
さすがに両者の難しい心境を描く場面ということもあってか、ここはリリカが全部書いたみたいで、ちゃんとした台詞が記されていた。
「うん、これなら問題なさそうだね。帰ったら一緒に練習してみる? 私も一応演じるっていう事にもう少し慣れておきたいし、ミーアさえよければリッセのお姫様役をやるけど」
そう提案すると、彼女はほっとしたように表情を和らげて、
「はい。是非ともお願いします。……準備不足が原因で、彼女のような人に見下されるのは嫌なので」
と、リッセへの対抗心を覗かせたのだった。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




