05
偉い人を連れて戻ってきた騎士とリッセたちの話が終わり、三人では物足りないとその偉い人もゴロツキ役の仲間に加わる事になった。
両者の間で具体的にどのようなやりとりがされたのかは聞いていないが、騎士団の面々が相当に気の毒な条件を呑まされたのだけは間違いないだろう。
それをなにより雄弁に示すものとして、今彼等は身に纏っていた鎧を脱ぎ捨てて、薄着姿となっていた。
まあ、そこらのゴロツキが鎧を身に纏っているというのも変な話なので、当然と言えば当然の流れなんだけど、恥辱に満ちた表情で鎧を外していく騎士たちを見るに、そこには踏み絵的な残酷さも含まれていたのかもしれない。
「一応、私の仕事場の人なので、これ以上の仕打ちは控えて頂きたいのですが」
と、ミーアがどことなく投げやりな調子で言った。
立場上仕方なくといった感じなのは、もう少し隠すべきだと思う。
「心配しなくても報復はこれで終わりよ。役さえちゃんとやるなら、これ以上苛めたりはしないわ。弱い相手嬲っても、そんなに楽しくもないしね」
軽く肩を竦めて、リッセはそう答えた。
「それならいいのですが…………報復って、いったいなにがあったのですか?」
「映画見てたら逮捕された」
「……意味が分かりませんが」
それには俺もまったくの同意見である。
「詳しく説明すると、ヴァネッサと一緒に映画見てたら知らない奴等に襲われてね、返り討ちにしたところで騎士の連中が押しかけてきて、正当防衛だってのにあたしたちに剣突き付けてきたのよ。で、騎士団本部まで無理矢理連行されてさ、おかげで半分ほど映画が見れなかった。せっかくの休日気分も台無し。ほんと、酷い話だろう? 思わずテトラかゼベあたりをあの場に呼び寄せてやろうかと思ったくらいよ。そうしたら騎士団皆殺しにしてくれただろうしね。貴族共が今以上に自由に動ける状況は避けたかったから我慢したけど。……と、まあ、とにかくそんな事があったから、ちょっと映画ってのに未練があってね。そんな時にルハが妙な事始めたって話が届いたから、乗ってやろうかなって。多分、ヴァネッサの奴もそうなんじゃない? あいつも最近順調で暇みたいだし」
「そうなんだ……というか、仲良いんだね?」
リッセがルハの気紛れに付き合った経緯よりも、そっちの方が俺にとっては気になるところだった。
現在ヘキサフレアスとゼルマインドは休戦中との事だが、それはつまり抗争中だった時期があるという事でもあるからだ。
「仕事が絡まなければね。別に嫌いな性質でもないし。――それより、魔法の維持にも疲れてきたし、そろそろ始めてくれない? 監督さん」
と、リッセは視線をルハに流した。
「おぉ、そうなの! では、始めるとするの!」
ぱん、と両手を叩いて、ルハが弾むような声をあげる。
「いや、でも、騎士の人達まだ何もわかってないと思うんだけど」
脚本も見ていないし、下手をすれば映画撮影をしているという事すら正しく認識出来ていない可能性もあった。特に最初に打ちのめされた二人は、他人の話を聞ける精神状態に見えなかったし。
「そこは大丈夫なの! とりあえずそれっぽい事を言ってリッセに襲い掛かればきっと上手く行くの!」
凄い。見事な考えなしだ。
よく言えば、己が感性に従っているという事なんだろうけど、果たして彼女はその手の天才であってくれるのか。
「あ、あの、これ脚本です。どうぞ」
不安に思ったらしいリリカが、一番打ちのめされた騎士に向かって、何冊か用意されていた脚本のうちの一冊を手渡した。
「あ、ど、どうも」
と、騎士は殊勝な態度でそれを受け取る。
どうみても一般人である少女の存在に対して、何故ここにいるのかという疑問を抱きながらも、高圧的になったり猜疑に満ちた攻撃的な眼差しを向けないあたり、たしかに悪い人ではないんだろう
そんな事を思いつつ、俺も念のためにもう一度脚本を確認する。
といっても、なんというか、この脚本かなり大雑把というか、特に台詞の部分が『強気な感じで』とか『なんか賢い感じで挑発する』とか『カッコいい感じの事を言う』という風にしか書かれていないものが多くて、読み込む要素はあんまりなかったりした。
そのくせ、一部に限ってはちゃんと詳細な台詞が書かれているものもあり、完全にその場のノリでやるという風にもなっていなくて……多分、こちらはリリカが書いたもので、ふんわりしてるのはルハが書いたんだろう。
出来れば全部リリカが書いたものを渡して欲しかったところだが、勢い任せに突っ走るお嬢様にそんな事を言っても意味はない。
それより、今重要なのは『カッコいい感じの事を言う』という要望にどのように応えるかだ。
正直、まったく思いつかない。そもそも、そういうのって狙って言った時点で大抵外しているようなものだと思うわけで、恥ずかしい目に合いたいわけじゃない身としては極力自分の頭を使いたくないんだけど…………そうだ、それなら言われる側に台詞を考えて貰えばいいのだ。
リッセはもう準備万端といった様子だし、こちらから摺り合わせた方が色々と都合もいいだろう。これは、なかなかに名案ではないだろうか。
というわけで、早速丸投げをする事にする。
「ここってどんな事言ってもらったら、その相手の事カッコいいって思う?」
「……そうね、別に何も言わなくていいんじゃない? ただ助けて、立ち去るとかで」
俺が指差した台詞の部分に視線を向け、口元に手を当てながら、リッセは答えた。
「そうなの?」
「だって相手お姫様でしょう? 今まで過剰に気遣われてきただろうし、浮ついただけの美辞麗句なんてのも聞き飽きてるだろうし、ちょっと冷たい感じの方が気になるんじゃない? いっそ、間抜けとか莫迦とかって悪口で締めるのもいいかもね。その方が印象にも残るだろうし。最初から相思相愛の流れじゃ物語にもならないしね」
「おぉ、なるほど、たしかにその通りなの! これは採用するしかないの!」
監督の筈の子が、感心したように唸っている。
リッセはそれに若干呆れたような吐息を零しつつも、悪い気はしていないらしく、
「じゃあ、そっちのゴロツキ共も準備出来たみたいだし。今度こそ演技開始と行くわよ。――おい、そこであたしにぶつかって絡んで来い。あと、レニとの喧嘩は本気でやれ。どうせあんたらじゃ相手にならないんだからな、遠慮なんてして腑抜けた動き見せるなよ?」
と、張り切った声で指示を出しながら開始地点へと移動していった。
本当に乗り気である。
なんにしても、いよいよ最初のシーンが撮られる事になったわけだが……さすがに、ちょっと緊張してきた。
だからだろうか、今の今まで気にならなかった事が気になってくる。
そういえば撮影の許可とかって大丈夫なんだろうかとか、殺陣が即興なのはいいとして騎士の人達はどんな動きをしてくるのかとか、怪我をさせないように気を付ける必要があるけど映画なわけだから多少は派手な立ち回りをする必要もあるよなとか、いざ悪口を言ったらリッセ怒りそうだなとか、色々なノイズが頭の中を回り出す。
それらをなんとか隅に追いやりつつ、俺は出番が先にあるリッセと騎士たちの場面に意識を集中させる事にした。
「ではでは、始めてくださいなの!」
ぱんぱん! とルハ監督が両手を二度叩き、傍らにいたオーウェさんが記録石に魔力を灯して、シーンがスタートする。
その瞬間、リッセの纏っていた空気ががらりと変わった。
普段の強気が消え去り、どこか不安そうな、それでいて好奇心を滲ませた表情を浮かべて、彼女は繁華街を歩きだす。
心なし、より小柄になったような印象すら覚える振る舞いだ。
というか、表情なんて誰でも色をつけられる部分じゃなくて、歩く際の腕の振り方や歩幅なんかも普段とは全然違うものになっていて、それはもう完全に役者と言える変貌っぷりだった。
以前、リリカに化けていた事なんかもあったので、そういう事が出来るのは知っていたけれど、それでも驚かされるほどのクオリティーだった。
そんな彼女は、魔物の返り血を浴びた仕事帰りの冒険者(この辺りではよく見る光景だが、これも幻影)に目を奪われて、前方への注意を疎かにして、ゴロツキ役の騎士にぶつかった。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴に、為す術なくよろめく身体。
実にお姫様らしい反応といえるだろう。
それを前に、
「――っ!?」
と、誰よりも早く、いつのまにか隣にいたミーアが身体を震わせた。
そして信じられないものを前にしたかのように、まじまじとリッセを凝視する。ゼベさんあたりも似たような感じで……まあ、部外者は別にそれでもいいんだけど、ゴロツキ役の四人も戸惑いを露わにしていて、数秒ほどなんともいえない沈黙が過ぎった。
本来なら、監督がカットを入れる場面だ。
だが、ルハは固唾を呑んで見守るだけで、まったくもって止める気配がない。
「も、申し訳ありません。御怪我はございませんか?」
普段よりも明らかに高い声で、リッセが芝居を続ける。
相手の胴体に鼻からぶつけたからか、少し潤んだ瞳を上目遣いに儚い表情と、百点満点の可憐さだった。
それがトドメになったのか、騎士は金魚みたいに口を開けたまま完全にフリーズしてしまって――
「――おい、いつまで黙ってる? 早く絡んでこい」
素に戻ったリッセの鋭い前蹴りが騎士の脛を痛打して、彼は「うぎゃ!」と悲鳴を上げて飛び上がった。
そこで、隣のミーアから吐息が零れる。
「……良かった。あれは私の知っている彼女でした」
しみじみとした呟きには、これ以上ないほどの安堵が滲んでいた。
まったくもって酷い感想である。けれど、全ては日頃の行いの所為でもあるので仕方がないのかもしれない。
ともあれ、幸先不安なNGを前ふりに、俺の出番は訪れることになったのだった。
次回は三~四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




