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02

「という事で、映画を作る事にしたの!」

 他人の家にやって来て早々、ルハはそう言った。まるで誓いを立てるかのような力強さでそう言った。

 真夜中の訪問である。いや、もしかすると明け方間近なのかもしれない。

 どちらにしても、俺の頭は半分ほど睡魔に浸されていて、玄関を開けた記憶も定かではなく、現在進行形でこれが夢か現実かの判別に迷っているところだった。

「……」

 とりあえず目の前の金髪の、ミーアと同じくらいの背丈の、だけど顔立ちは中学生みたいにまだ幼い寝間着姿のこの少女が実在しているのかどうかを確かめるべく、形のいいオデコをぺちぺちとたたいてみる。

「?」

 きょとんとしたルハの反応と共に、指先に感触が届いた。少し冷たい。

 つまり、夢じゃない。だとしたら俺もなかなかに非常識な行動を取ってしまったわけだけど、これが現実だとするなら、そんな事を気にする必要がないくらいに目の前の少女の方が異常なので、まあ別に構いやしないだろう……と、少しずつ醒めてきた頭で自分の迂闊さを正当化しつつ、俺は込み上げてきた欠伸を左手で隠そうとして、まだ義手を具現化していない事に気付いた。

 なので、かわりに右手で口をおさえて、そのまま目を閉じる。

 ……あぁ、眠い。

 気を抜いたら立ったままでも意識を手放してしまいそうだ。というか、それが最善手のような気もする。目の前の状況をなかった事にするには、それが一番良いような――

「だからね、役者さんがいっぱい必要で、手伝って欲しいの! いいって言うまで離さないの!」

 眠気を吹き飛ばすようなハキハキとした声と共に、有言実行とばかりにルハが左足にしがみついてきた。

 身体能力なんて殆どないような少女の拘束である。もちろん、その気になれば簡単に解くことは出来るが、試しに膝を曲げないように真っ直ぐにそっちの足を持ち上げたところ、木にぶら下がったナマケモノの如く微動だにしない頑なさを目撃したので、あえなく断念した。

 仕方なく、このままリビングまで足を運んで、ソファーの前に立つ。

「……とりあえず、そっちに座ってくれる? そこ邪魔だし」

「わかったの!」

 元気いっぱいに頷き対面のソファーにいそいそと向かうルハを尻目に、俺は視線を最近買った壁時計に向けた。

 あと一時間で朝日を拝めそうだ。この身体は、体内時計の方もなかなかに優秀だったようである……などと、どうでもいい感想を抱いたところで、階段を下りてくる足音が届いた。

 ほどなくしてドアが開かれて、ミーアがリビングにやってくる。その手には当たり前のように鞘から抜かれた細剣が握られていて、

「…………賊ではないようですが、斬りますか?」

 剣呑な眼差しを珍客に向けながら、やたらと物騒な言葉を吐き捨てていた。

 まったくもって冗談に聞こえないあたり、結構本気で怒っているんだろう。

 けれど、ルハにはその手の危機感がないのか、

「ミーアもいいところに来たの! 役者が足りないから助けて欲しいの! 二人にはぴったりの役が用意されてるの! だから絶対に楽しいと思うの!」

 と力説しつつ、期待に満ちた眼差しと共にミーアの細剣を持っている方の手首を両手で挟み、ぎゅっと握りしめた。

「は? 役? い、一体なにを言って――む、というか、危ないですから、離してください!」

 斬る事も念頭に入れていただろうに、突然握られた所為でルハの肩に触れそうになっていた細剣に気付き、ミーアが狼狽をみせる。

 狙ってやったのか天然なのかは知らないけれど、その時点でルハのペースだ。

「話聞いてくれるなら離すの!」

「…………判りました。話だけなら聞きますから。一刻も早く離してください」

 結果、俺と同じようにミーアも交渉のテーブルに着くことになった。

 なんだろう、俺たちは二人揃ってルハ・ララノイアという少女が苦手なのかもしれない。少なくとも、都合の押し付け合いという点においては、だけど。

「飲み物、取ってくるね。ミーアは何がいい?」

 ほんの少しだけ残っていた睡魔にサヨナラを告げるべく、俺はソファーから立ち上がる。

「あ、ルハは甘いのが欲しいなぁ。ここまで来るのに歩き疲れちゃったから」

「……うん、君にはとびきり身体に良い薬水をあげるね。あぁ、ちなみに、飲みきれなかったら話終わりだから、そのつもりで」

 事務的な口調でそう言いつつ、リビングの隅に設置されている冷蔵庫に向かい、背中から届けられたミーアのリクエストと、自分が飲むつもりのお茶もどきを手に取り、最後に半透明なパックに収められたドス黒い紫色した飲み物を確保する。

『眼を剥くほどに健康的!』というキャッチコピーで、とある水屋にて二本セットで売られていたこの液体は、俺がこの世界で口にした飲料の中で間違いなくトップクラスの不味さを誇っていた。コップ一杯の水の中に溶かしきれないくらいほどの粉末状の薬を混ぜたような味である。五分は味覚が莫迦になる仕様だ。

 でも、本当に身体には良い成分が入っていたのか、翌日の体調はすこぶる良かったのを記憶しているので、副作用としては安いものだろう。

「はい、どうぞ」

 真っ先にルハに劇薬を差し出して、俺は微笑む。

「い、いただきますの……」

 ルハはやや怯えた表情でそれを受け取って、まずは舌先で味を確かめた。

 その途端、キャッチコピー通りに眼を大きく見開いてから「むぅ、うう」と苦悶を漏らして、涙を滲ませる。

 想像していたより過剰な反応だった。半泣きになる程ではないと思っていたんだけど、子供の味覚には耐えがたいものだったようだ。……まあ、相手の事を考えない我儘に対するお仕置きとしては、このあたりで十分か。

 そう判断して「もういいよ、残して」と言おうとしたところで、「い、いただきますの!」と声を張り上げ、あろうことかルハはそれを一気に口に流し込んだ。

 結果、堪えていた涙をぽろぽろと流したあげくに「あがぁー」という生まれたての怪獣みたいな奇怪な呻きを七度ほど繰り返しながら、両手を無軌道にぎこちなく伸ばしたり振ったりして不味いものを口にするという不幸を体現していたけれど、その儀式めいた動作が終わったところで、

「……か、身体にとっても良さそうな味だったの、ありがとうなの」

 と、彼女は頑張って作った笑顔で、そう呂律の廻っていない言葉を返してきた。

 正直、これには少し驚いた。

 平気で礼儀知らずな事をするくせに、こういうところで礼儀を徹してくるというのは、なんというか自分の要求を通す術を心得ている感じがして、ちょっとズルいなと思う。

 現に、溜まっていた不満は今ので完全に消えてしまっていたし、この時点で彼女の思い付きに付き合ってもいいかなという気になっていたりもした。

 ただ、その前に一つ、釘を刺しておかないといけない事もあって――

「それはそうと、オーウェさんの姿が見えないようだけど此処には一人で来たの?」

「うん、迷わず来れたの!」

 自慢げにルハは語るが、こちらが感じるのは頭痛だけだ。

 思わず、ため息が零れる。

「ルハ、此処が危ない場所だっていうのは、もうよく判ってる筈だよね? どうして一人で来たの?」

「え? そ、それは、居ても立ってもいられなくて。オーウェ、寝てたし、起こすのも悪いかなって思って」

「起こさない方がずっと悪いでしょう。あのご老人にとって貴女は護るべき対象なのですよ。それがいつの間にかいなくなっている状況の方がよほど有害です。その役割を損なう行為なのですから」

 不機嫌そうなトーンで、ミーアがそう言った。

 こっちはこっちで別の事にも怒っているような……

「……まあ、なんにしても、次からは必ずオーウェさんは連れてくるようにね。じゃないと、今以上に不味いのを呑むことになるから」

 そのミーアに飲み物を手渡しつつそう言って、俺はソファーに再度腰を下ろした。

 ちょうど、そのタイミングでこちらに近づいてくる気配を捉える。物凄い速度だ。確かめるまでもなくオーウェさんだろう。

「焦っていますね。酷い魔力の乱れです」

「みたいだね」

 ミーアの呟きに苦笑気味に同意しつつ、そこで一つの疑問に突き当たる。

 寝ていたとはいえ、どうしてオーウェさんは何度もルハを見失う事態に陥っているんだろうか? そこまで周囲への警戒に疎い人という印象はないんだけど……って、それでいえば、ミーアもそうか。俺よりも感知に優れている筈なのに、降りてくるのは遅かった。

 それは一体何故なのか……少し考えて、答えが出る。

 音だ。二人は多分聴覚にそこまで重きを置いていない。代わりに魔力による情報を主としている。だから、魔力の気配に乏しいルハ――より正確に言えば、極端に魔力が枯渇している状態の今のルハを捉える事が出来ないでいたのだ。

 普段の彼女はここまで気配がないわけじゃない。つまり、眠る前に大量の魔力を消耗していたという事になる。普通に考えれば仕事だろう。

 貴族として魔力が空になるまでなにかを生成して、疲れて眠って、目を覚ましたところで突拍子もない事を思いつき、勢いのままに家を飛び出てここまで来た。そして、此処に来るまでにある程度回復したので、それを感じ取ったオーウェさんが大慌てでやって来ている……と、状況を整理するとこんな感じだろうか。

 とりあえず、彼が来るまで話を進めるのは待つことにして、冷蔵庫からもう一本、飲料水を取り出しておく事にした。ソファーと冷蔵庫を行ったり来たりである。

 ……しかし、映画か。

 最近その話題が出たけれど、まさか観る方ではなく演じる方で関わる事になるとは思っても居なかった。内輪向けの自主制作みたいなものだろうから、上手いだの下手だのを気にする必要もないんだろうけど、果たして一体どんな内容になるのか、また俺たち以外の誰が巻き込まれる事になるのか……まあ、なんにしても、退屈するような事はなさそうだ。

「話終わったら、すぐに帰ってくださいね。私たちは貴女のように暇ではないのですから」

 と、冷たく牽制するミーアがこの後どんな風に口説き落とされるのかも込みで、俺はルハが持ち込んできたイベントを楽しもうという心構えを取りつつ、お茶に似た味の飲み物を一気に飲み干した。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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