第1話 まえがき
人生は、ラブコメで出来ている。
そんな感想を抱く人間が居るとしたら、そいつは大きな間違いを犯していると思う。
はっきり言って、先ずそんなことは有り得ない。人生がラブコメ? 馬鹿も休み休み言え、というものだ。僕の生きている中で、そんな風に生きている人間など見たことも聞いたこともない。それは僕がラブコメのような場面に一度も遭遇していないから、なのかもしれないけれど。
それはそれとして、僕の人生がラブコメで出来ているかどうか判別するには、そう時間はかからないはずだ。何故なら僕の価値観がラブコメで出来ていないから。そういう風に出来ていないからだ。だとするなら、ラブコメで出来ている価値観など糞食らえと言ってしまえば良いだろう。そんな価値観など、最初からなくしてしまえば良い。その価値観が何処まで続くのかは分からないけれど。
そういう訳で僕、十文字隼人は県立刑部高校の一年生として過ごしている。それ以上の情報はない。後は普通に過ごしているだけ。僕という存在は、僕という価値観は、ただそれだけの生き物として存在しているだけに過ぎないのだから。
しかしながら、僕の価値観が何処まで正しいのかどうかを、証明する術は僕自身には残されていない。それが正しいか正しくないかなんて簡単に決めつけることなんて出来やしないのだ。
でも、一つだけ言えることがある。
「ねえねえ、隼人。あんた、今日の昼ご飯は私の弁当を食べなよ?」
「……駄目よ、姉さん。今日は私のお弁当を食べて貰うんだから」
「えーと、お二人さん? 取り敢えず、僕の両手を引っ張るのは辞めてくれないかな……?」
嘉神ひかりと嘉神のぞみ。
姉がひかりで、妹がのぞみだ。確か嘉神家の父親は鉄道オタクだったためか、子供の名前に新幹線の名前を付けるのを決めていたらしかった。
「……へーへー、今日もお熱いこって」
牧野佳久。
彼も僕と嘉神シスターズと同じ、幼馴染みだ。
嘉神シスターズ、と呼んでいるのは僕がその渾名で呼ぶのが一番呼びやすいからだ。ひかりとのぞみ、と普通に呼んでも良いのだけれど、僕と佳久、それに何人かの生徒は親しみを込めて、そう呼ぶ。嘉神シスターズ、と。シスターズ、と言っても二人しか居ないのだけれど。
「そんなこと言わないで、佳久も止めてくれよ。二人のヒートアップぶりが最近加熱してきていて」
「……何それ、俺に対する嫌味?」
「そんなことを言ったつもりはないんだけれどな……」
僕と佳久、それに嘉神シスターズは話しながら、校門に入っていく。
そして四人とも同じクラスなので、同じクラスに入っていく。
「おっ、いつも通り四人とも一緒だな。仲が良いこって」
「……だから、俺に対する嫌味か、それって?」
クラスメートの一人から声をかけられて、ぴくぴくと顔を痙攣させる佳久。
そんなことを見ていると、嘉神シスターズの一人、ひかりから声をかけられる。
「そういえば、隼人は未だ部活動入らないつもりなのか?」
「え? ああ、うん。だって、部活動入る意味ないだろ。内申点に響いたところで、どうせ大学に行けるかどうかも分からない学力なのに」
「……大学行けるかどうかの保険も兼ねて、部活動に入っておくべきだと思うんだけれどな、私は」
「お前はお前、僕は僕。それで良いじゃないか? 他に何の意味がある?」
「そんなことを言われても……。でも、部活動入れば、色々と楽だよ?」
「例えば?」
「……早寝早起きの習慣が身につくし!」
「パス。僕はそんなのはこりごりだ」
「大会に出れば交流も深まるし!」
「今の関係が維持出来ればそれで良いよ」
「……うー」
「……あの? ひかりさん? どうして怒っているのでせう?」
「そ・れ・は! あなたが一番分かっているんじゃないの!?」
「うわっ、突然殴り出すなよ驚くだろうが!」
僕はこの世界をなんだかんだ嬉しいと思いながら、過ごしている。
それが僕の中で一番だと思っているから。
この日常が一番の平穏であると、思っているから。