新生活3
夕食は少し豪華に仕上げて、アランの部屋に向かう。
「アラン。夕食が出来ました」
扉の前で声をかける。するとバタバタと物音が聞こえて、ガチャりと扉が開かれた。寝てたのだろうか。髪が少し乱れている。だとしたら申し訳ない。
「夕飯を用意したので、一緒に食べませんか?」
一応聞いてみる。
「頂いてもいいんですか?」
「何回も言ってるじゃないですか、最低限の生活は保証します。そういう契約ですから」
そう言って笑うと、アランは顔を伏せる。
「いい匂いですね」
と一言呟いた。
その言葉が少しだけ嬉しかった。
食卓について夕食を口に運ぶ。豪華な食事といえど、品数は少ない。仕方ないだろう、未だに慣れないのだ。日本で祖母に仕込まれた技術はあまり通用しない。味付けも向こうとは全く違うのだ。加えて味噌も、醤油も、出汁もないとなれば、料理は絶望的。塩と砂糖しか使えない状況だ。まあ、その味も慣れたが…。
「口に合う味ですか?」
「…とても」
優雅にフォークとナイフを使い、夕食を噛み締めている。
「良かったです」
そうだった…。アランは美形なのだ。服は庶民的だが、無駄な動きがない食べ方はいったいどこぞの貴公子だ。きっと高等な教育を受けていたのだろう。テーブルマナーを全く知らない私から見ても、上品に食べるものだから。
「あの」
「…はい?」
口に運ぼうとしたスープは、アランによって止められた。
「イツキ様は魔女…なのですよね?」
「…魔女見習いです」
訂正するの地味に傷つく。
「失礼しました。ここにはイツキ様お一人でお住いに?」
なるほど、これは質疑応答タイムだ。いきなり買われて、連れてこられて、何も説明なしにはいかないだろう。
「いいえ、半年前に師匠、つまり魔女がいたのですが、亡くなりました」
「申し訳ありません…」
聞いたことを後悔するように、こうべをたれる。
「いいんです。もう半年前ですから。今日から、アランもいてくれることですし」
労働には困らない。
「イツキ様…」
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「…」
「服装に関しては今は答えません。明日のことはこの後話します。今思いつかなくても、いつでも質問してくださっていいですよ」
着物に視線を感じたので、先手を打った。地球のことは話せないが、遠い故郷の伝統服、という設定にしておこう。
「ありがとうございます。イツキ様」
「…お願いがあるのですが、アラン」
「なんでしょう?」
心なしか、アランの目が輝いて見える。
「そのイツキ様というのはやめて頂けませんか?イツキでいいので」
もう日も暮れた。一日近く過ごしたのだ。最初は心を開いてくれるまで敬称に関してはスルーしていたが、やはり耐えられない。「様」を付けられるほど、私は偉くない!気を楽にして欲しい。敬称なんて仰仰しくてたまらない。
「なぜですか?イツキ様は私を買ってくださったご主人です。敬称を付けるのは当たり前のこと…」
「いいですかアラン!!!私達は主従関係ではありません!!!対等なんです!あなたは友達に敬称を付けるのですか!?」
主人と言われて、何かが爆発した。音を立てて立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。
「私はあなたを権力で拘束することはないし、あなたを縛ることもしない。逆に、アランは私に文句を言ってもいいし、不満があるなら行動に起こしてもいい。私たちは対等なんです。対等でありたいんです」
だんだんと勢いをなくし、自分の席に着く。
「この世界の当たり前なんかに、私を置かないで」
勢いを無くした私を心配したのか、今度はアランが立ち上がって私の元へ来た。
「申し訳ありません。イツキ様、いえ、イツキさん」
「さんもいりません。敬語も…」
「では、イツキ、あなたも敬語じゃありませんか」
「わ、私はいいんです」
「そうなると、私はイツキ様と呼ぶ他ありませんが」
「ど、どうして!」
「敬語は性分です。お許しください。イツキ」
どうやら、アランは私よりも幾分か大人なようだ。
自分が恥ずかしい。ダ駄々を捏ねて、アランに慰められるなど…
「分かりました」
「イツキこそ、私に敬語は不必要では?」
「性分です。諦めてください」
せめてもの抵抗だ。先程のアランのセリフを借りた。