購入と見せつつ契約1
目が合った彼はスカイブルーの瞳をしていた。肌は白く、髪の毛の色は輝くような金色だった。奴隷だからといって、ボロボロの服は着ないし、ある程度身だしなみは整えてあるが、彼は違った。火事にでも遭遇したのか、着ている服は所々焼かれていて、ちらりと見える白い肌には火傷の痕がついていた。それだけならまだ、業火の中を駆け抜けた美男子と思えるが、彼の頬には刀傷が一筋、その存在を主張していた。
「おや、おねーさんお目が高いねぇ」
商人であろう人物が話しかけてきた。
「彼はね昨日拾ったばかりなんだ。1年前に革命が起きたカルニア国から逃げてきたのだと思われるよ」
「思われる?」
「ああ。彼ね、喋れないんだ。何かの呪いにかけられてると思うが、なんせ拾ったのが昨日だからね。まだ魔女に呪いを見せてないんだ。おや?おねーさんは旅人かい?」
「いえ」
商人はローブから見える着物を見たのだろう。この西洋ファンタジーの中に着物という概念なんて存在しないのだから。
それはさておきこの奴隷。革命が成功したカルニア国からだと言っていたが、明らかに呪いの匂いがする。呪いの正体はあの刀傷だろう。そして、この値段。なんて安いんだ!!!!
「安いだろう?頬の刀傷とボロボロの見目、そして呪い持ちとなればこの金額が妥当だね」
安すぎる!なにか裏があるのではと思うくらい安い!今日持ってきた少ない全財産を渡してもお釣りが帰ってくるぐらい安い!
「日雇いの金額ではなくて?」
「やだなぁ、おねーさん。こいつそのものもがこの格安金額ってことよ」
「…私にまだ隠していることはない?」
「うっ…」
商人が狼狽える。
「正直に言ってください。条件次第で購入します」
「…こいつはな…」
しばらく間を置いて商人続けた。
「魔法が使えねーんだ」
なるほど。だからこの値段か。この世界において、魔法が使えない、つまり魔力のないものは本当の意味で家畜として扱われる。しかし、その前にこの世界のあらゆるものから哀れまれ、蔑まれ、人間としての権利そのものを失う。魔力が全てなのだ。ソレーナからそのことを聞かされた時、魔力を持っていて本当によかったと安堵したのを覚えている。
「分かりました。買いましょう」
「いーんですか!?」
「はい」
そう言って、お金を渡し釣り銭を受け取る。奴隷の彼はそのスカイブルーの瞳を大きく見開いていた。
言っておきますけど、労働力になると思ったから買っただけです。大和撫子が奴隷を買うなんて、祖母がいたら張り倒されていたところだ。でも、背に腹はかえられない。あんな格安の値段なんだもの!あの畑をなんとかできる!それに、人手が増えたことによって、修行にも集中できる。鉱物も探しやすくなるし、収入も増える。食事代が一人分増えるけれど、何とかなる。厳しい時は、私の食事を与えよう。あんまり食べないもの。それと…、給料はどうしようか。
想像を膨らませてるうちに、奴隷がやってきた。そして、商人が耳打ちしてきた。
「この奴隷。働き者でっせ。夜の方も、おねーさんの満足いくような働きぶりが期待できまっせ」
「…失礼な人ですね。困ってないので」
この商人をどうしてやろうか…。いますぐ氷漬けにしてやりたい気分だ。
「す、す、すんません!」
私の冷気に当てられたのか、一目散に逃げていった。
まあ、いい。お金も払ったし、お釣りも受け取った。この奴隷は奴隷リストから消去され、私の元で働く。
私が買ったか…
なんだろうな…、この世界に染められている気がしてならない。いやきっと染められているんだろう。派遣社員という名の奴隷が浸透しているこの世界では、一世帯に奴隷が1人雇われている。あ、雇える収入がある世帯に限るが。
もう、抗いようがないんだろう。
「さて」
奴隷の方に向き直り、彼の顔をよく見る。そして、頬の刀傷に注意を向ける。
うん。呪いだ。しかも厄介な呪いだ。これでも魔女の弟子。呪いの解き方くらい知っている。しかし、この呪いは二重にかけられている。1つ目は、恐らく声を出せない呪い。2つ目が…分からない。何かを封じてるのは感知できるが、そこから先が靄がかかってよく見えない。まあ、別に声さえ出ればいいし、魔力がなくとも労働力さえあればいい。
「…」
おっと、じろじろ見すぎてしまった。
しかし、整った顔立ちをしている。刀傷さえなければ、ただの美男子だ。そしてその顔は、未だにこの自体が信じられないようだった。
「先に言っておきますけど!私はあなたの労働力が欲しいのであって、それ以外は求めていません。なので、いかがわしい想像をしているのなら、いますぐ消し去ってください」
あらぬ誤解を招かないように、早口で言った。すると彼は、キョトンとした顔で、瞬きをし、小さく頷いた。
よし。掴みは完璧。
続いて呪いを解除と契約だ。ここでは些か目立つ。私は彼を連れて路地裏へ入った。
「あなたお名前は?」
名前を知らなければ呪いの解除も契約も出来ない。私は人目のつかない場所で彼に聞いた。
「…」
あぁそうだった。声が出ないんだった。
少し考えて、私は杖を一振して、亜空間から髪とペンを出した。
彼は、私がこのような魔法を使うと思わなかったのだろう。
「私は魔女見習い、イツキ。あなたの呪いを解くために、この紙に名前を書いて欲しい。どんな名前でもいい。あなたがあなたである証明とするだけだから」
カルニア国から逃げてきたんだ。本名はきっと教えてもらえないだろう。それでもいい。彼を彼だと言える名前さえあれば、呪いを解くことが出来る。
彼は、少し考えてから、ペンを取った。そして、紙に名前を書いていく。
「アラン…」
彼が書いた名前はアランだった。
「アラン。アランね」
私はアランの頬に手を翳し、呪文を唱える。
「我が名はイツキ。真名をもって命ずる。招かれざる者、存在せざる者、仮名をもって封じ、真名をもって解き放て」
風が吹いて、まじないが完成する。
「喋ってみて?」
「あ…」
アランは驚いて手を喉に当ててる。
「わ、わたしは…」
アランの声は思ったよりも低くかった。
「ありがとうございます…」
彼は、私に頭を下げて礼を告げた。
「…。頬の傷も消してあげられたら良かったのに。ごめんなさい。アラン」
「いえ…。声を取り戻せたことだけでも、どんなに嬉しいことか…。イツキ様。この御恩、一生かけてお返しします」
いや、声取り戻せただけじゃない!
そんなに恩を感じなくてもいいのに!
「私は貴女様に買われた身。どんなことも喜んで行います」
アランは跪き、主人に忠誠を誓うような眼差しで私を見上げた。
やめてくれ。この世界の女性が卒倒するような顔で、仕草で私を見ないでくれ。たかが声の一つや二つで、忠誠を誓わないでくれ。
私はあの畑を何とかしてくれたら満足なのだ。だから、その眼差しをやめてくれ。
この狭い、人目につかない路地裏で、私は厄介な人を買ったのかもしれないと感じたのだった