02
お世話になった企画部の皆に挨拶をして、解散したのが10時。2次会は、丁重に辞退して帰ってきた。最寄り駅で降りて改札を出て、東口を行くと俺のアパート。西口は真紀のアパートへと続く。お互い、大学の時のアパートにそのまま住んでいる。
少し迷ったけど、真紀のアパートへ向かった。気分が悪いと言っていたから、コンビニで飲み物とプリンを買った。お見舞いと言うことだったら、何で来たのとは言われないだろうし、少しは気弱になっているだろうから、ドアを開けてくれるんじゃないかとか、自分に都合の良いことを考えながら向かうと、いくらドアホンを鳴らしても、反応がなくて心配になった。
携帯にかけた。長い呼び出しの後、留守電メッセージになって、諦めかけた時、つながった。
「何?」
「大丈夫なのか?いるんだろ?ドア、開けてくれよ。」
「送別会は?」
「終わった」
「二次会は?」
「行かなかった。いいから、開けてくれよ。」
「いやよ。帰って。」
「コンビニで、飲み物買って来たんだ。プリンもある。」
「何よ。子供だましじゃない。プリンってなによ。」
「いいから開けてくれ。」
しばらくして、ドアが開いて、真紀がぬっと出てきて、腰を抜かすほど驚いた。サングラスをして、マスクもして、長い髪は下ろしたままで、うすぐらい玄関で見ると迫力がある。
「だから、いやだって言ったじゃない。」
ふてくされているが、取り合えず、話はしてくれている。良かったと胸をなでおろした。良し、とりあえず、この間の詫びと退社の理由だけは伝えようと一気に話し出した。
「あのさ、私、気分が悪くて早退してきたのよ。雄介だって、とりあえず、お見舞いと思ってきてくれたんでしょ。」
「良いわよ。分かったから。由美と仲良くやって。良い子だから。」
「なんで、小野寺が出てくるんだ?」
「だって、あの後、仲良くやったんでしょ。」
「小野寺は良いやつだよ。ほんと、真紀が言うように頭も良い。性格も良い。でも、この間も言ったけど、俺、この10年、真紀だけだから。」
「雄介! そんな話聞いていないよ?私だけ?あなた、そんなこと言ったっけ?」
「ちゃんと話しする前に、おまえ、出ていったじゃないか。」
「小野寺は、察しが良いからすぐ理解したけど。お前はさあ、鈍感だからなあ。まあ、それでずいぶん助かって来たけど」
「えっ?」
あの手この手で、男を排除できたのは、真紀が鈍感だったことが大きい。これは、心の声だけで、一生、話さないけどね。
少し、沈黙があって、
「もう一回、さっきの話、きちんとして。」
「えっ、何の話。 だから、親父が倒れて、お袋からの泣きで、帰ることにしたんだよ。」
「そっちじゃないでしょ。」
「えっと、そっちじゃない話?、だから、この間は、お前の頼みを聞いてやれずにごめんな。小野寺にも、ちゃんと謝っておいたから。」
「雄介こそ、気が利かないわよね。」
真紀がくすくす笑い出した。
やっと、気づいて、
「真紀、俺、おまえのことこの10年間、ずっと好きだったんだ。」
「仕事で活躍している真紀を見ていると、自分に足りないところばかりが見えてきて、なかなか、打ち明けることができなかった。だから、今、伝えるのは、自分として納得していないんだけど、俺は実家に帰えると決めた。」
「真紀、好きだ。」
「これからも、君に何かあったら、きっと助けに来るから、友人としては、これからも付き合ってほしい。」
笑っていたはずの真紀が、絶句して、腕組みをした。マスクで鼻は見えないが、きっと、鼻の穴を膨らませているのだろう。目も見えないが、怖い顔をしているのだろう。
しまった!やっちまったらしい。
そう、思っているうちに、くるっと後ろを見て泣き出した。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
何が何だかわからずに、でも、泣いている真紀をほうっておけなくて、腕を回して抱いた。震えている。
「えっ!」
もしかして、笑ってる!
「バカね。あなた、何言ってるのか自分で分かってる?」
「好きなの?嫌いなの?どっち?」
「好き!」
「それでよし! 1年したら、私も、貴方の実家で働かせてもらうわ。」
「えっ?」
「だって、優秀な社員がいっぺんに2人も抜けられないでしょう」
「それって、俺と結婚してくれるって言うこと?」
「さあ、どうかしら。一度でも私に勝って、プロポーズの予定でしょ。来年、私が貴方の会社に入社してから、貴方の働き如何ってことじゃない?」
「それは、ないだろうよ。」
情けない顔をしている俺を見て、真紀は、思いっきり笑った。
でも、本当は、さっきまで、悔やんで悔やんで泣いていたことは、言わない。一生、言わない。由美を紹介しておきながら、あの時、親友なんて勝手に決めんなと言われ傷ついた。親友でもない私は雄介の何?ただの同級生。そう言われたようで悔しかった。
憤慨して店を飛び出して、でも、由美を残してきたことを思い出して、ちょっと後悔して戻ってみると、二人で仲良く笑っている姿を見て、ズキンときた。そして、思わず、外へ飛び出して、
「なんで、あわてて出てきたの?」
自分で自分に突っ込みいれて、雄介が自分以外の女の子と仲良く飲むことができることに、モヤモヤする気持ちを整理できずに、次の日出社すると、
「昨日、ありがとうございました。涌井さんの可愛い一面が見られてうれしかったです。素敵な人ですね」
って、由美が言うもんだから、益々ズキンってきて、これ、何?と、混乱した。
会社の廊下であっても、今までのように話しかけられずにいたら、次の企画会議の時、第二企画課のメンバーに雄介が入っていないことに気付いた私は、第二企画課の課長に雄介がなぜ入っていないのか問い合わせると、課長は『オフレコだよ』と言いながら、雄介が来月末に退社することを教えてくれた。そして、やっと自分の気持ちに気付いた。気づいた時には遅い。由美ともう、付き合っているはず。ご丁寧に、実家の会社を継ぐときは、由美は良いよなんて、言っていたんだから。万事休す!
今日の送別会、目の前で仲良くされて、
「真紀、ありがとう。おかげで、由美と頑張っていくよ。」
なんて、言われたら、泣き出してしまうかも。だって、雄介が退社すると聞いた時から、毎日泣いていた。悔やんで悔やんで泣いていたから、送別会は、ずる休みだ。帰って来ても、泣いて泣いて、鼻は、ずるずる、目は腫れて、最低最悪。明日は、会社へ行けないんじゃないかと、洗面所の鏡を見ていた時、ドアホンがなった。
居留守を決め込んだのに、携帯が鳴って、雄介に、玄関まで来ていると言われて、無理やり開ける羽目になって、あわてて、洗面所にあった、サングラスとマスクをつけて出たのだった。
ボロボロに泣いたこと、一生の秘密だ。ぜったい、言ってやるもんか。結婚は、望んでするよりも望まれてしたほうが、力関係は歴然としている。結婚生活も、私の有利に運んでやる。主導権はやらない!と、心の中でガッツポーズをして、マスクとサングラスの下では、目を細め、ニヤリと口元が緩んだが、鈍感な雄介には、
「好きなの、嫌いなの、どっち?」
と、冷ややかに、そして高圧的に、尋ねていた。
―男って、ちょろいもんね。―
あの日
由美は、涌井の気持ちに気付こうとしない真紀に、ちょっと悪戯をしてやろうと、
「昨日、ありがとうございました。涌井さんの可愛い一面が見られてうれしかったです。素敵な人ですね。」
と、言ったのだ。案の定、真紀が動揺している。
「今度、また、飲みましょうって約束しました。」
何とも言えない顔で息をのんでいる真紀に、くるっと背を向けて、舌を出した。
-ふふ、大成功。あとは、涌井さん、頑張れ!―
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
よろしければ、「鈍感なのはどっち?」の朗読をお聞きいただけませんか?
涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第26回 鈍感なのはどっち? と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
よろしくお願いします。