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鈍感なのは、どっち?  作者: 風音沙矢
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01

「叶わないなあ。」

あいつには、大学からこっち、負けっぱなしだ。今日も、新しい企画は、あいつのチームに持っていかれた。あの行動力は、すごい。

「今日は、おごるね。」

て、うれしそうに、肩をポンと叩いて、チームのメンバーと会議室を出ていった。

「一回くらい勝ってから、辞めたかったな。」


 俺は、来月末締めで退社する。誰にも相談せずに決めたから、今のところ知っているのは企画部の部長と第二企画課の課長だけだ。親父が先月倒れ、母親が泣きついてきた。今年の正月、親父からも、そろそろ、帰って来て手伝ってくれないかと言われていたが、真紀への思いをあきらめることができないでいたのだ。


 真紀は、第一企画課で頭角を現している。次々に企画を通し、今が、一番仕事が面白くてしょうがない様子だ。そんな彼女に付き合ってくれとも言えないでいる俺が、結婚して一緒に実家の会社を手伝ってくれとは、絶対に言えない。けど、好きだった。初めて会った時から好きだった。あれから、10年、とにかく虫がつかないようにとあの手この手で、真紀の周りから男を排除してきたのだ。


 涙ぐましい努力の甲斐あって、今では真紀自身が、自分はモテないアラサーだと思っている。フフフ、それでいいのだ。あとは、一度でも真紀に勝って、プロポーズあるのみと思って来たのに、連戦連敗。情けない。そうこうしているうちに、親父が倒れて、自分の都合など言ってる場合じゃなくなった。さすがに、今日は、会社を辞めることは、真紀に言わないとなあ。重い足でいつもの居酒屋へ向かった。


 真紀は、もう先に来ていて、それも今日は、同じチームの後輩の小野寺由美を連れていた。どうしよう、ここで伝えられないな(泣)じゃあ、どこで話そうかなと、真紀の話も由美の話も、流していたら、真紀が怒り出した。

「さっきから、何よ。もう少しまじめに人の話聞けないの。」

「えっ、あっ、ごめん。なんの話だっけ。」


 呆れたと言う顔でいたが、気を取り直して、

「由美がね、貴方のこと気になるっていうのよ。良い子よ。私が推薦する。気は利くし、頭も良いわよ。将来、貴方が実家の会社を継いだ時も、きっと、十分手伝ってくれるわ。付き合ってみる気ない?」

そう言うと、これ以上できないと言うほどの、愛想笑いをしている。


 知ってる。お前が無理難題を押し付けるときの顔だ。今まで、どれだけ、大変な思いをしたことか。それでも、真紀の願いだと思えば、必死になってやって来たけど、これだけは承諾するわけにはいかない。ふーっと息を吐き、

「小野寺、ごめん。俺、好きなやつがいてさ。10年越しなんだ。」


 持っていたビールのジョッキを、ドンと置いて、真紀が大声をだした。.

「聞いてないわよ」

「何よ、そんな話」

「誰?」

「親友の私に、何で言ってくれないのよ。」

畳みかけるように、どんどんと大声になって行く。

「静かにしろ。店中、聞こえてるよ。」

「だって、雄介、ひどいじゃない。がっかりよ。」

「お前が興奮することないだろ。勝手に、親友だと決めつけやがって。」

「!」


 真紀は、絶句して、鼻の穴を膨らませて、腕組みをした。これも、知ってる、これ以上怒れないと言うほど怒っている時の顔だ。やっちゃったよ。大学3年の時、なんで怒らせたか覚えていないが、この顔だけは覚えてる。その後、3か月、口をきいてくれなかった。許してもらうの、大変だったんだよなあ。

-あー! 万事休す-

真紀は、こわーい顔でにらみつけて、小野寺を置いて帰ってしまった。


「涌井さん、突然、こんな話をした、真紀さんを怒らないでください。」

「怒っているのは、むこうだろう。」

「真紀さん、いつも自慢げに涌井さんの話をするんですよ。うれしそうに。」

「それが、この間、『雄介、なぜかモテないのよね。良いやつなんだけどね。』って言ってため息をついたんですよ。」

「勝手に決めつけるな!」

「私も、びっくりでした。だって、お二人はぜったい付き合っていると思ってましたから。」

「思わず、えーっ!真紀さんと涌井さんは付き合っていないんですかって、聞いちゃいました。」

「そしたら、『ぜん!ぜん!』って言った後、『もしかして由美ちゃん、涌井に興味ある?』って聞かれて、」

「企画部の女子で、涌井さんに興味を持たない人いませんよ。って答えたら、『じゃ、私に任せて』って話になって、あれ、猪突猛進って言うんですか?」


「私、そんな真紀さんに驚きました。だって、仕事は綿密に計画立てていく人でしょ?」

「リップサービスだと考えて、話をスルーしたつもりだったのに、今日になって、『由美、いくよ』って言うことになって、私、ここに居るんです。」

話の終わりごろには、笑いをこらえるのがやっとといった感じでいた小野寺が

「涌井さん、10年越しって真紀さんのことでしょ。大変ですね。」

そう言って、たぶんこらえていたと思うけど、こらえきれずに派手に笑った。


-可愛い-

「真紀がなあ。真紀に、小野寺の半分でも、可愛げがあったらなあ。」

愚痴が出る。その後、小野寺は、俺のやけ酒に付き合ってくれて、やさしいやつだ。ちょっとだけど、ほんと、ちょっとだけど、小野寺でいいかと思ってしまった。ごめん、小野寺、良いわけないよな。


 とにかく、猛烈に頼んで、小野寺には、真紀に内緒にしてもらった。

「じゃ、これからも、たまには飲みに付き合ってくださいね。」

と、笑って承諾してもらった。ごめん、本当は、あとちょっとしかいないんだけどね。

-真紀、本当に、良いやつだよ。小野寺は-


 真紀に伝えられないまま、ぐずぐずしているうちに、時間だけが過ぎて行った。なにせ、真紀が怒りの頂点に達したままだったからだ。その後、何度か真紀と廊下ですれ違ったときも、目をそらして、話のきっかけさえもつかめないでいた。


―今度は、何か月かなー

―俺には、あと1か月しかないのになあー

正式に、退社が発表になり、関係各社への挨拶と引継ぎの処理とで忙しくなった。この会社でのやり残しのないようにと、頑張っているけど、本当のやり残しは、何一つ進展していない。

―あー、真紀、何も聞いてもこない。俺、本当に嫌われた?―


 企画部は、第一と第二でいつも、企画を争っているが、メンバーはみな、仲がいい。おかげで、俺の送別会は企画部全体でやろうと言ってくれていた。そして、あっという間に、1か月が過ぎてしまった。当日、立食で、わいわいと、仲間たちの間を回って話をした。企画部は良い。送別会でも、皆、実力を発揮する。催し物もあったりと、肩ひじ張らない楽しい会だ。なのに、真紀の姿がない。聞いてみると、出席する予定だったが、気分が悪いと早退したと言うのだ。

―最後も、話すらできないで、真紀との関係は終わってしまうのか?―


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