宇宙人とオマワリサン
春の日差しがほどよく身体を暖めてくれる4月上旬のある日。この俺、岡田 正平は、勤務先の交番で立番をしていた。
「……さて、そろそろ交代してパトロールの時間か」
俺が所属する警察署の管轄内では、ここ数年、大きな事件は起こっていない。警察官が暇なのはいいことだが、それを理由に気を緩めるほど、俺は警察官としてのやる気を失ってはいなかった。
気を引き締めてパトロールの準備を始めようとした時だった。
「オ、オマワリサン……コンニチワ……」
交番の前に、一人の青年がやってきて俺に声をかけてきた。「オマワリサン」と言うのであれば、特定の個人を呼んでいるわけではないと考えるのが普通だが、今回の場合は明確に俺を呼んでいると確信できる。なぜなら、この声の主を俺は知っているからだ。
「……またお前か」
ため息をつきながら、俺は青年を見る。チビな俺に対して10センチくらい高い背丈に短髪をキレイに整えた美形と呼べる容姿。細身の身体に白のカッターシャツとチノパンという、シンプルながら清潔なファッション。世の中の女性から言わせれば、「イケメン」と呼べる部類に入るこの青年は、他でもないこの俺に会いに来たのだ。
「オマワリサン、今日モ……カッコイイヨ……」
「……あのな、仕事中は邪魔するなって言っただろ?」
「ダッテ、ココジャナイト、オマワリサンニ会エナインダモン……オウチ、教エテクレナイシ……」
「ったく……」
寂しそうに俯きながら、俺にすり寄ってくる青年。見た目の割に子供っぽい仕草をするせいで、俺も強くこいつを突き放すのに抵抗があった。
「とにかく、仕事の邪魔だけはするなよ……『宇宙人』」
『宇宙人』。これはあだ名ではなく、本当にこいつは地球人ではないのだ。その証拠に、こいつの頭からは2本の触覚のような器官がぴょこっと生えている。ちなみにこの器官は俺以外の人間には見えていない。見えていたら今頃大騒ぎだ。
こいつと出会ったのは一週間前。俺がパトロールで近くの公園に立ち寄った時、公園のベンチで横になって寝ているこいつを見つけたのだ。
ただのホームレスというならば、通報がない限り俺たち警察官が動くことはない。そういうのは行政の管轄だ。しかし見たところ、こいつの服装や容姿は清潔で、とても長期間宿無しで生活しているとは思えなかった。もしこいつが指名手配中の逃亡犯であったり、なんらかの事件に巻き込まれていたりしたら、それは俺たちの管轄である。なので俺は声をかけた。
「失礼、ちょっといいですか?」
「ン……?」
目を開けて身体を起こした青年は、俺を見るなり目を見開いて顔を赤らめた。
「ア、ア……!!」
「ど、どうしました!? え!?」
そして俺は見た。そいつの頭に触覚のような器官が霧が晴れるように現れるのを。
「なっ!? ア、アンタ人間じゃ……ない!?」
「オ、オマワリサン!」
そしてヤツは突如として俺に抱きつき……
「ん、んんー!!」
俺の唇を……!
(オマワリサン、オマワリサン!!)
(こ、こいつ、俺の頭の中に直接声を!?)
俺に『男同士では通常しない行為』をしているのにも関わらず、こいつの声が俺の頭の中に響いてくる。そのことで、俺はこいつが普通の人間でないことを完全に理解した。
無理矢理口を塞がれ、相手を突き飛ばそうにも、強い力でしっかり抱きしめられて離れない。変質者に抱きつかれて抵抗すら出来ず、警察官としての俺のプライドはズタズタだった。
一分くらいそうしていただろうか、ようやくそいつは俺を解放した。
「……」
「お、お前! なんのつもりだ! 警察官にこんなことを……!」
状況を飲み込むのに精一杯だったが、相手はここで突然、頭を下げてきた。
「ゴメンナサイ……失礼ナノ、ワカッテタ……デモ、我慢デキナカッタ……」
「……とにかく、説明してくれ。お前は何者なんだ?」
そして俺は、そいつから身の上話を聞いた。
まずこいつは、地球上の生物ではない……宇宙人であること。もともといた星が戦争で荒廃状態になり、その星の技術で住めそうな星、地球までワープしてきたこと。地球の言語は地球で最もポピュラーな英語とワープしてきた地点の母語である日本語を1分足らずで習得したこと。住む場所がないため、とりあえずは公園で寝泊まりしていること。衣服や食料については、こいつの星から持ち込んだ技術で困ってはいないこと。
……そして、交番にいた俺に一目惚れしていて戸惑っていたところ、俺の方から話しかけてきたので思わず抱きついてしまったことを話した。
到底信じられる話ではなかったが、こいつの頭の器官(特別な感情を抱いた相手にだけ見えるらしい)とさっきのテレパシーめいた能力を見せられては、信じざるを得なかった。こいつを警察署に突き出そうにも、『パトロールをしていたら、無理矢理抱きつかれました』などとは恥ずかしくて言えなかった。仕方なく俺はこいつを見逃したのだが、それ以来宇宙人は、たびたび俺の勤務する交番に訪れるようになったのだ。
ちなみに俺はこいつを『宇宙人』と呼んでいるが、こいつにも固有の名前のようなものがあるらしいのだが、どうもこいつの種族にとっての名前にあたるものは地球人にない器官を使って表現するものらしいので、とりあえずは『宇宙人』と呼ぶ他なかった。
そして現在、宇宙人はまた交番に来ている。俺に会うために。
「オマワリサン、ソノ……オ仕事、マダオワラナイノ?」
「今日は早番だから、あと数時間だな。それが終わったら、お前にも構ってやるから」
「ウン、ワカッタ!」
「……ったく」
嬉しそうに顔をほころばせる宇宙人を見て、俺もなぜか悪くない気分になっていた。……なんだろう、こいつに抱きつかれてから、俺もなんだかこいつのことをなんだかんだで気にしているような……
いやいや! 相手は男……というか宇宙人だぞ!? 恋とかそういうんじゃないから!
……数時間後。モヤモヤした気持ちを抱えながらも俺は勤務を終え、警察署に戻ろうとしていた。
「オマワリサン、オ仕事終ワッタノ!?」
「お前、もう来たのか。終わったけどこれから署に戻って着替えてくるからちょっと待ってろ」
「アノ、オイシイプリン作ッタカラ、食ベテホシイ……」
「プ、プリン!?」
俺は甘いものに目がなかった。
「わかった、全速力で戻ってくるから待っていてくれ!」
そう言って、俺は自転車に跨がろうとした。
「あの……岡田くん、だよね?」
しかし宇宙人とは別の声が俺を呼び止めた。しかも俺の名前を知っている。どこの誰かと思って振り返ると、そこには髪の長い男が立っていた。
「ああ、やっぱりそうだ! 岡田くん……会いたかったよ……フヒ……」
不気味な笑い方をするその男は、黒いジャケットを着てネックレスを着けた、ホストかと思うほどに洒落た男だった(しかも俺より背が高い)。黒い髪に紫のメッシュを入れて、髪が長いために左目が隠れている。しかしこんな遊んでいそうな知り合いは、俺にはいないはずだった。
「ええと……どちら様でしたっけ?」
「ええー、覚えてないの……? ほら、高校で同じクラスだった宮本だよ……」
「お、お前、宮本なのか!?」
宮本 真紫、高校のクラスメイトで、根暗な男だったという印象がある。言われてみれば、確かに面影はあるが、髪にメッシュを入れるようなヤツではなかった。しかし俺たちが高校を卒業してもう三年は経っているはずなので、多少は印象が変わっててもおかしくはない。
「久しぶりだね、岡田くぅん……」
「お、おお、久しぶり」
「岡田くん、本当にお巡りさんになったんだねぇ……なんだか嬉しいよ……フヒ……」
「あ、ありがとう。でも、何で俺がここにいるってわかった?」
宮本とは高校を卒業して以来会っていないので、勤務先を教えた覚えはない。
「ヒヒ、そんなの、僕の知り合いの女の子の中に、岡田くんと同じ警察署のお巡りさんがいたから、こっそり教えて貰ったんだよぉ……こうしてまた会えたのだって、運命みたいだねぇ……」
「え、ええ……? それはまずいな……というか、俺に何か用なのか?」
「用? 僕はずっと岡田くんに用があるよぉ……岡田くんに釣り合うような、格好良い男になるように努力して、やっと会う決心がついたんだよぉ……」
「う、うん?」
なんだが宮本の様子がおかしい。そう思っていると、宇宙人が俺と宮本の間に立った。
「オマワリサン……コイツ、誰?」
「あ、ああ、同じ高校のクラスメイトだったヤツだよ……」
「……ワタシ、コイツ、嫌イ」
宮本を睨み付ける宇宙人だったが、宮本も一歩も退かなかった。
「岡田くん、この人すごい失礼じゃないかなぁ……? というか、あなたこそ誰なのかなぁ?」
「え、ええと……」
どうしよう。宮本に宇宙人のことをどう説明したものか。しかしその時、宮本の目が驚愕に見開いた。
「……あれ、その頭から生えてるの……なに?」
「え?」
宮本の視線は、宇宙人の頭の辺りに注がれている。まさかこいつ、宇宙人の頭の『器官』が見えるのか!?
「ワタシ、オマエ、嫌イ」
「岡田くん、もしかしてこの人……人間じゃない……?」
「ちょ、ちょっと来てくれ!」
仕方なく俺は、宮本と宇宙人を、宇宙人が寝泊まりしている公園まで連れて行くことにした。
「……と、いうわけなんだが、信じてくれるか?」
宮本に宇宙人についての説明を一通りし終えると、宮本は納得したような顔をした。
「そういうことなんだぁ……岡田くんの魅力は地球に留まらないんだねぇ……」
何か不思議な納得をしたようだが、とりあえずは気にしないことにした。一方の宇宙人は、なぜか不機嫌そうだ。
「それで? 岡田くんはこの宇宙人さんをどうするつもりなのかなぁ?」
「ど、どうって?」
「宇宙人さんは岡田くんのことを好きみたいだけど、岡田くんはそうじゃないんでしょ? だったらいずれお別れの時がくるんじゃないかなあ?」
「ソ、ソウナノ!? オマワリサン!?」
宇宙人がこの世の終わりみたいな顔をするから、慌てて否定した。
「い、いやいや! 別に俺はお前のことが嫌いってワケじゃ……」
「でもさぁ、お巡りさんが身元不明の宇宙人さんと付き合い続けるのはまずいんじゃないかなぁ?」
「う……」
言われてみれば……そういう気もする。
「その点、僕は岡田くんと付き合いがあっても、特に問題ないよねぇ? だって僕ら、同じ高校だったもんねぇ?」
「ま、まあそうだけど……いきなり何の話だ?」
「んー? 僕は岡田くんと恋人としてお付き合いしたいって話だけど?」
「ぶっ!?」
いきなりの告白に、思わず噴き出してしまう。
「い、いやいや! お前何言ってるんだよ!? 男同士だぞ!?」
「それを言ったら、宇宙人さんも見た感じ男だけどぉ? それとも岡田くんは、僕より宇宙人さんを取るのかなぁ?」
「そういう話じゃないだろ!? というか、さりげなく身体を寄せ付けるな! ゾワゾワする!」
「ああ、岡田くん容赦ないねぇ……フヒヒ……」
なぜか顔を赤らめる宮本と、全身を震わせて怒りを露わにする宇宙人。どうしたものかと困ってしまう。
「と、とにかく! 俺はお前らとそういう関係になりたいわけじゃない!」
「オ、オマワリサン、ソウナノ……?」
「岡田くん……僕は君のことをずっと追いかけていたんだけどなぁ……」
「ああもう! お前らちょっと待ってろ! 頭を整理してくる!」
そうして俺は二人を公園のベンチに残し、少し離れた水飲み場で水を飲んで落ち着くことにした。
「ったく……どうすりゃいいんだ……」
宇宙人が俺に好意を持っているのは、間違いない。しかしあくまでアイツは宇宙人なのだ。一緒に過ごすには、どうしても問題がある。
対して宮本と付き合うにしても、男同士だ。というか別に俺は宮本のことが好きなわけでもないし、アイツが勝手に俺に近づいてきただけだ。そのことはきっぱり言わないといけない。
どちらにしろ、俺の気持ちははっきりさせないといけない。宮本には悪いが、俺は彼と付き合う気はない。問題は宇宙人だ。アイツとどう接していけば良いのか……
そんなことを悩んでいた、その時だった。
「ぐっ!?」
突然、頭を何かで殴られた。その衝撃で、俺は地面に倒れてしまう。
「う、ぐ……」
頭がクラクラするが、俺はなんとか上を見上げる。そこには、一人の人相の悪い男が立っていた。そして俺は、こいつの顔に見覚えがある。
「まさかこんなところに警官が来るとはな……もう俺の居場所に気づきやがったのか……」
こいつは……指名手配中の凶悪犯だ。まさか、この公園に隠れていたのか……? そして制服を着た俺を、捜査に来たと誤解して……?
「おい、お前。死にたくなきゃ、捜査状況を俺に教えろ。そうすりゃ見逃してやる」
「ふざ、けるな……! 警察官が、そんなことをするわけがないだろう……!」
「そうか、なら、お前には死んでもらうぞ」
そして犯人は俺の上に馬乗りになり、俺の腰から警棒を取りだし、振り上げる。くそ……ここまでか……!
その時だった。
「岡田くん!」
犯人の後ろから宮本が飛びかかり、犯人を突き倒す。
「てめえ! なにしやがる!」
犯人と宮本がもみ合いになり、犯人は宮本の頭を警棒で何度も殴る。どうにか頭をガードしているが、宮本の頭から血が流れ始めていた。
「み、宮本! だめだ、離れろ!」
宮本に加勢して犯人を引きはがす。しかし犯人は、今度は俺に襲いかかってきた。
「クソが! 死ねポリ公!」
警棒を振りかざし、俺に襲いかかってくる犯人。しかしその動きが、突然止まった。
「え……?」
犯人は身体を動かすことも、口を動かすことも出来なくなっている。その後ろを見ると、恐ろしいほどに無表情の宇宙人が、犯人に向かって手をかざし、その手から光を浴びせていた。
「オマワリサンニ、触ルナ」
宇宙人は今までに聞いたことのない怒りの声を発し、犯人に光を浴びせ続けている。そして犯人の右手が突然、あり得ない方向に曲がった。
「!! ~~~!!」
明らかに右手の骨が折れた犯人は、声を発することも出来ないまま、涙を流して苦悶の表情を浮かべる。しかし宇宙人は尚も容赦しない。今度は犯人の左足が折れた。
「!!!!!」
「ワタシノ、オマワリサン、殺ソウトシタ。許サナイ」
宇宙人はトドメとばかりに、これまで以上に強い光を犯人に浴びせ始めた。だから俺は叫んだ。
「やめろ!!」
俺の叫びに呼応して、宇宙人はこちらを見て、手を下ろした。それと同時に、犯人はその場に崩れ落ちて、ようやく叫び声を上げる。
「ああああ! いてえええええ!!」
叫び声を上げながらジタバタもがく犯人。とりあえずはこいつがまた襲いかかってくることはないだろう。そして次に俺は、宮本に駆け寄る。
「宮本! 大丈夫か!」
「はは、岡田くんが心配してくれたぁ……」
「今、救急車を呼ぶ! それまで意識を保ってくれ!」
「うん……がんばる……」
そして俺は持っていたハンカチで宮本の止血をする。そんな俺に、宇宙人が駆け寄ってきた。
「オマワリサン、大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。応援の警察官には俺が上手く説明しておく」
「ソウジャナクテ!」
宇宙人は出会ってから始めて大声を上げた。
「ドウシテ、アイツヲ助ケタノ? アイツ、オマワリサンニヒドイ事、シタ」
「あいつ? ああ、あの犯人か。確かにあいつは凶悪犯だが、あいつに裁きを下すのは司法だ。俺たち警察官じゃない」
「デモ……オマワリサン、死ンジャウカモ、シレナカッタ。ワタシハ……ソウナッタラ、悲シイ」
「……だとしても、警察官は市民を守らなきゃならない。あの犯人も、かつては『善良な市民』だったはずなんだ。そして、罪を償ってくれる可能性もある」
「……オマワリサン」
宇宙人は悲しそうな顔をして、俺に背を向けた。
「ワタシ、オマワリサンノ傍ニイルベキジャナイカモシレナイ」
「え……?」
「オマワリサンノ考エ、トテモ素晴ラシイト思ウ。ダケドワタシ、オマワリサンノ考エニ、背クコト、シタ」
「……」
「オマワリサン、ワタシノコト、キライニナルカモシレナイ。ダカラ……!」
宇宙人は両肩を震わせながら、走り出そうとする。
「待てよ!」
しかし背を向けて立ち去ろうとした宇宙人を、俺は呼び止めた。
「……俺はお前のことを否定するつもりはない。お前は俺を助けようとしたんだろう?」
「……ソウ。ダケド、ワタシハ……!」
「俺は自分の命を助けてくれた恩人を嫌いにはならないさ」
「……!!」
宇宙人は俺の方に向き直る。その両目からは涙が溢れていた。
「アレ、ナニコレ……? 目カラ液体ガ……?」
どうやらこいつは、『涙』を流したことがないらしい。もしかしたら、こいつの種族にそういう概念がないのかもしれない。だけど俺は言った。
「……それは特別な感情を抱いたときに流れるもんだって覚えておけ」
「オマワリサン……」
そして宇宙人は、俺に近づいて、静かに顔を寄せる。今度は俺も、抵抗しようとはしなかった。
(オマワリサン……スキ……)
頭にこいつの声が流れ込んでくる。俺はうらやましい。感情をむき出しに相手に伝えられるこいつがうらやましい。
一方の俺は、まだこいつに対する感情を処理できていない。こいつに対する感情を言語化できない。
だけど俺が宇宙人を、大切に思い始めているのは間違いなかった。だからこいつとの付き合いはまだ続けていたい。それは俺の素直な気持ちだった……
おわり