後編
(長くなったので、後編分割しました。次回エピローグで完結になります。)
五秒という時間。
意識して数えると思いの外長く、意識しないとあっという間のこの時間。
五秒でできることというのはこの世にどれだけあるのだろう?
トイレすることさえできない時間。
ズボンを下げたらゲームセットである。
賊のママだって四十秒待ってくれるし王に至っては三分間だぞ。
無情すぎる結論が出るまでの五秒。
この五秒を再現なく繰り返し、血を見ることも、血を流すことも繰り返し、そのうち俺は疲れ切ってしまっていた。
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スタートダッシュにもだいぶこなれてきた。
午前8時11分13秒の開始と同時に行動を開始する。
これまで、本当に色々な方法を試した。
車の進路を変えなければ大崎楓を救うことはできない。
これは間違いのないことだ。
では、どうやって進路を変えるのか?
ドライバーは完全に意識を失っており、ドライバーの操作による回避は可能性から除外だ。
よって物理的に、強制的にコース変更をさせる。
暴走車の進路上に置いた物体で車輌をバウンドさせるなりして、微妙にでも方向を変更させれば、事態を切り開くことができるのではないだろうか。
これまで、石や文房具、とにかく手元にあるものを配置してきたが、それらでは大きさがたりず進路は変わらず大崎にホールインワンしてしまう。
なのでより大きい障害物を配置する。
大盤振る舞いだ。この俺の薄い通学カバン!
薄過ぎやしないだろうか?まあいっか!
どうせもう一回あるだろ?
配置と同時に暴走車が通過する。
カバンの内容物が断末魔の悲鳴を上げる。
鋼鉄の暴力はそのまま、ストライーク!
はい!大崎アウト!
やっぱりこんなもんじゃだめだよな!
それじゃ!また次回!じゃあね〜!
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さあ、今回はですね!
本当にもう何もありません!
進路を変えるという着眼点がだめなのだろうか?
悪い線ではないと思うんですがねーどうでしょうか?
スタジオの宮藤さーん?
はい、100kmで走る車の方向変えれる物体が軽く手元にあるかと思うのが頭悪いと思うんですよねー!
バナナの皮でスリップするのにかけたほうが余程有意義!
ありがとうございます現場の宮藤さん!
それでは現場の宮藤さん、次はバナナの皮でいきましょう!
うるせえそんなもんねえよハテナマークのブロック路上にないんだもん!
本気で何もない。
そんな脳内小咄してる間に彼女はまた死んでる。
もはや気を失うことさえ億劫なので戻るのをただぼんやり待つ。
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もう本当に何も思いつかず、動く事さえ億劫になってきたので雑に暴走車の進路に足ばらいを決める。
もう気分はブルース・リーだ。
普段ならできないこといっぱいやっちゃお!
いつにないほどバウンドする暴走車。
穏やかじゃないことになっている俺の足。
痛いと感じる暇があるのはループ内では久しぶり。痛い。
そしてふらつきながら大崎に吸い込まれていく暴走車。
変化。
ふらついたのだ。
いつも真っ直ぐに向かうあの車が、ふらついた。
これは変化だ。
そして切り口だ。
今までで一番希望に満ちた、彼女の死だった。
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脚程度の厚みで車の進行に変化があった。
ならば、全身ならどうだろう?
例えばダンゴムシよろしく丸まって暴走車の進行線上に位置を取る。
そして思いきり全身で潰される代わりに、進路は大きく方角を変えてくれるのではないか?
跳ねられる程度では運命は変わらないが、自身が踏み石ならどうだ?
もはや自分の身が安全であるべきという選択肢は、ないのではないか。
死んででもループを超えなければ死ぬことさえもできはしない。
運命は、さっさと彼女の代わりに死ね、と言っているのではないだろうか?
きっとそうだろう。
そうでもなければ対処の仕様もない五秒間。
もっと早くに趣旨を理解すべきだったなー!
そういうことならさっさと言ってほしかった。
もう、本当に疲れたのだ。
目の前で何度も何度も懸想する相手が無残に殺されていく。
たったの五秒で何度も何度も繰り返される。
自分の心が麻痺して、自分の中で状況についてぞんざいになっていくのも、大崎がただ死んでいくだけのものとなっていくのも、本当に悲しく、辛く、不快で、耐え難いものなのだ。
これ以上はもう無理だ。
せめて、気持ちだけはきれいなままにしておきたい。
自分の身一つでそれが守れるのであれば――
それぐらい、いまこのように目の前で、死なれていくことに疲れている。
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とてもはれやかな気持ちで迎えられた午前8時11分13秒。
最後のループを定めたからか、それともこれが死期を悟った気持ちというやつだろうか。
行動に移す前にやっておきたいことがあった。
最後に、この決心を導いた気持ちを、彼女に預けておきたかった。
そのために、あと一回、彼女に痛い思いをさせてしまうのは心苦しいが、最期のわがままと思って許してほしい。
俺は、彼女に声をかける。
――なんて声をかけよう?
そんなことを一瞬考えてたら今回は、終わってしまった。
しまった。
次回の開始までしっかり考えて臨め!宮藤進一!
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午前8時11分13秒。
俺は、予め決めていた言葉を放つため、大声をあげる。
「大崎さん!」
彼女が信号の少し前で立ち止まり、振り向く。
流れるような綺麗な髪が遅れてやってくる。
やはり、彼女はとてもかわいい。
生きて幸せになるべきだ。
今回は、死なせてごめんね。
次回は、もう大丈夫だよ。
覚悟とともに決めていた言葉を叫ぶ。
「おはよう!」
違うそうじゃない。
いやでもまあ、往来で愛を叫ぶなんて死ぬより難しいよね?
仕方ない、仕方ないよ。
だもんですみません!
ちょっと!もう一回!すみません!!
もはや顔馴染みとさえ思えるあの衝撃がやってくる。
慈悲も、法もない鉄の塊が迫ってくる。
俺の体はバランスを崩し、倒れる。
鉄の塊は彼女に向かい直進する。
彼女も、バランスを崩し、倒れる。
そして、「声をかけなければそこにいたであろう」ポイントへと暴走車は吸い込まれていき、住宅の外壁に衝突して炎上した。




